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三章

百二十五話 ボス猿退治Ⅰ

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「あぁもう! ……よし、いったるわよー!」

 少々投げやりな感じもする叫びと共にチェリーさんがボス猿に突っ込んだ。
 真正面からのバカ正直なチャージだが今回はそれでいい。相手の目をチェリーさんに向けるための行動なので、目立ってくれないとむしろ困る。
 そして、その動きに対して予定通り、ボス猿が食いついた……のだが。

「ちょぉっ!?」

 想定通りのボス猿の行動に対して、しかし少々想定外な事があったと言うならば、それはボス猿の攻撃がその巨体から繰り出したとは思えないほど素早く、鋭いものだった事か。
 動作自体はただの平手打ちのような横殴りの一撃だったのだが、まるで鞭のようにしなる一撃だった。しかもどれほどの速度が出ているのか、手首から先がブレて一瞬消えたように見える程だ。

「ちょっとぉ!? あんなのでぶん殴られたら私だって即死するんじゃないかと思うんですけど!?」
「チェリーさんで即死する可能性があるレベルなら、俺じゃ間違いなく即死ですね! 頑張って!」
「鬼かー!」

 実際生存率が一番高いのが一番レベルが高いチェリーさんなんだからコレばっかりは仕方ないのだ。んで、チェリーさんにツッコミ返した事でボス猿は背後に俺が居ることを意識した。俺が大声で返した瞬間から、俺とチェリーさんの両方を意識してキョロキョロと顔を動かすようになっている。
 この俺の行動を傍から見た人が居たとしたら、せっかく視界の外に居たのにわざわざ知らせる必要ないじゃないかと思うかもしれない。
 だが、コレすらも囮なのだから問題ない。本命は――

「右足、いただき」
「ゴォォァァァ!?」

 あ、他の猿と違って全く吠えないから、啼かないタイプのモンスターかと思ったけど普通に吠えるのね。
 ……じゃなくて、チェリーさんが視線を引き付けている間に視界の外に飛び出していたエリスが、死角からボス猿の足首の裏――つまり腱を絶ち切ることに成功していた。
 お手本のようなバックスタブだ。

「そらぁ! 敵はこっちよ!」

 エリスを探し、視線を彷徨わせているボス猿の無事な方の足へチェリーさんが渾身の突きを見舞い、その痛みに藻掻いているうちにエリスは再び死角へと下がる。
 タンクが引き付け、アタッカーは隙を突いて攻撃する。パーティ戦の基本中の基本だ。
 とはいえ、このゲームには使っただけで敵のターゲットが強制的に固定化されるような便利な技はない。
 ヘイトを稼ぎたきゃ、直接ヘイトを煽るしかない。
 人間相手と違って言葉で煽っても意味がないとなればどうするか? 簡単だ。痛みを、傷を与えてやればいい。無視できない程の傷であればなお良い。
 つまり、だ。このゲームでタンクをするなら防御力なんかよりもとにかく攻撃力を上げれば良い。ただ硬いだけの全身鎧なんぞただの置物だ。
 攻撃のたびに一々声をかけるのも、ターゲットの意識を分散させるための意図的なものだ。
 一撃で倒せるような相手であれば、無言で死角を突いていた。

「ゴァァァァッ!」
「浅かった!? 良い当たりしたと思ったのに!」 

 チェリーさんの一撃は無事な方の右足の膝を間違いなく捉えていたが、破壊するには至らなかったようだ。
 だが、痛打を与えたことには違いがない。
 あの巨体を飛び跳ねさせていた足を完全に奪えないまでも、初手で半壊させることが出来たのは大きい。
 尻餅をつく形で、チェリーさんを狙ってモグラ叩きでもするように地面を殴りつけることしか出来ていない。しかし、足を奪ったがここで詰めを間違ってはいけない。
 戦いは始まったばかり。体力を奪ったわけでも、致命傷も与えたわけでもないのだ。

「そら、こっちだ!」

 チェリーさんに夢中のボス猿の背後に一度周り、大声で注意を引きながら背後から攻めかかる。
 俺の声に反応したヤツが振り向くのを確認したら、即座に下がる。チェリーさんと違い俺の方は無理押しする必要はない。ただの囮だからな。
 俺の方に振り向いた時点で、チェリーさんが一気に間合いを詰めている。

「ぬおりゃぁああああ!」

 その叫び声は人気女性声優としてどうかと思うんだが……まぁ、自分の役目はキッチリこなしているんだから俺が何か言うのも違うか。
 チェリーさんの突き技……確かスパイラルチャージだったか? 強烈な踏み込みからの全力突きに、さしものボス猿も危険を感じたのか、振り回すばかりだった腕を咄嗟に防御に回していた。
 鋭く突き出された槍は、クロスアームブロックのような形で構えられたボス猿の右腕を貫通し、しかし左腕を抉りはしたものの骨で受け止められてしまったのか身体までは突き通せなかったようだ。

