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三章

百五十四話 舞台袖

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「よう、少し良いか?」

 次の、チェリーさんとキルシュの戦いを見るために、控室には戻らず舞台袖からステージの様子を眺めていたところ、後ろから声をかけられた。
 つい今しがたまで戦っていたオッサン。確か名前はローガンだったか。
 俺もだが、このオッサンも大して怪我することもなく決着したので、試合終了後すぐにこっちに来たってわけだ。
 それにしても入退場門は別々だったから、ステージの外をグルっと回ってわざわざ自分を負かせた相手に会いに来たのか。
 なかなかいい根性をしている。

「試合を見ときたいんで、そのついでなら構わないけど」
「あぁ、それで構わない」

 壇上ではオレたちのときと同様に、めちゃくちゃに脚色されまくった選手紹介が行われていた。
 流石のチェリーさんも面映いのか、苦笑顔だ。
 対してキルシュのほうは、チェリーさんの方をガン見だな。超ワクワクした顔してる。
 まぁ、アイツは生粋のウォーモンガーっぽいからな。同じタイプのチェリーさんと戦うのが楽しみで仕方ないんだろう。
 とはいえ、既に力量差はお互い理解してるみたいだから、真剣勝負というよりも、チェリーさんがどんな手を使って自分と戦うのかってところが気になってるんだろうな。

「俺の見込み違いでないなら……お前さん、やっぱり実戦経験は殆ど無いよな?」

 教える必要は無い……が、対戦はもう終わってるし別に良いか。
 それに、隠す意味もなさそうだし。

「……えぇまぁ。初めて人間と命がけで戦ったのはここ一ヶ月くらいのもんですよ」
「やっぱりそうか……そうだよな」

 ほらな? まぁこの聞き方は最初から確証があってのことだろうし、既に一度手合わせしちまってるから、冷静に分析されればまぁ、バレルわな。
 
「ちなみに、どの辺りで気づいてました?」
「予選から。動きが素人のソレだったからな。一回戦を勝ち上がったと聞いて少し考えが揺らいだが、直接手合わせして確信し直したってところだ」
「あぁ、やっぱ見る人が見ればひと目で判っちまうかぁ」
「そりゃ、自分たちも通った道だからな。素人っぽさってのは、それこそ昔の自分を見ているような気分になって嫌でも目につくもんだ」

 『あぁ、俺にもあんな頃があったんだよな』的な感覚か。確かにそういうのがあると気になってつい見ちまうよな。
 部活とかでも新入の下級生の動きが初々しかったりってのはひと目で判ったりするし。
 格ゲーとかだと、距離が離れるとひたすらジャンプで飛び込んできたりとかな。
 つまり俺の動きもそれくらい初心者丸出しだったと。
 結構修羅場は潜ってるつもりなんだが、よくよく考えると俺の場合無茶な相手と遭遇してるだけで、戦闘回数自体はかなり少ないんだよな。
 稽古は毎日欠かさずこなしてるが、やっぱりそれはどこまで行っても稽古でしか無いという事か。

「……だってのに、お前さんの立ち回りや応手はまるで熟練のソレだ。戦い慣れていないと言いながら、俺を手玉に取っていたあの立ち回りは一朝一夕で身につくものじゃない筈だ。一体どうなってる?」
「どうなってると言われても、稽古で身についたとしか言いようがねぇなぁ」
「バカ正直に剣を振って何になる? 腕力はつくかもしれんがソレも大したものじゃあるまい? 実際お前の身体はヒョロッこいままだしな」

 ヒョロッこい……
 確かにそこまでマッチョじゃないが、いうほど細くはないつもりなんだが……

「確かに、俺は最近になってまともに稽古や訓練するようになったからまだ身体に結果は現れてないけど、訓練だって馬鹿にならんでしょうが? 実際その反復練習の結果でアンタを倒せてるんだから」
「そりゃ…………まぁ、そうかもしれんが」
「大体、剣を振って何になるというけど、別に剣だけ振ってるわけじゃないんだから、色々鍛えられるでしょ。今回オッサンを追い詰めた時につかった『壁への詰め方』だって、何度も何度も繰り返してきた結果、身体に……はまだ染み付いてないが、追い詰め方は殆ど無思考で出来る程度には身になってるわけだし」
「はぁ?」

 え、なにその『何言ってんだ?』的な反応は。
 別におかしな事は言ってないよな?

