ν - World! ――事故っても転生なんてしなかった――

ムラチョー

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四章

二百四十二話 RPGでよくある奴Ⅳ

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「これでご満足か?」
「ま、及第点ってところじゃの」
「偉っそうに……」

 手前で買った喧嘩くらい自分で始末しろってんだよ。

「大体、何時も通りすまし顔でやり過ごしてればよかっただろうがよ。そうすれば俺もこんな無駄な喧嘩をする必要も無かったってのに」

 スパルタすぎる訓練に俺が嫌味を返しても何食わぬ顔で聞き流すコイツの事だ。スルーする気があれば出来たはずなんだ。それを――

「無駄ではなかろ?」
「何が?」
「人との闘いの経験、全く無いという訳ではなさそうじゃが、そこまで豊富という訳でも無かろう? 人読みのセンスは不自然な程良い癖に、動きが素人丸出しじゃ。獣相手に駆け引きしようとしたり、逆に人を相手に獣退治と立ち回りの切り替えが出来ておらん所など、まさに駆け出しにありがちな動きじゃったからな、一目でわかる」
「ぬ……」

 そう言われてみれば確かに、訓練なんかでチェリーさんやエリスと組み手を行う事はあったし、対人バトルだってクフタリアの大会や公式イベントなんかでこなしてはきた。だけど、シアが言っているのはそういう事じゃないだろう。
 確かに対人戦は、舞台上での試合という意味では随分と数をこなした気にはなるが、それらを単純な一戦ととらえると、実際には俺は対人戦を100戦も行っていない。さらにルール無用の殺し合いとなると、確かに俺は経験不足と言って良いかもしれない。せいぜいがハイナの襲撃と緋爪の一件の時くらいだろう。そしてあの時は俺の詰めの甘さで死にかける羽目になっている。
 今回の喧嘩はルール無用の殺し合いというには随分とかわいげのあるモノだったが、実際やりにくさを感じていたのは事実だった。

「技術では主が勝っておったようじゃがな。どうじゃ? 才能で勝る者を相手にした気分は」
「……そういう事か」

 やけにあっさり挑発に乗ると思えば、最初から俺への当て馬にするつもりだったのか。恐ろしい事考えるなこいつ……
 しかもこの口ぶり。多分あの酔っ払いのバランス感覚や戦闘勘にも最初から気づいていて俺にけしかけたな。
 酔っぱらって前後不覚の状態で、アレだけの体幹と適応力を見せたんだ。シアの言う通り戦闘の才能なら俺よりもよっぽど上なんだろう。

「主の反応が良いのは間違いない。判断も早い。気味が悪いほどにな。だが経験が致命的に足りておらん。慣れていないものはさっさと経験して慣れてしまえ。それが戦うという事に慣れるという事じゃ」
「だったらそうと言えばいいのに。お前が勝手にそう思ってるだけじゃこっちは意図がさっぱりわからないんだよ」
「言ったら意味無いじゃろ」

 出たよ、言われなくても自分で気付けってやつ。社畜時代でも居たんだよなこういう上司。自分の得意分野だから人より知識を持っているって事を失念して、他人に同じだけの知識を要求するんだよ。
 そのくせそういう奴に限って自分は忙しいからとかなんとか言って面倒くさがって重要な所を教えようとしやがらねぇ。そもそもその分野の素人に取っては知識という前提が判らなきゃ、目の前で何が起こっていても気付くも何もないって事をまるで理解してねぇんだよな。
 習うより慣れろは俺もゲームを誰かに教える時によく使う言葉だが、「上手く避けるには~」とか、「ダメージを稼ぐには~」みたいな、せめて方向性くらいは示すぞ。

 まぁシアの場合は、それでも訓練後に答え合わせみたいにネタ晴らしをしてくれる分、かつてのクソ上司に比べてはるかにマシではあるんだが。
 ……いや待て、コイツはコイツで、よりによって特訓という名の命がけの化け物との闘いの中でやらかしてくれやがるんだから、マシもクソも無いわ。

「何、尻込みしているようならまた今日の様に儂が吹っ掛けてやるから安心せい」
「全く安心できないんだよなぁ」

 強くなるための訓練なら何時でもドンとこい……と言いたいところだが、シアの訓練はなんというか、こっちのやりたいことを絶妙に外してくるんだよな。
 しかも確実にシアが意図的にそうしている。なんでも『やりたいと思った訓練なら自分でいくらでもやれば良い。やりたくない……つまり苦手意識を持って居る様な事だからこそ儂が気を利かせて訓練してやっているんじゃ』……との事だ。
 確かに言葉だけ聞くと間違ったことは言っていないんだが、シアは時々打算というか、個人的な思惑が絡むことがあるから、あまり真に受けられない所があるんだよな。
 今回のだって、俺の対人経験のためとか言ってたが、絶対うざい絡み酒にイラついて、たまたま居合わせた俺をけしかけたってのが本音だろ。私情八割、後付けで俺のためとかいうのが2割ってところか?
 
