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三章

百三十七話 西風亭Ⅲ

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 さてこんなもんか。

 整った高級そうな部屋は、ロープに引っ掛けられて旗のように部屋を埋め尽くす着替えで、突然貧乏くさい見栄えに早変わりしてしまった。
 うぅむ、何か申し訳ない気分になってきたが必要な措置なので目をつむってもらおう。
 貧乏くさいと言うか実際貧乏だしな。
 流石に片窓じゃ風通しあまり良くないが、あまり贅沢は言えんか。湿気はあまり感じないし、よく乾くはず。 

  ――よし、大分落ち着いたな。
 上着を脱いで肌着を変えただけでかなりサッパリした。今度こそこれでようやく一息つけそうだ。
 そうだ。俺の体のメンテナンスだけじゃなくて、そろそろミアリギスの刃を研いでおきたいな。
 一応高級宿だからなのか、身体を拭うのに使うための水場もあるし、後でちょっと手入れしておくか。
 今はちょっとベッドで横になっていたい。流石に歩き疲れたからな。

 とりあえずここに着た目的はレベル上げという話だったが、問題は何を伸ばすか……だな。
 このゲームは普通のRPGのように一定数経験値を稼いだらパラメータが上がるといったタイプではなく、スキルビルドでパラメータを上げていくタイプに近い。
 このゲームにおけるレベルはスキルによる上昇パラメータの合計値が一定値に達した時にレベルアップという扱いになる。
 レベルが上ったらパラメータがアップするわけではなく、パラメータが上がるとレベルがアップするという扱いなので、レベルは単純にパラメータ合計値の目安や基準という扱いでしか無い。
 しかし、成長自由度が高いこのゲームは今どき珍しく極振りなんかも出来るため、単純なレベルからは力量を推し量るのが難しくなっている。

 俺の場合、どういうわけか集中系統のスキルがアホみたいに伸びていて、時点で脚力系、裁縫系、木工系といった感じだ。そのせいでAGIやDEXが伸びていて、INTやMNDは殆ど伸びていない。俺自身が魔法とかまるで使えないからこれはまぁ、仕方ない。
 なら長所になっているAGIとDEXをの集中的に伸ばすべきかと問われると、そこは考えどころだ。確かにネトゲなんかでは特化ステータスは何かしら刺さるシーンが出てくるのは言うまでもないが、それは刺さらない場所ではとことん何もできなくなると言うことでもある。
 俺の場合、格上とぶつけられる場面が多いが、そこでいつも問題になっていることがある。
 純粋な火力不足だ。
 SADと初めて戦った時は圧倒的なレベル差があったとは言え、SADの持っていた強力な武器を使わなければ、無防備な急所への攻撃すら殆ダメージを与えられなかった。
 そういった極端なステータス補正が存在しないこのALPHAサーバであってもライノス相手に殆どダメージを通せなかったと言うこともある。
 そう考えると上げるべきパラメータと言われると、一番強くなる実感を得られるものと言えばSTRかVITあたりだろう。
 オンラインマニュアルを読めない俺には何系のスキルを上げることでSTRが上昇するのか詳しいことはわからないが、足に関するスキルでAGIが上がったのを考えれば、腕を使うか、筋力を使いそうなスキルを重点的に上げることで上昇を見込めるはず。

 まぁ、詳細に関しては行き詰まった時にチェリーさんに聞けばなんとかなるとは思うし、この街に滞在してる間は攻撃力の強化に努める事にしよう。
 何事にも指針は大事だからな。こういったものを予め設定しておかないと、俺の場合散漫的にただ訓練をして自分で何を上げるべきかも特に考えずに今までと同じことを繰り返しちまう。
 脊椎反射的に対応できるように身体に技を染み込ませるって意味ではそういうやり方にも意味があるが、何かを変えようとするならやっぱり考えてやらないと駄目だよな。

 しかし、普通に戦ってるつもりなのにSTRよりもAGIが上がるってことは、移動法とかに意識を裂きすぎてるって事だよな?
 そんな意図は特にないのにそういう結果になってるってことは、やっぱり一撃貰うだけで致命傷になりそうな相手ばかりとやってたから、回避を無意識で選ぶようになっちまってるのか。……身に覚えがありすぎるな。
 回避よりも受け流しや防御を中心にして立ち回るべきか? でもなんかそれはVITが上がるだけのような気もするし……いやでも、VITが上がれば無理に割ける必要が減るから戦い方に幅が出るか。
 そもそも、防御やHPが上がれば純粋に死ににくくなるから、俺にとっては結構重要な気もするな。……気もするんだが、体力に任せた戦い方ってどうも肌に合わないんだよな。
 やっぱりVIT上げるにしてもとりあえずは最低限、後回しだな。
 接敵時は釣らずに仕掛けるとかとなると、回避カウンターみたいな感じでとにかく手を出していくのが良いのか……?
 この辺はやってみないとなんとも言えんか。
 とりあえずは朝と夜の鍛錬も、腕立てとか筋トレ少し増やしてみるか。

「キョウくん、居る? ちょっと今後のことについて話そうと想うんだけど」

 色々とあれこれ考えていたら、ノックとともにそんな声が。
 べつにハイナ村では同じ部屋に寝泊まりしてるんだから、今更そんな気を使わなくても……って、よく考えたらリアルのアパート感覚で鍵かけてたんだった。

「はいはい、今開けますよっと」

 とりあえず、鍵を開けて中に招き入れる。
 部屋の中が洗濯物干しでとても人様には見せられないようなえらいことになってるけど、まぁチェリーさんやエリス達なら別にいいだろ。

「あぁ、やっぱこうなるよねぇ」

 部屋に立ち入るなりこの惨状を見てそんな言葉が出るってことは、だ。

「そっちも?」
「2人分だからこっちよりも酷いかな。今更ゲームアバターの下着とか見られても屁でもないけど、単純にあっちの部屋に4人集まるのは止めたほうが良いかな。スペース的な問題で」
「まぁ、なるほどなぁ」

 今更どころか、最初から気にしてなかっただろという言葉は、藪蛇になりそうな気がしないでもないから飲み込んでおこう。
 となれば、今後も集まるのはこの部屋って事になるか。
 まぁ、男の俺より服とか嵩張るだろうし、最初からこうなるであろう予想はついてたんだけどな。

「エリスとはティは?」
「お昼寝中。まぁ結構な距離歩いたし、森の中は散々だったから疲れちゃったんでしょうね」
「ま、そこら辺は仕方ないだろ。エリスは優秀だっつってもまだ子供なんだしな」

 AIの制作過程とかは専門外でさっぱり解らないから、エリスが一体いつ物心ついたのかはわからないが、おそらくは身体の年齢よりも幼いということは何となく分かる。
 促成培養みたいな方法で精神年齢自体は高く設定されていたとしても、生きてきた経験というのは絶対的に少ないはずで、そういう意味ではまさに子供である筈なのだ。

「二人抜きってことは簡単な指針の共有程度ってこと?」
「そんな感じ。それとこっち側とは違う話もあるから」

 『こっち側』ね。それにエリス達の居ない間に話を勧めたいとなれば、まぁ内容は何となく想像がつく。

「つまりは製品側の話って事か」
「そゆこと。オープニングイベントの対戦イベントでアレだけ目立ったキョウくんが呼ばれないわけ無いでしょ? そうでなくても公式プレイヤーとして契約してるんだし」

 そりゃそうだわな。
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