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四章
二百二十七話 島の外へⅠ
しおりを挟むユーグリッドとレオンが結婚して番になったのは三年前だ。
18歳で上級学校を卒業し、レオンはすぐにクリスタニア家の研究所員となった。学校でも無事に生活し、Ωであるという認識が、危機感が無くなっていた。薬でフェロモンも発情期もコントロール出来ていると思っていた。
その過信が良く無かった。
セルトレインのように少なくとも番を作ってから勤めればよかったと、後悔しても遅い。
レオンは研究所内で予期せぬ発情を迎えた。
二週間前に発情期は終わっていた。三か月周期のそれが起こるはずがなかったのだ。
混乱した。
とにかく一緒に居たβの研究員に両親のどちらかを呼んでもらうようお願いして、身を隠せる場所を探した。
番のいるΩは不特定多数のαを惑わせるフェロモンを出すこともなければ、番以外のαから発情を誘発されることもない。だが番のいないレオンのフェロモンは不特定多数のαを惑わすし、αからの発情期の誘発も受けた。
(誰かがΩを発情させようとしたのかな?)
誤ってそれが自分に起きてしまったのかもしれない。
第二性を扱う研究の多い場所だ。αも多いためその扱いは慎重に行われているが、番のいないΩの研究員はレオンだけだった。
そもそもΩの研究員は数が少ないので、今までの設備ではこういった抜けが出来てしまっているのかもしれない。
(原因追求はとりあえず後回しだ。今は隠れないと……)
他の研究員、特に優秀なαに迷惑がかかってしまう。
そんな突然の発情期や、αの傲慢にΩが利用されないよう、カトラシアは法律で建物内に一定間隔でΩが逃げ込める避難場所を作る様に定められている。
それらは不備がないように、抜き打ちで国家組織が点検をするくらい徹底したものだ。
研究所にもΩが避難できる場所があることを小さい頃から出入りしているレオンは当然知っていた。
だが、その入り口のことごとくにαがいた。
そのうちの一人の顔を見た時に、数日前の会議を思い出す。
(そうか! 俺は実験に利用されてるんだ!?)
今、レオンは首にフェロモンの消臭が期待できる素材で作ったネックガードを嵌めている。その素材の効果をどのように確認するか、先日話し合っていた。この技術が進めば急なΩの発情が起きても、理性を失ったαに襲われる確率はさらに下げることができる。
番夫婦に頼んで発情期に検証してもらうということで決まったが、その話し合いの中で「番ったΩではフェロモンが変わってしまっているから、番ってないΩで試さなければ意味がないんじゃないか」という意見も出た。
十数名居た会議室の中、数名のαがレオンを見た。その視線にゾワリと背筋が凍る。αの威圧を感じたからだ。
「それは時期尚早だろう。番のいるΩで効果の確認が取れてからでなければ無駄な実験になる」
そのレオンにとっては気持ちの悪い空気を吹き飛ばすように、静かな声が会議室に響く。会議に参加している中で一番上役であるユーグリッドが否と言えばその話は無効になった。
会議の後、せっかくだから使ってみたらどうかとβの研究員に渡されたネックガードを、レオンは身に着けていた。
実験をするにしても、Ωに手出しが出来ないようにαを拘束した状態で行ったり、フェロモンに影響を受けないβを同席させるべきだ。
もしネックガードの効果がなく、発情中のΩのフェロモンが作用してしまえばαは欲望を止めることが出来ない。発情し運動機能を低下させたレオンにも抗う術がない。
そんなことは考えたくなかったが、避難場所に行ったが最後、どうなるか判ったものじゃない。
研究所内でレオンは顔は悪いが優秀なΩと認識されていた。
αばかりの学校を優秀な成績で卒業した事実は大きい。
顔が悪くて魅力が無かろうが、番のないΩのフェロモンはαを強制的に発情させるのだ。レオン相手でも発情し、優秀な子どもを産ませることができる可能性は高い。
(いやそんな事じゃなくて、ネックガードの効果実験……だ、間違いない)
自分が狙われるなんて思えなかったが、震える身体を叱責しながらどうにか足を進める。
フェロモンを消臭するネックガードはきちんと効果があったのだろう。αに捕まることなく、気付けばユーグリッドの執務室の前にたどり着いていた。
扉をそっと開ければふわりと大好きなユーグリッドの匂いがする。
レオンはふらふらと室内に入り執務机の足元のスペースに身を隠した。そのままユーグリッドの匂いの濃い椅子へ頭を乗せる。
レオンの記憶がはっきりしているのはここまでだった。
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