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二章
百十二話 朝の襲撃Ⅰ
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今この街を取り巻いている状況とつい最近の周囲の言葉から想定できるとするならば、この爆発の原因は十中八九、貴族共か、ソレに解き放たれた盗賊共の二択だろう。
俺達の居場所を聞きつけて、再度この宿舎へ襲撃をしかけたか。
だが、今この宿舎の警護役は緋爪傭兵団がやっている。
そうそう簡単に襲撃が成功するとは思えないんだよなぁ。
「おい! 無事か!?」
現にこうして、襲撃者より先に警護役の緋爪のメンバーの方が先にたどり着いている。
「って、アンタかよ」
「アンタ等が飯に行こうとしていたのは知ってたからな」
「それもそうか」
俺等が飯に行く直前に部屋に来たのはコイツだったしな。
時間的に考えてまっさきに確認しに来るべき場所は食堂ってのは確かに道理だ。
「結局何が起きてるんだ?」
「判ってるんだろ? 貴族共の襲撃だよ。 盗賊共を引き連れての襲撃だよ」
「もうなりふりかまってないって感じだな」
「最初の襲撃で貴族共はアンタらに撃退されてるからな。馬鹿なりに自分たちだけであの月狼を奪取するのが無理だと理解してるんだろうさ」
とはいえ、だ。
以前と違い、今は兵士も緋爪も警護に増えて、むしろ襲撃難度は高くなっているという事くらい向こうだって判ってるはずだ。
なのになんで今このタイミングで……事件解決目前で、周囲も気を張っている一番防御が硬いタイミングで仕掛けてくるような真似をしたんだ?
いやまぁ、連中が何も考えていないっぽいから、そこを考えても意味が無さそうだというのは解ってはいるんだが……
とはいえ、だ。
緋爪は元々は貴族達が雇っていたんだから、その戦力が盗賊共なんかとは比較にならないほど高いことは考えるまでもなく連中のほうが理解しているはずだろう。
なのに何でこんな無謀な……?
「おい、ずいぶんと汚しちゃいるが、その赤い小手はお前さん、騎士達じゃなくて緋爪のモンだろ? 悪いがざっとでいいんで説明を頼むわ」
そうか、コイツが挨拶回りに向かったときにはもう食堂に居ただろうから村長はコイツとはまだ顔合わせてなかったか。
「俺も建物の中に居たときに襲撃が起こったから詳しく知っているわけじゃねぇが、ここに向かう途中で、外に盗賊共と貴族と思わしき格好の連中が一緒に居たのは確認している。構造上、正面側を確認する余裕がなかったが、敷地背面側はかなりの数に囲まれてるのは間違いない」
村長の要請に対して、アサシンは口調はともかくまるで軍隊みたいに淀み無く現状報告を返していた。
傭兵団も言ってみりゃ戦闘組織なわけだし、世界は違ってもこういったやり取りは似てくるものなのか?
というか、現代だと情報って結構統制されがちなんだが、民間人にそんなあっさり情報渡していいものなのか。
……とも思ったがそういうわけでもないみたいだな。
説明を返してたアサシンの方もあまりに自然な流れだったからか普通に対応してたみたいだが、後になって『あれっ?』って顔になってんぞ。
……というか、ただの村の村長がなんで大規模傭兵団と当たり前のように接してるんだよ。
場馴れしてる感が半端ねぇんだけど。
「ふん、正面で騒ぎを起こしている間に背面から急襲……って訳でもないか。それなら最初の爆発とほぼ同時に突入してなきゃおかしい。単純に数で包囲を仕掛けての正面突破狙いか? 馬鹿じゃねぇのか?」
「馬鹿なんだろうな。アンタの言ったとおりの作戦であればこちらはもっとシャレにならん状況になっていた。情けないことに連中の包囲を察知できていなかったんだからな……よし連中、一気に詰めてくるつもりはないらしい。寄せられる前に移動したほうが良い」
歴戦の緋爪のアサシンからも否は無いようだ。
この状況でこれだけ的確に判断できるって、村長は戦の経験があるのか……?
