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三章

百五十八話 続・負けず嫌い

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「終わったねぇ」
「終わったなぁ」

 試合が終わり、会場の外のベンチに腰掛けて、チェリーさんと二人でぼーっと空を眺める。
 なんというか、やり遂げた感というか、やっちまった感で頭があまり働かない。

 負けたのは別に良い。最初から勝てるとは思ってなかったから。
 元々の目的がこの地方でのレベリングとその効果の確認の為の大会参加だったし、キルシュが参戦するという時点で既に俺の中では大会の参加理由が『キルシュという現役傭兵に対して何処まで通じるか』という目的に変わっていた。
 だが、戦い抜いた結果キルシュに力及ばず力尽きる……という負け方を想定していたんだが、まさかうっかりからのリングアウト負けとか、流石に想定外だった。
 いや、キルシュの攻撃がすごすぎて、ふっ飛ばされて負けたのだから、力及ばずというのは間違っていない。実際手は尽くしていたし、次の手なんて禄に残ってはいなかったんだからやれることは全てやったと言えるだろう。
 そこは自分でも解ってはいる。いるのだが……小大会とはいえ決勝戦なんだから、せめてもうちょっと納得できる負け方というものがあっても良かったんじゃないだろうか? 手加減されておいて言う贅沢ではないとは思うけどさ。

 そんなどうしようもない不満を残したまま終わったキルシュとの決勝の後、負けた俺は大したケガも無かったので誘導に従って控室に戻ったら、チェリーさんが一足先に帰ってきて待っていた。
 舞台袖で決着を見届けてすぐに戻ってきたそうだ。

「キョウくんならもしかして……とも思ったんだけどなぁ」
「いやぁ、流石に無理。地力が違いすぎるって。しかもステータスだけじゃなくて、経験や技術面でも上を行かれてたから、付け入るスキがなかったんだよなぁ」

 キルシュは、あの時の相打ちに驚いて、つい焦って手元が狂ったといっていたが、それって想定通りならばふっとばしすぎないように加減して撃ち込んでいたと言ってるようなものだ。
 はっきりいって実力の差がありすぎる。

「それでも、きっちり一撃入れてたのは流石だと思うけどね」

 当の、対戦相手のキルシュはといえば『一発入れられるなんて思わなかった!』とか、えらくハイテンションでご満悦なようだったが。
 格下相手に一撃入れられて喜ぶという感性が俺には理解不能だが、それがバトルジャンキーのジャンキーたる所以なんだろう。多分。

「でも、あんな初見殺し的な一撃じゃなぁ。次はもう通用しないだろうし、今回だけだよ」

 まぁ、確かに遥かな格上相手に、窮鼠猫を噛む的な一太刀浴びせたていう達成感はあるんだけどな。

「その一撃すら私は無理だったんですけどねー!」
「正直、まぐれ当たりに近いから、素直に誇れないってのがあるんだけどな」

 謙遜とか抜きに、もう一度戦ったら間違いなく対応されるという確信がある。
 そもそものパラメータと技術両方に絶望的な差があるのだから、不意打ちを対策されてしまえば勝ち目がない。
 というか、最初から潰しに来られていたら殆ど戦いにすらならなかった筈だ。そう考えると色々運がよかったんだよなぁ。
 特に幸運だったのがキルシュの目的がただ優勝するだけじゃなく、もう前線で戦えるというアピールの為の参加だった事だ。
 対戦相手との実力差を強調する為に、あえて相手の手の内を全て曝け出させた上で倒すという手順を踏んでいたお陰で、圧倒的な実力差がありながら瞬殺されず、胸を借りる形で全てを出し切るような戦いを経験する事が出来た訳だから。
 まぁ、あの戦い方はアピール以前にキルシュの趣味としての側面もかなりあったとは思うけどな。

