126 / 330
二章
百二十話 反省と摺合せⅠ
しおりを挟む
「キョウくん!!」
どうも、まだ動けるような状態では無いようで、立ち上がることすら辛かったので大人しく部屋で眠っていたところ、猛烈な勢いで部屋に飛び込んできたチェリーさんによって叩き起こされる羽目になった。
そのあまりの勢いに、一度死にかけた事による危機感にようるものなのか、一瞬で眠気が吹っ飛び飛び起きた俺の目に写ったのは、心配げな表情を浮かべるチェリーさん……ではなく、マジ怒りのチェリーさんだった。
「痛みを直接感じてしまうから迂闊に大怪我や死んだりするのは危険だって言ったのはキョウくんでしょ!? 大怪我の痛みのショックで二度と目を覚まさなかったらどうしようって、ほんとに心配したんだからね!?」
「うん、ごめんなさい。心配おかけしました」
「ホントよもう……」
随分と心配をかけてしまったみたいだな。
これは流石に申し開きのしようもない。
なんというか、たった一度のミスでここまで周りに心配をかけることになるとは……
死んでも復活の余地のあるプレイヤーと違いNPCからみれば死はそこでおしまいってのもあるからな。
まぁ俺の場合、今回の事でただ死ぬという事が本体への死に直結する訳ではない……という可能性が見えたのは良いものの、それとはまた別の要因によって復活できるのか怪しいというのが解ってしまった訳だが。
「アレだけの大怪我負っちゃって、後遺症とか残ってない?」
「まぁ、大怪我と言ってもアバターの怪我だし、この身体は本体と違って随分頑丈みたいだから平気ですよ。まぁ、まだ立ち上がることも出来ない状態で何いってんだって話ですけど」
「心の方のことを言ってるの! 身体が平気なのに立てないって事はあの怪我で受けた痛み、凄かったんでしょう?」
事情をすべて知ってるチェリーさんには流石に誤魔化しは効かないか。
「ええ、多分身体の方は問題ないはずなんですけど、これも幻痛っていうんですかね? 実際に本体が傷を追ったわけでもないのに背中の痛みが抜けなくて、腕を上げることもままならないっていうか……」
「……っていうか、なんで丁寧語?」
「いやなんかもう、迷惑かけちゃって申し訳なさすぎて……」
今までこのサーバでの先輩として色々と偉そうに教えてきておいて、俺のほうが先に死にかけるとかもう、穴があったら入りたいというのはこういう事だろう。
健全な状況でプレイしていたら、間違いなく理由をでっち上げてログアウトしていたに違いない。
「あのねぇ……キョウくんって、これが初めての致命傷だったんでしょ?」
「ええまぁ」
「この手のゲームでのうっかり死なんて別に珍しくもなんとも無いでしょうに。私が現環境より遥かにヌルいオープンβで一体何度レベリング中に死んだと思ってるの?」
いやまぁ、確かにMMOなんかではレベリング中に予期せぬ足元沸きやリンクなんかであっさり死ぬのは良くある光景ではあるんだけどさ。
「しかもこのゲームは俯瞰でキャラを見下ろすわけでもないFPS視点なんだから死に易さは従来のMMOの比じゃないわ。ミスを認めて対策を考えるのは良いけど、キョウくんは死にかけはしたけどまだ死んだわけじゃなかったんでしょ? たかだか一度のミスでいくらなんでも凹み過ぎよ」
「頭では分かってはいるんだけど、感情の側でどうしてもなぁ」
ゲーム的に考えればたしかにそうなのかも知れないけれど、正直この世界での生活を半分以上ゲームだと考えられなくなってるってのがある。
まぁ、普通のネトゲであっても余りにあんまりなミスをやらかすと恥ずかしくて「何やってんだ俺ぇ……!」と悶たものだけど、ここではそのミスで一体のNPCの人生が閉ざされてしまうのだ。
