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二章

百九話 騒乱一過Ⅱ

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「は? 何でアンタがここに居るんだ?」
「いやぁ、第一声がそれとかキツイねぇ。気持ちは分からんでもないけどさ」

 判ってるならあまり顔を合わせるような真似はしないでほしいんだがなぁ。
 今はもう敵対していないとはいえ、こちとら一度殺されかけたんだが……

「あ、昨日の人」
「おっす、嬢ちゃん。昨日ぶり」
「うん、おはようございます」

 いや、うん挨拶は大事だけど今はそれどころじゃないからね?

「撤退したはずの緋爪の人員が何でよりによって襲撃をかけた場所にのこのこ顔出しに来てるんだよ?」
「まぁ、それには海よりも深い理由があるんだがな?」
「浅く説明よろしく」
「あの後王様と話し合いが持たれて、ウチの雇い主が正式に貴族共から王様に切り替わったのさ」

 ああ、緋爪が名誉を挽回するために貴族と手を切っただけじゃなくて、敵だったはずの王側に寝返ったと。
 昨日こいつがそんなような事を言っていたっけか。

「平和的な方法で国を変えるという口車に乗りこの国のためと思って参戦したが、民を顧みないあまりに非道な雇い主のやり方を許せず、この国の民のために恥を忍んで雇い主の貴族と決別し、王軍に協力する……だったっけか?」
「お、よく覚えてたな。大した記憶力だ。まぁそのとおりに話は進んでな。今回の事態に国側も人手が欲しかったらしくてな。街の方の警備なんかに緋爪傭兵団が早速駆り出されたって感じだな」
「それでよりによってここを襲ったアンタが警備につくのかよ……」
「お前らの王様、中々愉快な性格してるよな。『ここを計画的に襲撃したなら、建物の構造も熟知してるだろう?』ってな。わざわざご指名で拝命してきたんだぜ?」

 ああ、あの王様なら確かにそんな事を言いかねない。
 俺達を迷わず伝令役に仕立てた点からも、使えるものなら何でも使うってタイプっぽいからなぁ、あの人。

「まぁ、なんとなく判った。で、ここに顔を出したのは?」
「いきなり緋爪の奴が宿の周りをうろついてたら驚くだろう? トラブル防止のために面識のある俺が先に話を通しておこうって事」

 確かに、何の事前情報もなく緋色のガントレットつけた連中を見かけたら驚くなってもんじゃないな。
 状況によっては睨み合いとかになってもおかしくなかった。

「なるほど……話は判った。たしかに必要なことだわ」
「納得してもらえたようで何より。もうひとり居た気がするが今は居ないのか?」
「あぁ、ちょっと今は外してる」
「なら、アンタからあの娘にも伝えておいてくれ。あっちはアンタより血の気が多そうだったからな」

 思い切り見抜かれてますよチェリーさん。

「しかし、猫の手も借りたいというのは分からないでもないけど、よく昨日まで殺し合ってた連中を街に入れるなんて思い切った真似をしたもんだな」
「それは俺も同感だな。いくらお目付け役にヤバそうな騎士達を付けているとは言え、昨日まで切り結んでいた奴を懐に抱え込むような真似、普段から割と無茶しがちなウチの団でもこんな無茶は考えないだろうよ」

 やっぱりそれが普通の考え方だよな。
 ウォーモンガー式思考回路なのかとも一瞬思ったが、どうやらそうではないようだ。

「ただ、今回俺達を城の周囲じゃなく街の警護に当たらせたのは間違いなく計算ずくだぜ? 昨日まで敵だった俺達を、危険を承知で街に引き入れたのは貴族共への牽制目的だろうな」
「盗賊を引き入れた連中への当てつけか?」
「それもあるが、お前らの味方は既に寝返ったと見せつけるのが目的だな。主力の引き抜きは単純だが効果がある。連中は俺等に内緒で盗賊共を雇ってはいたが、規模から考えればそれでも主力はあくまで俺達だったからな」

 まぁ、いくら盗賊団とやらが大規模だったとしても、所詮は盗人やゴロツキの集まりだ。
 いろいろな国で名前を轟かせる大規模傭兵団と比べれば、どれだけ集めようと見劣りするって感じか。

「そんな状態で何で彼奴等はわざわざ緋爪の顔に泥塗るような真似したんだ?」
「想像を絶する馬鹿って怖いよな。行動の意図が全く想像できん」

 つまり、未だに貴族達の考えは読みきれてないってことか。
 戦争に関しては素人な俺はともかく、騎士団や緋爪の方は一晩開けてそろそろ貴族連中の狙いを見抜いたんじゃないかとも思ったんだが、どうやらまだその行動原理を読み解け無いらしい。
 盗賊を街へ放って混乱させるというのは相手を滅ぼす前提で街を攻める時には有効かもしれんが、彼奴等クーデター狙ってたはずだからなぁ。
 素人目にも目的と手段が一致してないのは判るし、意図も読みにくいか。

「まぁそこら辺は、一度貴族の掃除をしたっていうこの国の連中に任せて、俺等は雇われものとしてこの街を守る事に集中するってもんさ。同じ国の貴族なんだ。外様の俺達よりも城の連中のほうがよっぽど詳しいだろうよ」
「まぁ、そうだな」

 ずいぶん他人事のように聞こえなくもないが、緋爪は貴族に雇われて参戦した当事者ではあるが、元はといえばこの戦いは貴族と王の国の取り合いだ。
 貴族の目的やなんかに向き合うのは王様達がやるべきことだというのはなんとなく理解できる。

