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三章

百七十一話 もう一つの大会Ⅱ

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 なんやかんやで一回戦は無事終わり、現在は一回戦を勝ち抜いた人とシード枠の人がベスト16をかけて戦っている所だ。
 放送枠と違い、この控室からは4つの試合を全てモニタできているのだが、当然ながら一つの試合が佳境に入れば意識はそちらに持っていかれ、他の試合を注視することが出来ない。出来る人はいるかも知れないが、俺はそこまで器用じゃない。
 結果、勝ち抜いた全員の戦い方の全てを見ることが出来たかと言えば、結構中途半端にしか見られなかった。
 流石にベスト16ともなると一試合進行で、じっくり観戦できるわけだが、それにしても……

「うーむ……」
「どうした、そんな唸って」

 声をかけてきたのは、さっき試合のためにステージに向かった伊福部だった。

「あん? もう試合終わったのか?」
「まぁ、実力差が結構あったから、意外とアッサリな。それよりも、お前だよ」
「あぁ……なんというか、随分と玉石混交というか……二極化されてる気がしてなぁ」
「強いやつと弱いやつの?」
「そう」

 なんというか、上手い奴は本当に上手いんだ。巧みな動きや攻撃で相手を翻弄するプレイヤーが何人も居る。
 だが、それと同時に、明らかに動きが鈍いやつもまた居たりする。
 恐らく普段はレベル特化のプレイヤーで、この大会ではレベル自体はリセットされているものの、高レベルに至る過程で結果的に取得した多くのスキルの優位を使って力押しで勝ち残ってきたんだろうが……

「よくアレで勝ち残れたな」
「対戦相手も似たようなやつばかりだったんだろうさ。ミーティングでも言ってたろ? 現状のこのゲームはレベル偏重気味だって。つまりそういうタイプが一番人口が多いんだから、参加者の占める割合もお察しってことだ」
「なるほどなぁ……」

 要するに、引きが良かったと言うだけか。
 実際、モニタの向こう側ではガタイのいい盾役と思われる男がエリスに瞬殺されていた。
 仮にも戦闘の最前線で戦うべきタンクが、エリスの得意なバックスタブが通用しない、対面の一対一の試合であそこまで一方的に負けるのは流石にどうなんだ。 
 
「相手も相手だが、あの子の動きも大概だな。あの歳であんあ厭らしい視線フェイントをきっちり入れてくるとか、どんな育て方してるんだよお前」
「いい子に育つように気を使ってますがなにか?」

 少なくとも生活面ではな。
 戦闘技術は俺じゃなくガーヴさん仕込みだからな。そっちまでは責任取れん。
 だから、その胡散臭いものを見るような目をやめろ。

「それに、チェリーさんにも色々と相当仕込んだみたいだな」
「オイ、その言い方はあらぬ誤解を招きかねんからやめろ」

 俺もその表現はよく使うが、チェリーさんに関して言えば、以前イタズラで同衾スクショとかブログに上げられてるからな……
 いらん誤解を受けてトラブルに巻き込まれるような話は御免だ。

「でも実際、以前とは比べ物にならないほど動きが洗練されてるのはひと目で分かるぞ」
「いやまぁ、確かにそうなんだが……アレは俺が教えたわけじゃなくて、俺に戦い方を教えてくれたNPCのオッサンが鍛えてるんだよ」
「そうなのか? それはそれで興味があるな……俺の前居た街にも大きな剣術道場みたいなのがあって、そこで金を払えばスキル習得させてくれるんだが、そんな基礎的なトレーニングみたいなのはなかったからな」
「大きな道場って事は、人が多いんだろ? 門下生になるわけでもなく、技を買いに来るような奴に一々基礎からなんて教えてられないんじゃないのか? うちは道場というよりも、娘さんの護身術の訓練のついでで教えてもらってるみたいなもんだからな」
「なるほど、確かにこのゲームのAIならそういう事も考えるかもしれんな……」