「稽古っつったら真面目なお貴族様が格好つけに馬鹿みたいに剣を振り続けるやつだろ?」
「は?」

 何言っての? このオッサン。

「何だその捻くれた認識は。稽古っつったら強くなるために実戦に出る前にいろいろ身につけるための物だろ」

 この認識はガーヴさんから稽古のたびに刷り込まれたものだから、世界を跨いだ常識差とかそういう物じゃないはずだ。
 という事は、だ。

「もしかしてベテランとか言ってるくせに、そんな認識でろくに稽古もせずに戦場に出てたのか?」
「当たり前だろう、強くなるには戦場に出るしかねぇ。実践をこなさなきゃ何時まで立ってもルーキーのままだ」
「実践をこなさなきゃ強くなれねぇってのは判らんでもないが……そもそもそんな考えで戦場に出たらろくに戦えもせずに蹴散らされるだけなんじゃねぇか?」
「それで死ぬやつはソレまでだろう。才能が無かったってことだ」

 軽っ! 命が軽い!

「だがその理論だとアンタはルーキーに手玉に取られる程度の才能だったって事にならねぇか?」
「その通りだ。実際俺はお前に負けた。俺の経験がお前の才能に及ばなかったからだ」

 マジかコイツ!? マジでベテランの傭兵とやらがこんな認識だってのか?
 これ、このオッサンの居たっていう傭兵団の一般的思考だとしたら、所属した団員が哀れ過ぎる。ろくに訓練もせずに戦場に放り込まれて無駄に死んだ奴が一体どれだけ居ることやら。
 傭兵団って、こう、演習みたいな事とかするんじゃないのか? ラノベの読みすぎで変な知識ついてるか?
 でも、キルシュも傭兵団に所属してるはずなのに、一人でモンスター相手に実戦で武者修行みたいなことしてたしな……傭兵団では団員の強化みたいなことはやらないのが普通なのか……?
 強くなるなら実践有るのみ? 人的資源の損耗が激しすぎるだろ。
 というか何で辺境の村のオッサンのほうが稽古や準備の大事さを知ってるんだよ。
 
「はっきり言って、俺がアンタに勝った理由は、俺に才能があったわけでもなんでもなく、単にアンタが経験不足だったからだよ」
「経験不足……? 俺がお前よりもか?」
「そうだよ。 アンタ、今回の試合のような、背後にこれ以上下がれない所に追い詰められた経験はどれくらいあった?」
「……そうだな、2度か3度はあったと思う。そもそもそんな状況に追い込まれた時点で死ぬ可能性が高いからな。はっきり言って3度も経験しているやつはそういないと思うぜ」

 だろうな。アンタの居た団に所属して、そんな状況に陥ったら対処法も解らず死ぬしか無いだろうさ。
 むしろ、何度も生き延びてるこのオッサンが凄いわ。さっきはああ言ったが、確かにベテランというだけの事はあるか。だが、何の自慢にもならねぇな、それって。

 お、ステージ上の準備が整ったみたいだな。ようやく両者構えて準備万端って感じだ。
 えぇと、話どこまで進んだっけ? 壁際経験が2度3度って話だったっけか。

「こう言っては何だけど、はっきり言ってお話にならない。追い詰められたら不味いと思ったなら、対応できるまでその状況を再現して対処できるまで訓練するんだよ、普通は」
「馬鹿言え。俺が何歳から戦場に出てると思う? もう何百回と敵と切り結んできたんだぞ? その上で3度、そんな死んでもおかしくないヤバイ状況を切り抜けて来たんだ。対応できるまで同じ状況で戦う? わざわざ好き好んで何で死地に飛び込む必要がある?」
「誰が戦場でやれっつったよ? そのための稽古だろうが」

 そんな真似繰り返してたら強くなる前に新兵全部死んでまうわ!

