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四章

二百四話 初めてのダンジョンⅤ

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――ガチ、ガチッ――

 音……何の音だ? 硬いものがぶつかる音。
 軽くはない、強い力でぶつけ合うような……牙を嚙合わせる音……? いや、この音は――

 ガガガガガガガッ!!!

 足音か!!
 凄まじい振動と共に連続する音の乱舞。

「来るぞ!!」

 イダの叫びを聞くまでもなく武器を構える。
 天井でも壁でもなく、素直に床を駆けてきた魔物が扉から飛び出てくる。
 デケェ!?

「デケェ!?」

 よかった、俺だけの感想じゃなかったらしい。やたら広い廊下だったのに、もたげた頭は天井付近の位置にあるし、全長で言えば、ぱっと見でアーマードレイクに匹敵するサイズがある。
 巨大モンスターって言うと最近戦ったボス猿を思い出すが、デカいってのはただそれだけで武器なんだよな。まともに切り結びたくねぇなぁ。
 つか何だコイツ、虫……サソリ!? いやでもなんか上半身みたいなのがくっついて……
 フォルムだけ見るとぱっと見サソリの様に見えたけど、上半身をもたげて爪を構えるとカマキリみたいにも見えるな。どっちにしろ虫のような見た目なのに、身体を覆う甲殻はゲームに出てくるドラゴンのような、それでいてフルプレートメイルみたいな形状で、本当によく判らん生き物だ。

「ちょおまっ!?」

 鞭のようにしなって飛んできたのは尻尾か! 研究者を殺した鉤爪はアレか。
 っつーか、扉の前に待ち構えてたんだから真っ先に狙われるのは自然だけど、迷いが無さ過ぎだろ!?

「ぐぬっ!!」

 鉤爪を殴りつけるようにして受け止める。やっぱり図体がでかいだけあってさっきの魔物の攻撃よりもかなり重い。

「キョウ!」
「キョウくん!」

 俺が攻撃を受けた瞬間、エリスとチェリーさんが魔物へ斬りかかるも、甲殻に弾かれ有効打は与えられなかったようだ。
 体勢は崩れたが、ダメージは見られない。
 一瞬でもひるんでくれれば良かったのだが、まるで意に介さないかの様にすぐにまた飛びかかってきた。弾いた尻尾は引き戻され、その尻尾の反動を使うようにして代わりに尖った足爪が飛んでくる。
 直線的なので尻尾よりは受けやすいが

「クッソ、重い!」

 足爪をぶつけられた勢いのままなぎ倒される。細っこい身体をしているが、とんでもない剛力だ。
 床がタイル張りだったからよかったものの、砂利だったら背中がズタボロにされていた所だ。すぐに立ち上がって――

「って、うおおおおお!?」

 てっきり追撃が来るかと思ったが、何故か倒れた俺を無視して近くに居たチェリーさんに突撃していった。
 そこはまぁ助かったんだが、問題は倒れた俺の上を通り過ぎて行った魔物だ。ただ通り過ぎるといっても、8本もある超重量の鋭い爪が俺の真上を通り過ぎて行ったのだ。
 当然ながら跨いで通る様な気を利かせてくれるわけもなく、槍のような爪先を避けるので必死だった。あんなので踏みつけられればそれで終わりだ。シャレにならんわ。
 というか、ひき殺すつもりでターゲットを次に移したのか? だとしたら殺意が高すぎる。
 っと、寝てる場合じゃねぇ。フォローに入らねぇと。

「こんのぉ!」

 おぉう、流石チェリーさん。あの魔物のぶちかましに対して、押されはしても受けきれるとは。やっぱりレベルによるパラメータ差はまだまだデカイな。

「硬い……!」

 エリスも魔物の気を引こうと甲殻の隙間を狙ってナイフを差し込もうとしているが、なかなか上手くいっていない。しかしそれも仕方ないだろう。固く尖った甲殻を鎧の様に纏っている巨体が凄まじい動きで暴れまわっているんだ。あの甲殻に下手に触れるだけで、俺たちの装備なんぞあっさり削ぎ落されてしまうだろう。
 リーチの短い短剣で、相手から触れられないように立ち回らなければならないのだから、そう簡単にはいかないのも仕方のない話だ。
 というか、難度か隙間に攻撃が入っているように見えるんだが、まるで効いて無いな。普通硬い甲殻に覆われた敵は関節の隙間とか腹側が弱点ってのが……って、アーマードレイクと戦ってた時も同じこと考えた気がする……
 こっちの世界のモンスターは弱点はきっちり克服する向上心の塊ですかよ?
 踏み込むタイミングは、エリスが次の一撃を入れた直後。反撃を被弾しないように下がる瞬間。そのタイミング……3 2 1……!

