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三章

百八十話 準決勝Ⅱ

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  ◇◇◇

 こう来るだろうとは思っていた。
 こういった状況に追い込まれれば、俺だってこれ以外の手は思いつかない。
 こちらは耐久型で体力も余裕がある。
 相手はスピード型で体力に余裕がない。
 こちらは体力で勝っているが、位置取りはステージの端を背負うという最悪の形だ。

 この状況で相手が取る戦法なんて、正々堂々とか言い出して舐めプでも始めない限りはリングアウト狙い一択だろう。
 俺なら間違いなくそうする。
 なら相手だってそう考えるだろう。
 そして実際、このラッシュだ。
 正直もう少し時間を消費してから、残り三十秒くらいで勝負をかけに来ると思っていた。
 こんな早くからラストスパートをかけて、体力が持つものなのか?
 攻撃の中にはほとんど威力のない突きも混ざっているから、ある程度抜ける所で手は抜いてるんだろう。だが……

「ぐっ……」

 時折くる本命と思われる一撃には全体重を載せたかのような重さがある。
 ダメージ蓄積は大したことはないが、コレを迂闊に貰えばリングアウトさせられる危険は十分にある。これでは迂闊に手を出すことができん。
 ステージ端を脱しようと試みては見たが、流石に上手い。俺が鈍亀だというのもあるが、足さばきと攻撃を駆使して橋からの脱出は許してくれない。こういう時は重装甲の欠点を思い知らされる。
 いや、この状況ではもう攻めを捨てて守りを固めての持久戦にシフトするべきか。
 相手も俺を落とすことに全力を傾けてるようだし、その危険さえ排除すれば俺が倒される心配はない。
 このペースで削られ続けても、時間切れまで俺の体力を削り切ることはできないだろう。
 正直な所、倒して勝ちたかったが、タイムアップだって重要な戦術だ。
 相手もそれが判ってるからこそのこの猛攻だろう。

 ――それにしても、なかなかに嫌らしい攻撃をしてくる。
 本命の一撃を感じさせつつ、フェイントを行ってきたり、不意に強い攻撃を混ぜてきたりと、一瞬たりとも油断できない。
 コレは確かに、攻撃偏重気味なこの今のゲームの風潮では、並のプレイヤーじゃ捌き切ることは難しいだろう。
 つか、これが本当に怪我で引退した引きこもり元ゲーマーの動きなのか!?
 リアルの試合でもここまで捌きにくい攻め方する相手はなかなか出会わないぞ。
 ゲームしかやってない奴に出来る動きじゃ……いや、このゲームに没頭していれば自然に身体が動きを覚えるというのはあるのか?

 クレイドルは筋肉の電気信号を受け取ってアバターを動かしてる。
 なら実際にリアルで体を動かさなくても、クレイドルの中での擬似的運動によってこのゲームに特化した身体の動かし方を身につける奴が出てきてもおかしくない……のか?
 レバーを動かすのだけが得意な奴が、化け物じみた反応速度と対応力を身につけるのがゲームと言うやつだ。なら、クレイドルでのアバター操作に特化したら、どこまでの事が出来るようになるのか。
 そして、この眼の前の相手は恐らくそっち側のプレイヤーだろう。
 SADは……アイツは打倒キョウとかいってスポーツジムで運動はじめたクチだからチョット違うか。

 多分、噛み合っちまったんだろうな。プレイスタイルと才能が変なふうにガッチリと。
 それはもう、一般プレイヤーには理解できないような領域で。
 だがまぁ……

「残り三十秒……!」

 そろそろ仕留めに来るはず。この三十秒はもうパリィングも放棄して体制維持に注力だ。
 掴みとプッシュへの警戒に全力を傾けて耐えきれば、俺の勝ちだ。

「……っ!」

 俺のつぶやきが聞こえたのか、一気に雰囲気とともに攻めの質が変わった。
 ここからが本命のラッシュか。手数が減り、代わりに一発一発のが本命の攻撃に切り替わった。
 だが、この残り時間では俺の体力を削り切ることはできない。
 残り十五秒、落ちさえしなければ俺の――

「くぁっ!?」

 咄嗟に頭を避けて避けた俺の頭上を、鋭い一撃が通り抜けていった。それも後ろから前へだ。
 危なかった、咄嗟の判断で身体が勝手に動いてくれた。今のは、相手の武器の横刃の部分で後頭部を刈り取ろうと狙った一撃か!?
 この土壇場で見せた恐らく隠し玉。
 前へ意識を集中させておいての、たった一撃の体制崩しの後頭部狙いか。マジでえげつない。
 だが、凌いだ。
 これで、手は残っていない…………なんて考える訳ないわな!

