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四章

二百三十七話 断崖Ⅰ

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 二人で別れて情報収集でもしよう。
 そんなつもりでの問いかけに、シアからの返答はノータイムでの

「駄目じゃ。一緒に回るぞ」

 というお言葉だった。
 どうも俺の行動が信用ならないらしい。この街に来る理由というか道中に、シア目線で言えば一度やらかしてしまってるし、仕方ないといえば仕方がないな。まぁ、それとは別に単純にはぐれた時の合流の手間まで考えると一緒に行動した方が良いという判断でもあるようだが。
 こちらに関して言えば、事故とはいえ国をまたいでの迷子中の身の上だ。そう言われてしまうともうぐうの音も出ない。
 それで、同行する事になった俺が一体何をしているかと言えば、実のところ何もしていない。
 というか、させてもらえない。
 どうにもシアは俺と他人で交渉とかをさせたくないらしい。基本的にシアが誰かへ声をかけ、シアが交渉し、そして別れる。俺は後ろで案山子になっているだけだった。
 ……まぁ、それだけこれまでの俺の行動が納得いかなかったんだろうな。
 とはいえ、ただぼーっと突っ立って居るのも暇という物。という訳で、シアの交渉を見て色々と盗んでいる訳だ。
 シアのやり方は、目的の場所の情報を仕入れると、その周辺情報を別の人に聞いて集める……という感じだった。
 何処に何が潜んでいるかもわからないから、こちらの目的地や行動の理由なんかを絞りにくくするという理由らしい。
 俺達は意図的ではなかったとはいえ、この国の上層部で起こっているゴタゴタの、その勝者側の関係者を手助けしたという事実がある。だから、そのゴタゴタの相手側……要するに負け組連中が俺達の事をどう捉えるか、そしてどう動くかが判らない。だからこそ、助けた連中へついた嘘でもある旅行者という立場を崩さない様にしているようだ。

 そんでもって、「そんな当たり前の事も咄嗟に思いつかないような奴に交渉事は任せられん!」……という事で、今の案山子状態になったという訳だな。交渉の場から遠ざけないという事は、こうやって見て覚える事を前提としてやってるんだろう。
 だったら、最初から言ってくれればとも思うが、それでは手ぬるいと思われたんだろうなぁ。
 自分で必要だと理解して覚えないと、身に付きが悪いというのは俺にもよく分かる。
 だって、実際に好きなゲームの知識はスラスラと頭に入ってくるのに、英文や数式はちっとも頭に入らなかったからな!
 ……なので、これまた俺からはなんとも言えない訳だ。というか、そういう自覚があるから余計質が悪い。

 そうして、シアによる実地研修が終わるころには日は落ち、流石に夜道を選んで移動するのも馬鹿らしいので貨幣価値の確認がてらこの街の宿を取っていた。
 この国の貨幣はアルヴァスト程種類は無い物の、使う金属に対する価値基準はほとんど同じらしい。つまり、青銅貨、銅貨、鉄貨、銀貨、金貨、白金貨の順に価値が上がっていく。効果価値観に関しても誤差レベルの差しかないように感じた。つまり何が言いたいかと言えば、王様には悪いがこの国の方が金を扱いやすい。
 貨幣の種類が少ないのは、この国は貨幣の種類を統一しているからなのだと宿屋の主人が教えてくれた。確かにアルヴァストが旧貨幣と新貨幣が入り乱れていて、名前も見た目も全く違うのに価値は同じ……みたいな硬貨が幾つかあった。そういう点で、この国の金融インフラは実はけっこう進んでいるらしい。交通インフラについても国家事業として推進していたりもするようだし、こんなファンタジーな世界観でインフラの重要性を理解しているこの国の上層部はかなり有能なんじゃないだろうか。

 そんな事を考えながら、明日からの行動はさてどうしたものかと頭をひねっていたら、外出していたシアが戻ってきた。
 食事をとりに行くと言って出て行ったきり、なかなか戻ってこないと思っていたら、どうやら下階……宿屋が経営する酒場でいろいろ情報を集めていたらしい。やっぱりRPGの情報収集の基本は酒場なのか。
 まぁ、酒で気が大きくなってたり舌が軽くなってる奴が居るかもしれないし、そう考えると確かに宿屋ってのは対人スキルさえあれば情報収集に向いてる場所なのかもしれないな。
 ――ちなみに、下の酒場は本当に酒と飯を振舞うだけの酒屋なので、店長がクエストを取り仕切ってたり裏情報を持ってたり……みたいなゲーム的展開は特になかった。

「ほれ。飯じゃぞ」

 そういってテーブルに並べたのは二人分の野菜スープとマッシュポテトみたいなのと、何かの肉料理だ。

「どうせなら別々の種類のを頼めばよかったんじゃないか?」
「うん? 宿泊者は宿泊者用の飯が決まってるらしくて種類は選べんかったぞ」
「あ、そうなのか。じゃあ仕方ない。取ってきてくれてありがとう」
「どういたしましてじゃ」

