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三章

百八十八話 SADの本気Ⅴ

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 く……クソ、最後の攻防のハズが、この時間のない所で仕切り直し!?
 だめだ! 流石にこの機を逃せば倒しきれなくなる!
 強撃の反動か、やつの穂先も弾かれて他所を向いている。今なら!
 強引に前へ踏み込み、膝付近を狙った後ろ回し蹴りの勢いのまま前進。取り落した剣をすくい上げるようにして――

「イッ……っ!」

 剣を手で触ったことを示すごく短く小さなバイブレーション。それだけで、まるで電気を流されたような痺れが手を襲ってきた。
 なんだこの痛みは!? まさか俺もキョウみたいにゲーム内の感覚を……? いや、違う。この感覚……っ!?

「チッ……」

 喉を狩るような足刀を仰け反って躱して、応手は……?
 ああクソ、考えがまとまらん。この試合だけで何度舌打ちさせられたんだ俺は。
 反撃の蹴り……は間に合わないか。
 クソッ、対応が早えぇ。あの長い槍に拘ってくれれば未だやりようがあったのに、あっさり野郎も蹴りに切り替えてきやがったか。
 だが、キャラの身長差の影響で、肉弾戦ならリーチはこっちのほうが上だ。立ち回りで若干優位に立てる……といってもせいぜい数センチだが。
 前蹴りをこちらの足で受け止め、そのまま足裏を押し込んでひっくり返すように前進。
 バランスを崩すのを恐れたのか即座に離れようとしたが、それで逃がすつもりはない。
 武器を振れない間合いの内側から蹴りによる乱打で小刻みに削る。これだけじゃ逆転は出来ないが、今やれることをやるしか無い。

 手の痺れは……まだ指の感覚がない。回復にはもう少し掛かるか。
 さっきのキョウの武器への強撃でのダメージ表現で、強めのバイブレーションが続いたことで手が本当に痺れたんだな。無意識に武器を握る手にいつも以上に力が入っていたのも悪かったか。
 この電気を流されたような感じ、長い時間正座していた時の足の裏の痺れにそっくりだ。
 驚いてまた剣を落とさなかった俺ナイスだが……流石にまずいな。
 ジンジンとした痺れのせいで殆ど手の感触がない。剣に触れている感触はあるが、逆に言うとそれしか無い。なんとか親指で挟み込むようにして掴み上げることには成功したが、小指から人差し指まで全く力が入らない。
 こんな状態で剣を振れば間違いなくスッポ抜ける。
 バカ正直に剣を振るなら、せめて指の感覚が戻ってからだ。

 しかし、剣を取り落したタイミングで追撃がなかったのは何でだ? 深読みしすぎて誘いと勘違いしたのか?
 その後も追撃がなかったということは、俺が今両手ともまともに剣が振れないということはバレてないかもしれんな。俺が右手を使っていないことを罠だと警戒しているのか。
 それならその勘違いに甘えさせてもらうか。
 ジンジンとしびれる感覚はあるが、剣に触れている感触が戻ってきた。多分あと30秒もすれば感覚も戻ってくるはず。その30秒を体術だけで凌ぎ切る? 中々むずいな。
 今も蹴りの応酬で時間を稼いでいるが、こいつ蹴りの方も中々……!

 ピイーー

 残り1分のアラート!?
 準決勝を見てまさかとは思いつつセットしておいたが、実際に聞く羽目になるとはなぁ。
 もう時間がない。

 前蹴りで隙間を開けて、形だけでも剣で攻撃する振りをしかけたところで、強引に槍を間に差し込まれた。
 攻撃はない。だが、槍一本分の間合いだ。これではこちらの蹴りでは届かない。
 そのまま突けば、さらに距離を離せるだろうに、何で突いてこないんだ? さっきは隙あらば積極的に攻めてきたのに。
 まさか、俺みたいに何処かイカれたか?
 ……いや、そうじゃねぇな。これは。

 ただ構えられているだけで、潜り込もうと位置を変えても、軽く手首を返す程度の最短最小の動きで穂先を向けられるだけで遮られてしまう。
 コレまでとは違い、攻めずにただ距離を維持される時間稼ぎ的な立ち回り……これは俺の右手の故障に気付かれたか!
 キョウの準決勝のときとは逆の状況。だが、だからこそアイツは油断しないだろう。鉄壁の防御で待ち構えて、時間に押されて無理押ししたこちらの攻めにカウンターを狙ってくるはず。
 となると、残り時間の一秒ずつが、俺の選択肢の幅になる。手の痺れの回復を待つのは無理か。
 待てば待つだけ不利になるなら仕方ないが、もう賭けに出るしか無いか!