 損得勘定とか当たり前にもってるからな。
 手早く必殺技だけ欲しがるようなよそ者に、甲斐甲斐しく世話するかと言われるとかなり疑問がある。

「結局、そういうNPCに出会えたかどうかの差かよぉ……しかも、それが隠し要素的に仕組まれたものじゃなくて、自然発生的に生まれたNPCの進化の結果ときたもんだ。レアイベントってレベルじゃねぇよな」
「たしかにな。制作側からある程度誘導とかは出来るんだろうけど、自立したAIを持ってるNPCが普通に人として生活している以上は無茶な介入は出来ないはずだし」
「まぁ、そんなふうに愚痴っても、実際に俺がそのNPCと出会っても、一般人NPCから戦い方を教わろうとか考えずに村を飛び出してただろうから、結果は変わらなかった気もするけどな」
「あぁ……RPGで村人の会話はガンスルーするタイプか」

 俺の周りの連中もどっちかと言うとソッチのほうが多かったな。
 というか、それを自覚してるなら愚痴ってくんなよ……

「お前は違うのか?」
「目につくNPCにはとにかく話しかける派だな。とある会社のRPGシリーズやってたら、イベント進行するたびにわざわざマップを遡って会話する癖がついちまった」
「面倒くさくね? それ」
「貧乏性だからな、俺は。買ったゲームは他にやり残しがないくらいにしゃぶり尽くしたいんだよ」
「俺はサブイベントとかよりもまずクリアしたいタイプだからな。やっぱりプレイスタイルで大きく変わるな」
「そりゃ、全く同じシステム、同じゲームだろうと進め方なんて完全にプレイヤーの性格任せだからな」

 そんなこと言わなくてもこいつなら解ってるだろうに。

「そう、性格任せな筈なのに、誰かが『ソレ』が有用だというと、まるで判を押したようにみんな同じ戦い方になるんだよなぁ」
「……そういう事か」

 レベルを上げてレベル補正で殴るのネトゲの基本を持ち込んだトッププレイヤーに引きずられて、大半のプレイヤーがレベル至上主義に陥ったと。
 まぁ、実績残したプレイヤーが「強い」って言ったものを真似するのが楽なのは昔から変わらんしな。
 ネトゲプレイヤーの一体どれくらいが高難度ボスの攻略をwikiや攻略動画のトレースに頼った事やら。

「自力で攻略を進める本当のTOP攻略勢ならともかく、準廃どころか本当に廃に片足突っ込んだような連中でもそうなるのは予めわかってたんじゃないか?」
「だからこそ、スキルモリモリの俺等がエキシビジョンで強敵倒すっていうデモンストレーションしたんだがなぁ。特に、事前に格上狩りしたお前なんて、滅茶苦茶レベル差ある敵ぶつけられたりしたろ」

 あぁ、あの無茶振りはそういう理由があったのね。

「まぁ、実際には効率重視の攻略組にとっては、お前のジャイアントキリングよりも俺のレベル5の暴力の方に目が行ったみたいでな。結局スキル取るよりレベル上げた方が早く強くなれるってな」
「それ、実際間違ってねぇからなぁ」
「だから厄介なんだよ。想定外の流れなのに軌道修正が難しいって、レベルデザイナーが頭抱えてた」

 そりゃそうだろうな。開発の意図とは違うが間違ったことは何も言っていない。しかも、裏道を使ったわけでもない正攻法な訳だから迂闊にシステム的な調整も入れにくい。
 そもそも高レベル者は大抵スキルも数多く取っているだろう。とにかく高レベルを目指すということはキャラを強くすることに貪欲だということだし、有用なスキルはレベル上げの過程で軒並み取っていく筈だ。
 実際この大会でも高レベル者と思われる連中がスキルの優位性で勝ち残ってる訳だから。
 その上で、スキルをたくさん持っている連中が、スキルよりもレベルだと判断してしまっているのだから、開発側から見れば余計タチが悪いだろう。
 パラメータは数字のまま効果を表すが、このゲームのスキルは使い所の判断や発動そのものにそれなりのセンスを求められる分数値ほど効果を実感しにくいってのもあるかもしれんな。
 この流れを変えるためにスキルに調整を入れれば、おそらくそれはそれで本来の想定バランスから崩れちまうだろうし、なんとも頭の痛い問題だろう。

