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三章

百五十三話 決勝大会Ⅳ

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 こちらが追い詰めている場合はじっくりと、冷静に。
 焦った相手の『暴れ』に足元を掬われるような真似は極力しないように、地味で、しかし効果的な手で持って詰ませていく必要がある。
 弱気を見せるな。ビビっていても笑ってみせろ。相手に警戒させろ。
 ここまで押してなお、俺のほうが圧倒的に不利だと悟られる訳にはいかない。

 手負いの獣って訳じゃないが、人間だって追い詰められると何をしてくるか解らない。
 ヤケになって手を出してきてくれると楽だでいいのだが、人によっては腹を括って、むしろ冷静さを取り戻す奴も居る。
 さらに質の悪い事に、つい今しがたのやり取りではっきりと思い知らされたが、このおっさんと俺の力量差には結構な開きがある。ぶっちゃけるとヤケッパチの大暴れですら、まともにやっては抑え込むどころか力押しで突破されかねない。罠にはめておいて、その上で結構な賭けになるのだ。
 となると、どういう手を取るべきか?

 答えは何もさせない、だ。

 警戒させて、警戒させて、とことん迄警戒させて迂闊な手を出せなくしてやればいい。
 今回のように、こちらはまだ無傷で、相手にだけ出血を強いることが出来る場合、リスクを背負う必要などまるでない。ほぼ必勝の状況で無理に攻め込んで反撃のチャンスを与えるようなのはそれこそ舐めプと言われても仕方がないだろう。
 相手が勝手に舐め腐って自滅してくれたおかげで、オッサンは心身ともに疲労しており、対してこちらはまだ息も上がっていない。
 だから勝負を急がず、じわじわと詰めていくだけで、相手は警戒して対応せざるを得なくなり、休む間もなくすり減っていく。

 飛び道具があれば、もはや相手に近づかせずに一方的にカモ撃ちにする所だが、あいにくそんな便利な技は覚えてないんだよな。
 俺が出来る遠距離攻撃なんて投石か下手くそな弓矢くらいだが、武器は大会参加の時点で登録しちまってるし、ステージの上に石ころなんて転がってる訳がない。
 無いものを強請っても仕方ないので、ここは地道に足を使った耐久戦と洒落込む。
 まぁそれでも、こちらが場をコントロールしていると認識させるためにも攻め手を緩めるつもりは一切無いけどな。
 安定志向が過ぎて、突然守りに入るのは駄目な見本だ。こちらが手を出さなければ、相手は調子に乗って攻勢を強めてくるに決まっている。こういう時こそ攻めを厚く、プレッシャーを掛けて防御のミスを誘うべきだ。
 体力差を使って防御を固めて消耗を待つという戦法が駄目と言うつもりは毛頭ない。対戦ゲームでも時間切れ狙いは立派な戦法だし、それで勝てるなら迷わず狙うべきだ。
 だが体力惜しさに亀のように丸まっていては本末転倒だろう。せめてが緩まれば、当然相手に反撃のターンを渡す事になる。そうなれば当然形勢を覆される可能性も出てきてしまう。守りというのは攻めるよりも遥かに難しいものだからな。
 だからこそ、トドメはきっちり指す必要がある。
 本来ならば『最後のチャンスだ』と思わせた時点でもはや勝ったようなものなんだが、今回のようにうっかり本当にチャンスになりかねないほどに実力差が有る場合は殺し切りが絶対正義だ。

 ならば今はどう立ち回るべきか?
 残り少ない体力を削りきらせる訳にはいかないと、守りに意識を誘導してやるのが理想。
 その上で『こうなったら一か八かだ』と思わせないギリギリの塩梅が維持できれば上々だ。
 とはいえ、流石に相手も物を考える人間だ。……いや人間と変わらないAIか。もうこの世界に馴染みすぎて違和感がなかったわ。
 ……ともかく、そうなんでもこっちの思い通りに動いてくれる訳がない。
 
「チッ……このままでもジリ貧か……」

 ほらな?

