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三章

百二十四話 迷子

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 拝啓、美咲様。
 兄ちゃんは今、ネットゲームの中で遭難しています。
 ――なんて、現実逃避している場合じゃねぇな。どうしてこうなった……!

 王都で祭りを楽し……むどころか、貴族による革命騒ぎに巻き込まれるわ、理由もわからず命を狙われるわで散々だったその帰り道。
 チェリーさんの希望によってハイナ村に帰らず、何やら目星をつけていた街を目指そうとしていたのだが、チェリーさんの地図……ではないなアレは。前衛的なメモがまるで役に立たないことを見切って、まずは道なりに進み街なり集落なりで目的地への道を改めて教えて貰おうと、そういう話になったのだ。
 そして、ハティの背に揺られること丸一日ほどでようやくそれなりに大きな街にたどり着くことが出来た。
 うん、ここまでは何も問題はない。

 その街で聞いた情報によると、街を出てすぐにある川伝いに街道を徒歩で一日ほど南下していくと森が見えてくるという。森を抜けると、すぐに大きな街が見えるという。
 それが今回の俺達の目的地であるクフタリカである……のだが。

「この森、危険ってレベルじゃねぇだろ……!」

 襲いかかってくる猿のような怪物を斬り捨て、次を警戒する。この森に入って半日ほどで、もう何度襲撃を受けたか思い出せない。
 はじめは虫だった。でかいコオロギのような、それでいて妙に足の長いちょっと気持ち悪い系の奴だ。
 最初は追い払っていたのだが、次々に数が増え、流石に相手をしていられないと言うことで、その場に居た虫を全滅させてすぐに足早に移動することにした。
 そうして場所を移す途中で今度はトカゲの襲撃だ。二足で走る、腰ぐらいの高さの小さな恐竜みたいな奴が群れで襲いかかってきた。足が早く振り切れないと踏んでこれらも蹴散らしたのだが、ようやく一息といった所で猿の襲撃……と、まるで休む間がない。

「私たち目的はレベル上げなんだし、むしろコレくらいでちょうどいいでしょ」

 そう言って槍を振り回し猿共を薙ぎ払うチェリーさんだが、ここは一言物申したい。

「チェリーさんと俺じゃ基礎レベルが違いすぎるでしょうが! チェリーさんにとって丁度いいっていうのは俺にとっては無茶なんですって!」

 チェリーさんはこっち来てもガーヴさんとの訓練や、ハイナ村の外での仮に参加したりと積極的に行動していたため、純戦闘系としていつの間にかレベルが4に届いていた。
 対する俺はというと、あの王都での騒動の後確認した所、レベル3に届くかどうかという所まで上がってはいた。
 だが、チェリーさんと違い、俺は木工や裁縫、料理といった生活技術にリソースを割り振っていたおかげで戦闘用の基礎パラメータの成長はチェリーさんほど伸びていないのだ。とはいえ、王都でのあの騒動でそれなり以上には上がっていたらしく、見覚えのないスキルもいくつか習得していた。
 それでも純戦闘スタイルのレベル4と、雑種タイプのレベル2を同じ狩場に放り込むのはどう考えても間違えていると思うんだ。
 ……まぁ、とはいえ、だ。
 チェリーさんの云いたいことも分からんでもない。自分が目に見えて強くなってるのに、相方がレベル上げ怠った挙げ句にそれで死にかけてるともなれば、レベル上げを急かしたくもなるか。
 生活リズムを俺にあわせるって言ったチェリーさんが『必要に駆られて』と連れ出すほど危うく見えたって事なんだろうしな。
 実際、自分がダンジョンとかに近づかなくても、巻き込まれる形で格上との戦いを強要される状況が妙に多い気がするんだよな。製品版のは完全に人災だが。
 ううむ……自分的にはまずは自活能力を上げてから戦闘スキルとかに手を出すつもりだったんだが、自業自得と諦めるしかないか。
 まぁ、何時かはするつもりではあったことだし……ただ、どうせやるなら、集中的に効率よく、だな。
 何が言いたいかと言うと。