「まぁ、そうはいっても、そもそも伊福部だって元はレベル偏重だっただろ?」
「だからこそ、どうしようもないんだよ。俺等だけじゃない、テスターのプレイ情報は逐一開発側に送られていたはずなのに、何でバランスを整えられないのかって話だし」

 確かに、事前の情報はあったのに、それをうまくコントロールできなかったというのは運営側のミスなんだよな。
 自社のメインテスターもレベル偏重のプレイングをしてたのに、その対策を怠ったって事だからな、これ。
 そもそも、レベルを上げて物理で殴るのはネトゲでは最もポピュラーな戦い方だ。VRMMOとして販売した以上、プレイヤーが既存MMOと同じ感覚でプレイするのは絶対に避けられない。
 そしてレベル差による戦闘力にかなりの差が出やすいMMOに関して言えば、戦い方云々よりもまずはレベルを上げて装備を揃えるというのが最も強くなる近道だ。
 だから、レベル偏重という考え方はある意味間違ってないし、過去に別のネトゲをやった人ほどそういう傾向に陥りやすいはずだ。
 そんな当たり前のことを、MMOを作っている連中が知らないなんて事は無いと思うんだが……

「そこはもう伊福部達が考えても仕方ないんじゃないか? 情報を受け取って制作していた側の落ち度何だろうし」
「まぁ、そうなんだがなぁ……いやそうだな。確かに意味無いか」

 こういう、自分は関わっていたとしても、決定権のない所で何かしらミスが起きた時それで悩むのははっきり言って時間の無駄だ。そこで悩むべき人間は別にいるんだからな。
 これはリバースカー在勤中、俺の関わった作業でトラブルが起きて、作業が手につかなくなった時に先輩に言われたんだよな。

 『これはたとえ話なんだが、例えばお前が農家だったとしよう。自分の売った野菜を使って料理していたレストランが潰れたからといって、悩む農家は居ないだろ。その野菜を使いこなせなかった料理人が悪いんだ。或いはお前の野菜がもしかしたらとても不味い物だったとしても、結局は料理に向いていないその野菜を仕入れた支配人の問題だろう。逆に、お前の作った野菜が世界一美味くてもここは変わらん。悩むべき必要のない所で悩むのは、ただの時間の浪費だぞ』

 今更ながらかなりの暴論だとは思うが、言ってる事は正しいと思うんだよな。
 伊福部が今感じてるのは、そういう類の意味のない悩みなように思える。そんな事で心ここにあらずな状態になってもらっても困る。

「余計な事に気を取られてんなよ。割と同レベル条件での伊福部との対戦は楽しみにしてるんだから」
「あぁ、それはもちろん……ところで、その呼び方なんだが……」
「ん……? なんかおかしなこと言ってたか?」
「いや、おかしいという訳では無いんだが……これからは俺も呼ぶ時は名前の方じゃなくてSADって呼んでくれないか?」
「うん? 別に構わんけど、もしかしてさっきそう言われてチェリーさんに影響受けたか?」
「まぁ、それが無いとは言わないが、ゲーム内で本名呼ばれるとやっぱり、こうな?」
「あぁ……うん、それは何となくわかる」

 まぁ、俺もSADもネトゲ黎明期の人間だからな。
 ネトゲ上で個人情報出すのに忌避感を覚えるってのは何となく分かる。最近ではゲームもネットが当たり前になって、俺自身その手の感覚が薄れているのは確かだが、やはり若い世代とは考え方に一線があるとは感じる。
 今じゃ、SNSなんかで自分から個人情報拡散してるやつも多いが、あんなの俺は怖くて絶対無理だ。
 よくよく考えるとボイスチャットとかもめったに使わなかったし、リアルの知人とネトゲする事も無かったから、俺もなんか割と意識せずに普通に名前で呼んじまってたな。

「このゲームの中では俺もお前も立浪と伊福部じゃなくて、キョウとSADとして……な」
「わかった。まぁエリスとかもいきなり知らない名前で俺が反応してたら混乱するだろうし、そっちの方が良いな」

 そもそも俺の本名知るやつなんて殆どいないし、俺が本名を知る人も殆どいないからな。呼び方をゲーム側に固定したとして特に何も困る事がない。
 その数少ない、互いの名前を知る奴がそうしたいというなら、それに合わせるだけだ。
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