 明らかに目の色が変わった。思ったよりも割り切りが早いでやんの、畜生。
 ベテラン臭かったし、もっと慎重に動くのかと思いきや、アッサリと特攻を決め込みやがった。
 本来なら喜ぶべき追い込まれっぷりなんだがなぁ。
 一か八かなんてのは、要するに対応をぶん投げて、自分でも成功するとは思っていないようなマグレに賭けるという事だ。
 そんな思考に追い込むことに成功すれば、もう相手の正常な判断能力を奪ったも同然で、後はガッチガチのセメント対応に徹するだけで相手がボロを出してくれるというわけだ。
 ほら、こんな風に……

「バレバレなんだよなぁ?」
「ぐっ……これもかよ!?」

 攻めを意識しすぎたか? 今までよりも踏み込みが一歩深い。何かを企んでいるのがバレバレだ。
 バレバレなんだが……

 あぶねーよ!?

 何とか軽口であしらった風を装ってみたが、背中が汗でやべぇ! 心音バクバクで聞かれたら動揺してんのが一発でバレるレベルだわ。
 緩やかに動きの先を掴ませなかった今までとは違い、踏み込みが直線的で恐ろしいほどに鋭かった。
 今まで見せて来なかったことからおそらく奥の手だろう。動きに目を慣れさせたところで、それまでとは全く別方向からの速度差攻撃。
 反射的にビビって半歩引いてなければ、利き腕ぶち抜かれてたところだ。あまりにギリギリすぎて、余裕を装うリアクションすら取れず真顔で避けちまった。
 余裕が無さ過ぎた分、狼狽える暇もなかったから、そこだけは救いか。
 だが、内心でビビってるだけでは居られない。

 俺のハッタリに騙されての事か、追撃はなく即座に下がろうとした所へ、歩調を合わせるように踏み込む。
 ここで踏み込む以上のことはしない。ほんの数歩、相手との距離を詰めるだけだ。
 だが、向こうにとってはその数歩は到底見過ごすことは出来ないだろう。この狭いステージの上で数歩詰められるというのは、自分が自由に動ける陣地を大幅に削られるという事だ。歩法や攻防のメリハリによって『動き』で敵を翻弄する戦い方をするこのオッサンにとって、行動範囲というのはかなり重要な要素だろう。
 案の定、ラインを上げられるのを嫌って反撃の突きが飛んでくる。しかも円を書くようにこちらの側面回り込みつつ、同時にステージの端を脱する動きを兼ねた交錯撃だ。
 それは俺の思いつく限り、最も安全で、最も効果的なムーブだ。つまり、一番最初に俺が想定した動きでも有る。
 やっぱりこのオッサン、ベテランとして自分が戦場で培ってきた最も信頼できる生き残るため行動……というか生き残ることが出来たセオリーを重視する傾向がある。無意識に条件反射的に安定行動を選択する癖のようなものが見て取れるのだ。
 牽制で技を置いてみれば、状況に変化がない限り、ほぼ毎回決まった対処を取る。
 その対応は非常に理に適った適切な対応であることには間違いないが、それって要するに高レベルのCPU戦と変わらないんだよな。反応はとんでもなく良いし、対応も的確。