 ……とはいえ、格上との戦いはいい経験になるとは言ったが、正直あまり繰り返したいとは思えんな。精神的にも肉体的にも疲労がやべぇわ。
 戦闘時間はそれほど長くはなかった。俺自身が短期決戦を挑んだのだからそれはそうだろう。
 にも拘らず、疲労感は予選のバトルロイヤルや、決勝大会の1回戦と2回戦とは比べ物にならないほどだった。
 全ての攻撃にカウンター対策仕込むとかいう無茶を強要されたせいで、とくに精神的な方での消耗が尋常じゃない。
 それと……チェリーさんじゃないが、口では最初から勝つのは無理だとか、予防線じみたことを言いつつも、内心で『はせめて一矢報いてやろう』と考えてかなり考え抜いて罠とか張りまくっていた訳で……蓋を開けてみれば、想像以上の実力差に、一矢どころか、肉を切らせて骨まで絶たれるような相打ちだ。
 確かにどんな形であれ一撃入れたのは素直に嬉しいが、だからといって、想定していた一矢報いるという想定とは明らかに違ってしまっている。というかあの相打ちは明確に打ち負けた訳だから、一矢報いることは出来なかったというのが正しいだろう。
 そのせいで試合終了後、はしゃぐキルシュに謎の大絶賛されても俺的には『え、何で?』って状態だったし、自分の攻め手の何処が悪かったのかに思考が囚われすぎて、しばらく他の何も考えられなくなっていた。

「あぁ、クソ。やっぱ駄目だ」
「え、何が?」
「チェリーさんが準決勝の後、死ぬほど悔しがってたじゃん?」
「ちょっと、超恥ずかしいんだから、あまり思い出させないでほしいんだけど?」

 まぁ、そうだろうけどさ。

「それで?」
「事実として俺は怪我が元で対戦ゲーマーとしては一線を退いた身だし、このゲームのテスターを引き受けはしたものの、俺はこのリアルな世界でスローライフを楽しんで、戦闘は自分の身を守れる程度の実力があればいいって思ってたんだわ。バトル系のテストに関しては伊福部……SAD達が俺よりもガッツリやってるみたいだったしさ」
「確かに、キョウくん村でも生活に役立つスキルとか知恵ばっかに注視してたもんね」

 そう言って自分の服をつまみ上げるチェリーさん。その服も俺が村のおばちゃんたちから教わって作ったものだ。
 ログアウト出来ない俺は、テスターであると同時にこの世界で衣食住の全てを手に入れて生きていくしかないわけだからな。
 直近で必要な生活力の向上が何よりも急務だった。

「この間死にかけた事には、流石に危機感を感じた。だからチェリーさんの口車に乗ってレベル上げの為にこの街に来たんだよ。でも今回は試合で負けただけ。命が掛かっていた訳でもない」
「なのにいざ負けてみたら悔しかった? 私みたいに?」
「ぶっちゃけると死ぬほど悔しい。戦闘要素は最低限で良いっていうのは嘘偽りない本気で思ってた事だから、尚の事自分でも驚いてるんだけどね」

 イヤほんとに。
 事故で手が使い物にならなくなって、アレだけ対戦ゲームに冷めていた俺は何処に行ってしまったのか。

「このレベル上げが終わったら、ハイナでもう少し良い家建てるためにアラマキさんから木工技術を教えてもらおうと思ってたんだ。それでもうちょっと立派な家建てて、スローライフをそれなりに楽しみつつ気が向いたら短期の冒険でも……とか思ってたんだけど、ちょっと気が変わった」
「どんなふうに?」
「本当はもうちょっと生活基盤が安定してからと思ってたんだけど、村を出て世界を見て回りたくなった。そんでもって色々な敵と戦いながらレベル上げも本格的に取り組もうかなって」

 たった一度の試合での敗北で、ここまで知識欲と戦力強化欲求が刺激されるとはなぁ。
 我ながら単純すぎるだろうと思う。ゲーマー気分が抜けていないとも。
 でも、思いのほかそれが悪いとも思わない。なんだかんだ言って俺はバトルコンテンツが好きなんだろう。
 よし、踏ん切りがついた。

「まぁ何が言いたいかというと……ちょっと本気で強くなろうかなって。身を守るための最低限じゃなくね」

 それこそ昔、ゲームで頂点取ろうとゲーセンに通っていた頃と同じ位の気構えで。

「おぉ……キョウくんにしては結構思い切ったね。もっと安定志向だと思ってたんだけど」
「正直、言おうかどうか迷ってたんだけどね。思ってるだけだとそのまま『やっぱいいか』とか日和そうな気がしないでもないから、誰かに喋っておこうかと」