「つぁぁっっ!!」

 足の付け根、内側をゴルフスイングのモーションで。普段はあまり使わない横刃を先に、突き刺すようにして叩き込む。いくら頑丈っつっても背中の甲殻よりは脆いだろ!

「……!!!」

 全力で振り上げたミアリギスは、まるで鉄板を打ち抜くような手応えと共に食い込み、その自重に耐えられなかったのか、カニのように固い甲殻と棘に覆われた足の一本が根本から脱落した。
 流石に8本ある内の1本だけでは大ダメージとはいかないだろうが、多少は機動力を落とすことができた筈だ。この調子でコツコツと足をつぶしていけば、如何に甲殻が頑丈だろうが袋叩きでどうとでも出来るはず。
 しっかし……見た目通りの虫だからか、さっきの魔物の様に咆哮することは無いようだが、甲殻のギチギチとかみ合う音は咆哮とは別の意味で妙な威圧感があるな。

「やるっスね! イダ、続け!」
「あいよ!」

 バランスを崩した隙を見逃さず、ハルドとイダが切り込む。
 俺の戦法が有効だと見て取ったのか、二人ともが別々の足の付け根狙いだ。なかなか抜け目ない。だがイダの攻撃はダメージを与えられたようだがハルドの攻撃は関節にすら弾かれていた。
 俺が切りつけたときの手ごたえや、ハルドやエリスの反応から見ても、半端な攻撃は弱点と思わしき場所にすら通らないという事だ。
 弱点ですらそれとかいくら何でも硬すぎるだろ。どういう防御力してんだ!

「そいやー!」

 チェリーさんの攻撃はちゃんと通ってる辺り流石だな。
 というか割と俺も最近はガツガツ戦ってるつもりだが、パワーや頑丈さはどんどん差が開いてる気がする。普通同じように戦ってたらレベルの低い俺の方が成長速度は上がると思うんだが……
 さっきチェリーさんが受け止めた攻撃だって、俺が同じことをしたらミンチ確定だ。身体のつくりが根本的に違うんじゃねぇのかと疑いたくなるほど俺とチェリーさんとの身体のつくりが違い過ぎる。
 俺もチェリーさんも前衛だから、上がるステータスにそこまで違いがあるとは思えないんだが、どういう事なんだ?

「キョウくん! 畳みかけるよ!」
「っと、了解!」

 いけね、また大事な場面で思考が明後日の方向に逸れていた。我ながらこの悪い癖は何とかならんのか……!
 ――よし、頭を切り替えよう。
 敵の被害は、千切れた足は2本。血ぃ噴き出してる足が1本。それ以外はほぼ無傷か。
 あれ、チェリーさんは敵の背面……という事は、俺が前かよ。低レベルの俺に正面を押し付けるとはやってくれる。
 でも、コイツに関しては背面は……

「ちょおっ!? 尻尾ぉ!!」

 むしろ正面より危険なんだよな。正面を俺に押し付けて楽しようとして、見事に墓穴掘ったな。
 まぁ、正面は正面で、人……のような上半身があるから危険なん事に変わりないんだけどな。
 チェリーさんが尻尾に難儀している間に踏み込んだものの、流石に警戒しているのか上半身の両腕……爪? によって攻撃され中々近づくことが出来ない。
 正面から殴り合うと、中々にやべぇな。爪振り回してるだけかと思ったら、何気に駆け引き出来やがる。しかも、関節狙いの攻撃だけを狙って妨害してくる。関節部に当たらないと見るやガン無視で甲殻で受けているあたり、明らかに確信犯だ。足を落とされたことでこちらの手の内を学習したらしい。
 つまりこいつはそれだけの知能があるって事か。
 いや、今更か。こっちのモンスターにはNPCとは別にAIが仕込まれているって説明は以前受けてる。今までそういったモンスターと出くわさなかったってだけで、知力の高いモンスターが居ても何もおかしくない。
 というか一緒に旅してるから忘れがちだがハティがそういうモンスターの筆頭か。アイツに至ってはモンスターでありながら人間に化けて人の言葉まで理解してるんだ。AIの知性がどこまで成長するのかわからないが、場合によっては人間よりも頭がいいモンスターなんてのもいるかもしれないな。
 幸い、こいつはそこまで頭が良いという訳ではなさそうだが、ただでさえ身体能力では圧倒的に不利なのに手の内を学習されたら手に負えなくなる。

「くそっ、あまり時間はかけてられないな」

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