たとえデータ上の存在だったとしても、人間と全く同じように過ごして、日常会話が普通に成り立つような高度な知性も持っているのだから「ああ、NPC死んじゃった」なんて軽く見るようなことは俺にはもう出来やしない。
となれば、自分の行動ミスによる被害に対して、「ただの1ミス」なんて気楽に考えることなんて出来るわけがない。
まぁ、これはこの世界に縛られてる俺と、仕事としてゲームテストに参加しているチェリーさんとで捉え方が違ってくるのは仕方ないと割り切るしか無い。
俺だってこんな状況でなければ、ここまで深刻に考えていたかと問われると、恐らく今のチェリーさん側の思考だっただろうと想像できるからな。
「それで、俺が倒れていた間のことを教えてほしいんだけど……」
「あぁ、ま、そりゃ気になるよね。え~っと、何から話そうかしら?」
「判ってること全部教えてもらいたいんだけど……まず、あの宗教狂いの暗殺者はどうなったん?」
「ん~そうね、その件についてから話しましょうか」
ほかは兎も角そこだけは聞いておきたい。
アレは酌量とかそういうのを許していい相手じゃない。
「まず結論から言ってしまえば、あの狂信者は死んだわ。首を撥ねたのだから間違いないわ。まぁ、とどめを刺したのは私じゃないんだけどね」
「珍しい。チェリーさんが仕留めそこねたのか? 不覚を取った俺が言うのも何だけど、チェリーさんならあそこまで追い詰めた状況で仕留め損なうとは思えんのだけど」
まともに戦えば、多分俺とチェリーさん二人がかりでも相手のほうが上手だったかもしれない。
だけどあのときに関していえば、頭に血を登らせた挙げ句に二人がかりでボコられたせいでかなり追い詰められていた筈だ。
しかも最後の俺への突貫は完全に防御を投げ捨てて俺の首を取りに来ていた。
どうしてそこまで俺に拘ったのかはさっぱり分からないが、まさに捨て身の一撃だった筈。
実際、その突撃を突然の乱入者に受けられて、その隙を突いたチェリーさんの一撃が致命傷を与えていた……ハズだ。
「あれ、そういえば、俺誰かに助けられたよな?」
「うん、そうだね」
あまり顔は見えなかったが、見覚えのない人物だったのは覚えている。
だが……
「貴方を助けてくれた金髪の人、覚えてる? 簡単な回復魔法で止血もしてくれてたんだよ」
おぼろげながらそこら辺は覚えている。
あの独特の回復魔法を受けている感覚はそう間違えるものではない。
「私も驚いたんだけど、彼、実は私たちとは別口のテストプレイヤーだったの」
「あぁ、やっぱりそうか」
「へ……? お互いに初対面って聞いたんだけど、気づいてたの?」
「あぁ、うん……そうだね」
まぁ、そうだろうとは思っていた。
あまりはっきりとあのときのことは覚えていないが『アルヴァスト王に見つけてもらった』という言葉は記憶に残ってるし、その一言で大凡の事は理解できた。
恐らく王様と最初に接触してにプレイヤーを探すように言ったのは彼なんだろう。
一度顔を合わせておきたいとは思っていたが、あんな状況での対面になるとは思いもしなかったけど。
「後で礼をしないとなぁ。命を救ってもらったわけだし」
「あ、それなんだけど、彼は彼で王様にこき使われてるみたいで、今頃は別の町に向かってるみたいよ。だから、恐らく今回は顔合わせは無理だろうって言ってたよ。向こうとしても色々話したがってたしかなり残念がってた」
「あ~そうなのか……こっちのサーバで別のプレイヤーに会うことって無かったから、一度ゆっくり話してみたかったんだけどな」
テスターだって事なら時期的にイレギュラーで参加した俺や、後方目的で参加しているチェリーさんよりは前からこっちのサーバでプレイしているはず。
こっちでの過ごし方のコツとか、周辺地域の様子とか情報のすり合わせとか色々話し合いたいことがあったんだが……
「何でも色々特権をもらった代わりに馬車馬のように働かされてるんだって」
