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三章

百五十一話 決勝大会Ⅱ

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「これより二回戦、第1試合を始めます!」

 おや、第五回戦とかじゃなくて、ちゃんと回戦ごとに数え直すのか。
 ……っていうか、何で休憩は挟んであるとは言え直前に試合が終わった俺が即第一試合に組まれてるんだよ。
 順当に考えれば、まずは先に試合を終わらせたチェリーさんとキルシュの試合をやるだろ普通。

「竜の門から現れたるは、あの凍てつく旋風傭兵団の元一番隊隊長! 傭兵団は引退したもののその実力は衰え知らず! 一回戦ではその老獪な槍捌きで対戦相手を圧倒してみせた古強者、ローガン・ロンバルディア選手!!」

 とはいえ、呼び出しが始まっちまった以上は腹をくくるしか無い。
 名前が挙げられるたびに会場からは凄まじい歓声が響いてくる。あまりに響きすぎて地鳴りのようだ。
 声というよりも爆音といった感じで腹に響いてくる。

「対しまして、獅子の門から現れたるは、田舎より武者修行としてこの街を訪れたルーキー! しかし侮ることなかれ、一回戦を瞬殺で終わらせたその力は本物だ! 或いは二回戦もその力で圧倒するのか!? 異形の槍使い、キョウ・ハイナ選手!!」 

 はいはい、今上がりますよっと。
 審判も俺が不満を持って居ることは理解してるのか、少し申し訳無さそうな視線を飛ばしてきた……ような気がする。
 ……いやまぁ、視線で相手の思考を正確に読めるようなエスパー能力なんぞ持ってないから、審判がどう思ってるかなんてのははただの俺の想像で、実際は『面倒だからゴネずにさっさと上がれ!』とか思ってるのかもしれんが。

 それにしても、コレ一応槍って事で認識されるのな。
 まぁ確かに鎌の様に片方の横刃が突き出ているとは言え、ソレ以外は一番近いシルエットは槍だというのは間違ってないし、異形……要するに変な形の槍と認識されるのは何もおかしなことじゃないか。
 丁度いいから、今後この武器について何か揉める事があったら槍だと言い張ることにしよう。

 それにしてもあの解説の人も、まぁ次から次へとよく言葉が出てくるな。
 ステージ上に上がった今も、俺や対戦相手のプロフィールや、一回戦での戦いについて語り、会場を盛り上げている。テレビの格闘技番組ならVTRとかが流れている所だろう。
 大体、俺のことで知ってる情報なんて、一回戦での戦績と大会参加受付の時に用紙に書いた、名前と出身地と参加目的と武器くらいだろうに。 
 今ちょうど話してる俺の住所のことだって、知られざる異郷だの、未知の戦士たちの集う地だなどと好き勝手に言いまくってるが、要するに『よく分からん田舎』というだけだろうに、よくもまぁペラペラとそれっぽく並べるもんだ。
 喋りが仕事とは言え、プロの仕事ってのは大したもんだわ、本当に。
 まともに聞いてると脚色されすぎて、聞いてるこっちがこっ恥ずかしくなってくる。
 聞き流しながら、対戦相手の方を見てみれば、自然と目が合った。どうやら相手側もこっちのことを見ていたようだ。
 すぐに視線は切られてしまったが、目があった瞬間苦笑で返してきた辺り、この人にとってもこの紹介はこっ恥ずかしいという事なんだろうか。

「それではいよいよ試合開始です!」

 どうやら、やっと長ったらしい試合前の煽り文句が終わったようだな。
 開始の合図係の人が壇上に上がってきたってことは、すぐに試合開始ということだ。
 そろそろ気持ちを切り替えようか。
 一回戦は最終試合だったせいで、先にやってた戦いを確認することは出来なかったが、先日の予選ではこのオッサンはなかなかにいい動きをしていたのは覚えている。決して油断していい相手じゃぁない。
 まぁ、一回戦がアレであっても、最初から油断なんてするつもりはないけどな!

「始めぇっ!!」

 開始の合図と同時に、ミアリギスの間合いの更に奥、懐と言っていい位に深く踏み込んで見せる。
 相手も俺も長もの持ちだ。普通に考えれば距離をおいて迎撃の突きが飛んできそうなものだが……

「ハッ、そう来るかい!」

 予想に反して一歩も下がらず、しかも予め短く持って繰り出した俺の突きは、槍の柄で巻き取るようにいなされ、しかもお返しとばかりに石突が跳ね上がり俺の顎をカチ上げようと狙ってきた。
 エビ反りに首を逸して、顎への痛打を回避しつつ、そのままの勢いで後ろへ飛び追撃をやり過ごす。
 こっちも攻撃がコンパクトだった分、首を反らすのが間に合ったが、その風切り音から回避が間に合わなければそのまま意識を刈り取られかねないほどの威力を感じた。
 というか意識を保てたとしても顎が砕かれてたろ、あの勢いだと。洒落にならねぇな。
 それにしても、突然の間合いの侵食に対して、このゼロ距離で顎を砕きかねないほどの一撃を咄嗟に、しかも的確に返してくる。つまりこのオッサンは想像していた通りのやり手だという事だ。

「思い切りは良いが、まだまだ攻めに姑息さが足りねぇ。青い青い」
「何しろ若造なもんでね」

 姑息さが足りない……か。不意打ち気味の攻撃のつもりだったんだが、不意をついた後の攻めが馬鹿正直すぎたと言うことか?
 ああいや、きっちり対処されてるんだから、そもそも不意なんて突けてなかったというのが正しいか。
 このローガンとかいうオッサン、動きは特別機敏というわけでもないが、とにかく反応が良い。
 しかも立ち回りがかなり嫌らしい。自分が有利に動ける立ち位置とかを経験で熟知してるんだろうな。
 何より、元傭兵団の切り込み隊長とか言うだけあって、もう中年と言って良い年齢だろうに、かなり鍛え込まれている。身体は引き締まってるし、さっきの槍の風切り音だ。相当な膂力だろう。
 そして――

