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三章

百九十五話 ライラール伯

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「さて、改めて……私はエルヴィン・コーナード。ライラール伯としてこの街を治める者だ」

 着席を促され、席に着いた俺達に対してそう挨拶してきた伯爵は、何か以前パーティで見た時よりも、何というか……
 と、考えを巡らせようとしたところで、横から脇腹を突かれた。
 おっといかんいかん。

「ハイナ村のキョウと申します。先日はパーティにお招きいただき……」
「ああ、無理して言葉を飾らなくて良い。私は対面する相手の情報は事前に色々と調べておるのでな。其方が礼儀作法に疎いという事も解っておる」
「はぁ……」

 何で知ってんだ……ってのは今更か。
 大会で結果を残したとはいえ、素性の怪しい余所者を自分の屋敷に招く訳だからそりゃ調べもするか。
 主にこのギャング的な人が。

「何、私もこのカインのような男を使うのだ。細かい事に一々頓着するようなタイプではないという事だ。式典や他貴族との腹の探り合い以外で行き過ぎた礼儀を求めるつもりはない。慣れぬ事をさせても、会話に詰まるだけであろうよ。それに私も公務に関わらぬところでは少し息を抜きたくてな」

 ギャングを使いこなすって時点で変わっているとは思ったが、予想以上の変わり者だなこの人。
 というか、この人といい王様といい、こういうタイプはこの国に多いのか……? 貴族ってもっとこう、礼儀作法に異様に厳しい印象なんだが。まぁこれも漫画とかラノベのキャラ付けイメージに過ぎねぇんだけど。

「えっと、それじゃ無理のない程度で喋らせてもらいます」
「うむ。楽にするがよい」

 とはいえ、流石にいきなり王様相手にやるような砕けた喋り方するのもなんだし……いや、我ながら無茶苦茶な事考えてるが、あの王様だからなぁ。
 とりあえずここは上司と話す程度の感じにしておくか。これなら変なボロも出ないだろうしな。

「正直驚きました。お偉いさんで敬語をやめろなんて言って来たのは王様に続いて二人目です」
「フフ……陛下も堅苦しいのは嫌う性質であるからな。伏魔殿で常に気を張られておられる分、気軽に話せる相手が欲しかったのであろう」
「ええ、本人もそう言ってました」

 王様なんてやりたく無いとか普通に言ってたしな。
 というか、この人は王様の性格とかを理解してるのか。

「まぁ、私や陛下のような考え方をするのは少数派であることは間違いないであろうな。地方領主等、民に近い貴族は作法に対しては比較的寛容な者も多いと思うが、それでもやはりこだわる者はこだわるであろうな。そして都に近づくほどに作法にこだわる貴族は増えてくる」
「それは何故です?」
「格付けというのは貴族にとっては習性みたいなものでな。ちょっとしたミスでも貴族共の手にかかれば、さも取り返しのつかない失敗の様に話を盛られ、あっさりと権勢をはぎ取られるなどというのは日常茶飯事だ。だからこそ、行動の端々にも気を使い、作法という決まった型をなぞらえる事で少しでも相手へ弱みを見せぬように徹底しておるのよ」

 相手への気遣いとかそういうのじゃねぇのかよ!

「そうやって普段から作法を使うことをほぼ強要されているような状態で、礼儀作法もなくダラダラとした者を見るとそれが許せなくなる……と、いう貴族は何人か知っておるな」
「貴族が平民にやれ『礼儀がなっとらん!』とか突っかかるのは、実はただの八つ当たりですかよ……」
「まぁ、皆が皆そういう訳ではないがな。単純にもっとしっかりしろと苦言を呈するだけの者もいよう。あくまで不必要に辛く当たる貴族の中には、そういう者もいるという話だ」
「なるほど」

 まぁ、この人みたくちゃんと会話が成り立つ人もいるし、王様の周りでも何人もちゃんと俺目線での常識的な人は居たんだ。
 最初に絡んできた貴族が薬か何かでトチ狂わされていたとはいえ、最悪な印象だったせいでどうにも色眼鏡で見ちまうが、良い人はちゃんと良い人なんだよな。

「貴族というのも肩の凝る仕事が多くてな。誰もが何かしら息抜きを持っておる。楽師を呼ぶ者もいれば道化師を雇うものもある。あまりいい趣味とは言えんが色に走るものも多い。そういう意味では私や陛下のように気を張らずに話せる相手を求めるというのは、息抜きの方法としてはささやかな方なのだぞ?」
「そうやって言われてみれば、確かにささやかな物ですね……」

 そうか、ファンタジーもので良く出るエロ貴族とかも、そういう息抜きが行き過ぎた結果という奴なのかもしれないな。
 まぁ、やってる事がやってる事なんで、本人的には息抜きのつもりだろうが成敗されても文句は言えないと思うがな。

「さて、其方等をここに招いたのは、直接話してみたかったというのもあるが、今回の依頼についてなのだ」
「と、いいますと?」
「場合によっては何らかの邪魔が入るかもしれぬ」

 うわ、来おった。
 典型的なイベントフラグが。

「えぇと、何故そう思われたんです?」
「本来であれば、この件では私も同行する予定だったのだ。だが此度の件が決まったとほぼ同時に、ある大きな商隊が国に引き上げるとの事でな、私が顔を出さざるをえなくなった」

 いや、伯爵同伴予定だったとか全く聞いてないんだが……?
 カインに視線を向けると苦笑が返ってきた。その苦笑はどういう意味の苦笑だおい?

「向こうの言い分は、首都の祭も終わり、闘技大会での人の流れも落ち着いたので本国に撤退するって話なんだがな、その言い分であれば闘技大会が終わって二~三日で撤退するのが筋だろう。特に連中の本国でも今は丁度祭りの期間だ。商人であればそれに合わせて、すぐにでも帰国するのが普通だ」

 伯爵の言葉を引き継ぎ補足したカインの言を聞けば、確かに違和感がある。

「しかも、連中が動き出したのはこの件の話が決まった直後だと調べもついている。これはどう考えても臭いだろう」

 確かに、タイミングが良すぎる感じはするな。

「つまり、伯爵には今回の遺跡探索に参加してほしくない?」
「まぁそういう事であろうな。少なくとも帰還次期の偶然の一致というのはまずあるまい。何か、私を足止めする事で連中にとっての利が生まれるのか、あるいは強硬手段に訴えて、居合わせた私を巻き込む事で話を大きくしたくないのか、まだ判断するには情報が足りぬが」

 あぁ、なるほど、立場が高い相手となると、状況によっては巻き込まない為って可能性もあるのか。
 万が一、現場を見られた上で巻き込んで、生き延びられでもしたら言い訳のしようがない。間違いなく外交問題に発展する。そうならない為にあえて現場から排除するってのは言われてみれば確かにありそうだ。

「そこで、連中の介入に備えて、もう一つのパーティに参加を要請する事になった」
「その人たちの素性はハッキリしてるんです?」
「そこは問題ない。もう5年以上も専属契約している者達だ。素性も全て洗い出しているから、今回のような突発的な件では信用するに値する。近々で連中と接触した形跡もない」
「なら問題なさそうですね」
「うむ、これで少なくとも人員不足だのなんだといった口実で強引に同行する事は防げるでろうよ」

 成程、危機対処とは別に、口実を与えない為でもあるのか。
 色々考えてるんだなぁ。
 あれ、もしかして協会でシーマさんが複数パーティで行動する際のアドバイスをくれたのって、このことを知っていたからなのか?
 一応協会への依頼表という形で俺達へ仕事を振るという形式だから、担当窓口のあの人も知っていてもおかしくは無い。

「それで、仕事の内容とかも変わったりするんですか?」
「いや、其方らにやって貰う内容については何も変わらぬ、だが、襲撃の危険性があるというのは留意してほしい」
「なら、問題ないですね。元々何が出てくるかわからない遺跡探索ですし、戦いの準備は整えてあります。というか、もし邪魔が入らなければ僚隊が付くことで楽になるかもしれませんし」

 まぁ、こういう状況でそんないい風に話が進むとは思わんし、十中八九襲撃されるんだろうとは思うけどな。

「そうか。心構えが既にできているというのであれば、私からどうこう言う事もあるまい」

 心構えというか正確には、嫌な予感しかしなかったから死にたくない一心で全力で準備しただけなんだけどな。
 ダンジョン攻略は完全初心者だしな。どんなダンジョンでも舐めプは駄目、絶対。
 一戦ごとに調合分まできっちり補充して持ち込むのはハンターの常識だ。まぁ、俺はハンターではないけどな。
 
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