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三章

百八十七話 SADの本気Ⅳ

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  ◇◇◇

 クソっ、解ってはいたが、キョウの奴、やっぱり強エェ……
 これがレベル差のハンデ無しにしたキョウの強さかよ。
 強いだけの奴なら、この大会中にも何人かいた。だが、キョウの強さは何か違う。
 準決勝で当たったエリスも驚異的な速さとセンスで、実際かなりの強敵だったが、それでもまだ想定の範疇だった。
 だが、こいつの戦い方は別だ。
 相手を追い詰める為の位置取りや距離調整での間合いの奪い合い、小技が目立つ地味な戦い方。
 本来、攻めの強いこのゲームでの最適行動は、如何に相手の懐に飛び込んで攻めを押し付けるか、という固めの戦法が基本だ。
 だが、キョウの戦い方は、自身の有利になる間合いの奪い合いを重視している。己の射程ギリギリからチクチクと斬り合い、長物のリーチを生かして自分の間合いでありながら、相手の間合いの外側という狭い距離の維持に腐心している。
 恐らく見てる側には、キョウは攻め込もうとせずに俺を追い払っているだけの消極的な試合に見えてるだろう。
 だが、それに付き合わされるこっちはたまったモンじゃない。
 一見地味に見えて、その実、圧が半端ない。

「……くぁっ!」

 一瞬でも思考に頭を取られればこの通りだ。
 腰を引いて下がったギリギリのところを穂先が掠めていった。あと一歩深く踏み込まれていれば、腹に穴を開けられてただろうが、多分……っとぉ!?

 いまので距離を測られたか? 立て続けに来た突きはこちらに届くギリギリをを攻めてきている。
 ――チッ、深く考えを詰める間もネェ。いや、考えさせないようにあえて詰めてきているか。ホント、やられたことはやり返さないと気が済まんのかアイツは。
 完全に突き一本に絞ってきたな。防御重視の左が死んだとみて早速当てる攻めにシフトしてきたか。また牽制が面倒くさくなりやがった。
 残り時間は少ない。この刺し合いからの一合で恐らく勝敗が確定する。だから、残り時間に焦って迂闊に手を出すわけにはいかない。リーチで劣るこちらはリスクを負わなければカウンターもままならない。
 牽制で放たれる突きは、確実にこちらに届きつつ、こちらの手振りの攻撃が届かないギリギリの位置をキープしている。
 そして、今まで以上に振りがコンパクトになっている。これは止め目的じゃなく、削り目的。一撃で倒せなくても一撃圏内に追い込めればそれでいいというわけだ。

 本気で倒しに来てないなら、追い詰められる前に無理やりこじ開ければ……という訳にもいかない。
 こいつの地味な行動一つ一つに対応を仕込んでやがる。もちろん連続突きの一発ずつ全てに意識を入れて来ているとは思わない。だが、その連続突きという行動そのものは必ず次の行動の伏線になっている。
 実際、あえて反撃の取りやすい大振りを見逃して、小技を狙って崩しを入れようとして、完全に読み負けてカウンター潰しを貰っちまった。
 普通は、牽制用として技を振ったとしても、せいぜいが振ってる間に相手がどう動くかを確認するくらいが関の山だ。反応の良いやつは、飛んでたら対空、地上に居たら牽制の差し合いに戻る、当たっていればヒット確認から攻め継続……とか見てから対応もするだろう。
 だが、アイツのは反撃されることすら想定に入れてた。相打ちOKの判断ではない。完全な狙い撃ちでだ。
 しかも万全の体制で待ち構えるわけじゃない。攻撃の手を緩めること無く、しかし自分の攻撃へのカウンターに対して、カウンターを合わせてきた。一体どんな集中力だよ。
 あんなのを見せられたら、ただでさえ被弾リスクがあるカウンターが更にを出しにくくなる。
 ソレこそがアイツの放つ圧の正体。迂闊に手を出せない。少しでも雑に攻めれば、手痛い反撃が待っている。今、本当に手を出して良いのか? そう思わせる立ち回りの怖さだ。

