ν - World! ――事故っても転生なんてしなかった――

ムラチョー

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二章

百十話 朝の食堂Ⅰ

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 あのアサシンの襲来で妙に話し込んでしまったが、ようやく飯にありつける。
 という事で、食堂を目指す。

「確か、食堂はこっちだったよな?」
「うん。そういえば一度も使ったことなかったね」

 こういう時に割と方向オンチ……というか必要だと認識しないとその場所が頭からすっぽりと抜け落ちる事が多い俺と違って、何でもとりあえず覚えているエリスの記憶力の良さは色々と助かるな。
 元々自頭が良いわけじゃないから、瞬間判断力を求められる格ゲーメインの時期に、不必要だと思った情報は自然と邪魔だから排除しちゃう癖がついてたんだよな。
 頭の回転速度が早い人は、手を出しちゃいけない技の判定情報なんかも全て記憶して、最適行動を取るらしい。
 伊福部とかもその手のプレイヤーだったけど、俺はそこまで頭に詰め込むと、そもそも覚えきれない。
 だから、覚えなかった。
 技のフレーム表だけ覚えて、その状況で勝てる技だけを記憶する。
 フレームでは勝っているのに負けてしまう理由とか、そういった者は一切排除して、勝てる勝てないだけで判断してしまえばいい。
 勿論、覚えるつもりがなくても繰り返していれば理由なんかも勝手に頭に入ってくるが、別にソレは考えてやっているわけではないから負担にはならないしな。
 とにかく、ある状況で勝てそうな行動をひたすら繰り返して、負けたものは記憶から排除、勝ち続けられた技だけ覚える。
 当然、記憶から排除と言ってもその技自体を忘れるわけではなく、ある特定状況における選択肢として排除するだけだ。
 で、最終的に覚えてる技でのみ反応して、覚えてない技は絶対振らないというのを徹底していた。
 そうすればただの二択だ。
 昔と違ってゲーセンの格ゲーにも対戦待ち中に時間制限有りのトレモが出来たりするから基本的な所は意外とすぐに詰められるし、俺の言っていたゲーセンでは対戦相手もかなり多かったから習得は結構楽だ。
 まぁそんなスタイルだから、サービス開始直後はかなり勝率が低い。
 最初から常に勝率八割以上をキープしていた伊福部と違い、最初はいいとこ五割程度だ。
 俺が一番プレイしていたDDでも1000試合程度までは勝率5割程度、6000戦くらいでようやく8割超えるくらいのスロースターターだったな。
 この方法なら俺にも対応できると、色々やっていたらいつの間にかトッププレイヤーの一角になれた。
 このプレイ方法を自力で編み出した事だけは、俺の数少ない自慢できる点だと思う。 
 伊福部とかは、この話をすると「俺には無理だわ」と匙を投げるが、全対応で勝ち続けてきた伊福部ならかなり楽になると思うんだけどな……
 ――なんてことを考えながら、エリスの記憶力に任せて歩いていれば、数分で食堂に到着と言うわけだ。

「わ、おっきい」
「なんだかんだで高級な宿舎の食堂だからなぁ」

 なんて、澄ました感じで答えられるのは、現代建築を知っているからだよなぁ。
 城ほどじゃないが、確かにこの広さはお俺と一緒に辺鄙な村に住んでいたエリスにとっては中々のインパクトが有るだろう。
 おおよそ俺が知っている大学の食堂くらいある。
 ざっと見た感じ300席位か。
 こっちの建築物でこのサイズはなかなか無いんじゃないだろうか。
 流石国が管理している来賓用建築物といったところか。
 今回の客は辺境の村長を集めただけだが、地方の領主とかだった場合お供とか人数凄そうだし、これくらいのサイズが必要なんだろう。

「さて、来たのは良いんだけど、飯はどうやってもらえば良いんだ? これ」
「しらなーい」

 場所の説明は受けたが、食堂利用のルールとかは全く聞いてなかったことを今思い出したわ。
 しまったな。
 つい旅館感覚で、食堂利用の時間に行けば、既に配膳されてるあの感覚で来ちまった。
 まぁ、ここで悩んでても仕方ないし、給仕さんとかに直接聞くのが一番早いか。
 とりあえず、まずは食事を受け渡ししている場所へ向かおう。
 そう考えた時