「あぁ、あの王様ならコネを使った特権なんてを要求しようものならそうなるだろうなぁ」
気のいいふりしてかなり抜け目がないみたいだからな、あの王様。
迂闊にあの気安さに騙されてうっかり頼み事なんてしたら、見返りに何を求められることやら。
特権と言ってしまえるようなものを要求したのなら、一体どんな無茶振りをされたのやら。
俺達に色々注文付けないのは、俺達の方から何も要求してないからだろう。
ここ数日で散々走り回らされる羽目になったが、アレは非常事態故致し方なしというものだ。
まぁ、本人が未だに王様の要求に従ってるってことは、少なくとも見返りとして十分釣り合うと考えてるってことだろうし、当人が納得しているのなら俺が何か口を出す問題でもないか。
「でも、互いに名乗ってすら居ないし、今度あった時は礼も兼ねてゆっくりと話してみたいな」
「あ、ソレなんだけど、彼に頼まれてたんだよね」
「頼まれるって、何を?」
「今回は会えないだろうから、私伝手に伝えてほしいんだって」
予め伝言を頼まれてたってことか。
「ちなみに彼の名前はアシュレイっていって、片手剣と回復魔法の複合で聖騎士プレイしてるみたいよ。私達の事は王様伝手に色々聞いてたみたいで、一方的に知ってるのもフェアじゃないからよろしく伝えておいてほしい……だそうよ?」
「それだけ?」
「うん、それだけ」
という事は、伝言の通り事前に一方的に俺達のことを知ってたのが後ろめたいから先に自分のことも伝えておこうとか、そういう話か。
こういうのにフェア精神もなにもないとは思うが、本人がそれで納得するならまぁソレでいいか。
「まぁ、了解。ちょっと変わってる奴って覚えておこう」
命の恩人に向かって、随分な感想だと言われるかも知れない。
だが助けてくれた事には本当に感謝していても、実際にそう思ってしまったのだから仕方がない。
特に悪い意味を込めていったつもりはない。
そもそもゲームを仕事にする時点で、世間一般から見れば十分変ってる奴扱いだろう。
つまり、俺もチェリーさんも、そのアシュレイ氏とやらも総じて変ってる奴って事で皆平等だ。
おっと、また思考が変な方向に……
取り敢えず、現状の認識を正しく把握することに専念せねば。
……認識、認識かぁ。
「それにしても、ほんと締まらねぇなぁ」
「え? 何が?」
「ゲームイベントとしてみたら城での『鬼』絡みのアレが今回一番の山場だったと思うんだけど、まさかクライマックスを乗り越えた後にうっかり死ぬとか、ダサすぎるでしょ」
「あぁ、まぁそれはねぇ?」
折角ボスをやっつけ……ては居ないけど、クエストをクリアしたってのに、その報告へ向かう途中でエンカウントしてうっかり死んでやり直し的な凡ミスだ。
しかも困ったことに、このゲームはやり直しが効かないんだよなぁ。
「うっかりミスで倒されて、復帰してみればクエストは既に終了済みとか、改めて今までのMMOとは何もかもが違うんだなぁって実感するわ」
「ボス戦やイベントをインスタンスエリアで処理する従来のMMOと違って、すべてがリアルタイムだからねぇ。キョウくんみたいな事情を抱えていない一般プレイヤーだって、迂闊に死ぬと大事なシーン見逃したり報酬貰いそこねたりで、最悪クエスト失敗の違約金要求されたりもするみたいだし、死ぬことのリスクはかなり高い気がするね」
クエスト完了報酬の取りっぱぐれか……それは結構でかいリスクかも知れないな。
っていうか、製品版少し参加した時に色々と冒険者ギルドで以来を受注したけど、その時は特に失敗したことはなかったから気が付かなかっただけで、クエストを失敗したら違約金が発生するのか。
ギルド加入の時に説明があったはずだが、どうせそうそう失敗しないだろうと聞いてるつもりで聞き流してたか……?
