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三章

百三十七話 西風亭Ⅳ

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 それにしても対戦イベントか。そんなに時間も立ってない筈なのに随分と昔の思い出みたいな印象だな。ろくな思い出じゃないんだが。主に俺が一方的に嵌められた的な。
 というか、だ。

「その当の本人に一切情報が来てないのはどういう訳だ? 連絡用ツールの制作が忙しくて遅れてるってのは、まぁ何となく予想できるが、だったら前見たくクレイドル側のシステムメールで送ってくれればいいのに」
「なんか、それかなりの裏技らしくて、色々書類とか出さないといけなくて乱用できないらしくて、私が伝言役にって話になったわけよ」

 今は声優業は休業中とはいえ、結構ファンも多い筈の人気声優を伝言役に使うとか、ちょっと人の使い方おかしくないですかねぇ?
 いつも一緒に居るから一番連絡が付きやすいってのは間違いないんだけど、一応タレントなんじゃ……
 まぁそこはどうでも良いか。

「なるほどねぇ。それで、その伝言とやらは?」
「来週……大会決勝の二日後に闘技場エリア解放記念イベントで第一回の公式大会をやるんで参加よろしく、って感じ」
「来週って……まぁ会社勤めとかじゃないから時間は作れるけど、もうちょい前に教えてくれても良いんじゃね?」

 まぁ、会社勤めしてた頃は、突然前日に予定ぶっこまれるなんてことはザラにあったがな。
 一週間猶予があるだけマシと言えばマシだが、最初から巻き込む気だったのならもっと早く伝えてくれてもいいと思うんだが……
 と思ったら、突然チェリーさんが俺を拝み始めた。
 ……いやどういうことよ?

「ごめんなさいっ! それなんだけど私のミスなのよ。実はあの王都の騒ぎの時に一度抜けたでしょ? 実はアレがこのイベントの事前報告会だったんだけど、色々あって伝え忘れてたのよ」
「あぁ、なるほど……」

 拝んだんじゃなくて謝ってたのか。
 でもまぁ、あの時は襲撃があったり、なりドタバタしてた訳だしあまり責められんか。
 俺も死にかけてぶっ倒れたりとか、かなり迷惑かけたしなぁ。

「俺が死にかけて寝込んでたのも理由の一つだろうしそんな謝らなくてもいいよ。まぁ、参加自体は別に問題ないと思うよ。こっちの大会も終わった後だし、一日間があるならゆっくり身体の疲れも取れるだろうしな」

 大会でうっかり大怪我しなければの話だけどな。

「そこは一緒に行動してるからわかってたんだけど、一応こっちの手落ちだから、ね?」
「さよか」

 まぁ、気がすまないと言うなら、本人の好きにさせるまでだけど。

「それが向こう側での要件。……で、もう一つは大会までのこっちでの過ごし方ね」
「大会までどうやってレベル上げするかだな」
「そう。元々は街を中心にして近郊で害獣退治と洒落込むつもりだったんだけど……」
「闘技大会や闘技場なんて面白いものもあったわけだ」
「そういう事。どうやら大会だけじゃなくて、普段から闘技場は開放されてるみたいなのよね」

 そういえば、キルシュも去り際に闘技場で手合わせの約束があるとか言ってたな。用があれば闘技場に顔を出せても。
 となると、単純な試合場として普段から一般開放されてるのか?
 なら、舞台慣れもかねて一度大会前に下見しておくのも悪くなさそうだな。

「大会の事を考えると、ステータスアップも必要だけど、対人戦に慣れとくのも必要かもしれんね」
「やっぱりそう思うよね。こっちの世界、凄腕っぽい人かなり多いし。キルシュ君だって相当でしょアレ」
「だろうなぁ。あんなデカイ化物を1人で倒すくらいだし」