 二人そろってさっさと席に着くと、無心に食事に取り掛かる。
 実のところ金は受け取ったものの、安全に使えそうな状況が見つからず、ぼったくりを恐れて朝から何も喰ってなかったのだ。

「それで、何か良い情報はあったか?」
「いんや。どうやら儂の思ってた以上にこの国は変わっておる様じゃの。国の制度どころか国自体が全くの別物に成り代わっておった。これでは儂の記憶は武器にならぬし、古い伝手を辿るのも諦めた方が良さそうじゃな」
「まぁ、数百年単位なんていうスケールだからな……」

 ココでは亜人をほとんど見かけない。もしシアの古い伝手というのがこの街にあるとしたら、それはおそらく人間の知人だろう。そして、シアの知人のほとんどの人がすでに寿命によって他界しているだろうという事は想像に難くない。
 もしかしたら子孫を頼ってきたのかもしれないが、国が変わってしまうというのは中々の出来事だ。となるとシアの知人がこの国にとどまっているかどうかも怪しくなってくる。
 目端の利く人であれば、もし国の変状が悪い方向に傾いていれば、即座に国から去っていくだろう。そしてシアの様なタイプが無能な人間と親しくしているとも思えない。
 現在の様に政争の果てに王が倒れたか、或いは外国に攻め滅ぼされたか……何にせよシアの人脈を頼るという手は一瞬で行動方針から除外されることとなった。

「それで、明日からはどうするつもりなんだ? 伝手とやらを諦めるとなると、やっぱり……」
「そうじゃな、そういう時は自分の足を使うまでよ」

 あぁ、やっぱり……
 シアって体育会系というか、とりあえず詰まったら身一つで進め! 的な考え方するよなぁ。
 迷わない分次の行動を起こすのが早いっていうのは良い事だとは思うが、考える前にとりあえず行動っていうのは、思慮深く物事を考えろと俺へプレッシャー掛けてくるやつの取るべき行動方針じゃないと思うんだが……
 それでも俺よりも遥かに思慮深いという事実に軽く凹む。
 確かに俺って先の先まで考えるタイプではないけれど、そこまで考え無しとか言われる様な生き方してきたっけかなぁ? まぁ、現代日本よりもこの世界の方が遥かに生きるのが難しいとは思うけど……

「それで、足を使って一体何をやるんだ?」
「北を、この国の隣国を越えて更に向こう。かつて大空溝と呼ばれた場所を目指す」

 おおう……旅のスケールが一気に上がった。
 RPGっぽいといえばRPGっぽいが、いきなり『首都へ行こう』が突然『隣国を越えてさらに先へ』とか言われても戸惑うのはしょうがないってばよ?

「えぇと、言葉の響きから察するに、街とかじゃなくてダンジョンの類だよな。大丈夫なのか?」
「安全か、安全でないかで言えば安全ではないとしか言いようが無いが、現状あてに出来そうな場所がそこくらいしかなさそうなのでな」

 とりあえず試しにってやつか。或いはイチかバチか……って、あれ?

「……というか、何でそんなに急いてるんだ? シアの目的は俺の帰国のついでの時間潰し的な事言ってなかったか?」

 手違いで100年近く早く目覚めたシアが、時間を潰すために俺のたびに付き合う……みたいな話だった筈だ。

「多少の事なら気にするまでも無かったんじゃがな。国の在り方や主要人物の退場なんてのは流石に想定外でな。少々確認しなければならん事が出来たというだけの話じゃ」

 突発の緊急事態って事ね。
 まぁ、聞き込みの時もこの国の歴史とかについて聞き込んでたし、多分あてにしていた古い知人の血族云々について調べようとしてたって事だよな。
 飄々とした態度を見してるけど案外内心かなり焦ってるのか……?

「やらなければならない事……か。そうなると、同行はここまで……って事になるのか?」
「うん? 何故じゃ?」
「いや、シアはシアで急がなきゃならない用事が出来たんだろ?」
「まぁ、そうじゃが北に向かうのじゃから方向は同じであろう?」
「? アルヴァストが海を越えた南にあるかもしれんだろ」

 というか、実際俺達が海渡ってきたんだから、普通その可能性だって考えるだろ。
 なのに、なんでそんな鳩が豆鉄砲喰らったような顔してるんだ。むしろ俺がそんな心境なんだが?

「……ああ、あぁなるほどどういう事か。確かにお前は正真正銘の迷い人の様じゃな」
「どういう意味だよ?」

 俺が別の国から来た事なんて最初から話してあっただろうに。もしかして信じてなかった……いや、俺の言葉を信用してなかったか? ……あり得るな。コイツなら。
 などと邪推していたのだが、どうやらそう単純な話でもなかったらしい。

「どうもこうも無い。南にはお前の国は無いよ。絶対にな」

 これまでにない程の断定を貰ってしまった。
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