ν - World! ――事故っても転生なんてしなかった――

ムラチョー

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四章

二百二十九話 島の外へⅢ

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「この嘘つきぃ……!」

 夕方に出発して丸一日程の船旅を終え、見知らぬ海岸についた俺は震える足腰を鞭打って、何とか砂浜に降り立った。
 シアの言う通り船は小型で、暴れまわれるようなスペースは無かったから油断していた。だが、鍛錬と言うのは別に飛んだり跳ねたりしなくても出来るのだ。……出来てしまうのだ。

「寝て過ごしても良いが、一日身体を動かさなければ取り戻すのに三日かかるぞ?」

 などと言われては、身体を鈍らせないようにせざるを得ない。そして、起きている間いは凄く地味で、それでいてやたらとキツイ体制固定や体幹強化の鍛錬をする羽目に。

「体幹がしっかりしとらんから、波に揺られた程度で姿勢を崩すんじゃ」

 とか、当たり前のように言ってくれたが都会っ子の俺は、大型船なら兎も角こんな木造の小舟になんて乗ったのは生まれて初めてなんだっつーの。
 話に聞く船酔いにはかからなかったが、波の揺らぎを常にに意識する羽目になった反動か、こうして砂浜に降り立ったのにまだ波で揺れているような錯覚を味わっている。
 吐くほどじゃないが、正直船の上に居た時よりも今の方がキモチ悪い。

「ほれ、陸についたんじゃ。シャキっとせんかい」
「分かってるけど今は頭ん中がウネウネ揺れてるんだよ!」

 波に対応するようにしていた平衡感覚が、固い地面に立ったことで今まで揺れが収まった代わりに、今度は平衡感覚だけが独り歩きしてゆらゆら揺れているっていうか……あの目をつぶって野球のバットを軸にしてぐるぐる回った後にまっすぐ歩くのが難しいやつ。あんな感じだ。

「どんな状況でもまっすぐ歩く。そんな基礎的な事すら満足にできない様では、戦う技術以前の問題じゃぞ」
「基礎的の基準が高すぎやしないか!?」
「阿呆、儂の基準が高いんじゃない。お前さんの基準が低すぎるんじゃ。当たり前の日常が送りたければ構わんが、お前さんは戦士として強くなりたいんじゃろうが」
「うっ……」

 ごもっともな話だ。ぐぅの音も出ねぇ。
 実際、船旅中に海賊に襲われたりしたときに、まっすぐ歩けないとかいう理由で戦えないとか戦士失格どころじゃねぇわ。

「まぁ良い、その辺りはおいおい仕込むとして、今はまず日が暮れる前にさっさと人里を目指すとしようか」
「え、船はどうするんだ? ここに放置って訳にも行かなくないか?」
「そんなもん」

 おもむろに取り出した槍を船に突き込み――

「こうすればよかろ?」

 ゴアッ! っと、叩きつけるような熱風に、顔をそむける。
 そしてチリチリとくすぶる熱気を無理やり無視するようにして視線を戻してみれば、砂が解けて黒く固まっており、そこにあった船は跡形もなくなっていた。
 一瞬で消し炭だ。いやマジで燃えカスすら残らない文字通りの焼失だった。
 俺、一瞬とはいえあんな物騒な槍を掴んでたのか。生きててよかった……のは良いとして

「良かったのか? 船燃やしちまって。島に戻るときとか……」
「戻る気はないから気にする必要はあるまい? 流石に二度寝するような気にもならんしのう」
「え、まぁアンタがそれで良いなら俺は構わんけど」

 俺は帰り道……? というかエリスやチェリーさんたちと合流できれば良いし、付き合ってくれてる側のシアが良いというならそれでいいのか。

「構わん構わん。……さて、多少地形が変わっておる様じゃが、水位が上がったか? ……それにこの辺りには街道があった筈なんじゃが……うーむ。これはちと様子を見た方が良さそうじゃの。」

 何か想定と違った事になってるようだ。と言っても、俺はここに来た事は一度もないし、何がどう想定外になっているのかさっぱりわからんが。

「少々確かめたいことがあるから、少し周囲を見て回ってくる。お前はここで待っているが良い」
「それなら俺も……いや、やっぱり大人しく待つわ」

 陸酔いでそれどころじゃなかったわ。まっすぐ歩けるかも怪しい。

「それで良い。戻ってくるまでにせめて動けるようにはなっておけよ?」
「わかった」

 そういって去っていくシアを見送りつつ、生えていた木の根元に腰を下ろし背中を預ける。
 あぁ、頭がぐわんぐわんする……

 何か、ここ最近ずっと目的の場所につくたびに疲弊してダウンしてる気がするぞ俺。
 地下から脱出してキャンプに着いた時もそうだし、キャンプから船が隠してあった場所まで行ったときも。そして今もまたぶっ倒れてる訳で……俺ってそこまで体力無かったか?
 結構体力ついてきたと思ってたんだが、まるで足りてなかった? 少なくとも本サーバの現対人トップ勢と比べても見劣りするようなスタミナではない自信はあったんだが……もしかして日本人基準はヌル過ぎるのかね?
 ……単に俺の居るこのエリアと俺のレベルが全くかみ合ってないだけな気が凄くする。
 だからこそのスパルタ育成なんだろうけど、これもパワーレベリングって言うのかね? 半ばバトルもの少年漫画の修行シーンじみて来てる気がするんだが。