我ながら契約関連で確認を怠るとか、油断するにも限度があるだろ。
しかし、金が動いてるわけだから当然といえば当然だけど、なんかもう『クエスト』というよりはまさに『仕事』って感じだな。
いや、この世界の人にとっては実際に仕事なんだけどさ。
それに、実質的な報酬だけではなくチェリーさんの言ったように、イベントの結末を見届けられないというのも人によっては辛いだろうな。
製品版でも運営が用意するようなイベントストーリーは特別な季節イベント等を除いて滅多にないって話だったはず。
普通のMMOのストーリーとは趣が異なるんだろうが、それでもゲームのストーリーや世界観が好きなプレイヤーにとって、関わってきた事件の結末が見れないというのはかなりの痛手だろう。
ギルドからの報酬だけではなく、ボスのドロップ品とかに関してもボス戦で無茶して突っ込んで死んでしまい、急いでリスボーンエリアからボスの所まで急いでも間に合わなければくたびれ損になってしまう。
そういや昔のMMOのフィールドボスなんかは油断して死のうものなら放置されて、ドロップアイテム全部確保されてからお情けで生き返される的な事もあったな。
運営によって用意されたシーンの存在しないこのゲームでは、どれだけ重要な局面であっても常にその状況だということか。
とはいえ、死ぬのが怖いからと腰が引けてしまうとそもそも目標の攻略に支障が出るだろうし、そう考えると結構高レベルのダンジョンって難易度高いかも知れないな。
一死が重いゲームってミスできないってプレッシャーから、内容は大して変わらないものであっても全般的に難易度高く感じるんだよな。
あ、そうだリスポーンといえば……
「そういえば、チェリーさんってβで死に慣れてるんですよね?」
「なんか突然喧嘩売られて、私は今反応に困ってるんですけど?」
えぇ……さっき自分でそう言ってたじゃないっすか……
どうも、まだ動けるような状態では無いようで、立ち上がることすら辛かったので大人しく部屋で眠っていたところ、猛烈な勢いで部屋に飛び込んできたチェリーさんによって叩き起こされる羽目になった。
そのあまりの勢いに、一度死にかけた事による危機感にようるものなのか、一瞬で眠気が吹っ飛び飛び起きた俺の目に写ったのは、心配げな表情を浮かべるチェリーさん……ではなく、マジ怒りのチェリーさんだった。
「痛みを直接感じてしまうから迂闊に大怪我や死んだりするのは危険だって言ったのはキョウくんでしょ!? 大怪我の痛みのショックで二度と目を覚まさなかったらどうしようって、ほんとに心配したんだからね!?」
「うん、ごめんなさい。心配おかけしました」
「ホントよもう……」
随分と心配をかけてしまったみたいだな。
これは流石に申し開きのしようもない。
なんというか、たった一度のミスでここまで周りに心配をかけることになるとは……
死んでも復活の余地のあるプレイヤーと違いNPCからみれば死はそこでおしまいってのもあるからな。
まぁ俺の場合、今回の事でただ死ぬという事が本体への死に直結する訳ではない……という可能性が見えたのは良いものの、それとはまた別の要因によって復活できるのか怪しいというのが解ってしまった訳だが。
「アレだけの大怪我負っちゃって、後遺症とか残ってない?」
「まぁ、大怪我と言ってもアバターの怪我だし、この身体は本体と違って随分頑丈みたいだから平気ですよ。まぁ、まだ立ち上がることも出来ない状態で何いってんだって話ですけど」
「心の方のことを言ってるの! 身体が平気なのに立てないって事はあの怪我で受けた痛み、凄かったんでしょう?」
事情をすべて知ってるチェリーさんには流石に誤魔化しは効かないか。
「ええ、多分身体の方は問題ないはずなんですけど、これも幻痛っていうんですかね? 実際に本体が傷を追ったわけでもないのに背中の痛みが抜けなくて、腕を上げることもままならないっていうか……」
「……っていうか、なんで丁寧語?」
「いやなんかもう、迷惑かけちゃって申し訳なさすぎて……」
今までこのサーバでの先輩として色々と偉そうに教えてきておいて、俺のほうが先に死にかけるとかもう、穴があったら入りたいというのはこういう事だろう。
健全な状況でプレイしていたら、間違いなく理由をでっち上げてログアウトしていたに違いない。
「あのねぇ……キョウくんって、これが初めての致命傷だったんでしょ?」