「もっとこう、キャンプ作って、釣り上げたほうが安全にレベル上げできるんじゃね?」
「キョウくん。目的地は森じゃなくてその先なんだよ? 個々はただの通り道。この戦闘はランダムエンカウントなのでレベリングとは言いません」
「いや、ならこんな目立つ進み方せんでも、敵を避けて進んだほうが良いんじゃないの?」
「経験値を放置するだなんてそんな勿体無い!」

 やっぱりレベリングじゃねぇか!
 塵も積もれば山となるというか、無数に戦闘を行うMMOではこういうランダム戦闘での経験値が意外と馬鹿にできないというのは俺にも分かる。分かるのだが……

「パワーレベリング中に巻き込まれて死ぬとか勘弁願いたいんだが……」
「なぁにキョウくんなら大丈夫だって!」
「その言葉の根拠を知りたいんですけど!?」
「まだ私が朝の訓練で一度も勝ち越せないんだから、私より強いキョウくんならへーきへーき」
「それは俺が大丈夫なんじゃなくてチェリーさんが駄目なだけだろ……」
「ちょっと酷くない!?」

 ぶっちゃけ、チェリーさんとの手合わせは結構気を張るのだ。疲れや焦りを見せると、チェリーさんみたいなタイプは調子づいて手数が増える傾向がある。なので、何食わぬ顔で攻撃を捌くように努めてはいるが、実際のところ一撃でも貰えばノックアウト待ったなしなのだ。
 はっきりいって、組み手の相手としては基礎パラメータに差がありすぎる。俺のレベルは2でチェリーさんのレベルは4だという。実際は俺のレベルは3に限りなく近い2といった所なので、まぁ大凡ステータス差は1.5倍といった所だろう。
 ――割と絶望的な差である
 ボクシングで65kgの選手が100kgの選手と殴り合うようなものなのだ。まともにやって勝てる訳がないので、過去の対戦ゲームで培ってきた経験と人読み、それと小手先の技で騙し騙し戦い続けているという訳だ。
 つまりチェリーさんはステータス差以前に、その小手先の技術に対する対応ができてないから格下の俺にも勝てていないだけで、きっちり対策さえすれば俺では相手にならないほどの高いポテンシャルをレベルという数字で約束されてるんだよな。
 でもまぁ、コレばっかりは何度も痛い目を見て、対策を繰り返して……と数をこなして慣れるしか無いからなぁ。まぁ、そのおかげというか何というか、その代りにこの身体の扱いにも大分慣れて来た。
 プレイヤー同士の組み手稽古だと、かなり強烈な補正がかかるのか戦闘技術系スキルのパラメータの成長が殆ど起こらない。だが、パラメータとは関係ない身体の操作方法という経験値はガッツリ詰めているというわけだ。もはやリアルの身体よりもうまく動かせる自信まである。

「あ、キョウ。右手前方からおっきなお猿が追加で来るよ。接敵まで30秒」
「え、マジで!?」
「まじまじ」

 正直、ハティに手伝わせたくなる。とはいえ、目的が俺のレベル上げだから、安易な道に逃げるのもなんか違うんだよなぁ。
 今でもレベル上げなら目的地についてからにすれば良いという俺の意見は変っていないのだが、いざ道中殲滅をやると決めた以上は折角の遭遇戦をハティに全処理してもらうのも、チェリーさんの言葉じゃないが勿体無い気がしてならんのだ。
 貧乏性と嗤うなかれ。こういう細かい積み重ねが強さに幅を持たせるはずだ。
 ……多分。

 警告からきっかり30秒。何かを叩きつけるかのような湿った音が連続する。
 これは足音……? それにしては、他の奴と違って草擦れの音がしないのは一体……?

「キョウ、上!」

 エリスの声に反射的に顔を上に向けた俺が見たのは、三角跳びよろしく巨木を蹴りつけながら飛び込んできた巨大な狒々だった。あの音は、樹を蹴りつけて移動する音だったのか!
 ……つか

「でけぇぇぇ!?」
「何アレ!? 満月の夜の戦闘民族的なやつ!?」

 いや、そこまでデカくはないが、それでも洒落にならないことには変わりがない。というか、あのまま突っ込んでくる気か!?

