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四章

二百三話 初めてのダンジョンⅣ

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「おっと、そろそろランタンの油が切れるな」
「あ、じゃあ私の油出しちゃう。ちょっとでも荷物軽くしたいし」
「そんな理由かい……」

 カインの取り巻きが調査を始めてからずいぶんと経つが、扉が開く様子はない。どうやら調査は難航しているようだ。

「いやぁ、シーマさんのアドバイスに従ってたいまつじゃなくてランタンにして正解だったわね」
「だなぁ。たいまつだったらどれだけ消費してたことか」

 ゲームのダンジョンなんて宝箱とか全部回収してボスをきっちり倒してもせいぜい一時間もかかればいいところだが、実際に探索してみてわかったがとにかく時間がかかる。
 軽い気持ちで「明かりなんてたいまつで良いか」とか考えてたらえらい事になってた筈。やっぱり分かる人のアドバイスには大人しく従っとくべきだな。……まぁ信頼できる人限定だが。

「ダンジョン探索も楽じゃないってやつ?」
「いや、実際かなりしんどいと思うぜコレ? どんなにリアルなグラフィックのRPGやアクションゲームであってもコントローラでぴこぴこするのと、自分の足で歩き回るのは雲泥の差だわ。視界の悪いところは歩くだけで疲れるし、モンスターと戦って攻撃を受ければ、たとえ防御しても痛ぇし」
「あー、そういう意味ではキョウくんは私以上にハードモードよねぇ。私の感じる『痛み』は所詮疑似ダメージのバイブレーションでしかないし、疲労感も多分違うだろうからね」

 まぁ、そうかもしれんがね。
 痛みも疲れも動きを阻害する。実際に身体を動かして遊ぶこのゲームでは結構その差は大きい。
 最初は不公平じゃねーかと腹が立った。でも最近はデメリットだけではないと思えるようになった。
 チェリーさんと過ごして、いろいろ確認するうちに一般プレイヤーと比べて、随分と細かい動きが可能な事に気付いた。
 腹も壊れて下痢もするし、飲み過ぎれば二日酔いもする。でもそれは、一般のクレイドルでは干渉できない部分まで精緻に稼働しているという事だ。
 例えば腰。
 クレイドルは誤動作で人体に悪影響を出しにくいように内臓の詰まった胴体へのセンサーパーツが存在しない。パーツの無い部分も動きはするが、当然ながらほかの部位のパーツからの影響された二次的なものとなる。
 緻密な動きという点ではキョウのアバターの方に分がある。
 なら一般プレイヤーは動作の点で一方的に不利なのかというと実はそうでも無かったりもするんだけどな。

 クレイドルのパーツでの身体操作というのは、各パーツで読み取った電気信号から筋肉の動きを再現し、違和感のない動きをゲーム内で実現する。
 では腕を振るという動作を行う時、パーツの存在しない二の腕部の動きはどうなっているのかといえば、ヘッドパーツとアームパーツで読み取った電気信号から筋肉の動きを予測して最も無駄のない動きを再現する。
 まぁようするに中間モーションに機械的な補正がかかっているのだ。
 このモーション補正がかなり優秀らしく、ゲーム中は全く違和感を感じさせないが、長時間ログインした後にリアルで身体を動かそうとすると思うように動かない違和感を感じるほどらしい。つまり何気ない動き一つ一つが現実の身体を動かすよりも的確に体が動くという事だ。
 それは攻撃の動作でも当然ながら遺憾なく発揮される。つまり、クレイドルで動かしているプレイヤーは思い描いた動きを、さらに無駄を削ぎ落された状態で行えるという訳だ。
 なにそれうらやましい……

 とまぁ、そんな訳で、実は長所と短所がそれぞれあるという事が分かって以来、そこまで不公平感を感じることは少なくなった。
 あれ、でもそこを差し引きゼロにすると痛みを感じるデメリット分相殺できてなくね? ……とか考えだすとキリが無いので、おれは かんがえるのを やめた

「それで、魔物と戦ってみた感想はどうだったの?」

 ああ、チェリーさんは隊列の一番後ろに居たから戦ってる場面に出くわしていないのか。

「どう……と言われると、どう答えるべきか困るんだけど、とりあえずキモかった」
「えぇ……それだけ?」
「何というか、強さ的にはそんな大したことなかったんだよ。なぁ、エリス」
「うん。一人でも大して苦戦しない程度」

