ν - World! ――事故っても転生なんてしなかった――

ムラチョー

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三章

百七十五話 本戦Ⅱ

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   ◇◇◇

 何というか、ついにこの時が来たわね。
 初めてのエリスとの真剣勝負。ガーヴさんから武器を持っての稽古はまだ許されてなかったから、互いにこうして武器を持って勝負のために対峙する事自体が初めてだ。
 つい無意識に自分の槍を握りを繰り返し確かめてしまうあたり、意外と緊張してるんだな私。
 うん、でも問題ない。まさか、稽古の前に本気の勝負になるとは思ってもなかったけど、こういう事もあるよね。
 試合前からもう体は温まってる。
 ステージでの解説実況中も、ハッキリ言って気もそぞろだった。もちろん仕事だからちゃんと対応はした。
 けど、やっぱり私自身この戦いが楽しみで仕方なかった。ある意味でキョウくんとの勝負よりも。

「全力勝負だよエリス」
「うん、本気だねチェリー姉」

 本日のメインステージの二番手。
 SADさんが盤石の戦いで圧勝した勢いに乗っての第二試合だ。無様な試合だけは見せられない。
 それに、キョウくんも見ている。
 クフタリアに続いて、ここでも情けない姿を見せるわけにはいかない。たとえエリスが相手でも、一切の手加減は無し。全力で勝ちを取らせてもらう。

『それでは、時間になりましたので始めさせていただきます』

 この大会ではクフタリアと違い審判は居ないので、開始の合図は実況席の音声だけ。
 試合開始前と決着の際のみステージに音声が繋がる様になっている。だがそれ以外は普通に観客席の声なんかは普通に聞こえてくる。
 実際のスタジアムとかではないけれど、ノリをわかっているプレイヤー達が多いのか、クフタリアのコロシアムに匹敵するほどに歓声が多い。
 自分も仕事で壇上に立つことが多くなったけど、やっぱりこの叩きつけられるような大音声は、お腹に響く。うっかりすれば、その衝撃に負けて足が震えてしまいそうなくらいに。

『本日のメインステージ第二試合。エリスVSチェリーブロッサム!』

 とはいえ、それは仕事での事。
 私の仕事は実況席の上に居る間だけ。今の私はプライベートだ。そう自分に言い聞かせれば、腹を震わすこの衝撃も、ワクワク感に置き換わるっていうもの。

『レディ、GO!』

 開始の合図と同時、一気にエリスの間合いに踏み込む。

「っ!?」

 エリスは驚いたでしょうね。
 あの子がこの大会全ての試合でまずすることは、自分よりも長いリーチを持つ相手の懐にいかに潜り込むかという事だから。
 でも私は、そのエリスの踏み込みを迎え撃つようにして踏み込み返す。
 驚いたエリスがのけぞったのを見逃さず、接近の勢いをそのままエリスの胸にぶつける。
 エリスの踏み込み速度が想定よりもさらに早くて槍の穂先を合わせる余裕が無い。本当は一気に決めたかったけど、ここはショルダータックルに切り替えて少しでもダメージを奪う。 
 パワータイプの私攻撃をもろに受けたエリスは大きく下がっているが、ここで追撃をさせてくれるほど甘い相手じゃなかった。

 正直危なかったわね。

 エリスの身体が衝撃に浮いている間に少しでも追撃を入れようと踏み込もうとした目の前に、エリスのナイフが突き出されていた。
 勢いのまま突っ込めば、顔に突き刺さっていたはず。
 エリスが私の目の前に居たのはほんの一瞬。すぐに飛ばされて下がってしまったけれど、その一瞬に前進を止められたせいで追撃を完全に潰された。この停滞の数歩でエリスは息を整えてしまっている筈。深追いは駄目ね。

「……」
「……」

 私もエリスも無言で睨み合う。ガーヴさんに戦闘中の無駄な会話を禁止されているから。
 あの人に言わせると、戦闘中に喋れば息が乱れて隙を晒すことになるだけだから、戦いが始まったらよっぽど理由が無い限りは口を開くんじゃねぇと教育されている。
 だから口より先に足と手を動かす。
 一歩を下がり距離を離す動きに合わせて、槍を引き絞る。
 間合いを離されては困るエリスが、こちらの下がる動きに合わせて間合いを詰めなおそうとする動きに合わせて、引き絞った槍をカウンター狙いで突き入れる。

 わかってる。この突きは避けられる。
 エリスの反射神経のヤバさは組手で相手してる私がここにいる誰よりも良く知っている。
 問題はその後! どっちに避ける!?

「……っ!」

 回避は……左!
 私の身体の外側に避けつつ、槍の柄を盾にするような形で一気に距離を詰めようとするエリス。
 でも、その動きは対策済みなのよ……!
 腰の後ろに伸びた槍の柄を左手で殴りつけてやれば、私の腰を軸に槍がエリスの方に向かって跳ね上がる。槍の長さを盾にして、聞き手とは逆側の、しかもゼロ距離で手を封じようと思ったんでしょうけど、考えが甘い。
 流石のエリスも今の反撃は想定外だったのか、一度距離を詰めるのを諦めて大きくバックステップ踏んで距離を離していた。
 ……とはいえ、今の不意打ちを見てから回避するエリスの察知能力と反応速度はやっぱりヤバいわね。

