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四章

二百六十話 砂漠の遺跡Ⅱ

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 魔物と来たか。
 確かにあんなのが何匹も巣食ってる場所が、街から数日の場所にあったとなれば、捨て置くことなんて出来ないわよね。流石に法国側も危険だと解っている遺跡まで暴くなと言う訳にも行かなかったってことかしら。
 それなら、神子だの勇者の卵だのが出張ってきてもおかしくない。
 なんせ、あとから聞いた話だけど、あの地下遺跡に巣食っていたヤツは、魔物としては大したことない部類のやつだったらしい。
 危険度の高い魔物になると、軍が派遣されることもあるというのだから、有名なチームが複数のパーティを募って挑むのも無理ない話だと思う。
 ま、私達は所詮後詰。魔物と出会うことなんて無いでしょうし、もし出会ってしまったとしても、それは内部の攻略班が全滅したというのに等しいのだから、戦わずに死ぬ気で逃げ帰って情報を持ち帰るのが仕事になる。
 結局魔物との戦闘は最初から考慮しなくて良いのだから気楽なもんなのよね。
 この旅の最大の目的は、ハティちゃんとキョウくんの捜索だけれども、もう一つに私とエリスの戦力強化というのもある。それを考えると、強敵との戦闘というのは得難い機会ではあるのだけど……

「ま、カラクルムからしてみればたまったもんじゃないわよね。自領の中に魔物がいるとわかっている遺跡があったりしたら、そりゃ排除したがるわね」
「法国としては、たとえ魔物が居ようとも遺跡への接触を禁じるように警告したのですが、カラクルムは受け入れるつもりは無いようで……」

 当然でしょ。確かに言い伝えっていうのは馬鹿にできないのだろうけど、実際に危機に瀕してる他国の自衛に口をだすのはヤバいんじゃないのかしら? それが出来るくらいにサルヴァの影響力が強いって事?

「そりゃ受け入れられないでしょ。家の軒先に危険な魔物が居ると判っているのに対処するななんて、死ねって言われているようなものでしょうに」
「え? あの、でも、もし言い伝えを守らなければ、もっとひどいことが起きるかも知れないんですよ?」
「もし、言い伝えを守らなかったおかげで、危機を排除出来て、何も危機は起こらなかったとしたら?」
「あの、それは、ただの結果論ではないでしょうか」

 どうにも、物語に出てくる宗教関係の信者って、自分たちの信じる教えこそ全てで、それ以外の考えは考慮の余地すら無いっていう思考で書かれることが多いけど、ご多分に漏れずこの子もそのパターンっぽいわね……

「ねぇ、ノルドくん。かもしれない、で明確な危機を前にして何もせず死ねと言うよりはよっぽど良いと私は思うのだけど?」
「あのあの、いけません、そんな自分本意な考え方では要らぬ危険を掘り起こしてしまいますよ? お嬢さんもそう思いますよね?」
「……私?」

 突然話を振られて、いつもどおり会話から離れていたエリスが驚いて

「そんなの当人が決める話。言い伝えを破った結果ひどい目にあっても、守って魔物に殺されても、実際関わった人だけの出来事なんでしょ? 他の人がなにか言うことじゃないと思う」

 滅茶苦茶ドライな意見だった。
 というか、我関せずみたいな顔してやっぱりちゃんと話を聞いてるのね。

「あの、でも、もし遺跡を暴いたら良くないことが起きるかも知れないんですよ?」
「そんなの、良くないものを人里近くの遺跡に閉じ込めた昔の人が悪いんじゃないの? それに、そういう理由があったのに、結局今探索してるのはどうして? この国の人が身を守るために入るのはダメで、あなた達が入るのは良いの?」
「そ、それは、個々が危険だと我々は理解して……」
「あなた達にそう言われて理解していたから、この国の人達もこれまで手を出してこなかったんでしょ? 危険かもしれないなんて知っていると思うよ? 今までは従ってきたんだから。それでも、『危険かもしれない』よりも『絶対に危険』の方を重視したんじゃないの?」
「あの、その、それは……」

 あー、これは……
 あの子の言葉は全て「かもしれない」から始まる意見だけど、エリスの答えは客観的に見た今起こっている事実からの純粋な疑問だ。実際にあった事、起こっている事への対応に「かもしれない」では通用しない。
 多分、面倒くさい返答をする私よりもエリスのほうが与し易いと踏んで話を振ったんだろうけど、相手を間違えたわねぇ。

「ねぇあなたはさっきからずっともしもの話をするけど、じゃあ『もしも』その遺跡があなたの生まれ故郷の近くにあったとしたら?」
「……? 当然、教えを守りますよ。当たり前じゃないですか。確かに僕の村もしきたりを守るために山狼の群れに襲われ滅びましたが、それによって大きな災厄を呼び起こさずに済んだかもしれないのです。きっと父や母も皆誇らしげに女神へ命を差し出した事でしょう」
「あ、そう……あなたにとってそれが正義なのね」