 やっぱりそういう評価だよな。イダやハルドは危険だとか言ってたが、あれで危険だなんだと言っていたらクフタリアの森で探索もオチオチやってられなくなる。慎重さは生き延びるために大事な事だと思うけど、それも行き過ぎは良くないだろう。

「そっかー……特殊なモンスターといっても強さまで特別って訳じゃないのか。ちょっと残念。楽しめそうだって思ったのに」
「相変わらずのバトルキチっぷりだな……」

 どんだけ強いモンスターと戦いたいんだよ? チェリーさんはもうちょっと慎重になるべきなんじゃねーの?
 俺と一緒に旅したいってのも、強くなりたいとかいう以前に単純に強いモンスターと戦いたいってだけなんじゃね? いや割とマジで。
 
「およ?」
「ん……地震?」

 いや、地震にしては小刻みすぎる。これは……この施設の動力が入ったのか?
 でも扉から全体の動力を入れる機構があるとは思えんし、緊急用か何かのこの扉の予備電源に火を入れたのか……?
 扉の前で何やら調べていた連中もバタついているし、そういう事で間違いない筈だ。

「お、ようやく開通かい?」

 仲間の所へ行っていたイダも戻ってきた。
 ゴゴンと重い音とともに開き始めた扉に、休んでいた全員が腰を上げる。ようやく探索再開だ。
 しかし一人だけ、エリスだけは反応が違った。飛び上がるようにして武器を構え

「キョウ! 気を付けて! 扉のすぐ向こう! 居るよ!」
「何っ!?」

 こんな近くに居たのにエリスが気配を読みそこなっていた!?
 その時点で十分脅威だ。今までエリスの探知を逃れた奴は一匹も居なかった。つまり気配を殺すという技術でだけ測れば今まで戦ったどんなモンスターよりも強いという事だ。
 それだけの知恵が回って、しかも隠密性が高い敵が、それ以外は全く駄目とかいう一点突破ステータス系主人公属性だとは考えにくい。
 扉はもう開き始めている。この手の扉は一度動き始めたら止まらないのがお約束だ。
 ついでに言えば、開かずの扉を開いた時に待ち受けるのがボス戦というのも、まぁ、お約束だよな。

 エリスの言葉に反応して戦闘組が武器を構える。
 やはり向こうのパーティは手慣れてるな。熟練というだけあって反応が早い。
 カイン達も急いで扉から離れて……

「ぁ……」

 唐突に、下がり遅れた最後尾の二人の胴体から上が無くなった。
 反応する間もなかった。鉤爪のような何かにもぎ取られるようにして、二人分の上半身は扉の奥に消え――

 ゴリッ バギッ ペキキ――

 この音は……咀嚼音か?

「喰ってやがる……まだ俺らが残ってんのに。舐めやがって……!」

 怒りの為か、ハルドの口調が普通になってんな。やっぱり作ってたのかあのキャラ。
 ……ってそんな事はどうでもいい。
 犠牲者は二名、追撃は無し。敵は扉の向こうでのんきに食事中と来た。俺達を無視して食事に入るってのは俺たちの事を食事を邪魔する危険だとすら思っていないって事か。
 確かに舐められてるな。だが……

「退避完了だ! 頼むぞお前達! 無理そうだと判断したらすぐに言え。今回の目的は討伐じゃねぇんだからな!」

 生き残りを引き連れて下がったカインからそんな言葉が飛ぶが、こいつはそもそも一度手を出しちまったら逃げようにもそうそう簡単に逃がしてくれるのかね?

「音が、消えた」

 エリスが音もなく隣に並ぶ。
 どうやら食事も終わったようだが、さて扉の向こうの野郎は腹ぁ満たされたのか、あるいはまだまだ腹ペコなのか。
 ……いや、魔獣は腹減ってなくても獲物を喰うんだっけか。なら、戦闘は確実か。
 踏み込むか? いや、迎え撃つべきだ。扉の上下左右どっちに居るのかもわからない。迂闊に踏み込んで発見前に迎撃されては目も当てられない。
 向こうのパーティも動きを見せないところを見ると同じ考えらしい。
 さぁ、魔物はどう動く?
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