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二章

百十三話 朝の襲撃Ⅱ

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 時間がかかるから正直走っていきたいところではあるが、自分の行動が盗賊連中の暴発する引き金になったらそれはそれできまりが悪いので大人しく四つん這いで犬のように廊下を抜ける。
 この体制、思ったより結構腰に来るな……
 身体の小さいエリスはともかく、チェリーさんもなんとも無いようについてくる辺り、運動不足による身体の訛りってことなのかねぇ?
 こっちの世界に来て結構運動は欠かさなかった筈なんだが、ゲーム内でどれだけ運動しても意味はないって事か?
 ……でも、ディスプレイゲームと違って筋肉信号とか使ってリアルに体動かしたのと同じ状況になる訳だから、全く意味ないってことはない筈だよなぁ?
 こっちに来てからまだそれ程期間は経ってないけど、どスタミナとかは間違いなくついたハズだし。
 腕力や脚力は……パラメータの補正が凄いから、ログアウトできない俺には元の筋力が鍛えられてるかはちょっと分からんけど。
 少なくとも疲れるということは筋疲労とかもちゃんとしてる訳だから、意識が戻ってみたら運動不足で筋肉が細って動けない、みたいなのは無いと信じたい。
 まぁそんな事を考えながら、やっとこ部屋に戻ってきたわけだが……

「幾つか気配がある」

 部屋の前にたどり着いた瞬間、ボソリとつぶやいたエリスの言葉に緊張が走る。
 足音を忍ばせ壁越しに部屋の中の様子を伺うと、確かに複数人の足音がする。
 何人いるかまではわからないが、ドタバタと明らかに何かしている音が確認できた。
 何やら喋っているような声も聞こえるが声を抑えているからか、くぐもったような音としてしか聞こえない。
 だがまぁ、こんな状況で人の部屋複数人で勝手に押しかけて、声を殺してドタバタしてるとか、どう考えても味方じゃねぇよな?
 部屋の前に見張りが居ないのは、見咎められれば騎士や緋爪に気付かれるからか? 
 チェリーさんの視線からは『どうする?』という確認の意思。
 流石に無言で意思の疎通は無理なので、顔を寄せて小声で方針を伝える。

「突入しよう。一応最初の一人だけは騎士や緋爪じゃないか確認はして」
「もし間違いだったらまずくない?」
「命を奪ったり殺さなけりゃ大丈夫でしょ。もし、騎士達が何かの目的で入っていたとしても、火事場泥棒かと思ったとでも言い訳は幾らでも出来る」
「盗賊だったら?」
「泥棒の現行犯。許す理由も特にないでしょ。即座に投稿するようなら騎士達に突き出せばいいし、剣を抜いたならソレはもう自己責任だよ」

 目には目を、歯には歯を……はちょっと違うか。
 アレだ、どっかの某名探偵も言ってたヤツ。
 『撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ』だったっけか。
 実際、銃社会で銃口向けたら射殺されても文句言えないし、実際そういう事件がニュースになってたりしたしな。
 ……さて、幸い中の連中は俺達の接近に気づいた様子はない。
 今の内緒話にも気付いていないようだ。
 
「カウント0で突入。チェリーさんは入ってすぐ右手を、俺は左手側を抑える。OK?」
「おーけー」
「エリスは部屋の外で待機。無いとは思うけど、念の為援軍が来ないか見張っていて」
「うん」

 了承が取れたところで指を三本立てる。
 それを一本ずつ折り、最後の一本を折ったところでチェリーさんが突入。
 ソレを追うように俺も飛び込み部屋の入口を抑える。
 チェリーさんは突入と同時に入口付近に立っていた一人を抑え込んでいた。
 左手側には誰も居なかったので、そのままチェリーさんを庇うように立ち位置を変える。

「何だテメェ等は!?」

 案の定、盗賊共だったみたいだな。
 チェリーさんの方も味方じゃないと確認するやいなや、槍の柄で抑え込んだ男の後頭部をぶっ叩いて意識を刈り取っていた。
 相変わらず恐ろしい真似を……
 まぁ、今回は同情の余地はないけどな。

「何だとは随分だな。ここは俺達の部屋なんだが?」

 部屋の中にいるのは6人。
 一人は今ダウンしたから残り5人だ。
 内、3人はハティに縄をかけてるみたいだが……

「フンス」

 そのハティはといえば、寝そべってため息の様に鼻をプスーとしていた。
 別の盗賊の一人が槍を向けているが、全く危機感を感じていないようだ。
 この盗賊達に自分をどうこうできないと最初から判ってるんだろう。
 
「コレは俺達の獲物だ、邪魔するんじゃねぇ! 殺すぞ!」
「あぁ? お前たちの獲物である前に俺の家族だろうが。獲物だとか舐めたこと言ってんじゃねぇよ、殺すぞ」

 おっと、つい素で返してしまった。
 でも、飼い主を眼の前にして獲物とかほざく奴にはコレくらいで十分だよな。

「いい度胸だ、こちとら貴族の誇りだかなんだか知らないが、狂ったように正面突破を強要してくる頭のおかしい雇い主のせいで虫の居所が悪いんだ。邪魔するなら容赦しねぇ」
「……で、言われたように正面突破せずにこんな所でコソコソと空き巣してる臆病者がよく言うわよ。邪魔なんぞしなくてもどうせ殺す気なんでしょ?」
「臆病だぁ? 頭が回るっていうんだよ。そこらの馬鹿どもと違ってなぁ!」