「それにしても随分と遅かったのう。どこをほっつき歩いとったんじゃ。なかなか来ないからつい暇つぶしに酔っ払い挑発してしまったではないか」
「暇つぶしって言ったかオイ?」

 八割どころか全部私情じゃねぇか。最悪だよ!

「っていうか、遅かったも何も、約束の時間まであと一刻はあるだろうが。むしろなんでそんな堂々と切り上げてこんな早くから酒かっ食らってんだよ?」

 待ち合わせ時間は鐘三つ刻。ついさっき鐘が二つ鳴らされたばかりだから、約束の時間までは丸一刻近く……リアルでなら二時間近くはあるはずなんだが。

「うん? 約束は鐘三つ刻だと言ったじゃろうが。聞き間違えとったのか?」
「いや、そこは覚えてるよ! 問題なのは今はまだ鐘二つ鳴らされたばかりだろうに、何で俺が遅れたみたいな話になってるんだっていう……」
「だから、鐘二つ鳴らされたんじゃから今は鐘三つ刻じゃろうが」
「は?」
「あ?」

 いや、マジで何言ってんの?

「二つなったなら鐘二つ刻だろ? 何で三つ刻になるんだよ」
「……ああ、そういう事か。お主の住んでた所とここでは刻の数え方が違うんじゃな」

 刻の数え方の違い……?

「ここでは日の出と日の入りの鐘以外、鳴らされた鐘の数でその刻が終わった事を知らせてるんじゃ。一度鳴れば一つ刻の終わりを示すと同時に二つ刻の始まりを意味する……と言った感じでな」
「あぁ、そういう……って、紛らわしいな!」

 つまりこういう事だ。
 アルヴァストでは始業のアナウンスに鐘を鳴らし、この国では逆に終業のアナウンスに鐘を鳴らしているという訳だ。
 そんなん言われなきゃ気付けんわ! アルヴァストではリアルと同じ運用だったからな。てっきり世界共通だと思い込んで普通に日本の学校のチャイム基準で考えちまったよ! 

「この周辺国ではこれが一般的なのだがなぁ。こんな常識的なところまで違うとなると、少なくともお主の居た国とこことは山脈のさらに向こう、地続きではなく海を越えた先という可能性が高いやもしれんな」
「うぅん……」

 アルヴァストでは日の出から日の入りまでを分割した……ええと、確か昔テストに出た……ヨーロッパの何だっけか、不定時法? だったかに近い制度を使っていが、もしかしたらこの国はそもそも時間の数え方からして違うのかもしれんな。
 時刻の刻み方もあっちに比べて少ない気もするしな。気のせいかもしれんが。
 時刻ってのは日本みたいに陸海問わず孤立してない限りは大国周辺である程度数え方が統一されてた筈。となると、シアの言う通り本当に海を越えている可能性も考える必要がある。

「儂らが向かう北の山脈以南は3方を海に囲まれた半島のような形になっておる。そしてこの時代に当てはまるか少々怪しいが……今いるこの国が周辺諸国と比して一番大きい。というか国と言えるものは東の小国と北の帝国くらいしかなかったがな。その三国は文化様式や人種等にほとんど差は無かった筈じゃ」
「その国もこの時代に残っているかは少々怪しいって感じか」
「いや、護衛の時の騎士との話の中で、東のカルカスと北のアムス帝国の名前が出ていおったから、少なくともその両国自体は健在という事なんじゃろう。じゃが……」

 300年という時は、シアにとってはそれほどでなくとも人にとってはかなりの長さだ。
 現代日本と幕末時代の生活様式の代わりっぷりを見ればそれもわかる事だろう。シア自身もそこは自覚しているのか、随分と歯切れが悪い。

「まぁ、こればかりは実際に見てみなけれは判らん所じゃな。全く、ちょっと眠っただけでこうも世界の在り方が変わってしまうのじゃからなぁ」
「300年はちょっと、で済まされる長さじゃねぇんだが……まぁもともとの寿命が違えばスケール感がずれるのも仕方ねぇか」

 カルチャーギャップって奴は100年生きれば十分長寿な人間にだって感じられるんだ。
 300年分のギャップってのは殆どタイムスリップ物の主人公と変わりゃしねぇ程の時間差だからいくらシアと言っても戸惑いは判らんでもない。

「……さて、愚痴っていても仕方ないの。さっさと集めて来た情報をすり合わせようか」
「いや、その前に一つ」
「なんじゃ?」

 話を始める前に、どうしてもやっておきたいことがある。
 というかそろそろ我慢の限界だ。

「メシを注文させてくれ。お前のせいで無駄に戦う羽目になって、ホントに腹減ってんだこっちは」



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