 半歩の助走から、一気に距離を詰める。この試合でキョウがやった間合い殺しの焼き直し。被弾覚悟の突撃だ。
 もう動かない左腕を盾にして最短距離を強引に詰める。
 左腕に振動。槍は直撃しているが、体力ゲージはミリで残っている。もう一撃も被弾は許されない。
 だが、被弾と引き換えに手に入れたのは、左手一本で突き出した槍の内側、右脇腹の側に深く潜り込めている。
 普通に剣を振ってもキョウの腹にぶつかれば衝撃で俺の手から落ちてしまうだろう。だから――

「喰らっとけ!」

 手のひらの真ん中に柄尻を起き、張り手の容量で腕ごと押し出すようにした突き。
 指の感覚がなくてもコレなら関係ない。俺が付けた脇腹の傷へ突き刺す様に、もう一撃を見舞う。

「ぐっ……!?」

 キョウの身体がくの字に折れる。だが、まだゲージをすべて奪うには足らない。
 突き刺さりはしたが、こちらも攻撃の支えがないためキョウが身を捩ったことで剣はスっぽ抜けていた。
 大ダメージを与えはしたが、こっちは無茶な体勢で攻撃を放ったせいで、武器を失い体勢を整えきれていない。
 そんな俺に対して、当然キョウなら決めたくなるよなぁ?
 槍は片手で扱うには、この間合では咄嗟の攻撃に向いていない。
 となると右腕か左右の足のどちらかだ。残り体力的に、不調の右腕でも十分こっちの体力は削りきれる。そして俺はその右脇腹側に居る。
 最短で狙うなら右腕か右脚。だが右脚は目の前で踏ん張りを聞かせている。体勢の軸に使われている以上、そこから即座に攻撃には入れない、となれば来るのは――

「右腕!」

 崩れた体勢のまま、伸ばされたままになっている左腕側に無理やり身体を振りつつ、がら空きの左脇腹狙いの抜き手の一撃。
 普通に放てば、キョウの攻撃のほうが先に当たる。だが、この一撃を躱すことができれば、カウンターで俺の勝ちだ。
 最後の一撃を放ちつつ、キョウの右腕の起動を確かめる。そこには……
 右腕を、振り下ろしてない……?

 何故だと、疑問した瞬間、頭に衝撃。

「ぐ……ぁ……」

 気がついてみれば、訳がわからないまま地面に撃墜されていた。


『決っちゃーーーーーく!! 試合時間9分41秒、まさかの一撃で死闘を制したのはキョウ選手だーーー!!』


 実況の声が聞こえる。この声はチェリーさんか。何言ってるのか良く頭に入ってこないが、聞こえるってことは、試合終了って事か。
 あ~~頭いてぇ。もう何も考えたくねぇ。このまましばらく転がっていてぇ……が、そういう訳にもいかんのが大人の事情か。

「ぐ……起き上がるのがツレぇ」
「よう、SAD。生きてるか?」

 見上げてみればキョウが勝ち誇った顔で見下ろしてきてやがる。
 あぁ、畜生、俺は負けたのか。

「くそ、疲れた。もう動けねぇ……」
「あぁ、正直このままイベント終わるまでここで寝っ転がっていたい気分だわ」

 お前もかよ。

「このゲーム始めてこんなに疲れたのは初めてだぞ。最近は会社帰りにジムとか通って体力とか付けてんのによぉ」
「似合わねぇ事してんなぁ」

 まぁ確かにな。ゲームで勝つためにジムで運動して……なんて、昔の自分が聞いたら鼻で笑ってただろうよ。
 本当はジムはジムでもスポーツジムじゃなくて総合格闘技のジムで、慣れないながらも色々格闘技も習ってるんだが、負けたあとでそれを言うのもなんか悔しいから黙っとこう。

「それにしてもさっきの勝負、決め手は何だったんだ?」

 あの状況での頭への一撃。
 槍では間に合わないはずだ。となると、あの一瞬でやりを手放して、左腕で肘でも脳天に落とされた? 確かに左腕側に身体を振ったが、それだと位置関係が……

「やっぱり、さっきの何で負けたのか判ってねぇな?」
「ああ、一体何やらかしたんだよ。完全に死角からの一撃だったせいで、何されたのかサッパリだったぞ」
「まぁそうだろうな。俺の懐に潜り込んできてから、俺の目の前で完全に的外れな方向注視してたの丸見えだったし」

 まぁ、こいつからしてみるとそうなるだろうな。
 ムカつくが、実際俺は死角から一撃貰って倒されてるんだから、的外れな警戒というのは否定のしようがない。

「俺もつい最近知ったんだけどよ」

 そう前置きして、キョウは自分の頭を指差してドヤ顔で言い放ちやがった。

「頭突きってなかなか強烈な攻撃になるんだぜ?」
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