 あ、ヤバい、想定外の返しだ。もしかしてこの子もあの神父みたいな狂信者の類なの?
 ……いや、もしかしたらサルヴァ教の一般信者の思考回路がこういうものだって可能性もあるのよね。勿論いまのところはただの私の想像に過ぎないのだけれど……
 でももしそうだとしたら相当やばいでしょ。善良そうに見えるこの子の価値観が全く理解できない。
 きっと、この子に悪意なんて無いんでしょうね。むしろ平和を守るためには黙って命を差し出すことこそが正しき行いなんだって心から信じているっぽい。でも、そこにサルヴァ教徒以外がどう考えるのかなんて事は全く考慮していない。自分達がそう信じているのだから、皆そうするべきだと信じて疑わない訳だ。
 しかも、悪意はないのかもしれないけれど、その言葉の端々に、サルヴァ教徒は良いけどお前たちは駄目だと、そういう言葉が紛れ込んでいる。さっきの『我々は理解して……』というのはまさにソレだろう。というか、悪意がないからこそ問題だとも言えるかな。とぼけた顔でそんな事を言われた他者がどう思うかなんて誰の目にも明らかだ。そこでカッとなって手を出したら最後、彼らは何食わぬ顔で『彼らが突然襲いかかってきた』とでも言うんでしょうね。自分達が相手を煽り散らしていると全く自覚もせずに。

 はっきり言って独善が強すぎて全く共感できやしない。
 なるほど、キョウくんが無条件に宗教家を嫌うわけだ。今までは所詮又聞きの彼岸の家事のようなものだったけど、実際にこうして話してみると、確かにこれはいけ好かない……

 どうやら、向こうもこちらとは考えが相容れないというのを感じ取ったのか、そこで会話が止まってしまった。
 顔にはっきりと『面倒くさい人を雇ってしまった』と描いてある。
 そこはもうちょっと隠せるようになったほうが良いと思うけど、まだエリスよりも少し年上といった程度の子供にそこまで要求するのは酷よねぇ。

 多分、悪い子ではないんでしょうね。彼にとっては当然の考え方で、疑問を呈する私達の思考の方こそ考えられないんだと思う。
 だからこそ、いっそう私達とは相容れない。
 面倒ねぇ、宗教的な思想の違いって。

 ……なんて愚痴っていても仕方がない。
 ソレよりも仕事に関しての話だ。
 クルドくんは、私達に依頼する際に遺跡の調査としか言わなかった。事前に魔物絡みであると判っているにも関わらず。
 魔物と言う単語を出すと依頼を受けない可能せいがあったから? その場合依頼のランク偽装に当たるんじゃないかしら? これ、依頼料に……まぁ私達の場合情報になるのだけど、色をつけさせることが出来るかも知れないわね。
 まぁ、私達の仕事はあくまで行き帰りと遺跡の入口で帰りを待つサルヴァの神官たちの護衛なので、はじめから遺跡に入らない私達が魔物と戦うことを考えていないだけという可能性もある。
 その場合は、想定外の事態でも起きて実際に魔物が目に見える位置に現れたりしないとこちらの言い分を通すのも難しい……って、コレの考え方はダメね。良くないフラグを踏みかねない。
 とはいえ、考えないわけにはいかないのよねぇ。
 魔物かぁ……

「キョウくん抜きだと手に余る可能性もあるのよねぇ」
「……? 何が?」
「魔物。今回は私やエリスは討伐組に参加しなくて正解だったなって」
「あの、魔物は神子様方に任せれば大丈夫ですので、安心してお役目を果たしていただければ……」
「そうね」

 キョウくんと違って、私はいくら負けて死んでも何度でもやり直しが効く。でも、一緒に行動するエリスはそうじゃない。NPCの死はキョウくんの「かもしれない」よりも明確なロストなのは確定している。オープンβテストでも死亡した村人が戻ってこなかったことが確認済みだったし、正式オープン後でもNPCの護衛クエスト失敗後、そのNPCが行方不明になっているという掲示板での書き込みなんかから見ても間違いないと思う。
 ある程度強さが解る野獣なんかが相手ならともかく、一品物のボスに近い魔物を相手にするには私達はまだ弱すぎる。

「ま、私達は無茶せず着実に強くなりましょ。お金稼ぎつつね」
「ん、そだね」

 変な欲は出さず、今回はレベル上げ目的じゃなくて、あくまで報酬の情報目的と割り切らないと。
 せめて、地下遺跡で出会った魔物を私だけで倒せると確信できるくらい強くなるまでは、無理はしないと自分に言い聞かせ続けないと。

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