「ええまぁ」
「この手のゲームでのうっかり死なんて別に珍しくもなんとも無いでしょうに。私が現環境より遥かにヌルいオープンβで一体何度レベリング中に死んだと思ってるの?」
いやまぁ、確かにMMOなんかではレベリング中に予期せぬ足元沸きやリンクなんかであっさり死ぬのは良くある光景ではあるんだけどさ。
「しかもこのゲームは俯瞰でキャラを見下ろすわけでもないFPS視点なんだから死に易さは従来のMMOの比じゃないわ。ミスを認めて対策を考えるのは良いけど、キョウくんは死にかけはしたけどまだ死んだわけじゃなかったんでしょ? たかだか一度のミスでいくらなんでも凹み過ぎよ」
「頭では分かってはいるんだけど、感情の側でどうしてもなぁ」
ゲーム的に考えればたしかにそうなのかも知れないけれど、正直この世界での生活を半分以上ゲームだと考えられなくなってるってのがある。
まぁ、普通のネトゲであっても余りにあんまりなミスをやらかすと恥ずかしくて「何やってんだ俺ぇ……!」と悶たものだけど、ここではそのミスで一体のNPCの人生が閉ざされてしまうのだ。
たとえデータ上の存在だったとしても、人間と全く同じように過ごして、日常会話が普通に成り立つような高度な知性も持っているのだから「ああ、NPC死んじゃった」なんて軽く見るようなことは俺にはもう出来やしない。
となれば、自分の行動ミスによる被害に対して、「ただの1ミス」なんて気楽に考えることなんて出来るわけがない。
まぁ、これはこの世界に縛られてる俺と、仕事としてゲームテストに参加しているチェリーさんとで捉え方が違ってくるのは仕方ないと割り切るしか無い。
俺だってこんな状況でなければ、ここまで深刻に考えていたかと問われると、恐らく今のチェリーさん側の思考だっただろうと想像できるからな。
「それで、俺が倒れていた間のことを教えてほしいんだけど……」
「あぁ、ま、そりゃ気になるよね。え~っと、何から話そうかしら?」
「判ってること全部教えてもらいたいんだけど……まず、あの宗教狂いの暗殺者はどうなったん?」
「ん~そうね、その件についてから話しましょうか」
ほかは兎も角そこだけは聞いておきたい。
アレは酌量とかそういうのを許していい相手じゃない。
「まず結論から言ってしまえば、あの狂信者は死んだわ。首を撥ねたのだから間違いないわ。まぁ、とどめを刺したのは私じゃないんだけどね」
「珍しい。チェリーさんが仕留めそこねたのか? 不覚を取った俺が言うのも何だけど、チェリーさんならあそこまで追い詰めた状況で仕留め損なうとは思えんのだけど」
まともに戦えば、多分俺とチェリーさん二人がかりでも相手のほうが上手だったかもしれない。
だけどあのときに関していえば、頭に血を登らせた挙げ句に二人がかりでボコられたせいでかなり追い詰められていた筈だ。
しかも最後の俺への突貫は完全に防御を投げ捨てて俺の首を取りに来ていた。
どうしてそこまで俺に拘ったのかはさっぱり分からないが、まさに捨て身の一撃だった筈。
実際、その突撃を突然の乱入者に受けられて、その隙を突いたチェリーさんの一撃が致命傷を与えていた……ハズだ。
「あれ、そういえば、俺誰かに助けられたよな?」
「うん、そうだね」
あまり顔は見えなかったが、見覚えのない人物だったのは覚えている。
だが……
「貴方を助けてくれた金髪の人、覚えてる? 簡単な回復魔法で止血もしてくれてたんだよ」
おぼろげながらそこら辺は覚えている。
あの独特の回復魔法を受けている感覚はそう間違えるものではない。
「私も驚いたんだけど、彼、実は私たちとは別口のテストプレイヤーだったの」
「あぁ、やっぱりそうか」
「へ……? お互いに初対面って聞いたんだけど、気づいてたの?」
「あぁ、うん……そうだね」
まぁ、そうだろうとは思っていた。
あまりはっきりとあのときのことは覚えていないが『アルヴァスト王に見つけてもらった』という言葉は記憶に残ってるし、その一言で大凡の事は理解できた。
恐らく王様と最初に接触してにプレイヤーを探すように言ったのは彼なんだろう。
一度顔を合わせておきたいとは思っていたが、あんな状況での対面になるとは思いもしなかったけど。
「後で礼をしないとなぁ。命を救ってもらったわけだし」
「あ、それなんだけど、彼は彼で王様にこき使われてるみたいで、今頃は別の町に向かってるみたいよ。だから、恐らく今回は顔合わせは無理だろうって言ってたよ。向こうとしても色々話したがってたしかなり残念がってた」