「そうだな。キョウ、嬢ちゃん達、行くぞ」
「了解」
「はい」
「は~い」
先導を始めたアサシンについて食堂を飛び出して廊下に出る。
そのまま廊下を這うようにして、中央のエントランスに向かう。
食堂は建物の端に位置しているとはいえ、そこまで遠いというわけではない。
普段であれば。
狙い撃ち……は流石にないと思うが、姿を的に晒さないよう床を四つん這いで進む必要があり、それだけでエントランスまでの距離がずいぶんと伸びたように感じる。
まぁただの錯覚なんだろうが……
「流石に姿を見られると欲深な盗賊共が逸って飛び込んでくるとも限らないから、できるだけ見られないように窓から上に顔をだすなよ」
「わかった」
見つからないよう少しだけ顔をのぞかせ外を見たが、包囲している連中に動いた様子はない。
おそらく指示待ちなんだろう。
だが、現場にいるのは貴族の私兵ではなくほぼ盗賊団の連中だろう。
指示がないからといつまでも黙っているとは限らない。
アサシンの言うように雇われの盗賊共が欲に目がくらんで飛び込んでくるほうが今は怖い。
連中に自制心なんぞ期待できるはずもないし、最初の一人が動けば、そこから雪崩のようにつられて動きかねなからな。
だからこそ姿を見られるわけには行かず、四つん這いで廊下を進む羽目に陥っている訳だ。
人数で劣っているこちらとしては、他の村の村長や、この宿舎の職員なんかを守るのはかなりきつい筈だ。
ただの殲滅戦なら、この人数差でも緋爪と騎士達の力であれば状況を覆せるかもしれん。
けれど、非戦闘員を守りながらの戦いで乱戦なんて流石に分が悪すぎる。
「っていうか、騎士や緋爪が揃ってて、何で連中の包囲に気付けなかったんだ? 奴らにそんな器用な隠密行動とか出来るとは思えないんだが……」
「コレばっかりは不甲斐ないと言うか申し訳ないと言うか、屋敷内担当してた俺にもちょっと判らないから何とも言えないんだが」
まぁ確かに、このアサシンは営業……挨拶回りとかやってたから外の様子が分かるわけ無いか。
「だけど、言われてみれば確かに盗賊やあの貴族共にそんなマネが出来るとは思えないな……」
「盗賊の他にも魔法使いを雇ったとかは考えられないのか?」
「この人数を隠せるだけの大規模な隠形術を使えるだけの術士集団を雇っていれば俺達が見逃すわけ無いさ。というか盗賊共を雇った事をドヤ顔で自慢げに知らせてくる貴族共だぞ? ソレだけの戦力を引き入れていたのなら黙っていても勝手に自慢してきていたはずだ」
「どんだけガキなんだそれ……」
専属契約結んだ相手に勝手に新線力を雇っただけでも十分契約違反なのに、それををドヤ顔で自慢とか、普通の神経じゃできねぇよ。
普通の神経してないんだろうけど。
新しい情報が追加される度に、貴族の行動の異常さ……というか考えなしの行動だけがどんどんと明らかになっていくな。
……あれ?
「何か、でもおかしくねぇか?」
「何がだ?」
おっと、考えが口に漏れてたか。
まぁ口に出しちまった以上は黙って考えるのもアレか。
「いや、ここ数日で貴族共の頭のおかしさや無能さはさんざん思い知ってきたんだけど、今回の包囲といい、クーデターの件といい、事前準備の段階だけはありえないくらい手間が良すぎるんじゃねぇの? どっちも緋爪や騎士達を欺いて、行動する段階まで察知されてない」
「む……言われてみれば確かに……」
「クーデターの件に関しては、まぁ正直俺にはとても信じられないが、アンタの言ではその頃の貴族は頭が回っていたって話だし手際を整えられたかもしれん。だが、今回の襲撃はそうじゃないだろ? 実際包囲するまでの手際の良さと、襲撃してからの杜撰さが両極端だ」
熟練の戦士が用意した罠を、何も考えていない子供がめちゃくちゃにしているような、そんなちぐはぐさを感じる。
まだ、貴族の中に頭の回るやつが残っている?
