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二章

九十五話 鬼

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 王様は難を逃れたが、王様の周りには近衛騎士達が居たわけで、その騎士たちの目の前に『鬼』が立ちはだかっていた。
 当然、場は大混乱だ。
 騎士たちは厳しい訓練の賜物か、或いはその恐怖からか、突如降って湧いた脅威を前に即座に戦闘態勢を整えてしまっていた。
 つまり――

「う……お……!?」

 腰に吊るされた、誰よりも頼りになる武器につい手が伸びてしまい――

「馬鹿者! 抜くな!!」

 咄嗟の行動をだったのだろう。
 だがその行為の代償として、次の瞬間には剣を抜いた者達の下半身はそのままに、上半身が消し飛んでいた。
 分厚い鎧などまるで意味がない。
 振り払うようなぞんざいな打ち払いで、まるで風船を割るかのように兵士達の上半身が破裂していた。
 おいおい……洒落にならんぞアレは。
 防御とかそんなものでどうこうできる力じゃない。
 あんなものを受けようものなら防御の上から叩き潰される。
 どう考えてもレベルの桁が一つ違うだろアレは。
 エドワルトのときのような小細工でレベル差をどうこう出来るような力量差じゃねぇわ。
 
 目の前で起きた大惨事と王様の叫びによって正気を取り戻した残りの騎士たちは何とか剣を抜く衝動をこらえ、それが彼らの命を救っていた。
 『鬼』は恐怖で引きつった騎士たちをじっくり観察するように顔を寄せている。
 たった今、一瞬で同僚を叩き潰してみせた怪物が目と鼻の先に居る事への怒りと恐怖を、生き残った騎士達は何とか堪えられている。
 アレは怖い。
 圧倒的強さの怪物と、息が届くような距離で睨めっことか下手なホラー系ゲームより遥かに怖いだろ。
 こんなのチビっても誰も文句言えないわ。
 だがこの状況を改めて見返してみると、確かに殴り殺せるだけの距離に寄っていても、情報通り剣を抜いていない人には一切手を出していない。
 さっき咄嗟に抜いてしまった騎士達の周囲にはまだ混乱した他の騎士たちも居た筈だ。
 だが、狙い撃ちするかのように正確に武器を抜いた騎士だけを叩き潰していた。

 となると、『鬼』の行動原理がますます分からない。
 てっきり、一部の草食獣が時折見せる過剰防衛――肉食な訳でもないのに、非常に獰猛な防衛行動によって時に肉食獣すら殺してしまう――の様なものだと思っていたのだが……
 『鬼』は明らかに武器を抜いた人とそうでない人とで攻撃対象を選り分けているように見える。
 敵意がある者だけを正確に殺す。
 別の見方をすると、敵意のない者を殺さないように配慮しているとも取れる。
 となると、本能で暴れているバケモノではなく、明確な知性を備えているという説が浮上してくる。
 なのに、こちらとコミュニケーションを取ろうとしているようには全く見えない。
 配慮は見えるのに、行動が伴っていないのだ。
 ……ホントに一体あの『鬼』ってのは何なんだ?

「……ん?」

 脅威を前に、しかし何も出来ねぇやと現実逃……状況を棚上げにして考えに没頭していたところをクイクイと袖を引っ張られた。

「え、何?」
「こんな状況で言うのもどうかと思うけど、さっき『王様』って叫んだっしょ? 咄嗟に口をついて出ちゃったんだと思うけど人前では『陛下』って呼ばないと……周りの騎士から凄い目で見られてたよ?」
「え、やべ、まじで?」
「マジで」

 口を挟まないがエリスもコクコクと頷いていた。
 緊急事態とは言え、つい咄嗟に言葉が出てこなくて王様呼びしちまってたか。
 陛下って普段口にしないからなぁ……
 とはいえ、そんな要らないことで敵を作るのも馬鹿げてるし、気を付けねば。

「ところで、どうすんのこの状況?」
「どうもしないのが正解じゃない? 実際武器抜いた瞬間死ぬってのは確定したんだし」

 実際の所、今陥ってる状況を端的に表すのなら、タチの悪すぎる睨めっこだ。
 正解であろうヒントを得てはいるものの、相手は何を考えているかわからない上に、少しでも間違った行動を取れば即、死が待っているとか難易度高すぎだろう。
 というか見た目の怖さと迫力ありすぎる気配のせいで、うっかり武器抜いちまっても責められんぞあんなの。

「えぇ~~……普通、こういうのって勝てない相手とでも強制戦闘になって、敗北後に話が進むとかそういう流れなんじゃないの?」
「だから、そういうゲーム然としたイベントじゃないって言ったでしょうが……そもそも本鯖は兎も角、こっちではNPCの蘇生とか見たことないし、プレイヤーと違って死んだらそれまでの可能性が超高い。気軽にNPCだからって巻き込んじゃ駄目だって」
「あぁ、そうだった。製品版の方だと割とイベントNPCがぽこじゃか死んでは蘇ってるの見てたから忘れてたよ」

 まぁ、ゲームならソレが普通なんだけどな。

「少なくとも俺の周りでは近所付き合いとかNPCとの人間関係は大事にするようにって最初に約束したっしょ? ……というかそもそも俺が死んだ時の痛みに耐えれるかもまだ解ってないのに全滅イベントかどうか確かめるとか嫌だよ」

 システム的には問題ないらしいと言うのはわかってるが、死ぬほどのダメージを俺の精神が絶えられるのかが非常に怪しいし、死ぬかもしれない一発勝負の実験なんてしたくもない。
 つまり検証のしようがない。