「あ~そうなのか……こっちのサーバで別のプレイヤーに会うことって無かったから、一度ゆっくり話してみたかったんだけどな」
テスターだって事なら時期的にイレギュラーで参加した俺や、後方目的で参加しているチェリーさんよりは前からこっちのサーバでプレイしているはず。
こっちでの過ごし方のコツとか、周辺地域の様子とか情報のすり合わせとか色々話し合いたいことがあったんだが……
「何でも色々特権をもらった代わりに馬車馬のように働かされてるんだって」
「あぁ、あの王様ならコネを使った特権なんてを要求しようものならそうなるだろうなぁ」
気のいいふりしてかなり抜け目がないみたいだからな、あの王様。
迂闊にあの気安さに騙されてうっかり頼み事なんてしたら、見返りに何を求められることやら。
特権と言ってしまえるようなものを要求したのなら、一体どんな無茶振りをされたのやら。
俺達に色々注文付けないのは、俺達の方から何も要求してないからだろう。
ここ数日で散々走り回らされる羽目になったが、アレは非常事態故致し方なしというものだ。
まぁ、本人が未だに王様の要求に従ってるってことは、少なくとも見返りとして十分釣り合うと考えてるってことだろうし、当人が納得しているのなら俺が何か口を出す問題でもないか。
「でも、互いに名乗ってすら居ないし、今度あった時は礼も兼ねてゆっくりと話してみたいな」
「あ、ソレなんだけど、彼に頼まれてたんだよね」
「頼まれるって、何を?」
「今回は会えないだろうから、私伝手に伝えてほしいんだって」
予め伝言を頼まれてたってことか。
「ちなみに彼の名前はアシュレイっていって、片手剣と回復魔法の複合で聖騎士プレイしてるみたいよ。私達の事は王様伝手に色々聞いてたみたいで、一方的に知ってるのもフェアじゃないからよろしく伝えておいてほしい……だそうよ?」
「それだけ?」
「うん、それだけ」
という事は、伝言の通り事前に一方的に俺達のことを知ってたのが後ろめたいから先に自分のことも伝えておこうとか、そういう話か。
こういうのにフェア精神もなにもないとは思うが、本人がそれで納得するならまぁソレでいいか。
「まぁ、了解。ちょっと変わってる奴って覚えておこう」
命の恩人に向かって、随分な感想だと言われるかも知れない。
だが助けてくれた事には本当に感謝していても、実際にそう思ってしまったのだから仕方がない。
特に悪い意味を込めていったつもりはない。
そもそもゲームを仕事にする時点で、世間一般から見れば十分変ってる奴扱いだろう。
つまり、俺もチェリーさんも、そのアシュレイ氏とやらも総じて変ってる奴って事で皆平等だ。
おっと、また思考が変な方向に……
取り敢えず、現状の認識を正しく把握することに専念せねば。
……認識、認識かぁ。
「それにしても、ほんと締まらねぇなぁ」
「え? 何が?」
「ゲームイベントとしてみたら城での『鬼』絡みのアレが今回一番の山場だったと思うんだけど、まさかクライマックスを乗り越えた後にうっかり死ぬとか、ダサすぎるでしょ」
「あぁ、まぁそれはねぇ?」
折角ボスをやっつけ……ては居ないけど、クエストをクリアしたってのに、その報告へ向かう途中でエンカウントしてうっかり死んでやり直し的な凡ミスだ。
しかも困ったことに、このゲームはやり直しが効かないんだよなぁ。
「うっかりミスで倒されて、復帰してみればクエストは既に終了済みとか、改めて今までのMMOとは何もかもが違うんだなぁって実感するわ」
「ボス戦やイベントをインスタンスエリアで処理する従来のMMOと違って、すべてがリアルタイムだからねぇ。キョウくんみたいな事情を抱えていない一般プレイヤーだって、迂闊に死ぬと大事なシーン見逃したり報酬貰いそこねたりで、最悪クエスト失敗の違約金要求されたりもするみたいだし、死ぬことのリスクはかなり高い気がするね」
クエスト完了報酬の取りっぱぐれか……それは結構でかいリスクかも知れないな。
っていうか、製品版少し参加した時に色々と冒険者ギルドで以来を受注したけど、その時は特に失敗したことはなかったから気が付かなかっただけで、クエストを失敗したら違約金が発生するのか。
ギルド加入の時に説明があったはずだが、どうせそうそう失敗しないだろうと聞いてるつもりで聞き流してたか……?