 ハティを引きずろうと縄をかけてた連中が武器を抜いてこちらに向き直ろうとして……

「いや、アンタも十分馬鹿でしょ?」

 抜ききる前にチェリーさんに制圧されていた。
 撃っていいのは云々を意識していたのか、最初の一人とは違い、一切の容赦なく身体のど真ん中に一撃だ。

「私たちが部屋に飛び込んだのに、ハティちゃんにかまけてこっちに武器を向けないとか、流石に舐めすぎでしょ」

 そのまま、刺さった盗賊を蹴り飛ばして槍を引き抜くと、チェリーさんの言葉につられるようにして焦ったように武器を構えようとしたもう一人の首を飛ばす。
 電光石火ってやつだなぁ。
 そこでようやく危機感を覚えたのか、ハティを挟んで反対側に居たもう一人がチェリーさんの横に回ろうとして……

「ギャッ!?」

 今まで微動だにしなかったハティが起き上がり、猫パンチの要領でその盗賊を殴り飛ばしていた。
 狼なのに猫パンチってのはどうなのかと思うが、見た目がまんまソレなんだから仕方ない。
 ペチって感じのパンチだったが、繰り出したのはハティな訳で。
 衝撃で首の骨が引っこ抜けたのか、頭が変にねじれて転がっていた。
 血が出てない分グロさはないが、死に方が死に方な分、また別なエグさがあるな。

「さて、ご覧の通りアンタの仲間は私の周りで居眠り中だけど、人数が何だって?」
「て、テメェ……」

 チェリーさんの暴言とハティの威圧感を無視できなかったのか、振り向いて武器を突きつけてるけど、ソレはいくらなんでも駄目だろう。

「せっ!」

 俺に背中を見せた盗賊の首めがけて全力のフルスイングだ。
 試合でもあるまいし、ご丁寧に背中を見せた相手に……しかも盗賊に身を窶したようなヤツにかける情けはない。
 基本に忠実に、一撃で仕留める。

「ひ、卑怯だぞてめ……」

 そして、そんな様子を非難してきた残りの一人は、チェリーさんに無言で背中から貫かれていた。
 目の前に悪い見本があったのに、全く同じ方法でやられるとか、少しは学べよ……

「キョウくんに感化されたのか、最近は人間型NPCを殺すのは気が咎めるようになって来たけど、ゲス相手は良心が傷まなくていいわねぇ」
「害獣みたいなもんだからな。見逃しても誰も幸せにならない」

 コイツラが無手で忍び込んだだけなら、適度に叩きのめして騎士達に突き出すだけだったんだが、武器を向け、その武器が血で汚れてるとなれば話は別だ。
 こういうクズは積極的に間引いておかないと不幸な人が増えるんだから、昨日の緋爪の連中とは違って殺しておくことに一切気が咎めない。
 ディスプレイゲームをやっていた時は、そういう物だとして特に深く考えたことはなかったけれど、ファンタジーゲームなんかで都市がかなり発展しているような世界観でも、盗賊狩りとかの依頼がありふれているというのは、盗賊がそこらの害獣と同じ程度に見られているということなんだと思う。
 悪意を持って金品を奪うだけならまだマシで、人を攫ったり殺したりが当たり前とか、都市を治める統治者や住民にとって、そんな百害あって一理ないような奴らは殺して当然と見られるのは当たり前の話だろう。
 働き口がないというのならともかく、この世界では土地は余っているのだから農業なり、知識がなければ兵士なり、働き口はいくらでもあるはずなんだから、それでも盗賊に落ちるのはもう救いようがない。

「エリス、終わったよ」
「ん、外の様子は何も変わってなかったよ」

 どうやら盗賊達が守りを突破してくるようなことはなかったようだ。
 まぁ、騎士達と緋爪が手を組んでるんだから、そうそう突破なんて出来るものじゃないだろう。
 いや、数で勝ってるんだから、同時に複数箇所を襲撃すれば手が回らず突破はできたんだろうが、そこまで頭が回ってないみたいだしな。
 ここは相手が馬鹿で助かったと言わざるを得ない。
 これが、攻めてくる相手が緋爪だったと考えるとちょっと笑えない。

「しっかし、随分汚れちまったなぁ」
「血なまぐさい……」

 エリスが鼻を押さえてるが、まぁ仕方ないだろう。
 実際かなり血の匂いが充満して、少し気持ち悪くなってきたところだった。

「流石にこの部屋でもう一日泊まるとかは勘弁してほしいかも。私は匂いは感じないけど、見た目だけで血に酔いそう。というかこんな血まみれな部屋で寝たくない」
「だなぁ。いくら部屋に頓着するほうじゃないとはいえ、ここで寝るのは俺も嫌だわ」

 オンボロ部屋は自分の小屋で十分なれてるが、今のこの状況はそういう問題じゃない。
 この部屋でも平気な奴とか、よほど殺しに馴れた奴か血の匂いが大好きな変人くらいだろう。
 とてもじゃないがこの血臭と見た目には耐えられん。

「この襲撃が終わったら、部屋を変えてもらうように頼もう。その為にも一働きしないとな」
「囮やるんだっけ?」
「そう、ハティの背中に乗っかって庭で防衛に参加してやれば、相手がハティ狙いなら建物の中の避難者を狙う確率が減るだろ?」
「そうね。じゃぁちゃっちゃと方しちゃいましょ。外で戦ってる人の手が空けば盗賊駆除も早くなるでしょうし」

 まぁそれもあるよな。
 正直ハティだけで蹴散らせそうな気もするが、騎士や緋爪が警備役として雇われてるのに守られる側の俺達が暴れまわるのもなんか違う気がするし。
 だからまぁ、俺達は表に立って敵の注意を惹きつけつつ、手伝うくらいでちょうどいい気がする。
 
「おし、じゃあエリスとハティも準備はいいか? さっさと終わらせにいこうか」
「はーい」
「ゥオン!」
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