「ああああっ! 絡め取られたし! 折角お金貯めて買ったばかりの買った新品なのに!」

 両腕を縫い留められる形になったボス猿だったが、その代償として槍を奪われる形になってしまったチェリーさんが猛っていた。
 それだけ思い入れがあっても、即座に放棄して安全な位置まで下がれるようになったのはガーヴさんの仕込みのおかげかな?
 以前のチェリーさんなら、焦って多分武器を引っこ抜こうとしてるあいだにやられていたんじゃないかと思う。
 何だかんだでチェリーさんも危機管理の見切りとか、明らかに意識が向上してるな。

「後ろがお留守だぞ!」

 武器を失ったチェリーさんへ攻撃が向きそうなタイミングで俺が後ろから注意を引く。
 ただし、反撃をみたらすぐに下がる。
 俺が足を止めた目の前をボス猿の腕が薙ぎ払っていく。眼の前と言ってもギリギリという訳ではない。それなりに離れた場所だ。
 それでも今なら多少無理押しに攻めれば追撃も可能だが、あえて手出しを一斉せずに、声で気を引く事に集中。
 
「チェリーさん! 今のうちにハティから予備の槍を! ヤツは機敏には動けないから余裕はあるはず!」
「わかった!」

 チェリーさんが攻めてこないと踏んで、ボス猿は腕に刺さった槍を抜こうとしているが、貫通した穂先が腕の骨に引っかかっているのか引き抜けないらしい。自分で傷を抉るような形になって、ますます怒り狂い大暴れしている。
 その隙に、死角に消えていたエリスが再び疾駆する。
 アレだけ大暴れして轟音を撒き散らしていたボス猿は、どうやって聞き分けたのか無言で接近するエリスの方へ振り向き、槍の刺さっていない腕を振り下ろす。

 ゴバァッ と、まるで砲弾でも着弾したかのような勢いでボス猿に殴られた地面がめくり上がるが、エリスは気にもとめず一気に走り寄る。
 戦いだと上をとったほうが有利っていうのはよく言われるが、程度の差というものがあるらしい。
 超低姿勢からの突撃ってのは、やられてみると対処がかなり難しい。下手に反撃しようとしてもうまく当たらないし、無理に避けようとすると体勢を崩される。
 そしてエリスは『見てから反応』出来るタイプの人種だ。
 無理に蹴りで追い払おうとしようものなら、低姿勢からの超低空タックルで軸足を刈られて点灯させられるのがオチだ。実際、その通りに俺がやられたのだから間違いない。
 なら上から叩き潰せば良いと考えるかもしれないが、地面すれすれの相手を攻撃することに慣れている奴は中々居ないものだ。
 自分よりも小さなものと戦うことに慣れているだろうこのボス猿でも、個々まで低姿勢で突撃を掛けてくる外敵とは滅多に戦ったことはないだろう。獣であればこの体格差で襲いかかるような真似はしないだろうからな。そして慣れない攻撃で追い払えば、末路は……まぁ言うまでもないだろう。
 すばやく動きながらも相手が反撃するか避けるかをちゃんと見てから、キッチリ対応手を入れてくるからあんな無茶な体勢で戦っているというのにそうそう簡単に捉えられないのだ。
 そして、ボス猿が腕を振り回すのをやめ、生き残っている方の足で地面を蹴ろうとした瞬間

「ギョアアアアァァァ!?」

 エリスは、その蹴り足の腱を切り裂いていた。これで、ほぼあの猿の機動力を奪うことには成功した事になる。
 チェリーさんもハティの背にくくりつけてあった、買い替え前の槍をもって復帰している。出血も激しいから、長引かせれば有利に運べるだろう。
 ……ここが闘技場か何かであれば。

「血臭が濃い! 長引かせると化物共が寄ってくる! 一気に仕留めるぞ!」
「わかった!」
「はい!」

 この森に入ってから襲撃がひっきりなしに続くほどこの森は怪物で溢れている。
 進む程に虫→トカゲ→猿と敵のヤバさが跳ね上がってるし、このボス猿もの血の匂いに惹かれて、もっとヤバイ化物が寄ってきてはシャレにならない。
 正直に言えばもう少し弱らせてから詰めに入りたかったんだが、個々まで暴れて血の匂いを撒き散らすのは想定外だった。

「ハティ、大物が来たら対処を任せる!」
「ガウッ!」

 いつの間にか小猿をモリモリと齧っていたハティも準備よし。
 さぁ、倒しにかかろうか。
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