「実戦でもない、格好だけ真似る事に何の意味がある!? 命を懸けたやり取りだからこそ、その技術は見に染み込むんだろう!? ただの見よう見真似など戦を知らねぇガキにも出来る!」
「だが、実際俺はそれでアンタに勝っただろ?」
「それはお前の才能が俺を凌駕していたというだけだろう!」

 俺に本当にそんな天才的な才能があれば、ボアにぽてぐり回されたり王都でうっかり死にかけたりしやしねーよ。

「そう思うならこの話はこれまでだな。どれだけ俺が言っても最初から信じるつもりがないなら話すだけ時間の無駄だ」

 このオッサンにとって実戦至上主義ってのは何十年も信じ続けてきた戦場の真実なんだろう。
 だが、それはこのオッサンにとっての話であって、俺の意見とは違う。そして、勝ったのは俺だ。
 俺はてっきり、自分の負けた理由を聞き出して、次に勝つための足がかりにしようと、自分を倒した一巡りも歳の違う俺のところにプライドを捨てて話を聞きに来たんだと思って居た。
 だが、どうやら違ったらしい。
 このオッサンは自分が負けた原因を認められず、「努力では覆せない才能の差で俺に負けた」っていう言い訳を探しに来たんだな。
 だから、事実として負けたにもかかわらず、そして自分を倒した相手から負けた原因を指摘されてもそれを認めようとしない。
 一対一での勝敗という何よりも明確な結論すらも認められないのなら、話を聞いてやる価値もない。時間の無駄だ。

「大体、アンタ俺が今まで直接話したことがある傭兵の中ではかなり弱い部類だぞ? それで切り込み隊長とか正気か?」
「何だと……!?」

 まぁ、俺の面識のある傭兵って、野獣使いと緋爪のアサシン、錬鉄の二人とキルシュ……おや? 結構多いな。
 でも、その中で多分一番弱いあのアサシンと多分同じか、あのアサシンのほうが強かったくらいだ。
 正面切って戦う切り込み隊長が、現場組の暗殺者と戦闘力が同じとか駄目すぎるだろ。
 まぁ引退してるみたいだし、全盛期はもうちょっと強かったのかもしれんが……でもこのメンタルじゃ期待は出来んよなぁ。

 ステージ上ではキルシュの周りを跳ね回るようにして、攻撃のタイミングを伺っているチェリーさんと、大仰に槍をぶん回しながら受けて立って見せる構えのキルシュが見える。
 派手で見栄えの良いやり取りに、観客席も大盛り上がりだ。

「アンタは命がけで3度壁際の攻防を経験して、結局真っ当な打開策は何も身に付かなかった。一方俺は、命を懸けず状況へ対処するための訓練を数千、数万と繰り返して、もうそういった状況になった時点で殆ど無意識で対応できる様になるまで身につけた。その結果がさっきの試合の結末だよ」

 一時期、起き攻めに命かけてるような格ゲーにハマってたからな。画面端でダウン取られたら死ぬまで起き攻めされかねないようなゲームだったから、自然と画面端からの抜け方や、逆に画面端から逃さない技術は特に重点的にやったんだよなぁ。

「すうま……!?」

 基礎ポテンシャルが俺よりもこのオッサンのほうが高いのは変わらない。そこは見誤らん。
 だが、自分の敗北から何も学ばないと言うなら恐るるに足らない。何故なら同じ手順を踏んで追い詰めてやればまた勝てる訳だからな。
 勝負事の世界で明確な弱点を放置していれば、そこを徹底して突かれるのは当たり前の話だ。修正しないやつが悪い。

「アンタは俺より強いよ。間違いなく。だがまぁ、何度やっても負ける気がしねぇな」

 そう伝えて、壁から背を離した。
 一応今までは話を聞く態度を見せるために、壁に背をつけて、ステージ上を横目で眺めていたが、もうこのオッサンと話す理由はないからな。観戦を優先するだけだ。

「……俺は……俺の経験は……」

 後ろで何かをまだブツブツ言っているみたいだが、これ以上言葉をかわすつもりはない。意識をステージに集中しよう。
 キルシュ対策のためにも、一度しっかりと動きを見ておきたいからな。
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