 まぁ、何もなければここまでハードだったかはともかくエリス達と一緒にレベル上げという名の修行の旅に出る予定ではあったんだが、それにしてもハード過ぎやしないだろうか。
 始めたばかりの時、田辺さん達からあのレベルでライノスと戦うなんてとんでもないとか言われたけど、今の状況を鑑みるに、あの時よりも遥かに無茶してる気がするんだよな。
 ライノスの時はハティが、今回はシアが助っ人としてヤベー時は助けてくれるという状況は似ているが、相手にしている敵の強さが色々おかしい。アレから俺も強くなってる自覚はあるからパラメータ上での戦力差という意味ではライノスと戦った時と同じ程度かもしれないが、ここの化け物共は体力お化けだっただけのライノスと違い、如何にもヤバい毒とか、風を操る能力とか、とにかく危険な力を持っている奴が多い。
 シアの話ではあの島で見た特別強かった奴ら以外にも、危険な虫や獣はちらほらいると船の上で聞かされたし、環境含めて危険度は遥かに高いと感じる。

 腕輪を弄ってステータスウィンドウを表示させてみる。
 自分の成長具合でも確かめられるようになっているかと淡い期待をしては見たが、相変わらずウィンドウにはNow Loadingっぽいリングアイコンがグルグルと表示されている。風景が普通に動いている事や、シアと会話出来てところを見ると、回線が切断されているわけではない筈だ。ただ、今も何かを読み込もうとし続けていて、あのワープの後から内容がちっとも更新されていない。当然こんな状態では自分が成長しているかどうかなんて全く確認しようがない。
 数値の確認は諦めた物の、流石にこれだけ無茶をしていればさぞレベルも上がっている……と思いたい。
 が、このゲームの事だ。オーバーワークでの悪影響なんてものまで実装している可能性も完全には否定はできない所が怖い。
 ……いや、弱気になってちゃだめだな。ライノスのときのアレや村襲撃の時のソレだって、どう考えても無茶しまくった結果一気にレベルが上がったんだし、鍛えた分だけ強くなるのは間違いない筈………筈だよな?
 まぁ無茶した結果、ライノスの後は膝壊してしばらく動けなかったし、王都では寝込む羽目になった事考えると、MMOでおなじみのデスペナルティよりも遥かに思いペナルティ喰らってる気がするけどな。一度死に掛けたら数日の間行動不能とか、キャラロスト程ではないにしろ……いや、別キャラ作り直しとかできない分、考え方によってはデスペナよりも厳しいんじゃないだろうか。
 これも、一般プレイヤーにはない、俺だけのデメリットだよなぁ。最初の頃は一般プレイヤーには感じられない感覚とかもあるから、考え方によっては良し悪しもある……程度に考えていたけれど、実際色々経験してみてメリットに対するデメリット多すぎじゃなかろうか?
 まぁ、ALPHAサーバは実験施設みたいなもんだし、こっちでの事でいちいち文句言うつもりはないけどさ。本サーバには呼ばれて大会参加とかでしか顔を出す事無いしな。
 というかあっちに行くと、こちらと違って感覚が曖昧になりやすいからあまり好き好んでいきたくは無いんだよな。ALPHAサーバに直接繋いでいるという俺の個人的な特殊状況が関連しているのかどうかは専門知識のない俺にはわからんが、こっちにいる方がノイズを感じないというか感覚がクリアになる。
 特に今なんかだと、このゲームを始めた当初よりも遥かにはっきりと違いを感じられるようになってきている。それが良い事か悪い事かはさて置き、やっぱりこれは俺がこのゲームの世界の中に馴染んできたという事なのかな?

 なんて事を、身体を休ませながらぼーっと考えていたら、シアが帰ってきた。
 空から。

「うおぁっ!?」
「またそんな……いちいち大げさ過ぎると言ってるじゃろ」

 俺が休んでいたすぐ脇に、砲弾の着弾かと思えるような勢いで着地したシアはまるでアホの子を見るような目でこっちを見てきているけど、これどう考えても悪いのはアイツの方だよな!?
 足元の砂が吹き飛んでこっちは砂まみれになっているんだが?

「まぁいい。大体の事は判ったから予定通り出発するぞ」
「俺の方は全然良くないんだが……というか随分様子見というには早かったな。まだアレからそんなに時間たってないだろ」
「周囲の地形を確認するだけだったからな。記憶と照らし合わせるための目印になるような物さえあれば、さほど時間はかからん」

 といっても、今さっき着地したような勢いで飛び回っていたんだろうな。であればこの短時間で調査を終わらせられたのも納得がいく。

「それで、周囲の地形が想定通りだったとして、目指す場所は判ってるのか? 砂浜まではあの船が全自動で運んでくれたけど」
「正直わからん」
「おい?」

 見回ってきて出た答えがそれかよ? 周囲の地形を確かめて、結果目印になる者は見つからずに迷子だったことが判りましたとかそういうオチか? 
 いや、マジで勘弁してほしいんですけど。というかそれ大問題なんじゃないのか?

「なんてな。一応目的地はある。この辺りの地形も、記憶とはだいぶ変わってしまっておるが、幾つかの場所を回ってみてここが目的の場所であることは確認する事は出来た。ただ、なにぶん時が経っておるからな。果たしてこれから向かう目的地の街が今もなお健在かどうかまでは儂にはわからんという話じゃ。何分そこまで大きな街ではなかったのでな」
「あぁ、そういう意味か」

 驚かせやがって。てっきり見覚えも無い場所にたどり着いたのかと思ったじゃねーか。
 道案内まで道に迷ったのかと本気でヒヤヒヤしたぞ。

「どうせ自分の目で確かめるしかないからの。予定通り儂が眠りにつく前に街があった場所を目指すとしよう」
「わかった」
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