 どう少なく見積もっても、製品版イベントで戦ったプレイヤーよりも強いと考えたほうが良い。
 実際に手合わせしないまでも、普段闘技場を使う連中がどれくらい強いのかを見るだけでも意義はありそうだ。
 問題は何に重点を置くか、だな。

「闘技場に顔を出すのは俺も賛成だけど、あくまで様子見程度でいいな」
「そう? 強い人との手合わせとか重要だと思うけど」
「もちろん、1対1での対戦経験は勝っても負けても得る者は多いと思う。だけど……」

 今は対人戦の技術よりもステータスを……地力を上げることが目的だった筈。
 対人……特に1対1の戦いではステータス差よりも小手先の技術の方が結果を左右することが多い。

「今回の目的はあくまで俺のレベル上げ、パラメータアップだろう? 大会では本気で戦うつもりではあるが、あくまでレベルアップの確認にすぎない筈だろ? 決闘向けの技術は今は後回しだよ」

 人読み、視線誘導、フェイントといった揺さぶりによって相手の防御を揺さぶり、相手のミスを誘うのが何より重要になる。特に一般的なMMOと違い、このゲームはアバターに攻撃が当たればダメージになるといった単純な作りではない。パッシヴスキルやアビリティのシステムに任せた軽減や無効化はあるのかもしれないが、それでも自身で避け、受け流す技術の方がはるかに重要になる。
 結果、その守りを崩す為の行動こそが勝利へと直結するのだが、そこに終始するとまたAGIとかDEXばかり伸びそうな気がするんだよな。今伸ばしたいのは火力と耐久だからな。今のまま対戦でのスタンスを回避から防御に変えても、耐えきれずに削り倒される未来しか見えないし、受けきることが出来てもこちらの攻撃が通用しなければ結局勝つことが出来ない。
 となれば、やはり優先すべきはSTRやVITの育成だろう。

「そっか。自分で伸ばし方を考えてあるならそれで良いんじゃないかな。本来は大会なんて想定してなかった訳だしね」
「そういう事。 大会は気に留める程度。まずは最初の目的を貫徹するのが重要だと思う。逆にチェリーさんの場合、俺に土を付けたいのならステータスを伸ばすよりも対人スキルを磨くと良いかもね」
「うぐ……確かに、ステータスで優っているのに勝てないって事は……キョウくんに勝つにはそっちを伸ばさないと駄目よねぇ。そこまで武器の使い方や足運びなんかに差があるとは思えないんだけど、何故か勝てないのよねぇ」

 そういったところを気にしてる内は、まだまだチェリーさんに遅れを取ることはないだろうな。
 根本的にチェリーさんは何が原因で俺に勝てないのかを理解できてないから、的外れな所に注視しているんだよな。
 チェリーさんはステータスで勝っている筈なのに格下の俺に勝てないのはスキルの使い方や取得傾向の差だと思い込んでるが、実際はそうじゃない。
 スキルの使い方に全く差がないとは言わないが、一般プレイヤーと違って『身体を使う』という事をガーヴさんから仕込まれているのだから、そこに俺とそれほどの差はないと思う。
 なら何が違うかと言えば、対人戦での心構えや小手先の技術の方だ。