「そら、今度はこっちの番だ。簡単に終わって観客をがっかりさせるなよ……!」
「ぐぬっ!?」

 この攻撃だ。身体の動きは緩慢で、掴みどころのないフラフラとした動きなのに対して、攻撃だけがやたら鋭い。
 緩急自在は攻めの基本だが、コイツの攻撃はメリハリというよりもなにかの手品を見せられているようだ。
 動きに差がありすぎて、いちいち攻撃に違和感を感じてしまう。
 特にゆったりとした動きからの唐突な突きこみは、こちらに攻めのタイミングを掴ませてくれない。
 こんな動きをする奴は、過去に腐るほどやったどのゲームでも見たことがない。

「そらそら! 防戦一方になっているぞ? ちっとは反撃しないと場が白けちまうなぁ?」
「そう言う割には、随分とっ、嫌らしい手を、使う……じゃ…………ないか!」

 こっちを舐めて、一気に潰しにかからないのは正直助かるが、それでいて加減は一切してやがらねぇ。
 格下相手に瞬殺はしないが、だからといって油断も隙もみせやしねぇと、そういう訳か? 本当に厄介な手合だな畜生が!

「本戦の、しかも二回戦まで上がってきた奴相手だぞ? そりゃ相手が嫌がる手をコレでもかと使うに決まってんだろ」

 そりゃそうだ。二回戦とは言うが実質準決勝だから。そこまで勝ち進む相手なら俺だって絶対に油断なんかしやしねぇ。
 ヌルリと、蠢くような踏み込みからの跳ね上がるような突きを後ろへ飛んで躱し、そのまま一度距離を取る。

「やるじゃねぇか。普通突き込まれれば、横に避けるもんなんだがな?」
「アンタ、柄を長く持って右腕一本で突きこんできたろ? 今まで一度もそんな突きはしてこなかったんだ。警戒もするさ」
「へっ、バレてやがる。青二才のくせに良い勘働きをしてんじゃねぇか」

 いやまぁ、流石に初見の技は警戒するだろ普通。
 いくらなんでも舐めすぎ……ってよく考えたら似たような話題が協会でもあったな。こっちの世界では田舎から出てきたばかりの若造なんてのは皆似たようなもんなのか。
 キルシュは……って、そういやアイツはもう現役の傭兵団員だから、教育されていてもおかしくないのか。

 うぅむ……正直このまま見下していてくれたほうが勝ち目が有るっちゃ有るんだが、それだと一回戦に続いてまた不意打ちで勝ったみたいになって、腕試しにならないんだよなぁ。
 というか、今まで全く戦ったことのない様なスタンスの相手だし、ここはリスクを背負ってでも経験積んでおいたほうが良いよな……?
 あぁ、確かに勝つためという意味だと、さっき指摘された通り俺は姑息さが足りないのかもしれんなぁ。
 でもまぁ、目標を別に用意して、相手を利用するという意味ではあまり褒められたものでもないし、そういう意味では姑息だからきっとセーフだ。……何がセーフなのかはよく分からんが、自己弁護的には問題なしだ。

 よし。そうと決まれば戦法変更だ。
 見は見でも、待ちのスタンスを崩して、牽制と攻めを厚めに詰めて、応手を確かめる。
 攻める側は相手への選択肢を迫る側だから心に余裕がある。だから崩しやフェイントも仕掛けやすい。
 逆に攻められている側になると、応手が限られるせいで、「こうされたら、こう返す」といった感じで対応が一本化されやすい。勿論世の中には守りが超絶上手い人も居たりするが、そういうのは例外で、やはり一般的には攻める側の方が心理的に優位に立ちやすい。
 トリッキーな立ち回りをする奴ってのは、自分のペースに乗せるのは上手いが、攻め込まれると脆い人が多いというのが俺のゲーマーとしての経験則だ。
 やはり例外はいるが、それでも正面から殴り合うよりも搦手を使ったほうが優位に立てると判断しているからこそのトリッキーな行動に移るプレイヤーが殆どであることは間違いない。
 なにせ、世の中には計算され尽くし、対策の粋を極めた『舐めプ』や『荒らし』を主軸にするプレイヤーまで居るくらいだからな。
 そしてこのオッサンはまさにそういう戦い方を得意とするタイプだろう。
 奇をてらった妙な動きに見えて、いちいち嫌らしいタイミングを外さない。
 隙だらけに見えて、いざ手を出せば既に反撃体制が整っているという状況をこの短時間で何度も「見た」から間違いない。

 踏み込みから攻撃に移るタイミングは、上半身の動きではなく、脚さばきから確認する。
 いくら変則的であろうと、間合いの外に居れば攻撃は飛んでこない。間合いを詰める動きはそれ自体が攻撃だと見ればいい。それでもし攻撃が来なくても、それならそれで反撃が来る前提でこちらから牽制攻撃を仕掛けてやればいいだけだ。
 回避からの反撃に転じる時、必ず左肩が下がった状態からしか飛んでこない事は確認済みだ。
 それすらも奥の手のための布石という可能性は捨てきれないが、それならそこも反撃が来る前提で居ればいいだけだ。
 攻撃の圧は減ってしまうかもしれないが、焦る必要はない。じっくり時間を掛けてやればいい。
 この様子なら多分……
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