 オープニングイベントでのエキシビジョンマッチは俺もリアルタイムで見ていたし、録画も何度も繰り返し見て対策を練ってきた。
 だから、この相手が未だ出してきていない本当の奥の手を見落としたりしない。

 ――残り十秒――

 来た! スキルエフェクトの輝き!
 そうだ、コイツは派手なスキル技を殆ど使わない事で知られているが、使えないわけじゃない。
 ほんの1~2度だけスキル技を使ったことがある。
 片手剣技最下位の『ピアース』。
 『スラスト』と並ぶ片手剣で最初に覚える技の一つだが、特性として突き属性の武器であれば片手剣に限らず、槍や細剣でも使えるマルチスキル。
 攻撃補正1.0倍という数値に当初は「意味あるのかこの技?」と言われていたが、蓋を開けてみれば何のことはない。
 この1.0倍は、プレイヤーのSTRで行える全力攻撃に対する1.0倍補正。つまり低SP消費かつ短いモーションで隙無く全力攻撃を繰り返せる便利ワザだった。
 それを未だ一度もこの大会では見せていない。ならその溜まりに溜まったSPは何処で使う?

「こういう、最後の最後でだよな!」

 ピアースの滅多打ち。
 威力補正がないため、全部食らっても体力的には問題ない。問題なのはノックバックだ。一発でも受けそこねればリングアウト確実。
 昔使っていたキャラが耐える系のキャラだったからだろうか。本当にやられたら嫌な詰めどころをよく判っている。
 だが……

 ――残り五秒――

 攻撃を捨てて防御に徹したタワーシールドの防御範囲は正面をほぼシャットアウトする。

 ――残り三秒――

 いくら激しく攻め立てようと、盾の上から削り取れるようなSTR極振りでもない限り、このまもりを突破することは不可の……!?

「ぐっ……!?」

 ――残り二秒――

 何……だ? 今のは?
 スラストの衝撃じゃない……!? 明らかに質が違う、芯に響くような一撃。
 一体どうやって? いや、だがしかし、俺を押し切るには――
 
 ――残り……

『試合終ーー了ーーーー! ここに来てなんと今大会初のタイムアップ試合です!』

 耐えきった、最後かなり危なかったが、俺はステージ上に立っている。コレが結果だ。
 それにしても、守りを固めてただけでここまで消耗させられるとは……
 強敵だとは判っていたが、本当にとんでもない相手だった。だが勝ったのは。

『準決勝第二試合、十分間の死闘を超え決勝に駒を進めるのは――』

 上がった息を整える。

『勝者、キョウ!』

 …………は?

 いやいや待て、待てって。
 何だそれ?
 どういう事だ? 最後まで俺はステージ上に残っていたぞ!?
 そうだ、俺はさっきから一歩も動いてない。今もリングの上にいる。リングアウトしなかったんだから勝ったのは俺だろ?
 なのに、何でだよ!?

「おかしいだろ!?」
「まぁ、あの決着じゃそう言いたくなるのは分からんでもないけど、何もおかしくはないんだよな、コレが」
「……どういう事だ? お互い倒れてないなら勝敗は体力差で……」
「だからその体力差だよ。自分の体力ゲージ、よく見てみな?」
「は?」

 体力差ぁ? 体力管理はダメージ計算でしっかりと……

「いや、待てって……何でだ!?」

 なんで俺の体力が三割切ってるんだ!?
 残り五秒の時点では五割残していたはずだぞ! あのままピアースをすべて受けてもキョウの四割を下回ることなんて無かったはず。だったら一体……いや、まさか!

「あの最後の一撃か!?」

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