 つまり、こちらで動きを管理しやすい。
 当然だろう。こちらの行動に最適行動で対応してくるなら、次の一手に対して確定で先制で行動できるという事だ。
 普通は状況によって対応を変えたりするし、追い詰められてパニックになりいつもと違う行動をしたり……と、同じ人間相手でも毎回行動に揺らぎがあり、相手の行動を先読みしようとしてもそう上手く成功するもんじゃない。
 だが、その限定的な状況を、何百、何千と経験してくると話は変わってくる。
 状況に応じてもう『この状況にはこうすれば対応できる』と頭でなく身体のほうが勝手に反応するようになってくる。窮地にだって慣れてしまえば、自然とパニックになること無く淡々と行動できるようになる。
 これは別に俺がゲーマーだから出来るとかいう話ではない。
 例えば学校の授業での柔道で奥襟を取られた時、経験がない始めのうちは対処がわからず一方的に投げられてしまうだろう。だが部活や授業で稽古を繰り返すうちに自然と奥襟を掴まれたらまずは切る。切れなければ首を抜くといった行動が自然に出る様になるのと同じだ。そうすれば投げられないと無意識に身体に覚え込まされているから。
 このオッサンはそれをさらに突き詰めた、命がけの戦場で生きるための行動を身体に覚え込ませてきた筈だ。
 だからこそ、より機械的に生き残るための行動を身体が自然に選択して、オッサン自身もそれに逆らわない。
 結果、皮肉なことに一度の戦闘の中でいわゆる人読みとその対策はアッサリと完了し、戦場のベテラン戦士が俺のようなにわか仕込みの戦士に簡単に手を読まれる事になる訳だ。

「クソっ!」
「口数が減ってきたぜ? オッサン」

 苦し紛れの悪態と共に踏み込んで来たオッサンに対して、ハッタリの軽口と共に槍の間合いの内側まで踏み込んでミアリギスの穂先を押し込む。
 あくまで初見行動に対する応手としての攻撃なので穂先を届かせる程度でいい。
 無理に突きこんで体勢を崩すような真似はしない。相手にターンを渡さないように、どこまで行っても牽制、様子見、所により本気の攻撃、だ。
 未だにミアリギスを目一杯振ると、勢いで身体が流されるからな。
 ここまで追い詰めておいて『自分の武器に振り回されて負けました』とか恥ずかしすぎて笑い話にも出来ん。
 
 さて、そろそろ頃合いか……?

 さらに一歩、後退したオッサンに、ミアリギスの切っ先を突きつける。当然間合いの外からだ。
 ただし、これまでとは違う。 さらに一歩、間合いの内側へ深く踏み込んで追撃を掛ける。

「何っ!?」

 ただし――いつもよりも動きもタイミングもワンテンポ遅らせて、だ。
 俺の動きを予測して放たれただろう、カウンター狙いの一撃は目の前で虚しく空を切る。
 突き出された槍が俺の目の前で伸び切ったのを見定めてから、その脇をすれ違うようにしてミアリギスの横刃をオッサンの首元へと添えてやる。

「……あぁ、畜生、最後の最後まで手のひらの上かよ」

 深い溜め息のあと、持ち上げようとしていたその手から槍を取り落として、お手上げのポーズ。
 そのまま構えを解かずにオッサンの動きを待つ。

「チッ……ホント可愛げのない野郎だな」
「まぁ、そう簡単に諦めるタマには見えないもんで」
「ハァ…………参った。参りました。……俺の負けだ」

 数秒の後、舌打ちと共にようやくリザインの宣言を聞いてようやく武器を下げる。
 事故の少し前に、なにかの漫画でこういう負けたフリを見たことがあったから、まさかと思って警戒していたが本当に狙っていたとは。
 漫画の知識がこんなところで生きるとは思いもよらなかったわ。

「この勝負、キョウ・ハイナの勝利!」
「決着だーーーー! ベテランの老獪さで追い詰めると思われたローガンを、ルーキーのキョウが逆に手玉に取るような戦い方で圧倒したのが印象的でしたぁ!」

 勝利宣言を聞いて、気が緩んだからなのか、耳に届いた突然の歓声に驚いた。
 そういや、実況解説とか居たんだったな。アレだけやかましく叫んでるのに集中しすぎて、実況も歓声も外野の声が全く耳に届いてなかったわ。
 すげぇ歓声だが、正直うまく応える事はできそうにない。マジで疲れたからな。
 しかし、今更気づいたが文法的に自然な日本語がぱっと思いつかない『ベテラン』はともかく『ルーキー』なんて横文字も当たり前のように翻訳されるんだな。てっきり日本語で『新人』とかに変換されると思っていたが柔軟すぎるだろう、この翻訳機能。
 ……なんてどうでも良いことを考えながら、気がつけば誘導に従ってステージを降りていた。

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