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四章

二百三十話 コーリングⅠ

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「えっと、確か地図だとこの辺りの筈だったけど……」

 キョウくんが消えてから数日。戻ってくる気配は無く、私はと言えば情けない事に途方に暮れていた。
 リアルの予定があって……と言うのならまだわかる。突然連絡を絶ったことに一言文句言ってそれで終わりだ。でも彼の場合は話が変わる。リアルの用事なんてありえないから。
 いえ、もしリアルに何かがあった場合、それこそシャレになっていない。下手をすれば命にかかわるような状況になるであろうと想像できるから。
 メールで運営側に意図せずはぐれてしまった事を伝え、強制転移されたキョウくんを戻してもらえないか確認もとってみたが、返答は『現状そのものがテストケースとして重要であるため、自力で合流を試みて欲しい』という非情なものだった。
 キョウくんとずっと一緒だったエリスの様子が見ていられないのもあって、田辺さんへ連絡を取った。
 キョウくんと私のALPHAサーバでの活動をブログの形で配信するという企画の立案者が田辺さんだったからだ。
 ゲームのテストという意味で今の状況がサンプルとして有用なのかもしれないが、こちらも公式に依頼された仕事に支障が出ている。そういう理屈で話を付けられないかと考えての行動。
 はたして、田辺さんは話を聞きたいと、対話の窓口を開いてもらう事に成功はしたんだけど……

 待ち合わせの場所を探していた所で現在軽く迷っている状態だった。
 スマホの地図と見比べると場所はここで間違ってない筈なんだけど、目的のお店が見つからない。普段であれば田辺さんへ電話の一つも入れる所なんだけど、今回は訳あってそれが出来ない。
 一体どうしたものかしら。
 そう思案していた所で、唐突に背後から声を掛けられた。
 振り返ってみればそこに居たのは、まさに待ち人その人だった。

「やぁ、結城さん。待たせてしまいましたか?」
「ああ田辺さん、よかった。お店の場所が分からなくて丁度困ってた所です……って、珍しいですね。スーツ姿じゃない田辺さんを見たのは初めてかも」
「あはは、少し理由があって今は私服です。それではお店まで案内しますからついてきてください」

 そういって、田辺さんは丁度陰になっている場所へ踏み込んでいく。ビルの明かりはついていない。テナント募集中の看板の見えるビルの奥。そこには下に降りる階段があった。

「ここ、上のビルは締まっていますけど地下のお店は営業中なんですよ」

 その言葉の通り、階段を下りてみればそこにはしっかりと明かりがともっており、目的の店の看板もそこにあった。階段の入り口が道からちょうど死角になっているせいでその明かりにも気が付けなかった訳ね。
 これ、客商売としては立地最悪なんじゃ……?

「こんな所にお店があったんですか。良く知ってましたね」
「今回の為に必死で調べましたからね」
「え?」

 田辺さんに案内されるがまま店へ入り、奥の部屋へ通される。ちゃんと予約を取っていたのね。
 個室というほどではないけれど、壁が間仕切りの様になって入り口側からこちらの姿がすっぽりと隠れる様な席へ案内され、腰かけてようやく一息つく。

「では、時間を無駄にする訳にも行きませんし、早速の結城さんの聞きたい話について何ですが……その話の前にまず、これから話すことに関して結城さんには絶対に口外しない事、メモにも残さないという事を約束して頂きたいんです」
「えぇ、守秘義務は元から守るつもりですが」
「いえ、守秘義務契約外の、この場で私と話した事もゲーム内容に依らない全ての会話内容の、あらゆる情報を一切封印して頂きたいという話です」

 凄い念の入れようだ。でもスマホでの連絡を絶つことを条件に出された時点で、色々普通じゃない事が起きているというのは薄々でも分かっているつもりだ。

「分かりました。お約束します」

 だから答えは最初から決まっていた。

「ありがとうございます。信用させていただきます。立浪さんの話は色々気密性が強いというのもありますが……現状色々とあって、今は迂闊に社員にも聞かせられない事が多いんですよ」
「だからいつもみたいに会社で待ち合わせないで、こんな店を用意したって事ですか?」
「ええ。誰に聞かれているかもわかりませんからね。ほらスマホ、電波見てみてください」

 そう言われて、画面を確認してみると電波が届いていない。
 最近はスマホの電波は強くなってきているとはいってもやはり完全ではない。この店の立地はコンクリートのビルの地下にあるから、電波が届きにくい立地であることは間違いない。

「この店を選んだ理由はこれですか?」
「ええ、言ったでしょう? 誰に聞かれているかわからないと」
「凄い念の入れ様ですね」
「それだけ重要な話だという事です」

 一体何があったというのか。
 確かに現在のキョウくんは一人迷子の状況で、私たちにとっては非常事態に他ならないけど、あの転移自体はゲーム内アイテムによる正常な効果の筈。それだけでここまで警戒するものなの?