「さて、そんな訳で挨拶に来たってわけだ。あまり俺達の顔を見ていたくはないだろうし、これで失礼するぜ」
「うん? ああ。別に納得できる理由があればそこまで邪険にするつもりもないけど、あんた等にも仕事があるだろうしな」
「そういうこった。この館にいる色々なお偉いさんは緋爪が寝返ったことを知らんからな。これから挨拶回りさ」
「あぁ、他の村の村長たちにも説明があるのか」
「そういう事。それじゃ失礼」

 なんかこうしてみると、なんか現実世界の営業の人みたいだなこいつ。
 やってる事なんて、その内容の物騒さを差し引けば、まさに営業其の物なんだろうが。
 緋爪株式会社の営業マンか……ゲームの中でも社会があるとこうなるのか。
 世知辛い……

「キョウ?」
「ん? ああ、ちょっと思うところがあってな」

 ゲームの中くらいは仕事のことは忘れたいなぁ。
 とっても最近は実質バイトぐらし状態で定職ついてなかったけどな。

「よし、今度こそ飯に……」

 と、部屋を出ようとした所で、再びノックが。
 こんな時間にまた来客?
 流石にもう思い当たる相手なんて居ないんだが……

「ハイハイ、今度はどちらさまで――」

 開けてみれば、さっき去ったはずのアサシンがまた立っていた。
 ――ので扉をそっととは言えない勢いで閉じた。
 擬音で言うとスパーンって感じだ。

「いや、何でだよ!? 閉じんなよ」

 いやそれこっちのセリフなんだが?
 というか閉じたんだから勝手に開けてくんなよ。

「アンタ挨拶回りに行ったんじゃなかったのかよ?」

 新手のコントか何かか!?
 俺はテレビ見る時間があればトレモでコンボ練習とかしてて、お笑いとかあまり見なかったからネタ振りされても良い返しは出来やしねぇぞ。

「いやぁ、悪い悪い、ちょいと伝え忘れたことがあったんだわ」

 緋爪が俺達に?
 接点なんて襲撃する側とされる側の関係でしか無かったはずだが、一体なにがあるっていうんだ?

「それで? 一体俺に何を伝えるっていうんだ?」
「俺達はアンタ等を狙って襲撃かけたんだが、今回の件でソレはなくなった。そこまでは良いんだが、そもそも俺等にアンタ等を襲わせてあの狼の奪取を依頼してきたのは貴族の連中だ。つまり、俺達が手を引いても、貴族共が雇った盗賊共に同じことを依頼している可能性があるってのをだな……」

 そういやそうだった。
 貴族なんぞに手柄は譲れんとかいって最初にギャグみたいな襲撃かけてきたのは間抜けな貴族連中だったな。
 こいつの襲撃が印象強すぎて殆ど忘れてたわ。
 てことは、今回の騒動の発端である貴族共が生き残ってる間は、俺達が狙われる可能性はまだまだあるってことか。
 めんどくせぇ……

「そもそも何で連中はハティを狙ったんだ? 王様を仕留めるのに使うとかなんとか行ってたが、正直それなら緋爪を総掛かりでけしかけたほうが確実だと思うんだが」
「ん……? 何言ってるんだ?」
「うん?」

 なにかおかしな事言ったか?
 確かにハティは強力だが、城前で戦ってた連中もかなり出鱈目な強さに見えたんだが、なにか認識ズレてるか?

「もしかして……ああいや、確かアンタ辺境の出だったな。なら都会のお伽噺なんて知らないかもしれんか」
「どういうことだ?」
「獣人の割合の多いこの国では獣の王である月狼、獄獣、淵牛の王種を神聖視してるんだよ。特に獄獣と月狼はお伽噺にもちょくちょく登場しててな。その獣の王を従えれば、民意は自分たちに向くだろうと考えたんだろうよ」
「神聖視してる生き物を力ずくで捕らえようとしたのか? そういうのって普通、獣の王の試練に打ち勝つとかして認められてなんぼなんじゃねぇの? こっちのお伽噺はよく知らないけどさ」

 物語で強い神獣とか召喚獣とかを仲間にする時のお約束だ。
 戦うなり、なんかすげぇ面倒くさいクエストをクリアすることで力を貸してくれるようになるやつ。

「その認識で間違ってないぜ? この国のお伽噺の中でも獄獣は勇気を、月狼は絆をそれぞれ示すことで力を貸してくれるんだわ」
「いやそれ襲っちゃだめだろ。ハティに嫌われてむしろ神獣に嫌われたとか逆効果なレッテル貼られるんじゃね?」
「ま、そうなるだろうなぁ。だが、ここ数日の言動から察するに連中はもうそんなあたり前のことすら判らないくらいに頭のネジが飛んじまってると考えておいたほうが良いだろ?」
「ソレはまぁ……確かに」

 実際、そうとしか考えられない。
 欲望に忠実……といか考えなしの馬鹿になっているという印象しかない。
 本当にコイツが言っていたような頭が切れるような連中だったのかと疑いたくなるレベルでだ。

「伝え忘れたのはソレだけだ。後は俺の上司がアンタをスカウトするように言ってきたくらいだが……」
「入る気はないぞ? 傭兵団なんて物騒な場所は」
「そういうと思ったよ。だから今度こそ伝えることは伝え……って、やっべ、ちょっと話し込みすぎた。と言うわけで俺は行くわ! それじゃな!」

 言いたいことは全て言ったのか、あの緋爪のアサシンはまくしたてるように言うと今度こそ去っていった。
 それにしても忙しないと言うか、落ち着きのないやつだったな……
 俺を襲った時はあんなに寡黙だったのに、アレがアイツの素なんだろうか。

「キョウ、お話は終わった?」
「ん……多分な?」

 今度こそ、三度目の正直とばかりにさっさと扉を抜けて、俺達は食堂へ向かった。
 あのまま留まっていたら、何かまた誰かが訪れそうだったから、さっさと部屋を出たかったという意見は、まぁ否定はしない。
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