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三章

百四十五話 優良会員

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「やはり貴方方は筋が良い」

 翌日、休息をしっかり取って昼過ぎに協会へと顔を出し、匂いを出し始めたグレイドッグの頭を証明品として収めるなり飛んできたセリフがこれだった。

「他所の支部で実績がある人や、傭兵や衛兵として戦い慣れている人が足を洗って協会に登録する場合もありますが、貴方達はそういう訳でもないのに登録してすぐにこれだけの成果を出している。そういう人が全く居ないとはいいませんが、なかなか居ないんですよ?」
「流石にそれは言い過ぎでは? 相手は小型の獣の群れや野犬ですよ? 戦うための人間が集まってるこの街で、いくら協会が流行っていないと言っても、これを狩れるのが極少数とか流石に信じられないんですけど」
「勿論、目の前に敵を用意してやれば倒すことは造作も無いでしょう。それくらいにこの街の戦士のレベルは高い」

 まぁ、毎月闘技大会なんて開いてる街にいる戦士のレベルが低いわけはないわな。

「ですが、彼らではおそらく依頼の達成に数日……下手をすれば10日過ぎても達成できない可能性もあります」
「そこが解らないんですよ。何故戦い慣れている人達が集まるこの街ですらそんな事になっているのか」
「簡単な話ですよ。ココが足りないんです」

 そう言って、トントンと人差し指で自分の頭を叩いてみせる。
 おいおい……滅茶苦茶露骨にこの街の戦士をアホだと言い切ったな。

「これはこの街に限ったことじゃないんですけどね。弱い獣に自分が遅れを取るなんて思っても居ない。だから見つけられれば倒せると思い込んでいます。結果、シュリガーラ相手にすら逃げ回られ、満足な数を捕らえられないまま無為に時間を過ごす羽目になる……なんてのはよくある話ですね」

 マジかー……
 その辺は協会の仕事未経験であっても、ちょっと考えればすぐに判ると思うんだがなぁ。

「それだと協会側も困るんじゃないですか? 依頼達成率下がったりしたら外聞も悪そうですし、簡単なものでもいいから初心者向けの基礎講座とかやったほうが結果的に協会の為になると思うんですけど……」
「実のところ既に基礎的な知識の講習などはあるんですよ。一日講習で銀貨10枚なのでかなりお買い得だと思うんですけどね」

 あるんかい。

「あの……講習があるとか、そんな話一切聞いてないんですけど」
「最初の依頼に失敗するようなら紹介するつもりでした。基礎知識の講習はいきなり紹介してもまず受けようとする人は居ないので、一度失敗して、それでも見込みがある方に対して紹介するようにしてるんです」
「受けようとしない? 慣れない仕事を受けようって時に情報を欲しがらないんですか?」
「座学を利用する方は殆ど居ませんね。実際に経験して覚えたほうが早いし、そういった事に金や時間を使いたくないという考えがあるんでしょう」

 あぁ、その考え方は何となく分かる。説明書読まずにまず動かしたくなるって奴は俺の身の回りにもよく居た。
 というか俺自身も元々は説明書読まない派だったが、以前やったゲームでとあるシステムに最後まで気が付かず死ぬほど苦労してクリアしたのに、知り合いが説明書に書いてあるそのシステムを使って超簡単にクリアしているのを見て、ゲーム前にマニュアルは必ず読むようになった。
 あれ……そうなると俺も一度失敗したからこそマニュアルを読むようになったのだから、最初に講習を受けない奴らのことをどうこう言う資格は無いんじゃねーか……?

「それに彼らは自分の目で見たことしか信じない傾向が強いですから、あまりに実力とかけ離れた無茶な依頼を受けようとする方への忠告なども、まず聞き入れられません。結果、新人の殆どが駆除依頼を失敗するか赤字を出す結果になっています」

 でも、ゲームと違ってこの仕事の場合は命が関わることもある。俺もゲームでは説明書読まなかったが、遊びであっても行ったことのない場所へ行くときは必ず周辺の店や駅の場所とかは調べるようにしていたし、修学旅行の旅のしおりとかはガッツリ読むタイプだった。でないと迷った時の事を考えて不安になったからだ。
 自分の身一つで凶暴な害獣と戦おうっていうにも関わらずここまで情報が軽視されるってのはこの街独特の戦闘民族的な思考かなにかか……?
 いや、そもそもこの街では協会が廃れてるんだから、そういう例え話は他の協会の活動が活発な街の話だろう。
 となると世界的にそういう思考が当たり前になってる……?