「単刀直入に言いましょう。現在社内に良からぬことを企む者が潜んでいる可能性が極めて高いです」
「えぇっ!?」

 それは私が想像していた事とは話の方向性がまるで違うものの、とても聞き捨てならない情報だった。

「企業スパイと考えていますが、それにしてはこちらの手の内を知り尽くしている感が強い。もしも他社からスパイ目的で送り込まれていたとすれば、それはこの企画が動き始めた数年前まで遡る事になります」
「ちょ、ちょっと待ってください。どうしてキョウくんの話が突然企業スパイの話になるんですか!?」
「……遺憾ながら、それが今回の件と無関係ではなさそうだからです」
「それって……」

 企業間の闘争にキョウくんが巻き込まれたって事? でも一体何時?
 私たちは普段ALPHAサーバに引きこもっている。となると、イベント等で本サーバに行っている間に? でも、私もキョウくんも何事も無く大会に参加して、普通にイベントを終わらせてALPHAに戻った筈。
 何か攻撃を受けていたような気配は何処にもなかった気がするのだけど……

「結城さんが知らないのも仕方が無いです。立浪さん……キョウにも誰にも口外しないように伝えていましたから」
「ど、どういうことです!?」
「ゲーム内のログに、バックドアについて対処したということを出来るだけ残したくなかったんです。犯人がそこから失敗を悟って別の行動を起こす可能性がありましたから」

 そこで、あの闘技場イベントの裏で何が起きていたのかを、この時初めて聞かされた。
 それはサーバ内の出来事に留まらず、社員IDの書き換えや不法侵入など、直接的な犯罪まで含まれていた。
 そして何者かがキョウくんのアバターにバックドアというのを仕込んで何か情報を吸い出していたという事

「キョウくんのアバターにウィルスが仕込まれてた……って事ですよね?」
「少し違います。彼のアバターに中身を好きに覗き込んだり、ウィルスを自由に流し込めるようなセキュリティの穴を空けられた……と言うのが正しいです。そう言った不正な経路を作るものをバックドアと我々は読んでいます。」

 開発側が意図しない所から穴を空けて自由に出入りするからバックドア……つまり裏口という意味ね。

「つまり、放っておけば酷い事になる可能性があるって事ですか?」
「はい。新作とはいえゲームのテスト版のアバター相手にわざわざバックドアを仕込む事を目的も無く行うとは考えにくい。またキョウの特殊性については以前話したと思います。ピンポイントで彼が狙われた事から、犯人の目的がキョウのデータである可能性も否定できない」
「キョウくんのデータを?」
「彼は事故によって身体が全く動かせません。しかし現在バーチャルの世界の中だけでという限定されてはいますが自由に過ごしている。このデータは使い方によっては様々な分野で応用できる可能性があります。下世話な言い方になりますが金になるんです」

 それは……確かにそうかもしれない。
 SF物のお約束で、老人が身体を捨てて仮想世界へ逃げ込むなんて話はよくあるのだ。SFを置いておいても、寝たきりの人間はすぐに精神が後退する。少し前まで元気だったおばあちゃんが、転んで足を折って入院してベッド生活になってすぐにボケが始まったのを私は見てきている。
 そう言った人たちのケアに仮想世界を使うというのは、方法の一つとしては有りなんじゃないかと普段からアニメやゲームに触れている私なんかは思えてしまう。
 そして、それを実際に現在経験しているキョウくんのデータは、そういう事をしようとしている企業にとっては貴重なサンプルデータになりえると素人の私でも容易に想像がつく。
 
「今回の問題に関与できる人材はそこまで絞り込めるほど少ないですからある程度の絞り込みが可能でした。ですが、その頃のわが社の主力はアーケードゲーム。そんな会社にスパイを送り込むとは考えにくい」

 確かにアーケードゲーム会社の為に人員を何年も先を見据えて送り込むなんて、コストに対するメリットが見合っているようには思えない。

「となると、スタッフがNew worldのデータを手土産に他者へ乗り換えようとしていると考える方が現実的なのですが……そうであるなら今回の様な調べればすぐに判るような雑な攻撃を仕掛ける理由が思い当たらない。自分の離脱を発覚させるヒントになりかねませんからね。実際に今こうして私がある程度まで容疑者の範囲を絞って警戒している訳ですし」
「だから、今対処していると悟らせないためにこんな手を込んだ事をしているんですね」
「犯人の手口は巧妙過ぎます。実際バックドアプログラム自体は発覚直後にダミーの情報を噛ませて偽装していますが、そのプログラムが何時、どうやって仕込まれたのかを特定できていないんです。他にも色々腑に落ちない点があまりに多い」

「だから監視されそうな会社や、データを覗かれる可能性のあるスマホに情報を残さないようにしたんですね」
「電波の届かない場所を選んだのも盗聴対策です」
「あっ、もしかしてその格好も?」
「えぇ、私が気付かないうちにスーツや靴に盗聴器を仕込まれているかもしれませんから」

 そこまでしないといけないなんて。これじゃまるで……

「スパイ映画みたい」
「実際それくらいに警戒して行動していますよ」

 なんだろう。普段なら笑って流すような言葉なのに、真顔で返されてしまった。
 それだけ本気なんだってことなんだろうけども。


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