 優先順位が低かっただけで、世界を回りたいというの自体は元からあった訳だし、ここはいい踏ん切りがついたと考えよう。
 となると、先の事も色々考えんといかんなぁ……

「あぁでも、今すぐどこそこに行くとか言わないから安心してくれ。仕事でもあるからチェリーさんをいきなり放り出すような真似はしない。だからチェリーさんの更新ブログの件がひと段落したら、行こうと思ってる」
「あら、決心を決めた雰囲気の割には随分と気の長い話ね」
「いや、だって仕事上の契約があるんだから、チェリーさんほったらかしてレベリングとか無理でしょ」
「どうして? 私も一緒に行けば解決じゃない」
「いや、気軽に言うけどさ? チェリーさん公式の日記の更新も有るだろ? 特別急いで周るつもりは無いけれど、じっくりと街でネタを探すようなゆったりとした旅には多分ならないと思うぜ? それにひとところに留まらないから、かなりせわしない事になると思うけど」

 効率最優先で寝ずに狩り続けるとか無茶な事をするつもりはないけど、優先すべきだと判断すれば多少無茶をしてでもそれを優先するつもりだ。
 そりゃ、新しい街で面白そうなことが見つかれば首を突っ込むことになるんだろうけど、新聞屋の様に記事を求めて自分からネタを掘り出しに行くようなことはしないと思う。
 ただの個人的日記なら問題ないんだろうけど、チェリーさんがやってるのは公式から依頼された正式な仕事だからなぁ。

「そんなものは百も承知だよ。というかRPGだったら普通イベントが終わったらさっさと次の街に行くでしょ? 一つの街に留まる理由なんて、施設的に便利だからとかレベル上げの狩場までの連絡が良いとかくらいでしょうに」

 まぁ、そういわれると確かにそうなんだけど、このゲームはあらゆるものがリアルに作り込まれてるんだから、戦い以外にも普通に旅行感覚の楽しみ方もあると思うんだけどなぁ。

「むしろ、日記のネタを心配してくれるって言うなら、今回みたいに王都だったりクフタリアだったりと新しい街に連れて行ってくれる方がネタとしても助かるわけよ」
「あぁ、なるほど……」
「というか、私を置いてそんな楽しそうな事しようだとか酷いじゃない。エリスちゃんたちも一緒に行くんでしょ? 仲間外れはやめてよ」
「仲間外れにしようとかは思ってないけど……」
「なら決定。むしろ旅になるならブログのネタに困らなそうで大歓迎よ」

 相変わらずアグレッシブだな……俺にはとても真似できん。
 自分で言うのもなんだが、『ちょっと遠慮してほしいんですけど……』オーラを醸し出したつもりなんだが、まさか理解したうえで乗っかられるとは思わなかった。
 俺なら間違いなく「あ、そうですか……」とか言って引き下がるところだ。

「わかった。解りました。この街でのレベリングが終わったら、一度ハイナ村に寄って村長たちに挨拶入れてから入れて旅に出よう。アラマキさんとかにも色々伝える必要があるし」
「了解。これでこれから先の活動指針が出来たね」
「こんな控室の端っこでホイホイ決めるような内容じゃないとは思うけどな」

 ……それから、旅に必要な物は何かとか、どういうルートで世界を回るのかとかそんな事を話しつつ、まだ見ぬ先の事についてぼーっと考え事をしていたら、そのまま閉会式に突入してらしい。
 心ここにあらずのまま気がついたら閉会式も賞金授与も終わって、会場の外のベンチでチェリーさんと二人で空を眺めていたところでようやく我に返った。

 一応頭は働いていないながらも身体はちゃんと動いていたようで、いつの間にか手元には準優勝の賞金がしっかり握られていた。
 白金貨1枚と金貨2枚。リアル換算で120万近い金額だ。
 ちなみに優勝賞金はで白金貨3枚。つまり300万
 ……これは確かに協会の依頼よりも闘技大会の参加を優先するって気持ちも分からんではない。
 駆け出しの依頼で銀貨50枚。5万円相当だが当日での達成は困難かつ、必要経費だの人数割りだの色々考えると、大会で一攫千金を狙いたくなるというのもまぁ、理解は出来る。
 優勝できなくても、壇上に上がるだけで依頼2回分の報酬まるごと貰えるイベントが毎月行われているというんだからな。
 とはいえ、それで腕自慢が治安維持の依頼なんかから手を引くのはあまりいい状況だとは思えんが……

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