上 下
193 / 330
三章

百八十三話 決勝直前

しおりを挟む
 結局アイツ、あの後一度も戻ってこなかったな。
 実況からの入場コールに従ってステージに上るためにスタンバってるが、どうも落ち着かねぇ。
 俺みたいに、緊急の仕事が入って上司になにか呼び出されでもしてたか?
 準決勝直前のアイツの言葉を思い出すに、これで決勝から居なくなるというのは考えにくいが、本当に緊急の案件だった場合、何方が優先されるか……

 こっちの入場口からではステージの高さが邪魔をして、反対側のSADの入場口を見ることは出来ない。
 本当に来てるんだろうな? 残り時間も殆どないが……
 お、BGM。
 音が入ったってことは、そろそろ決勝が始まるか? ……なんて思った矢先にチェリーさんの声が。

『さぁ、皆さんお待たせいたしました! ついにやってまいりましたNew World第一回公式PvP大会【戦狂い】決勝戦!です。実況は引き続き私チェリーブロッサムと、秋元ディレクターでお届けします!』
『現在決勝戦のための決勝戦用ステージの最終準備中ですので、もう少々お待ち下さい』

 へぇ、決勝戦用ステージなんて用意してあるのか。
 まぁ、そういう要素があったほうが見てる側も盛り上がるか。

『ところで秋元D。決勝に残ったのは下馬評通りといいますか、公式プレイヤーのお二人ですが、これ本当に良かったんでしょうか?』
『コレばかりは実力ですからねぇ、問題ないと思いますよ?』
『テスターとして一般プレイヤーよりも長い時間プレイしてきたアドバンテージは結構大きいんじゃないですか? その辺、一般プレイヤーとの不公平感なんかもあるんじゃないでしょうか?』
『確かにSAD選手はテスターとしてはここに居る誰よりも長くこのタイトルをプレイしているかもしれませんが、それも開発の初期の話。現在のしっかり遊べる形になったのは割と最近の話です。彼は他の仕事との兼ね合いもあって、一日のプレイ時間で言えば一般プレイヤー程長い時間をプレイできるわけではありません。なので時間的なハンデはそこまで大きくないと考えてますね』

 ま、そりゃそうだよな。俺も社員として働いてた時に色々とテストプレイはしてた。入社はテストプレイヤーとしてだったけどそれだけを延々とやっていられる訳じゃない。色んな仕事が差し込まれるし、テストするべきゲームだって、フィードバックの適応だったり何なりで24時間常にテストできるわけじゃない。テストプレイなんて一日多くて3~4時間程度ってところだった。
 正式サービス開始時点ではSAD達のレベルは周囲をぶっちぎってはいたが、今では一般プレイヤーの中にもレベル4がちらほら居るし、そう遠くない先に追い越されるだろうな。
 
『一方のキョウ選手に至ってはテスターとして参加したのはβテスト最終盤の時期です。プレイ期間で言えばβ初期から参加している一般プレイヤーの4分の1程度しかまだ経っていません。なので二人共一般プレイヤーと比べてもプレイ時間によるハンデは無いようなものだと考えていいでしょう。というか、プレイ期間によるハンデなんて付けたら唯でさえ既に強いキョウ選手が手を付けられない領域に行ってしまいますよ』
『あぁ、それは確かに!』

 それは流石に言いすぎだろ。変にハードル上げるんじゃねぇよ……
 今は操作方法が特殊なせいで、偶然相性の良かった俺が一歩先んじてるかもしれないが、ゲーマーの順応度はヤバいからな。絶対化け物みたいなセンスを持ったやつが出てくるのはわかりきってる。というか、ゲームなんだから俺でも出来るってことは誰でも出来るってことだろうに。
 ゲーム発売直後では『何だこのクソ強いボスは!?』とか思ってても、1ヶ月もすると操作が脊椎反射的なものになり、必要な行動が無意識に取れるようになっていて、苦労したはずのボスが『周回余裕っすわ』ってなるのがネトゲの常識だ。結局慣れだ。慣れれば誰だって強くなる。
 そうやってプレイヤースキルが全体的に底上げされた頃にこの煽り映像出回ってたら、間違いなく『この程度でイキれる時代があったのか』とか比較される黒歴史的なやつじゃね―かこれ。まじで勘弁してくれよ

『そもそも、プレイ時間差による最大の恩恵であるステータス値は平等に設定されていますからね。勝負を分けるのは時間ではなくプレイヤースキルと言うわけです』
『バトルスキルの有無も結構響くのでは?』
『確かにバトルスキルの有無によってプレイの幅は大きく広がりますね。このゲームは非常に複雑で、力押しだけではどうにもならない場面が必ず出てきます。そんな時にスキルの存在は、行動の可能性を大きく広げてくれるでしょう』
『あ~わかります。私もテスターとして色々な場面に出会しましたが、レベルによる高パラメータだけではどうにもならない事も結構ありましたねぇ』
『しかし、当然ながらこのPvP大会ではそれが全てではありません。例えば本大会のルールでは、本来高レベルにならなければ取得できないようなバトルスキルを、ルールによるレベル制限後も使用することが出来ます。これらの有無は、戦術を建てる際の自由度という意味では確かに強力です。ただし強力なスキルは相応に消費SPもまた大量となりますが、PvPバランスでは当然Lv2相当の威力しか出せません。スキルの威力は基本肉体系や使用武器のスキルレベルに依存しますからね』
『つまり、消費はバカ高いのに威力は控えめになっていると』
『そういうことですね。強力なスキルの取得条件は、様々な身体制御スキルやパッシブスキルの取得を前提としています。それらの相乗作業によって高威力になるのですが、レベルが下がるということは、パラメータの制限にほかなりません。つまりそのパラメータ底上げの基礎となるスキルのレベルも下がってしまいますから。』