 ――あ、いや……それ以前に基礎教育がないってことは、事前予防というかそういう失敗を前提にした学習って考え方がそもそも浸透して無いのかもしれん。
 勉強をしていれば、内容の好き嫌いはあっても事前に調べようという思考が頭をよぎるはず。だが、子供時代に学校どころか勉強という習慣そのモノがなければ、その発想がまず出ないという事なのかもしれない。
 だから、みんな失敗して自分で経験しないと身に付かないし、自分の目で見たこと、経験したことだけに絶対的な信頼を寄せる考え方になる。
 そして、そういう考え方だから他人の忠告なんか以外は聞く耳持たなくなって、結果まともな事前知識が身に付かないって悪循環になってるんじゃないのか?

「わたし達もお勉強できるの?」

 おや、エリスが身内以外の会話で口を挟むのは珍しいな。
 そういえば、俺が倒れている間、チェリーさんとエリスは城の図書館に通ってバイトしてたって言ってたっけか。
 チェリーさんは基本金目当てだったみたいだが、エリスはずっと本読んでたって話だし、実はかなり知識欲が高いのか……?

「う~ん、受けられますけど、エリスちゃんにはあまりオススメできないかな」
「どうして?」
「貴方のお兄さんが、教えるべきことを全てもう理解しているからね」
「え? それどういう事ですか?」

 確かに狩りの心構えとか簡単なサバイバル知識はガーヴさんに仕込まれはしたが、協会の仕事に関する知識なんて何も持っていないぞ?

「事前準備の重要さとか、駆除依頼の難易度の見極めといった本当に基礎的な事なので、既に情報や基礎の重要性理解している貴方達には不要な教習だと思います」

 あぁ、なるほど。仕事に必要な専門的な知識とかの講習じゃなくて本当に初歩的な心構えのレベルなのか。
 よく考えたら教育水準がかなり低いこの世界でそんな専門的な技術や知識を銀貨10枚程度で仕入れられると考えるほうがおかしいか。

「そっか~。なら安心だね」

 あ、ちょっと残念そう。
 やっぱり講習とかに出てみたかったんだな。

「そんなに興味があるなら受けてみるか? 昨日今日の仕事で稼いだ金はエリスの物だから好きに使っていいんだぞ?」
「う~ん……やっぱいいや。他にお金使いたこと出来たから」
「ん、そうか?」

 まぁエリスがそれで良いって事なら、これ以上どうこう言うつもりはないが……

「さて、次の依頼はどうしますか? 苦戦無くグレイドッグを倒せたというのなら8等級の依頼を見繕うことも出来ますが……確かキョウさん達は明後日の大会に出場するんですよね?」
「はい、8等級の獣を一日で仕留められるかまだわからないので、明日は休息と調整に当てようと思います」
「それが良いでしょうね。依頼はなにか特別に急ぐ理由がない限りは余裕を見て受けるべきです」

 急ぐ理由がないしな。自分からわざわざタイムリミットを設定する必要性を全く感じない。
 ただの個人的な修行にリミットを設けるとかならともかく、訓練ついでとは言え他人が金を払って出した依頼にそんな不必要なリスクを持ち込むのは流石にどうかと思うしな。

「とりあえず、大会後もしばらくは用事があるので依頼はお預けになりますけど、その後余裕ができたらまた寄らせてもらうことにします」
「はい。こちらも依頼をこなして戴けるのはたいへん助かるので、是非よろしくおねがいします。エリスちゃん達もよろしくね」
「うん。わかった~」
「わぅ」

 さて、とりあえずこれで最低限の小遣いは確保できたし、周囲のモンスターの強さも少しだけだが把握することが出来た。
 レベル上げ的な意味ではまだ様子見が終わった段階でしかないので、効果の程は殆どなかったと思うが、時間がなかったわけだからこれは仕方ないと割り切ろう。
 明日は大会前日なので、英気を養う。本格的なレベル上げは、大会の後、製品版のイベント後だ。
 チェリーさん合流後に、おそらくLv3モンスターに相当するはずの8等級の依頼をこなしつつ、良さげなレベル帯探しだな。
 
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