「今のままただレベル上げるだけじゃ、負ける気はしないなぁ」
「えぇ~」

 チェリーさんは確かにステータスは高い。
 オープンβからの参加組の中でも特にレベルが高い部類のはずだ。
 このゲームは純粋にパラメータのみが上がるというのは珍しく、関係するスキルの取得や練度によってパラメータにボーナスが付くと言った感じになっている。つまり高ステータスということは様々なスキルを持っていたり、そのスキルの練度もかなり高いという事になる。
 パワーもスキルも持っていて、なぜ俺に勝てないのかと言えば、理由はいくつかあるがそのうちの一つが立ち回り方の違いだ。
 チェリーさんのは、なんと例えるか……
 例えばFPSで例えてみると、チェリーさんはすごくいい銃を持っていて、エイムも正確だ。
 しかし、バカ正直に敵を狙える最短最適行動を取ろうとするせいで、逆に相手に行動を読まれていい位置を取る前に撃ち殺されるタイプだ。
 格ゲーでいえば、コンボ練習は的確で難しくて高威力のコンボも正確に打てるが、まずそのコンボの最初の一発を当てられない。近づけない。そして無理に飛び込んで対空技で迎撃される……そんな感じだ。
 要するに最もダメージを与えることの出来る攻撃方法の取得を重視しすぎて、まずその攻撃を当てるための努力がおざなりになっているというイメージだな。
 例え懐に入られても、今のチェリーさんの攻め方には崩しをあまり意識していないため、ただ受けに回るだけで簡単に凌ぎきれてしまうので、怖さがないのだ。

 そしてもう一つの理由が、チェリーさんは読み合いが苦手という点だな。
 というか、単純にチェリーさんは特に考えていることがわかり易い。
 攻撃の意図を隠そうとして、結果逆に意識し過ぎてバレバレになるっていうタイプだ。
 たとえば普段、素直に攻撃先に視線を向けるのに、ピンチになったり、一転攻勢といった特定のタイミングで思い出したように視線を俺の目から逸らさないようにしたりと言った感じでな。
 普段からそう心がけていれば、ターゲットを散らせることになるかもしれないが、突然そんな態度を取られれば、狙いを変えてくるという事がモロバレになってしまう。それにチェリーさんはまだ気づけていない。
 しかも長いこと一緒に稽古していれば癖なんかも覚えやすい。そのせいで、予めチェリーさんの行動を潰すように動くことがしやすいのだ。結果、戦えば戦うほどチェリーさんの勝利が遠のいていくと言った状況だ。
 もうちょっとじっくりと対戦相手を観察して、戦い方を組み立てていけるようになれば大分変わると思うんだが……
 正直、これくらいはちょっとしたアドバイスですぐに矯正出来る筈なんだが、チェリーさんが俺のアドバイスを頑なに受け取ろうとしないんだよな。
 いや、普段のアドバイスは割と素直に聞いてくれるんだが、レベルの低い俺との手合わせで一度も勝てないチェリーさんは、自分で理由に気づかないと意味がないと言って、勝てない理由を聴きたがらない。
 一応、どうしてもお手上げになったら教えて欲しいと言われているんだが、何だかんだでやる気勢のチェリーさんの事だから意地でも自力で何とかしようとするはず。
 攻略サイトの情報見るのに抵抗がない効率タイプとか自称してた割に、こういうのは自力で攻略しないと気がすまないんだよな。まぁ、自力で気付いたほうが身につきやすいってのは俺も思うから口出しはしないが、気付くのは何時になるのかねぇ。

「ま、元々の目的は俺のレベル上げだったけど、チェリーさんも苦手なところを伸ばせるいい機会なんじゃね?」
「う、う~ん……なんか想定していた展開とかなり違うけど、確かにその通りなのよねぇ」

 まぁチェリーさんが何をしようとしていたかは、森の中の言動で何となく魂胆は見えてきてるんだけどな。

「まぁ、そんな感じの方針だけ固めておいて、後はエリス達が起きたら飯でも食いながら細かいところを話し合えば良いでしょ」
「そうねぇ」

 ここでエリス達がどうしたいかの確認もなしに話を勧めても、仕方がないしな。
 今は『こういう感じで行こう』くらいのゆるい感じでいいと思う。

「日が落ちたらエリス達を起こして、受付の人が言っていた酒場に行ってみよう。詳しい話はその時だな」
「そだね。うん、そうしよう」

 そう話をまとめておいて、ふと気がついた。
 夕飯を提案しておいてなんだが、金はチェリーさんに出してもらう訳だから、今の俺の言動だけを見れば完全にただの紐野郎なんだよなぁ。
 次に収入があったら、今後はもう少し多めに現金を確保しておこう。
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