 こちらは体力で負けている。一撃圏内ではないが、後一度良いのを貰えば、そのまま畳み込まれる可能性は高い。
 連続攻撃は極めて強力な攻撃方法だが、このゲームは既存のゲームのように確定コンボみたいなのは存在しない。たしかに威力の大きい技を当てれば、衝撃で仰け反るし、相手が体制を立て直す前に攻撃を繰り出せば、無防備な相手に2発目を見舞うことも出来るだろう。
 だが例えば相手が我慢強かったり、体格の問題でひるまなかったりすればそれだけで連続攻撃は寸断されちまう。
 だからこそ、一撃一撃が重要で、止めの一撃圏内であるか無いかの違いはというのは非常に大きな意味を持つ。

 残り時間は3分を切っている
 このまま時間を浪費すると、奇襲はどんどんキツくなっていくが……無理押しが通じる相手でもない。
 とはいえ、黙っていれば時間が利するのは向こう側。
 この間合でのにらみ合いは完全に膠着状態だし……ここは仕方ない、一度仕切り直して最後の――

 一合に備えようと、跳んだバックステップを踏んだ俺の目と鼻の先に、いつの間にかヤツの穂先が迫って来ていた。

「なっ!?」

 呆けたようにその穂先を眺めた瞬間身体が動いたのは、昔とった杵柄だろうか?
 首を振ってかろうじて直撃を避けたが、キョウは既にこちらのバックステップに張り付くようにして距離を詰めてきている。
 下がるタイミングを読まれた!?
 間合いの維持をし続けるだけで優位を取れるのにそれを捨てて切り込んでくるのかよ!?
 突き込まれた一撃は今までより踏み込みが深い。確実に獲りに来ている一撃だ。下がりながらで受けられる攻撃じゃない。

「クソっ!」

 受ければ崩される。避けて、下がるしか無い。
 後ろは!? 大丈夫だ、スペースはまだある。落ち着け、俺。アイツは脇腹の傷で動きが鈍っている。逃げに徹すれば、数手で安全圏まで下がりきれる!
 真後ろはマズイ。下がりつつヤツの右側へ回り込む。右脇腹をかばうアイツの右を取り続ければ、少なくとも万全の左手からの突きを遅らせることが出来る。だから、今は生き残るためにとにかく距離を取るのが優先だ。
 追撃の隙間も今だけは無視だ。とにかく生存優先、あと一歩……
 
「シィッ……!」
「おわっ!?」

 踏み込みが深い! 殺る気強すぎだろっ!?
 くっ……喉狙い、のけぞれば……避け……きった!
 止め狙いだったか。踏み込みが深すぎて追撃に繋がらないみたいだな。これなら離脱も……

「……!」

 いや、ヤツの引き戻しが遅い! いや、まて誘いの可能性……
 頭に浮かんだ疑問をかき消すように、ほとんど反射で身体は間合いを詰めていた。
 しまったと思った瞬間には隙に食いついちまっている。判っているのにどうしても治らない昔からの悪い癖だ。大抵は良い方向に転ぶが……
 もう詰めちまったものは仕方ない。この踏み込みから最後の一合だ!

「ぉるァアッ!!」

 相手の穂先を地面に叩き落とす全力の一撃……に見せかけた様子見の一打。
 これで素直に弾かれてくれれば良し。さっきのようにスカされても、体制を崩さないように踏ん張りは聞かせて――

 ――バキィィィィン

「くぁっ!?」

 何だ!? 手が……!
 穂先にぶつけ剣から帰ってきたのは想定していたのと全く違う、弾けるような感覚。
 強烈なバイブレーションで手が揺さぶられて、剣を掴んでいる感触が殆どない。何だこの衝撃は。
 手を狙われたわけじゃない。間違いなくキョウの武器の穂先にぶつけた瞬間を確認した筈だ。となるとこれは――

「武器破壊か!?」


  ◇◇◇


 どうしよう、なんか勝手にSADが勘違いしてるが、武器破壊とかそんな大それた事は特に考えてなかったぞ……?
 単に、さっきはスカしたから、今度は真逆に強打してやっただけなんだが、素直に教えてやったほうが良いだろうか?
 確かに出来たらカッコいいかもしれんけどな、武器破壊。
 それにしても、思わぬに強打びっくりさせて隙を晒してくれればと思っての武器弾きだったが、そのまま取り落してくれたのはラッキーだったな。
 その結果……想定外の反動でSADだけじゃなくて俺の左手まで痺れて、殆ど握力が効いていないって点を考慮しなければ、だがな!
 この土壇場で、アホか俺は!?


  ◇◇◇
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