ν - World! ――事故っても転生なんてしなかった――

ムラチョー

文字の大きさ
185 / 330
三章

百七十五話 本戦Ⅱ

しおりを挟む
   ◇◇◇

 何というか、ついにこの時が来たわね。
 初めてのエリスとの真剣勝負。ガーヴさんから武器を持っての稽古はまだ許されてなかったから、互いにこうして武器を持って勝負のために対峙する事自体が初めてだ。
 つい無意識に自分の槍を握りを繰り返し確かめてしまうあたり、意外と緊張してるんだな私。
 うん、でも問題ない。まさか、稽古の前に本気の勝負になるとは思ってもなかったけど、こういう事もあるよね。
 試合前からもう体は温まってる。
 ステージでの解説実況中も、ハッキリ言って気もそぞろだった。もちろん仕事だからちゃんと対応はした。
 けど、やっぱり私自身この戦いが楽しみで仕方なかった。ある意味でキョウくんとの勝負よりも。

「全力勝負だよエリス」
「うん、本気だねチェリー姉」

 本日のメインステージの二番手。
 SADさんが盤石の戦いで圧勝した勢いに乗っての第二試合だ。無様な試合だけは見せられない。
 それに、キョウくんも見ている。
 クフタリアに続いて、ここでも情けない姿を見せるわけにはいかない。たとえエリスが相手でも、一切の手加減は無し。全力で勝ちを取らせてもらう。

『それでは、時間になりましたので始めさせていただきます』

 この大会ではクフタリアと違い審判は居ないので、開始の合図は実況席の音声だけ。
 試合開始前と決着の際のみステージに音声が繋がる様になっている。だがそれ以外は普通に観客席の声なんかは普通に聞こえてくる。
 実際のスタジアムとかではないけれど、ノリをわかっているプレイヤー達が多いのか、クフタリアのコロシアムに匹敵するほどに歓声が多い。
 自分も仕事で壇上に立つことが多くなったけど、やっぱりこの叩きつけられるような大音声は、お腹に響く。うっかりすれば、その衝撃に負けて足が震えてしまいそうなくらいに。

『本日のメインステージ第二試合。エリスVSチェリーブロッサム!』

 とはいえ、それは仕事での事。
 私の仕事は実況席の上に居る間だけ。今の私はプライベートだ。そう自分に言い聞かせれば、腹を震わすこの衝撃も、ワクワク感に置き換わるっていうもの。

『レディ、GO!』

 開始の合図と同時、一気にエリスの間合いに踏み込む。

「っ!?」

 エリスは驚いたでしょうね。
 あの子がこの大会全ての試合でまずすることは、自分よりも長いリーチを持つ相手の懐にいかに潜り込むかという事だから。
 でも私は、そのエリスの踏み込みを迎え撃つようにして踏み込み返す。
 驚いたエリスがのけぞったのを見逃さず、接近の勢いをそのままエリスの胸にぶつける。
 エリスの踏み込み速度が想定よりもさらに早くて槍の穂先を合わせる余裕が無い。本当は一気に決めたかったけど、ここはショルダータックルに切り替えて少しでもダメージを奪う。 
 パワータイプの私攻撃をもろに受けたエリスは大きく下がっているが、ここで追撃をさせてくれるほど甘い相手じゃなかった。

 正直危なかったわね。

 エリスの身体が衝撃に浮いている間に少しでも追撃を入れようと踏み込もうとした目の前に、エリスのナイフが突き出されていた。
 勢いのまま突っ込めば、顔に突き刺さっていたはず。
 エリスが私の目の前に居たのはほんの一瞬。すぐに飛ばされて下がってしまったけれど、その一瞬に前進を止められたせいで追撃を完全に潰された。この停滞の数歩でエリスは息を整えてしまっている筈。深追いは駄目ね。

「……」
「……」

 私もエリスも無言で睨み合う。ガーヴさんに戦闘中の無駄な会話を禁止されているから。
 あの人に言わせると、戦闘中に喋れば息が乱れて隙を晒すことになるだけだから、戦いが始まったらよっぽど理由が無い限りは口を開くんじゃねぇと教育されている。
 だから口より先に足と手を動かす。
 一歩を下がり距離を離す動きに合わせて、槍を引き絞る。
 間合いを離されては困るエリスが、こちらの下がる動きに合わせて間合いを詰めなおそうとする動きに合わせて、引き絞った槍をカウンター狙いで突き入れる。

 わかってる。この突きは避けられる。
 エリスの反射神経のヤバさは組手で相手してる私がここにいる誰よりも良く知っている。
 問題はその後! どっちに避ける!?

「……っ!」

 回避は……左!
 私の身体の外側に避けつつ、槍の柄を盾にするような形で一気に距離を詰めようとするエリス。
 でも、その動きは対策済みなのよ……!
 腰の後ろに伸びた槍の柄を左手で殴りつけてやれば、私の腰を軸に槍がエリスの方に向かって跳ね上がる。槍の長さを盾にして、聞き手とは逆側の、しかもゼロ距離で手を封じようと思ったんでしょうけど、考えが甘い。
 流石のエリスも今の反撃は想定外だったのか、一度距離を詰めるのを諦めて大きくバックステップ踏んで距離を離していた。
 ……とはいえ、今の不意打ちを見てから回避するエリスの察知能力と反応速度はやっぱりヤバいわね。

 左前で長く構えてた槍を、右構えにして短く持って構えなおす。威力が落ちるけど仕方ない。最初の一合で大技は見切られて通用しなくなるだろうから、攻めをコンパクトに抑えるというのは最初から決めていた。
 キョウくん風に言うなら今のは見せ技ね。小さくまとまった攻撃に切り替えはするけど、その気になれば強烈な一撃を何時でも放てるという、威嚇攻撃。
 守りを固めていると思われれば、相手は気楽に攻めてくるから、反撃手段を持っていると見せつけることで、相手が警戒して強引な攻めを控えるようになるっていう駆け引き。

 少し前の私なら、こんな小難しい駆け引きなんて考えもしなかったけど、エリスやキョウくんと一緒に居るうちに、それが出来るかできないかで戦いの幅が大きく変わるというのは思い知らされた。
 その有効性が分かれば戦法を取り入れない理由は無いのよね。
 そうやって身に着けていくうちに、様子見や牽制、フェイントといった小技の有用性が身に染みて判った。
 私の武器は槍。槍の有用性はそのリーチと攻めの多彩さだ。
 特に長いリーチというのは、ただそれだけで大きなアドバンテージになる。

 良く長物武器はリーチが長い反面、密着されると対応できないなんて言われる。
 そんなのは嘘っぱちだった。同じ槍使いについ最近、あらゆる間合いでボロカスにやられたから間違いない。
 普通のゲームであれば確かにそうなのかもしれない。槍使いは槍しか使えないから。蹴り技などもあったりするだろうけど、大抵リーチの長い攻撃を持ったキャラは攻撃の隙が大きかったり、接近戦を弱くしてバランスを取られていることが多いのよね。
 だけどこのゲームはそんなバランスなんて存在しない。全ての武器がフラット。
 なら、近接戦が得意な槍使いのビルドだって当然あり得るわけよね。
 決まった行動しかとれないゲームと違って、苦手な事は克服できるのがこのゲームの良い所だと思う。

 エリスの踏み込みを鋭く短い突きで牽制しつつ、前進する。
 こういう、限られたステージ上の戦いでは、前に出るだけで自分の行動の幅が広がる。後ろに下がる自由が増え、同時に相手の行動の種類を制限できる。
 大事なのは相手の間合いに詰めさせない事。自分の距離を維持して一方的に攻め続ける事。そして……

「やっ……!」

 ――やっぱり突破してくるよね……!
 コンパクトに纏めた、限界まで隙を減らした連続突きすらも掻い潜り、距離を詰めてくる。
 ホント、どういう目をしてるんだろうね、この子は。
 当てる事より突き放すことに集中した速度重視の連続突きを、避け、潜り、躱しながら確実に一歩ずつ詰めてくる。
 そして気付けば手を伸ばせばぎりぎり届く距離。アレだけ警戒したにも関わらず、エリスの得意な間合いに詰められた。
 この距離に入り込まれない為に、自分の戦い方を変えてまで間合い管理を徹底したのに、こうもあっさり潜り込まれると色々自信をなくすなぁ。
 ……でも、非常に不本意ながら、こうなるのも想定できていたのよね、実は!

「せやぁ!」
「み゙ゃっ!?」

 そう、頭の固くなった大人が物覚えの良いこども相手に出来る対応策といえば、使ってしまった時間の分蓄積された、経験と知識による対応手を用意すること!
 といってもコレはつい最近キルシュくんにやられたばかりの技だけどね!
 でもエリスはコレを見ていない。一戦、一度分のアドバンテージ。次はきっとエリスも覚えて通用しないけど、最初の一度は通用している。ならソレでいいじゃない。
 私がやったのは長い槍の間合いの内側に潜り込んでくる相手へのカウンターの膝蹴り。偶然ではなく、誘い込みからの狙いすました全力の一撃。

 狙いは完璧、タイミングもドンピシャ!
 にも拘らず、エリスは体勢を崩しながらも倒れることなく、こちらの背後へと転がりぬけるように距離を取った。
 狙い撃ちにした顔面は無傷。代わりに右肩にダメージエフェクトがあるってことは、咄嗟に肩で受けられたって事?
 この不意打ちですら反応して見せるとかヤバすぎでしょ!?
 ……まぁいいわ、すぐに気持ちを切り替えないと。
 顔面への直撃は避けられたけど、庇った肩をキッチリ捉えた分、結構なダメージにはなった。
 実践ならとどめの場面で仕留めきれないとか、反撃で倒されかねない致命的なミス……なんだけど、体力ゲージなんて言う点取り勝負が目的のこの試合ではこれで良い。
 一撃必殺が理想だけど、このルールであればコツコツダメージを重ねる事にも意味がある。
 どれだけ相手にやる気も気力も残っていようが、体力ゲージを削りきってしまえば勝ちなんだから。
 そして

「せぇっ……!」

 子供相手だと言って情けはかけない。
 この子は私の先を行っている。年下だとかそんなのは関係ない。
 近接屋が距離を取るときと言えば、ピンチの時と相場が決まっているんだから、このチャンスを逃してあげるほど私はエリスを舐めてはいない。

 今までの攻勢が嘘のように、エリスはスルスルと攻撃を躱し逃げ続ける。よほど今の一撃が堪えたらしい。ダメージではなく精神的な方の意味でだけど。
 でも、これで時間を稼がれて冷静さを取り戻されるわけにはいかないのよね。
 引け越しになっているというなら、そのまま一気に決めさせてもらうわよ!

しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす

黄昏人
ファンタジー
ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。 4年前に書いたものをリライトして載せてみます。

【コミカライズ決定】勇者学園の西園寺オスカー~実力を隠して勇者学園を満喫する俺、美人生徒会長に目をつけられたので最強ムーブをかましたい~

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】 【第5回一二三書房Web小説大賞コミカライズ賞】 ~ポルカコミックスでの漫画化(コミカライズ)決定!~  ゼルトル勇者学園に通う少年、西園寺オスカーはかなり変わっている。  学園で、教師をも上回るほどの実力を持っておきながらも、その実力を隠し、他の生徒と同様の、平均的な目立たない存在として振る舞うのだ。  何か実力を隠す特別な理由があるのか。  いや、彼はただ、「かっこよさそう」だから実力を隠す。  そんな中、隣の席の美少女セレナや、生徒会長のアリア、剣術教師であるレイヴンなどは、「西園寺オスカーは何かを隠している」というような疑念を抱き始めるのだった。  貴族出身の傲慢なクラスメイトに、彼と対峙することを選ぶ生徒会〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉、さらには魔王まで、西園寺オスカーの前に立ちはだかる。  オスカーはどうやって最強の力を手にしたのか。授業や試験ではどんなムーブをかますのか。彼の実力を知る者は現れるのか。    世界を揺るがす、最強中二病主人公の爆誕を見逃すな! ※小説家になろう、カクヨム、pixivにも投稿中。

勇者の隣に住んでいただけの村人の話。

カモミール
ファンタジー
とある村に住んでいた英雄にあこがれて勇者を目指すレオという少年がいた。 だが、勇者に選ばれたのはレオの幼馴染である少女ソフィだった。 その事実にレオは打ちのめされ、自堕落な生活を送ることになる。 だがそんなある日、勇者となったソフィが死んだという知らせが届き…? 才能のない村びとである少年が、幼馴染で、好きな人でもあった勇者の少女を救うために勇気を出す物語。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

「餌代の無駄」と追放されたテイマー、家族(ペット)が装備に祝福を与えていた。辺境で美少女化する家族とスローライフ

天音ねる(旧:えんとっぷ)
ファンタジー
【祝:男性HOT18位】Sランクパーティ『紅蓮の剣』で、戦闘力のない「生産系テイマー」として雑用をこなす心優しい青年、レイン。 彼の育てる愛らしい魔物たちが、実はパーティの装備に【神の祝福】を与え、その強さの根源となっていることに誰も気づかず、仲間からは「餌代ばかりかかる寄生虫」と蔑まれていた。 「お前はもういらない」 ついに理不尽な追放宣告を受けるレイン。 だが、彼と魔物たちがパーティを去った瞬間、最強だったはずの勇者の聖剣はただの鉄クズに成り果てた。祝福を失った彼らは、格下のモンスターに惨敗を喫する。 ――彼らはまだ、自分たちが捨てたものが、どれほど偉大な宝だったのかを知らない。 一方、レインは愛する魔物たち(スライム、ゴブリン、コカトリス、マンドラゴラ)との穏やかな生活を求め、人里離れた辺境の地で新たな暮らしを始める。 生活のためにギルドへ持ち込んだ素材は、実は大陸の歴史を塗り替えるほどの「神話級」のアイテムばかりだった!? 彼の元にはエルフやドワーフが集い、静かな湖畔の廃屋は、いつしか世界が注目する「聖域」へと姿を変えていく。 そして、レインはまだ知らない。 夜な夜な、彼が寝静まった後、愛らしい魔物たちが【美少女】の姿となり、 「れーんは、きょーも優しかったの! だからぽるん、いーっぱいきらきらジェル、あげたんだよー!」 「わ、私、今日もちゃんと硬い石、置けました…! レイン様、これがあれば、きっともう危ない目に遭いませんよね…?」 と、彼を巡って秘密のお茶会を繰り広げていることを。 そして、彼が築く穏やかな理想郷が、やがて大国の巨大な陰謀に巻き込まれていく運命にあることを――。 理不尽に全てを奪われた心優しいテイマーが、健気な“家族”と共に、やがて世界を動かす主となる。 王道追放ざまぁ × 成り上がりスローライフ × 人外ハーモニー! HOT男性49位(2025年9月3日0時47分) →37位(2025年9月3日5時59分)→18位(2025年9月5日10時16分)

処理中です...