「とりあえず、散開!」

 俺たちが飛び退ると同時に、俺達が今まさに立っていた場所へ、轟音とともに巨大狒々が落下していた。

「うわわっ!?」

 反対側に逃げていたチェリーさんがバランスを崩して膝をついていた。落下の衝撃が地面伝いに振動が届いて、腰砕けになったんだろう。
 幸い、狒々……というかボス猿の視線はハティに向かっていたため難を逃れたが、アレは運が良かっただけだな。
 俺の場合は、アレよりも巨大なアーマードレイクとの戦闘経験で、近くで大質量の物が着弾するとどうなるのかを予め知っていたので着地の瞬間に飛び上がることで難を逃れる事が出来た。
 あんなイレギュラーな戦闘経験も自分の身を守る糧となる訳だから、何事も一度は経験するもんだよな、ホント。

 にしてもデカイな!
 四つん這いの状態で頭の位置が俺の倍くらいの高さにある。
 あの怪獣じみたアーマードレイクは例外として、この世界で見た中では一番の大物だった沼猪よりも更に一回りはデカイ。コレ多分直立したら、短足を考慮しても7~8mはあるぞ……

「コレはレベル上げ云々する相手じゃないだろ。ボスだよボス!」
「流石に私だってこんなの1人で倒せだなんて言わないって! ってうわぁ!? この猿たち、全然逃げないんですけど!? もしかして、でっかいのの手下!?」

 バランスを崩したチェリーさんを倒しやすいと踏んだのか、小さな……といっても人間と変わらないサイズだが、猿たちは狙いをチェリーさん1人に絞ったみたいだな。
 まぁ、レベルは俺より高いし、散々連戦させられてた俺が狙われてる状況よりは多少マシか。

「じゃあ、レベルの高いチェリーさんがメイン盾という事で」
「えぇぇぇぇ!? この状態の私にそれを言う!?」
「低レベルで、しかも連戦続きでガス欠の俺にあのボス猿の盾をやれとおっしゃる?」
「うぐっ……」

 実のところ、走りずくめで息は上がっているものの、出来る限り手を抜けるタイミングでは疲れを貯めないように体を休めていたので、疲労という意味ではそこまでではなかったりする。
 まぁそれをバカ正直に伝えると、チェリーさんなら間違いなく俺にあのボス猿を押し付けようとするだろうから絶対言わないけどな。

「私も手伝う?」
「ん~……、そうだな。今回はエリスも頼む。チェリーさんが追っかけられてるからフォローしてあげて」
「はーい」

 元気のいい返事と共にチェリーさんの方へ走っていくエリスだが……相変わらず姿勢低いな。
 あの身のこなし、はおそらくチェリーさんではなくガーヴさんが仕込んだものだろうな。顔が地面につきそうな位の超低空姿勢で風のように突っ走っている。日課の鍛錬での組手の時に何度か見たが、何度見てもすげぇバランス感覚だ。俺じゃ間違いなく顔から地面に突っ込むだろうな。
 取り敢えずあっちはコレでいいだろう。実のところサリちゃんと遊ぶついでにガーヴさん家の訓練を繰り返していたエリスは、なんと俺よりレベルが上ってたのだ。しかも、子供だからこそというのか、圧倒的な吸収力でもって様々な技術を習得している。
 チェリーさん相手の組手では10回やれば9回か8回は勝てるが、エリス相手だと実は油断すると勝率が7割を切る。今のところ知識差と人読みでなんとかなっているが、いずれエリスはそれらにも対応するだろう。
 チェリーさんに負けるのは別に構わないが、エリスに負け越すのはなんかこう、兄の威厳的な感じで認められない。だからこそ、チェリーさんのレベリング提案を受け入れた訳なのだが……さて。

「ハティは俺たちがボス猿と戦ってる間、邪魔されないように小猿を蹴散らしてくれ。あとこっちがヤバそうなら手伝ってくれると助かる」
「ガウッ」

 いやぁ、ほんと頼りになるわハティさん。畜生相手なのに絶対に言葉が通じているというこの安心感よ。
 ――よし。
 後顧の憂いは断てた。メイン盾役のチェリーさんも、エリスの助っ人で体勢を立て直した。

「じゃぁ、一丁やったりますか、ボス退治!」
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