我ながら契約関連で確認を怠るとか、油断するにも限度があるだろ。
しかし、金が動いてるわけだから当然といえば当然だけど、なんかもう『クエスト』というよりはまさに『仕事』って感じだな。
いや、この世界の人にとっては実際に仕事なんだけどさ。
それに、実質的な報酬だけではなくチェリーさんの言ったように、イベントの結末を見届けられないというのも人によっては辛いだろうな。
製品版でも運営が用意するようなイベントストーリーは特別な季節イベント等を除いて滅多にないって話だったはず。
普通のMMOのストーリーとは趣が異なるんだろうが、それでもゲームのストーリーや世界観が好きなプレイヤーにとって、関わってきた事件の結末が見れないというのはかなりの痛手だろう。
ギルドからの報酬だけではなく、ボスのドロップ品とかに関してもボス戦で無茶して突っ込んで死んでしまい、急いでリスボーンエリアからボスの所まで急いでも間に合わなければくたびれ損になってしまう。
そういや昔のMMOのフィールドボスなんかは油断して死のうものなら放置されて、ドロップアイテム全部確保されてからお情けで生き返される的な事もあったな。
運営によって用意されたシーンの存在しないこのゲームでは、どれだけ重要な局面であっても常にその状況だということか。
とはいえ、死ぬのが怖いからと腰が引けてしまうとそもそも目標の攻略に支障が出るだろうし、そう考えると結構高レベルのダンジョンって難易度高いかも知れないな。
一死が重いゲームってミスできないってプレッシャーから、内容は大して変わらないものであっても全般的に難易度高く感じるんだよな。
あ、そうだリスポーンといえば……
「そういえば、チェリーさんってβで死に慣れてるんですよね?」
「なんか突然喧嘩売られて、私は今反応に困ってるんですけど?」
えぇ……さっき自分でそう言ってたじゃないっすか……
2
お気に入りに追加
628
あなたにおすすめの小説
役立たずと言われた王子、最強のもふもふ国家を再建する~ハズレスキル【料理】のレシピは実は万能でした~
延野 正行
ファンタジー
第七王子ルヴィンは王族で唯一7つのギフトを授かりながら、謙虚に過ごしていた。
ある時、国王の代わりに受けた呪いによって【料理】のギフトしか使えなくなる。
人心は離れ、国王からも見限られたルヴィンの前に現れたのは、獣人国の女王だった。
「君は今日から女王陛下《ボク》の料理番だ」
温かく迎えられるルヴィンだったが、獣人国は軍事力こそ最強でも、周辺国からは馬鹿にされるほど未開の国だった。
しかし【料理】のギフトを極めたルヴィンは、能力を使い『農業のレシピ』『牧畜のレシピ』『おもてなしのレシピ』を生み出し、獣人国を一流の国へと導いていく。
「僕には見えます。この国が大陸一の国になっていくレシピが!」
これは獣人国のちいさな料理番が、地元食材を使った料理をふるい、もふもふ女王を支え、大国へと成長させていく物語である。
沢山寝たい少女のVRMMORPG〜武器と防具は枕とパジャマ?!〜
雪雪ノ雪
ファンタジー
世界初のフルダイブ型のVRゲーム『Second World Online』通称SWO。
剣と魔法の世界で冒険をするVRMMORPGだ。
このゲームの1番の特徴は『ゲーム内での3時間は現実世界の1時間である』というもの。
これを知った少女、明日香 睡月(あすか すいげつ)は
「このゲームをやれば沢山寝れる!!」
と言いこのゲームを始める。
ゲームを始めてすぐ、ある問題点に気づく。
「お金がないと、宿に泊まれない!!ベットで寝れない!!....敷布団でもいいけど」
何とかお金を稼ぐ方法を考えた明日香がとった行動は
「そうだ!!寝ながら戦えばお金も経験値も入って一石三鳥!!」
武器は枕で防具はパジャマ!!少女のVRMMORPGの旅が今始まる!!