それだけ頭が回るやつなら、こんな落ち目の貴族共なんてとっくに見限ってるだろ。
見限れない何かがある……?
その頭が回るやつこそが黒幕とか?
でも、俺が黒幕なら、そもそも頭のおかしい貴族なんぞ真っ先に斬り捨てて緋爪の方を重宝するぞ。
……だめだ、まだ情報が足らんな。
と、考えていたら轟音とともに再び強い衝撃が襲ってきた。
これは最初の爆発と同じものか?
「表側は迎撃が始まったみたいだな」
こちらからは見えないが、客室越しに表の様子をうかがっていたアサシンがそう伝えてきた。
こんな所に大砲を持ち込んだりするとは思えんが、あの衝撃波攻撃魔法のものだろうか?
だとしたらかなりの威力だが……
表側でも裏側でも人の叫び声が聞こえてくる。
こっちは少しだけ顔を上げ廊下側から背面を確認してみたが、こっちはまだにらみ合いと言った感じで動きはないようだ。
これだけ暴れてまだ動かないという事は、背面側の包囲勢力は本当に奇襲目的じゃなくてただ包囲していただけか。
最初の一当ては見事な奇襲と言えるものだったのに、本当に何なんだろうか。
「さて、本格的に巻き込まれる前にさっさと進みましましょうや。襲撃があった際はエントランスに一を集めるように他の団員にも事前通達しているんで、皆そこを目指しているはず」
「そうだな、考えていても埒が明かん。進もう」
ここの防衛に関しては昨日の今日で急遽決まったはずだが、予め避難場所を決めてあるとか、襲撃を見越して避難誘導マニュアルみたいなのが既に作られてたのな。
流石の手際の良さだ。
さて、あとの問題はハティの方だな。
アイツが盗賊程度にどうこうできるとは思えんが、俺達の部屋はハティと同室ということで一般の宿泊部屋ではなく広めの部屋を充てがってくれたのだが、丁度エントランスを挟んで食堂とは真反対側の角になっている。
エントランスに一度ついた後、もう一度似たようなことをして迎えに行かなきゃならんわけなんだが、ソレを往復とか面倒にも……
いや、そもそも再合流するのはまずいのか?
「あれ、コレ、俺達避難場所に逃げ込むのはまずいんじゃ?」
「そうねぇ、ハティちゃんが目的の可能性もあるんでしょう? だとしたら、私たちがハティちゃん連れて他の避難者のところに合流するのは流石に危険な気がするねぇ」
非戦闘員が集まる避難所を集中的に狙われたら、いかに騎士や緋爪が頑張っても被害が出かねない。
「ふむ……それは確かにそうだが、連中がお前たちやハティを狙っているのは確実なのか?」
確実かどうか、と言われると……うーむ。
俺達を狙っているかどうかと聞かれると、もしかしたら狙われてないかも知れない。
だが、ハティの方はとなると……
「そこまではっきりと確実だと断言できる程じゃあないんですけど……まっぁ、可能性は高いんじゃないかと俺は思いますけどね」
「少なくとも俺達がここを襲撃したのは貴族共が月狼を求めたがためだな。今も狙っているのかは、連中から離れた今の俺には確実なことは言えない」
まぁ、そうだな。
ハティへの再襲撃の可能性の事を俺に話したのはコイツだが、あの時は既に貴族とは決裂した後だったし、伝えてきた時も注意すべき可能性の一つ……くらいの感じだったしな。
普通の相手だって、他人が何を考えているかを読み切るなんて、よほど単純な状況でもなければ普通出来ることじゃない。
楽観的に考えれば、ガキのような理論で行動する貴族の行動なんて簡単に先が読める……と言いたいんだが、時折こちらの常識をぶっちぎった行動するからなぁ。
普通ならこうするだろ、って常識が通じない相手の先が読めているとか考えるのはちょっとやめたほうが良い。
「とはいえ、だ。状況を素直に受け止めれば、現状この宿舎には辺境の村落の客しか泊まっていないにも関わらず、これだけの数を差し向けた。……ってことは、まぁそういう事なんじゃねぇんですかね?」
「まぁ、確かにそうかもな。考えうるこの状況の原因としては最もシンプルで、如何にも連中が考えそうな行動基準っぽくはある」
「だろう?」
相手が想定を超えた阿呆で、そのせいで深読みどころか浅く読んでも予想の遥か斜め上を選択するような状況だというなら、起きた事実に対して背後関係とか一切考慮せず最もシンプルな原因に沿って行動するのが一番手っ取り早い。
どうせ考えるだけ無駄だと割り切ってしまうのが一番精神衛生上宜しい選択なんだよなぁ。
格ゲーとかでも、初心者が理由もなくボタンを押しまくって暴れているのに対して、想定外のタイミングで想定外の攻撃が飛んできて……みたいな状況は割と良くある。
そういう時はもう心を無にして、見てから対応を徹底するのが一番いいと言うのは、これでもかと身にしみている。
完全初心者でボタンを押しまくる相手に対処する時は、ナメプなんてとんでもない。
接待プレイでないのなら、飛ばせて落とすを徹底するというような、とことん寒い対応に徹するべきだ。
というか、そうしないと場を荒らされて思わぬ痛手を負うハメになる。
今回の貴族達の襲撃なんてまさにその荒らされてるパターンだ。
敵が味方に入れ替わったり、街に盗賊団が飛び込んだり、これだけに人数を揃えて城ではなく宿泊施設を襲撃するとか、色々とんでもない状況になってしまっている。
「俺は頭がおかしくなった貴族というのがどれほどのものなのか詳しく知らん。……が、敵が門で揉めた時の奴のような者達であれば、自然と納得できるな。困った話だが」
そういえば、村長は他の村の村長たちと一緒に行動していたようだし、貴族共との接触は殆どなかったのか。
それでも、門前の揉め事を覚えていたのか、そのたったの一例のみで今回の敵がどういう連中かを理解したようだ。
まぁ、この国について最初にいきなりアレだったから、そりゃ記憶にも残るか。
などと話しているうちに、エントランスにたどり着くことが出来た。
「よし、じゃあ村長殿はここで。お前たちはあの月狼……ハティといったか。アレと合流してくれ。恐らくヤツの背がこの場で最も安全な場所だろうからな」
「まぁ、それは俺達が一番知ってるさ」
村長を無事エントランスへ届けられたし、これで一仕事完了……ってとこだけど、次は俺達の番だな。
とりあえずハティと合流して、目立つようにして建物の外で囮になっとけば、一般人が巻き込まれる可能性は減る……よな?
「おう、お前ら、あまり無理するんじゃねぇぞ。戦いは専門家に任せりゃ良いんだ」
「わかってます、なんとかしてやり過ごしてみますよ。作戦も考えてはあるんすから」
「作戦ねぇ? まぁ何らかの手立てがあるなら良い。おい、嬢ちゃんも無茶すんなよ? お前はキョウよりも血の気が多そうだからな」
「うっ……流石に無茶して怪我するような真似はしませんって」
しっかり見抜かれてるな、チェリーさんの気性。
「エリス、お前がちゃんと周りが無茶しないように気を配っておくんだぞ」
「うん、わかった!」
なぜ、最年少のエリスが一番村長の信頼厚いんだ……
俺達はそんなに信用ならないんですかねぇ。
まぁ、エリスが見た目と違ってかなりしっかりしているのは認めるけどさ。
――なんかコレ以上は考えるだけ虚しくなってくるし、さっさと部屋に戻るとしますかね。
俺達の居場所を聞きつけて、再度この宿舎へ襲撃をしかけたか。
だが、今この宿舎の警護役は緋爪傭兵団がやっている。
そうそう簡単に襲撃が成功するとは思えないんだよなぁ。
「おい! 無事か!?」
現にこうして、襲撃者より先に警護役の緋爪のメンバーの方が先にたどり着いている。
「って、アンタかよ」
「アンタ等が飯に行こうとしていたのは知ってたからな」
「それもそうか」
俺等が飯に行く直前に部屋に来たのはコイツだったしな。
時間的に考えてまっさきに確認しに来るべき場所は食堂ってのは確かに道理だ。
「結局何が起きてるんだ?」
「判ってるんだろ? 貴族共の襲撃だよ。 盗賊共を引き連れての襲撃だよ」
「もうなりふりかまってないって感じだな」
「最初の襲撃で貴族共はアンタらに撃退されてるからな。馬鹿なりに自分たちだけであの月狼を奪取するのが無理だと理解してるんだろうさ」
とはいえ、だ。
以前と違い、今は兵士も緋爪も警護に増えて、むしろ襲撃難度は高くなっているという事くらい向こうだって判ってるはずだ。
なのになんで今このタイミングで……事件解決目前で、周囲も気を張っている一番防御が硬いタイミングで仕掛けてくるような真似をしたんだ?
いやまぁ、連中が何も考えていないっぽいから、そこを考えても意味が無さそうだというのは解ってはいるんだが……
とはいえ、だ。
緋爪は元々は貴族達が雇っていたんだから、その戦力が盗賊共なんかとは比較にならないほど高いことは考えるまでもなく連中のほうが理解しているはずだろう。
なのに何でこんな無謀な……?
「おい、ずいぶんと汚しちゃいるが、その赤い小手はお前さん、騎士達じゃなくて緋爪のモンだろ? 悪いがざっとでいいんで説明を頼むわ」
そうか、コイツが挨拶回りに向かったときにはもう食堂に居ただろうから村長はコイツとはまだ顔合わせてなかったか。
「俺も建物の中に居たときに襲撃が起こったから詳しく知っているわけじゃねぇが、ここに向かう途中で、外に盗賊共と貴族と思わしき格好の連中が一緒に居たのは確認している。構造上、正面側を確認する余裕がなかったが、敷地背面側はかなりの数に囲まれてるのは間違いない」
村長の要請に対して、アサシンは口調はともかくまるで軍隊みたいに淀み無く現状報告を返していた。
傭兵団も言ってみりゃ戦闘組織なわけだし、世界は違ってもこういったやり取りは似てくるものなのか?
というか、現代だと情報って結構統制されがちなんだが、民間人にそんなあっさり情報渡していいものなのか。
……とも思ったがそういうわけでもないみたいだな。
説明を返してたアサシンの方もあまりに自然な流れだったからか普通に対応してたみたいだが、後になって『あれっ?』って顔になってんぞ。
……というか、ただの村の村長がなんで大規模傭兵団と当たり前のように接してるんだよ。
場馴れしてる感が半端ねぇんだけど。
「ふん、正面で騒ぎを起こしている間に背面から急襲……って訳でもないか。それなら最初の爆発とほぼ同時に突入してなきゃおかしい。単純に数で包囲を仕掛けての正面突破狙いか? 馬鹿じゃねぇのか?」
「馬鹿なんだろうな。アンタの言ったとおりの作戦であればこちらはもっとシャレにならん状況になっていた。情けないことに連中の包囲を察知できていなかったんだからな……よし連中、一気に詰めてくるつもりはないらしい。寄せられる前に移動したほうが良い」
歴戦の緋爪のアサシンからも否は無いようだ。
この状況でこれだけ的確に判断できるって、村長は戦の経験があるのか……?
「そうだな。キョウ、嬢ちゃん達、行くぞ」
「了解」
「はい」
「は~い」
先導を始めたアサシンについて食堂を飛び出して廊下に出る。
そのまま廊下を這うようにして、中央のエントランスに向かう。
食堂は建物の端に位置しているとはいえ、そこまで遠いというわけではない。
普段であれば。
狙い撃ち……は流石にないと思うが、姿を的に晒さないよう床を四つん這いで進む必要があり、それだけでエントランスまでの距離がずいぶんと伸びたように感じる。
まぁただの錯覚なんだろうが……
「流石に姿を見られると欲深な盗賊共が逸って飛び込んでくるとも限らないから、できるだけ見られないように窓から上に顔をだすなよ」
「わかった」
見つからないよう少しだけ顔をのぞかせ外を見たが、包囲している連中に動いた様子はない。
おそらく指示待ちなんだろう。
だが、現場にいるのは貴族の私兵ではなくほぼ盗賊団の連中だろう。
指示がないからといつまでも黙っているとは限らない。
アサシンの言うように雇われの盗賊共が欲に目がくらんで飛び込んでくるほうが今は怖い。
連中に自制心なんぞ期待できるはずもないし、最初の一人が動けば、そこから雪崩のようにつられて動きかねなからな。
だからこそ姿を見られるわけには行かず、四つん這いで廊下を進む羽目に陥っている訳だ。
人数で劣っているこちらとしては、他の村の村長や、この宿舎の職員なんかを守るのはかなりきつい筈だ。
ただの殲滅戦なら、この人数差でも緋爪と騎士達の力であれば状況を覆せるかもしれん。
けれど、非戦闘員を守りながらの戦いで乱戦なんて流石に分が悪すぎる。
「っていうか、騎士や緋爪が揃ってて、何で連中の包囲に気付けなかったんだ? 奴らにそんな器用な隠密行動とか出来るとは思えないんだが……」
「コレばっかりは不甲斐ないと言うか申し訳ないと言うか、屋敷内担当してた俺にもちょっと判らないから何とも言えないんだが」
まぁ確かに、このアサシンは営業……挨拶回りとかやってたから外の様子が分かるわけ無いか。
「だけど、言われてみれば確かに盗賊やあの貴族共にそんなマネが出来るとは思えないな……」
「盗賊の他にも魔法使いを雇ったとかは考えられないのか?」
「この人数を隠せるだけの大規模な隠形術を使えるだけの術士集団を雇っていれば俺達が見逃すわけ無いさ。というか盗賊共を雇った事をドヤ顔で自慢げに知らせてくる貴族共だぞ? ソレだけの戦力を引き入れていたのなら黙っていても勝手に自慢してきていたはずだ」
「どんだけガキなんだそれ……」
専属契約結んだ相手に勝手に新線力を雇っただけでも十分契約違反なのに、それををドヤ顔で自慢とか、普通の神経じゃできねぇよ。
普通の神経してないんだろうけど。
新しい情報が追加される度に、貴族の行動の異常さ……というか考えなしの行動だけがどんどんと明らかになっていくな。
……あれ?
「何か、でもおかしくねぇか?」
「何がだ?」
おっと、考えが口に漏れてたか。
まぁ口に出しちまった以上は黙って考えるのもアレか。
「いや、ここ数日で貴族共の頭のおかしさや無能さはさんざん思い知ってきたんだけど、今回の包囲といい、クーデターの件といい、事前準備の段階だけはありえないくらい手間が良すぎるんじゃねぇの? どっちも緋爪や騎士達を欺いて、行動する段階まで察知されてない」
「む……言われてみれば確かに……」
「クーデターの件に関しては、まぁ正直俺にはとても信じられないが、アンタの言ではその頃の貴族は頭が回っていたって話だし手際を整えられたかもしれん。だが、今回の襲撃はそうじゃないだろ? 実際包囲するまでの手際の良さと、襲撃してからの杜撰さが両極端だ」
熟練の戦士が用意した罠を、何も考えていない子供がめちゃくちゃにしているような、そんなちぐはぐさを感じる。
まだ、貴族の中に頭の回るやつが残っている?
それだけ頭が回るやつなら、こんな落ち目の貴族共なんてとっくに見限ってるだろ。
見限れない何かがある……?
その頭が回るやつこそが黒幕とか?
でも、俺が黒幕なら、そもそも頭のおかしい貴族なんぞ真っ先に斬り捨てて緋爪の方を重宝するぞ。
……だめだ、まだ情報が足らんな。
と、考えていたら轟音とともに再び強い衝撃が襲ってきた。
これは最初の爆発と同じものか?
「表側は迎撃が始まったみたいだな」
こちらからは見えないが、客室越しに表の様子をうかがっていたアサシンがそう伝えてきた。
こんな所に大砲を持ち込んだりするとは思えんが、あの衝撃波攻撃魔法のものだろうか?
だとしたらかなりの威力だが……
表側でも裏側でも人の叫び声が聞こえてくる。
こっちは少しだけ顔を上げ廊下側から背面を確認してみたが、こっちはまだにらみ合いと言った感じで動きはないようだ。
これだけ暴れてまだ動かないという事は、背面側の包囲勢力は本当に奇襲目的じゃなくてただ包囲していただけか。
最初の一当ては見事な奇襲と言えるものだったのに、本当に何なんだろうか。
「さて、本格的に巻き込まれる前にさっさと進みましましょうや。襲撃があった際はエントランスに一を集めるように他の団員にも事前通達しているんで、皆そこを目指しているはず」
「そうだな、考えていても埒が明かん。進もう」
ここの防衛に関しては昨日の今日で急遽決まったはずだが、予め避難場所を決めてあるとか、襲撃を見越して避難誘導マニュアルみたいなのが既に作られてたのな。
流石の手際の良さだ。
さて、あとの問題はハティの方だな。
アイツが盗賊程度にどうこうできるとは思えんが、俺達の部屋はハティと同室ということで一般の宿泊部屋ではなく広めの部屋を充てがってくれたのだが、丁度エントランスを挟んで食堂とは真反対側の角になっている。
エントランスに一度ついた後、もう一度似たようなことをして迎えに行かなきゃならんわけなんだが、ソレを往復とか面倒にも……
いや、そもそも再合流するのはまずいのか?
「あれ、コレ、俺達避難場所に逃げ込むのはまずいんじゃ?」
「そうねぇ、ハティちゃんが目的の可能性もあるんでしょう? だとしたら、私たちがハティちゃん連れて他の避難者のところに合流するのは流石に危険な気がするねぇ」
非戦闘員が集まる避難所を集中的に狙われたら、いかに騎士や緋爪が頑張っても被害が出かねない。
「ふむ……それは確かにそうだが、連中がお前たちやハティを狙っているのは確実なのか?」
確実かどうか、と言われると……うーむ。
俺達を狙っているかどうかと聞かれると、もしかしたら狙われてないかも知れない。
だが、ハティの方はとなると……
「そこまではっきりと確実だと断言できる程じゃあないんですけど……まっぁ、可能性は高いんじゃないかと俺は思いますけどね」
「少なくとも俺達がここを襲撃したのは貴族共が月狼を求めたがためだな。今も狙っているのかは、連中から離れた今の俺には確実なことは言えない」
まぁ、そうだな。
ハティへの再襲撃の可能性の事を俺に話したのはコイツだが、あの時は既に貴族とは決裂した後だったし、伝えてきた時も注意すべき可能性の一つ……くらいの感じだったしな。
普通の相手だって、他人が何を考えているかを読み切るなんて、よほど単純な状況でもなければ普通出来ることじゃない。
楽観的に考えれば、ガキのような理論で行動する貴族の行動なんて簡単に先が読める……と言いたいんだが、時折こちらの常識をぶっちぎった行動するからなぁ。
普通ならこうするだろ、って常識が通じない相手の先が読めているとか考えるのはちょっとやめたほうが良い。
「とはいえ、だ。状況を素直に受け止めれば、現状この宿舎には辺境の村落の客しか泊まっていないにも関わらず、これだけの数を差し向けた。……ってことは、まぁそういう事なんじゃねぇんですかね?」
「まぁ、確かにそうかもな。考えうるこの状況の原因としては最もシンプルで、如何にも連中が考えそうな行動基準っぽくはある」
「だろう?」
相手が想定を超えた阿呆で、そのせいで深読みどころか浅く読んでも予想の遥か斜め上を選択するような状況だというなら、起きた事実に対して背後関係とか一切考慮せず最もシンプルな原因に沿って行動するのが一番手っ取り早い。
どうせ考えるだけ無駄だと割り切ってしまうのが一番精神衛生上宜しい選択なんだよなぁ。
格ゲーとかでも、初心者が理由もなくボタンを押しまくって暴れているのに対して、想定外のタイミングで想定外の攻撃が飛んできて……みたいな状況は割と良くある。
そういう時はもう心を無にして、見てから対応を徹底するのが一番いいと言うのは、これでもかと身にしみている。
完全初心者でボタンを押しまくる相手に対処する時は、ナメプなんてとんでもない。
接待プレイでないのなら、飛ばせて落とすを徹底するというような、とことん寒い対応に徹するべきだ。
というか、そうしないと場を荒らされて思わぬ痛手を負うハメになる。
今回の貴族達の襲撃なんてまさにその荒らされてるパターンだ。
敵が味方に入れ替わったり、街に盗賊団が飛び込んだり、これだけに人数を揃えて城ではなく宿泊施設を襲撃するとか、色々とんでもない状況になってしまっている。
「俺は頭がおかしくなった貴族というのがどれほどのものなのか詳しく知らん。……が、敵が門で揉めた時の奴のような者達であれば、自然と納得できるな。困った話だが」
そういえば、村長は他の村の村長たちと一緒に行動していたようだし、貴族共との接触は殆どなかったのか。
それでも、門前の揉め事を覚えていたのか、そのたったの一例のみで今回の敵がどういう連中かを理解したようだ。
まぁ、この国について最初にいきなりアレだったから、そりゃ記憶にも残るか。
などと話しているうちに、エントランスにたどり着くことが出来た。
「よし、じゃあ村長殿はここで。お前たちはあの月狼……ハティといったか。アレと合流してくれ。恐らくヤツの背がこの場で最も安全な場所だろうからな」
「まぁ、それは俺達が一番知ってるさ」
村長を無事エントランスへ届けられたし、これで一仕事完了……ってとこだけど、次は俺達の番だな。
とりあえずハティと合流して、目立つようにして建物の外で囮になっとけば、一般人が巻き込まれる可能性は減る……よな?
「おう、お前ら、あまり無理するんじゃねぇぞ。戦いは専門家に任せりゃ良いんだ」
「わかってます、なんとかしてやり過ごしてみますよ。作戦も考えてはあるんすから」
「作戦ねぇ? まぁ何らかの手立てがあるなら良い。おい、嬢ちゃんも無茶すんなよ? お前はキョウよりも血の気が多そうだからな」
「うっ……流石に無茶して怪我するような真似はしませんって」
しっかり見抜かれてるな、チェリーさんの気性。
「エリス、お前がちゃんと周りが無茶しないように気を配っておくんだぞ」
「うん、わかった!」
なぜ、最年少のエリスが一番村長の信頼厚いんだ……
俺達はそんなに信用ならないんですかねぇ。
まぁ、エリスが見た目と違ってかなりしっかりしているのは認めるけどさ。
――なんかコレ以上は考えるだけ虚しくなってくるし、さっさと部屋に戻るとしますかね。
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この一言で、パーティーリーダーに追放を言い渡されたヨシュア。
しかしその実、彼は平均を装っていただけだった。
レベル35と見せかけているが、本当は350。
水属性魔法しか使えないと見せかけ、全属性魔法使い。
あまりに圧倒的な実力があったため、パーティーの中での力量バランスを考え、あえて影からのサポートに徹していたのだ。
それどころか攻撃力・防御力、メンバー関係の調整まで全て、彼が一手に担っていた。
リーダーのあまりに不足している実力を、ヨシュアのサポートにより埋めてきたのである。
その事実を伝えるも、リーダーには取り合ってもらえず。
あえなく、追放されてしまう。
しかし、それにより制限の消えたヨシュア。
一人で無双をしていたところ、その実力を美少女魔導士に見抜かれ、『レンタル冒険者』としてスカウトされる。
その内容は、パーティーや個人などに借りられていき、場面に応じた役割を果たすというものだった。
まさに、ヨシュアにとっての天職であった。
自分を正当に認めてくれ、力を発揮できる環境だ。
生まれつき与えられていたギフト【無限変化】による全武器、全スキルへの適性を活かして、様々な場所や状況に完璧な適応を見せるヨシュア。
目立ちたくないという思いとは裏腹に、引っ張りだこ。
元パーティーメンバーも彼のもとに帰ってきたいと言うなど、美少女たちに溺愛される。
そうしつつ、かつて前例のない、『レンタル』無双を開始するのであった。
一方、ヨシュアを追放したパーティーリーダーはと言えば、クエストの失敗、メンバーの離脱など、どんどん破滅へと追い込まれていく。
ヨシュアのスーパーサポートに頼りきっていたこと、その真の強さに気づき、戻ってこいと声をかけるが……。
そのときには、もう遅いのであった。
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