「おーい、キョウくん、エリスちゃん。こっちこっち」
「あ、チェリーだ」

 俺達を呼ぶ声に振り向いてみれば、村長たちと一緒にチェリーさんが座っていた。
 つかそれ程大きな声じゃなかったのに振り向く前からエリスは特定してたな……
 アレくらいの声で、すぐ相手できるのが普通なのか?
 あるいはエリスが特別?
 ……つか、チェリーさんは何でそこにいるんだよ?

「チェリーさん、戻ってきてたんだな」
「ついさっきねー」
「何で部屋に顔出す前に食堂に居るのさ」

 チェリーさん、飯は外部で取るからこっちで食事を優先する意味ないだろう……

「いやぁ、戻ってきた時に丁度ここに向かうシギンさん達と鉢合わせてねぇ。後は流れで」

 流れか~。
 ならしょうがないな~。
 その場の流れと雰囲気には何故か逆らえないもんな日本人は、うん仕方ない。

「まぁいいや。結局用事は問題なかったん?」
「ああ、昨夜はごめんね。ちょっと会議が長引いたのと、色々別にあって帰宅したのが終電ギリギリだったのさ」

 って、電車通勤なのか。
 有名声優ってもっとこう、マネージャーとかに仕事場まで送り迎えして貰うもんだと思ってたわ……
 ファンとかに捕まったりしないんだろうか?
 って今はそんなことはどうでもいいか。

「こういう時にスマホやメールのやり取りできないのは不便なんだよねぇ。キョウくんは通常のネット回線から遮断されてるんでしょ?」
「専用の直通回線で筐体繋いでるらしくて、メールも開発室のサーバのものしか通信できないらしいよ」
「じゃあ無理かー。リアルのキョウくんはスマホ操作どころじゃないしねぇ」

 テスター相手には毎回と言っていいほどあるやり取りの一つが連絡先の交換。
 リアルで会うことがあまりないテスター達にとっては名刺交換くらいの感覚で行われるそのやり取りだが、当然ながら俺がソレに応えることは出来ない。
 殆どの場合、相手には事故でベッドから動けないことや病室でスマホやパソコンの仕様が禁止されているというのと、筐体もテスト専用だから専用回線使っててゲーム外での連絡が取れないと伝えるようにしている。
 集中治療室でのスマホの電源切りは当たり前だし、テスト筐体に関しては事実なので嘘は言っていない。
 正確に俺の容態を伝えていないと言うだけだ。
 伝える理由もないしな。
 だが、流石にずっと一緒に行動する事になるチェリーさんには変にごまかすと色々齟齬が出るという話で、俺がベッドから起き上がれないどころか、指一本動かせずに食事やトイレも全部機械と管任せであることは伝えてある。
 テスターの中で俺の状況を正しく知っているのは伊福部……SADとチェリーさんだけだろう。

「おい、そんなところで突っ立って話する前に、さっさと飯を貰ってこい」

 俺とチェリーさんが話をしていたら村長に突っ込まれた。
 確かに、食堂で立ち話もなんか変だしさっさと座って飯食うべきだな。

「ここってどうやって食事受け取れば良いんです?」
「何だ、説明して貰わななかったのか? あそこの受け取り口に部屋と自分の名前を伝えれば渡してくれるぞ」
「初耳っすわ……」
「色々バタついていたからな。伝え忘れたんだろうよ」

 まぁ、襲撃の後戻ってきてからは、破損した場所の応急処置とか色々走り回ってたからなぁ。
 一つくらい伝え忘れていても無理はないか。
 えっと、部屋の名前はカ=オムだったっけか。
 建物の雰囲気もそうだが、部屋に番号割じゃなくて名前が付いてるのとかもちょっと旅館っぽいんだよな。

「んじゃちょっくら飯取ってきます。エリス、行くぞ?」
「はーい」
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