..........寝ながら。
【完結】VRMMOでチュートリアルを2回やった生産職のボクは最強になりました
鳥山正人
ファンタジー
フルダイブ型VRMMOゲームの『スペードのクイーン』のオープンベータ版が終わり、正式リリースされる事になったので早速やってみたら、いきなりのサーバーダウン。
だけどボクだけ知らずにそのままチュートリアルをやっていた。
チュートリアルが終わってさぁ冒険の始まり。と思ったらもう一度チュートリアルから開始。
2度目のチュートリアルでも同じようにクリアしたら隠し要素を発見。
そこから怒涛の快進撃で最強になりました。
鍛冶、錬金で主人公がまったり最強になるお話です。
※この作品は「DADAN WEB小説コンテスト」1次選考通過した【第1章完結】デスペナのないVRMMOで〜をブラッシュアップして、続きの物語を描いた作品です。
その事を理解していただきお読みいただければ幸いです。
最強と言われてたのに蓋を開けたら超難度不遇職
鎌霧
ファンタジー
『To The World Road』
倍率300倍の新作フルダイブ系VRMMOの初回抽選に当たり、意気揚々と休暇を取りβテストの情報を駆使して快適に過ごそうと思っていた。
……のだが、蓋をひらけば選択した職業は調整入りまくりで超難易度不遇職として立派に転生していた。
しかしそこでキャラ作り直すのは負けた気がするし、不遇だからこそ使うのがゲーマーと言うもの。
意地とプライドと一つまみの反骨精神で私はこのゲームを楽しんでいく。
小説家になろう、カクヨムにも掲載
異世界転生? いいえ、チートスキルだけ貰ってVRMMOをやります!
リュース
ファンタジー
主人公の青年、藤堂飛鳥(とうどう・あすか)。
彼は、新発売のVRMMOを購入して帰る途中、事故に合ってしまう。
だがそれは神様のミスで、本来アスカは事故に遭うはずでは無かった。
神様は謝罪に、チートスキルを持っての異世界転生を進めて来たのだが・・・。
アスカはそんなことお構いなしに、VRMMO!
これは、神様に貰ったチートスキルを活用して、VRMMO世界を楽しむ物語。
異世界云々が出てくるのは、殆ど最初だけです。
そちらがお望みの方には、満足していただけないかもしれません。
Anotherfantasia~もうひとつの幻想郷
くみたろう
ファンタジー
彼女の名前は東堂翠。
怒りに震えながら、両手に持つ固めの箱を歪ませるくらいに力を入れて歩く翠。
最高の一日が、たった数分で最悪な1日へと変わった。
その要因は手に持つ箱。
ゲーム、Anotherfantasia
体感出来る幻想郷とキャッチフレーズが付いた完全ダイブ型VRゲームが、彼女の幸せを壊したのだ。
「このゲームがなんぼのもんよ!!!」
怒り狂う翠は帰宅後ゲームを睨みつけて、興味なんか無いゲームを険しい表情で起動した。
「どれくらい面白いのか、試してやろうじゃない。」
ゲームを一切やらない翠が、初めての体感出来る幻想郷へと体を委ねた。
それは、翠の想像を上回った。
「これが………ゲーム………?」
現実離れした世界観。
でも、確かに感じるのは現実だった。
初めて続きの翠に、少しづつ増える仲間たち。
楽しさを見出した翠は、気付いたらトップランカーのクランで外せない大事な仲間になっていた。
【Anotherfantasia……今となっては、楽しくないなんて絶対言えないや】
翠は、柔らかく笑うのだった。
俺の召喚獣だけレベルアップする
摂政
ファンタジー
【第10章、始動!!】ダンジョンが現れた、現代社会のお話
主人公の冴島渉は、友人の誘いに乗って、冒険者登録を行った
しかし、彼が神から与えられたのは、一生レベルアップしない召喚獣を用いて戦う【召喚士】という力だった
それでも、渉は召喚獣を使って、見事、ダンジョンのボスを撃破する
そして、彼が得たのは----召喚獣をレベルアップさせる能力だった
この世界で唯一、召喚獣をレベルアップさせられる渉
神から与えられた制約で、人間とパーティーを組めない彼は、誰にも知られることがないまま、どんどん強くなっていく……
※召喚獣や魔物などについて、『おーぷん2ちゃんねる:にゅー速VIP』にて『おーぷん民でまじめにファンタジー世界を作ろう』で作られた世界観……というか、モンスターを一部使用して書きました!!
内容を纏めたwikiもありますので、お暇な時に一読していただければ更に楽しめるかもしれません?
https://www65.atwiki.jp/opfan/pages/1.html
異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~
モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎
飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。
保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。
そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。
召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。
強制的に放り込まれた異世界。
知らない土地、知らない人、知らない世界。
不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。
そんなほのぼのとした物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる