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三章

百九十話 感覚

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「やー、戻ってきた戻ってきた。この明瞭な感覚! やっぱこうでなきゃな……って、あだだだだ!?」

 今まで抑圧されていた分、鼻がすっと通ったような、妙な開放感がある。
 ただまぁ、感覚がクリアになったのは良いが、身体のガタガタっぷりもまたクリアに……

「確かにこっちのサーバでは色々リアリティが違うのは私も実感できるけど、立ってるだけでそこまで違う?」
「ぜんぜん違うなぁ。例えるなら、それこそゴ……」
「ゴ?」

 おっと、危ネ。

「いや……何でも無い。例えるなら、すべての感覚に靄がかかってるみたいで何もかもがぼやけた感じなんだよ。多分、製品版だけしか知らなければ全然気にならないんだと思うけど、俺のアバターってこんな状態でだろ? それでALPHAスタートだったから余計気になるんだろうな」
「そこまで違うの?」
「いや、このアバター、痛いだけじゃなくてリアルとの違いがまるで分からないレベルで五感全部あるからな? 原理は未だによく判らんが、匂いも感じるし喰ったものはちゃんと消化するからトイレだって普通に使えちゃう」

 そもそもこのアバター異常が発覚した原因が、俺の野糞だしな。

「それホント謎よね。どうなってるのやら」
「いや、俺が知りてぇよ。NPCは全部このアバターと同じ機能が開放されてるらしいから、エリスも俺と同じ様に感じてると思うんだが」
「そうなの? エリスも向こうだと感覚がぼんやりする?」

 聞かれたエリスは考え込んでいたが……

「う~ん……ちょっとだけ?」

 まぁ、戻ってきちゃった後に突然言われても判らんよな。
 でも、チョットだけってことは、気にならない程度の違いしか感じてないってことか。

「俺にはハッキリと感覚の違いが分かるから、感じ方には差があるんだろうな」
「ゲーム専用AIとして作られてるエリスと、人間としてゲームにログインしてるキョウくんとだと感じ方が違うのかな?」
「どうだろう? 正直、これは気にはなるんだけど、考えても答えが出るものじゃないし、原因究明は田辺さんに任せて、俺は考えないようにしてるよ」
「キョウくんって、何気に割り切るの早いよね?」
「いや、考えて答えにたどり着くなら必死に考えるけど、ヒントも何もなきゃ考えるのも時間の無駄じゃね?」

 正解への道筋にたどり着く可能性すらない思考は本気でただの無駄だろ。
 俺のアバターの五感機能開放問題、『何が』『どうして』『どうなった』の内、今わかってるのは最後の『どうなった』だけだからな。そんなの考えても答えなんて分かるわけないだろう。

「普通それでもつい考えちゃうもんだと思うんだけどね」
「俺だって、ヤラカシちまった後とか、うだうだ考えちゃうことくらいあるけど、それは『どうしてあんなミスをしちまったんだ』的な、答え合わせ的なもんでしょ?」
「うん、まぁそうだね?」
「それは、失敗した原因は自覚していて、失敗した答えも出ているから、無駄ではあっても今後に活かす的な意味では無意味ではない訳だ」
「意味があれば考えて、意味がなければ割り切って頭から追い出しちゃうって事?」
「時折『結局どうすりゃよかったんだよ』的にふと思い出す事は俺にだってあるよ? というか、割と頻繁にそういう事が思い浮かぶよ。でも、あくまでそれは瞬間的な話で、延々とその事に拘ったりはしないでしょ? というか、みんなそうじゃないの?」
「うーん……私はそこまでサッパリと割り切れないかなぁ?」

 そうなのか?
 チェリーさんとか、俺なんかよりもよっぽどそういう割り切りとか得意そうに見えるんだが、人は見た目によらないっつ―か……

「っと、そんな事より」
「ん?」

 外はもう大分暗いが、まだ店仕舞する時間は先の筈。
 
「遺跡調査の件。数日後って言ってたけど正確な日時は分からないだろ? 一応明日に協会で確認してみるけど、もしかしたらもう依頼票が出来上がってるかもしれないしな。……まぁお役所仕事だし、そんなに速く出来てはいないだろうけど」
「あ~、そっか。情報が出回ってた製品版側のダンジョンと違って、今回のはほんとに未知のダンジョンだからね。危険度も不明だし、準備に越したことはないか」
「元々PvP大会が終わったら消耗品以外の便利道具とかは早めに揃えておこうと思ってたんだよ。最初に貰った冒険者キット的なのも、そろそろ買い換えるのもありかなって。エリスやハティ用のしっかりとした外套とかも必要だろうし」

 エリスは事あるごとに俺の外套に潜り込んでたから、長旅用のマントとか無いんだよな。
 ハティのは言わずもがなだし。
 例えにちびっこ二人を上げたけど、当然それだけじゃない。自分用にも長旅用の、しっかりとしたブーツとかの旅装備は欲しい。
 大荷物で旅は辛いだろうし、せめて必要最低限のものはしっかりとした実用物で揃えておきたい。
 そういう意味では今回の遺跡探索は、ダンジョン探索としても、度に必要な物の選定的な意味でも色々参考にしたい。

「それもそうだね。私も行くからちょっと準備させて。すぐに済ませるから」
「わかった。ソレじゃ俺は部屋で待ってるよ」
「うん、ソレじゃまた後でね」


  ◇◇◇


 やっとこ一息って感じだな。
 旅行から帰ってきたあとみたいな考えるのがめんどくさい感がヤバい。ほんの2~3日の事なんだけどな。
 それだけ濃い時間だったって事か。
 よくよく考えると、怪我とかなら兎も角、疲労でこんな身体バキバキになるのって、このアバターになってから初めてじゃないだろうか?
 やっぱり2つの大会を短期間に連戦したのが相当堪えてるって事か。
 今までは、アバター性能の上にあぐらをかいて結構無茶な行動してきたけど、どんなに強化されてるとは言っても構造は人体と同じなんだから、こうなってもおかしくはないって事だな。

 こういうのも継戦能力的に色々と問題がでてくるだろうし、本格的な武者修行の旅をするなら、やっぱり無茶できる範囲ってのを今後見極めていかないとマズイかなぁ。ダンジョンの中で絶えずモンスターに襲われ続けるとかいう状況もあるかもしれない。自分の限界把握は短期戦でも重要だしな。
 HPやSTRと違って数値化されていないパラメータ……スタミナとかメンタルといったものは、どうしても体感で覚えるしかない。
 自己鍛錬だと基本的に動きなんかを身体に染み込ませることを主軸にやってたってのもあって、短時間内での全力活動時間は目に見えて伸びている自覚はある。それについてはスタミナが付いたという自覚はある。
 だけど長時間の継戦能力となると、意識した事は今まで無かった。せいぜい疲れにくくなったな、位の感覚だ。
 でも、武者修行は大会と違って死ぬ前に止めてくれる訳じゃない。モンスター相手に言い訳も何もあったモンじゃないしな。リスクを理解した以上は対策を取らないと。

 まぁ、それは今後コツコツと……だな。 レベル上げても動かす身体の方の疲労は流石にどうにもならんし。
 ……いや、ホントに何で疲れるんだろうな俺。手足どころか肺も自力で動かせなくてチューブまみれって話だけど、そういう自覚とかは一切ない。脳からの信号が繋がらないせいであらゆる感覚が死んでる筈なのに、疲労感とかはちゃんと来る。その理由が分かれば効率的な鍛え方とかも解りそうな気もするんだが……田辺さん、早く解明してくれねーかなぁ。
 ……なんて考えていたらノックが。

「キョウくん、準備できたよ」
「あれ、早いな。もっとかかると思ってた」
「すぐに済ませるって言ったでしょ?」

 そう言って、時間かかりまくるのが女子だと思ってた訳ですよ。

「チェリーさんだけ? エリス達は?」
「もうホールに行ってる。すぐに行かないと待ちくたびれちゃうかもね」
「おっと、そりゃ急がなきゃな」

 よし、とりあえずは装備だな。何事にも備えは重要だ。
 王都では紙や布、ハーブといった日用品ばっか買ってたからな。ちゃんとした旅用の装備を真面目に見て回らねぇと。
 この辺は、βでレベリング最前線に居たっていうチェリーさんの意見を聞いて店を回ってみるか。いきなり人任せだが、知識差は、互いにある奴に頼って補い合えるのもパーティの良い所……のはずだしな。



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