 左前で長く構えてた槍を、右構えにして短く持って構えなおす。威力が落ちるけど仕方ない。最初の一合で大技は見切られて通用しなくなるだろうから、攻めをコンパクトに抑えるというのは最初から決めていた。
 キョウくん風に言うなら今のは見せ技ね。小さくまとまった攻撃に切り替えはするけど、その気になれば強烈な一撃を何時でも放てるという、威嚇攻撃。
 守りを固めていると思われれば、相手は気楽に攻めてくるから、反撃手段を持っていると見せつけることで、相手が警戒して強引な攻めを控えるようになるっていう駆け引き。

 少し前の私なら、こんな小難しい駆け引きなんて考えもしなかったけど、エリスやキョウくんと一緒に居るうちに、それが出来るかできないかで戦いの幅が大きく変わるというのは思い知らされた。
 その有効性が分かれば戦法を取り入れない理由は無いのよね。
 そうやって身に着けていくうちに、様子見や牽制、フェイントといった小技の有用性が身に染みて判った。
 私の武器は槍。槍の有用性はそのリーチと攻めの多彩さだ。
 特に長いリーチというのは、ただそれだけで大きなアドバンテージになる。

 良く長物武器はリーチが長い反面、密着されると対応できないなんて言われる。
 そんなのは嘘っぱちだった。同じ槍使いについ最近、あらゆる間合いでボロカスにやられたから間違いない。
 普通のゲームであれば確かにそうなのかもしれない。槍使いは槍しか使えないから。蹴り技などもあったりするだろうけど、大抵リーチの長い攻撃を持ったキャラは攻撃の隙が大きかったり、接近戦を弱くしてバランスを取られていることが多いのよね。
 だけどこのゲームはそんなバランスなんて存在しない。全ての武器がフラット。
 なら、近接戦が得意な槍使いのビルドだって当然あり得るわけよね。
 決まった行動しかとれないゲームと違って、苦手な事は克服できるのがこのゲームの良い所だと思う。

 エリスの踏み込みを鋭く短い突きで牽制しつつ、前進する。
 こういう、限られたステージ上の戦いでは、前に出るだけで自分の行動の幅が広がる。後ろに下がる自由が増え、同時に相手の行動の種類を制限できる。
 大事なのは相手の間合いに詰めさせない事。自分の距離を維持して一方的に攻め続ける事。そして……

「やっ……!」

 ――やっぱり突破してくるよね……!
 コンパクトに纏めた、限界まで隙を減らした連続突きすらも掻い潜り、距離を詰めてくる。
 ホント、どういう目をしてるんだろうね、この子は。
 当てる事より突き放すことに集中した速度重視の連続突きを、避け、潜り、躱しながら確実に一歩ずつ詰めてくる。
 そして気付けば手を伸ばせばぎりぎり届く距離。アレだけ警戒したにも関わらず、エリスの得意な間合いに詰められた。
 この距離に入り込まれない為に、自分の戦い方を変えてまで間合い管理を徹底したのに、こうもあっさり潜り込まれると色々自信をなくすなぁ。
 ……でも、非常に不本意ながら、こうなるのも想定できていたのよね、実は!

「せやぁ!」
「み゙ゃっ!?」

 そう、頭の固くなった大人が物覚えの良いこども相手に出来る対応策といえば、使ってしまった時間の分蓄積された、経験と知識による対応手を用意すること!
 といってもコレはつい最近キルシュくんにやられたばかりの技だけどね!
 でもエリスはコレを見ていない。一戦、一度分のアドバンテージ。次はきっとエリスも覚えて通用しないけど、最初の一度は通用している。ならソレでいいじゃない。
 私がやったのは長い槍の間合いの内側に潜り込んでくる相手へのカウンターの膝蹴り。偶然ではなく、誘い込みからの狙いすました全力の一撃。

 狙いは完璧、タイミングもドンピシャ!
 にも拘らず、エリスは体勢を崩しながらも倒れることなく、こちらの背後へと転がりぬけるように距離を取った。
 狙い撃ちにした顔面は無傷。代わりに右肩にダメージエフェクトがあるってことは、咄嗟に肩で受けられたって事?
 この不意打ちですら反応して見せるとかヤバすぎでしょ!?
 ……まぁいいわ、すぐに気持ちを切り替えないと。
 顔面への直撃は避けられたけど、庇った肩をキッチリ捉えた分、結構なダメージにはなった。
 実践ならとどめの場面で仕留めきれないとか、反撃で倒されかねない致命的なミス……なんだけど、体力ゲージなんて言う点取り勝負が目的のこの試合ではこれで良い。
 一撃必殺が理想だけど、このルールであればコツコツダメージを重ねる事にも意味がある。
 どれだけ相手にやる気も気力も残っていようが、体力ゲージを削りきってしまえば勝ちなんだから。
 そして

「せぇっ……!」

 子供相手だと言って情けはかけない。
 この子は私の先を行っている。年下だとかそんなのは関係ない。
 近接屋が距離を取るときと言えば、ピンチの時と相場が決まっているんだから、このチャンスを逃してあげるほど私はエリスを舐めてはいない。

 今までの攻勢が嘘のように、エリスはスルスルと攻撃を躱し逃げ続ける。よほど今の一撃が堪えたらしい。ダメージではなく精神的な方の意味でだけど。
 でも、これで時間を稼がれて冷静さを取り戻されるわけにはいかないのよね。
 引け越しになっているというなら、そのまま一気に決めさせてもらうわよ!

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