 そういやこの大会はレベル偏重気味な雰囲気からスキルに目を向けさせる為の大会だったか。
 それでもスキル推しで押し切らないのは、あからさまにならないようにっていう工夫か?
 でも今の説明だとプレイヤースキル万歳的に受け取られかねないんじゃ……

『あれ? では、レベルが下がってしまうとスキルを使用してもファンブルになるんじゃないですか?』
『それがこのゲームのスキルの特殊な所です。このゲームのバトルスキルというのは有り体に言ってしまうとSPを消費して必殺技の【型】をアバターボディで再生するという仕組みになっています。なのでプレイヤーのスキルレベルなどが足りなくても、その再生機能を手に入れていれば【型】をなぞった動きだけは出来るんです。当然低ステータスでいくら再現しても威力は伴いません。習得に前提スキルが必要なのは、想定された威力を発揮する為には最低限それ等が必要だからという事ですね』
『あ、そういう仕組だったんですね』
『先程の試合でキョウ選手の最後の一撃はスキルエフェクトが出ていなかったでしょう? あれは自動再生機能に頼らずにスキルと同じ威力の技を再現したと言うことです。だから、SP無しで最後の一撃を放てたと言うことですね。あのような強力な技はそう簡単に真似することは出来ないと思いますが、ピアースやスラスト、ブレイクと行った基本技をSP無しで再現するというのはSP節約以上に戦いの幅を広げられるでしょう』

 あ、やっぱり自力で完全再現すればSP無しでスキル発動可能なのな。
 という事はあの打点ずらしも習得可能スキルの中に存在するんだろうか?
 しかしそうか、スキルの仕組みはSPを支払ってのアバターの自動操縦って事かぁ。確かにどんなに疲れてても意図的に加減せずにピアース発動すると問答無用で全力突きが出るものなぁ。なんか納得したわ。

『実はこの話、今回のPvPイベントのラストに公式テスターですら知らないとっておき情報として皆さんにお伝えするつもりだったんですが、まさか大会中にもっと高度なことを実践する人が現れるとはほんとに驚きましたよ。デタラメですね』
『まぁ……キョウ選手ですからねぇ』

 オイ何だその反応は。
 まるで俺が問題児みたいな言い方じゃねぇか。
 こう言っちゃ何だが、わりかし真っ当にバーチャル生活を満喫してた筈だぞ俺は。少年漫画的なハチャメチャが押し寄せるような修行もしてないし、超存在と接触して世界を変革するような力を授かったわけでもない。
 俺の生活サイクルなんて基本的に村での狩りとトレーニング、それと裁縫と日曜大工くらいなものだ。
 王都訪問の後は裁縫と日曜大工がレベリング目的の少々無茶な狩りになったが、それだって高レベルのチェリーさんに依存したパワーレベリングに近いという程度の無茶だ。おかしな事はしてない……よな?

『さて、そうこうしているうちに会場の準備が整ったようです』
『その様ですね。それではコールの方お願いします』
『わかりました。それでは……』

 お、ようやく始まるか。
 こういう始まる前の時間ってなんかソワソワして落ち着かないから、さっさと試合始まってほしかったんだよな。

『東方、龍門よりはSAD選手の入場です!』

 ステージが暗くなり、スポットライトに照らされながらSADがステージ上に上がってきた。良かった、ちゃんと居たか。
 って、ちょっとまって。メチャクチャ目立ってるんですけど? こんなの聞いてねぇぞ。 あんな舞台役者みたいな真似すんのか? メチャクチャ恥ずかしいだろ!
 ぐ……あの野郎、平然な顔してステージ上りやがって。
 口には出してないが、あのニヤケ顔だ。確実に煽ってきてやがるな? 畜生いい度胸だ。やってやろうじゃねぇのさ。

『西方、虎門より、キョウ選手の入場です!』

 スポットライトに照らされて、無表情を意識しつつ、殺してやるつもりで視線はSADに集中、集中だ。
 たった2~30メートルの距離がやたら長く感じたが、なんとか表情も変えず、躓きもせずたどり着けた。ここまでは大丈夫だ。

『えぇ~、段取りではここで両者から試合前コメントを戴く所だったのですが、どうやらお二人共準備万端といった様子ですし、ここで口を挟むのも野暮というものでしょう。会場も盛り上がっていますし、この熱を維持するためにも早速決勝戦を開始したいと思います』

 あー、正直助かる。人前でしゃべるのとかホント苦手だし、そっちに気を取られて色々仕込んできたのが頭から飛びかねんしな。
 リアクションとかも特に気の利いたのは取れないから、今後ずっと俺の対応はそうしてほしいくらいだわ。

『それでは改めまして、第一回公式PvP大会決勝戦! 試合開始!!』
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

モノ作りに没頭していたら、いつの間にかトッププレイヤーになっていた件

こばやん2号
ファンタジー
高校一年生の夏休み、既に宿題を終えた山田彰(やまだあきら)は、美人で巨乳な幼馴染の森杉保奈美(もりすぎほなみ)にとあるゲームを一緒にやらないかと誘われる。 だが、あるトラウマから彼女と一緒にゲームをすることを断った彰だったが、そのゲームが自分の好きなクラフト系のゲームであることに気付いた。 好きなジャンルのゲームという誘惑に勝てず、保奈美には内緒でゲームを始めてみると、あれよあれよという間にトッププレイヤーとして認知されてしまっていた。 これは、ずっと一人でプレイしてきたクラフト系ゲーマーが、多人数参加型のオンラインゲームに参加した結果どうなるのかと描いた無自覚系やらかしVRMMO物語である。 ※更新頻度は不定期ですが、よければどうぞ

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

処理中です...