「強制敗北イベントとかでもない限り、死なないで進められる可能性の方を選ぶよ俺は。それになぁ……」
「それに?」
「さっきの話だけどさ、確かに強制負けイベントがRPGには割と多いのは知ってるし、進行状況に対してあまりに敵が強すぎる時とかはまっさきにその可能性が頭に浮かぶさ。ただ……」

 必ずしもそうとは限らないってのも知ってるんだよなぁ。

「俺の好きだったシリーズ物のRPGには、ほぼ必ずと行っていいほど初見殺しのボスが混ざってたんだよ」
「今どきのRPGで初見殺し?」
「シリーズ通してプレイしてる人にとっては『ついに来たか』って感じのお約束要素でさ? 普通にやるとよほど運が良くないとまず全滅するのさ。初見の実況配信者とかが負けイベントだと思って全滅したらGAMEOVERになって唖然となるのが恒例行事なんだよなぁ」
「そういう可能性を身にしみてわかってるから、安易に負けイベントを選べないって事?」
「そゆこと。……まあそれだけでもないんだけどさ」

 今の例は、少々特殊なたとえだったかもしれない。
 お約束とはいってもそれはあくまでそのタイトルの中での話だからな。
 だけど、そういう特殊な状況でないものでもお約束として考えた場合、やはり迂闊に負けイベントの可能性に頼るべきではないと思うんだよな。

「例えばイベント中に、今みたいに戦わない選択肢を選べる……要するに強制戦闘じゃない状況でありえないくらい強い敵に喧嘩売って死んだ場合、普通ゲームオーバーでイベントの最初からやり直しってパターンのほうが多いと思わね?」
「あぁ……うん。それは、そうかも」
「戦わないことで話が進まない場合、なにかフラブを見落としてるってことも有る。強制戦闘イベントじゃない限り無茶はするべきじゃないよ」

 まぁ、そう考えるに至った理由は、過去にゲームで嫌というほど味わった失敗の影響なんだがな。
 RPGでもとんでもなく長時間のイベントを見せられた挙げ句、いざボス戦といったところで突然の初見殺しを食らい、バトルリスタートなんて機能はなく、ロードしてみればまたスキップ不可の長時間のイベントを見せられる……なんてのが割と当たり前にあったから、敵が強すぎる程度の理由であっさり死のうとは考えられなくなった……という超絶個人的な理由だったりするんだけど。
 今も、じっと品定めをするかのように周囲を見渡すようにしている『鬼』の様子を見るに、これがたとえ組まれたゲームイベントであったとしても、逃げられる、或いは戦闘を回避できる方法が存在するのなら、状況的にもよるが戦わずやり過ごす方が正解――要するに戦いになった時点でデッドエンドルートだと考えるんだよな、俺だったら。
 強制負けイベントなら、戦いたくなくたって無理やり戦闘に突入するだろうし、そもそもこんなふうにボスを前にして、余計なことをペラペラと喋っていられる状況が許されてる時点で、選択肢が残されてるってことだろう。

 ――さて、こうして話している傍らで『鬼』の観察を続けていたわけだが、その甲斐あってか幾つかの情報を手に入れることができた。

 まず、鬼は会話に全く興味を示さない。
 普通そこらの獣であっても声には敏感に反応する。
 ましてやさっき王様は剣を抜いてしまった部下に対してかなりデカイ声で怒鳴りつけていたにもかかわらず、『鬼』は全くと行っていいほど興味を示していなかった。
 また、武器を抜いた相手には神速と言えるほどの速さで反応して殺しにかかるが、自分から逃げようとする動きには殆ど反応しなかった。
 派手に転んだ騎士にも反応しなかったところをみると、急な動きに反応しているわけではなく明確に武器を抜いたという特定の行動に対して的確に反応している。
 これは、周囲の騎士達の中から的確に武器を抜いた当人だけを狙い撃ちしてみせた事からも間違いない。
 これらの事から、反射的に音や動きに対して行動しているわけではないという事が分かる。
 つまり、現在解っている情報では、確かに錬鉄の二人の提示した情報の通りだったと言うことだ。

 これで錬鉄傭兵団がこの国に対して害意をもったアドバイスをしたという線を排除できる。
 なんせ、今回に関しては彼らが何も言わなければ騎士達が勝手に自滅していたと考えられるからな。
 もちろん、そうした上で何かしらのアドバンテージ――例えば今回のアドバイスに関しての恩を売るとか、錬鉄傭兵団として何らかの理由で今王国に倒れられては困るとか、そういった思惑はあると思うが……

「キョウ」

 とうとつにエリスに袖を引かれて振り向いてみれば、王様の方を指さしている。
 何事かと視線を向けると――思いっきり王様と視線があった。
 エリスって周りに人がいるとあまり会話に参加しないけど、とにかく周りをよく見てるんだよなぁ。
 おっと、そんな事より今は王様の方だ。

「ハイナの者達、近う」

 俺たちがこの状況でべらべらと会話していた事で、動きや言葉に『鬼』が反応しないということに気付いたのか、王様の方から声をかけてきた。
 応じて王様の前に歩いていく間も『鬼』の様子は確認していたが、歩き出した俺たちの事を目に止めはしていたが、やはり何かしようとするでもなく、周囲を歩き回っているだけだ。
 敵対行動に対して過剰反応するが、刺激さえしなければ本当に無害なのかもしれない。
 見た目が恐ろしすぎて、先制攻撃を誘っているとしか思えないのはどうかと思うが……
 これなら少しは安心できるか?
 さて、『鬼』はそれで良いとして、俺たちを呼びつけた王様についてだ。
 その言葉遣いと、いかにも面倒くさいというあの表情だけを見ると、子供向けの物語に出てくるいかにも意地悪な王様って感じなんだが……まぁこの王様の性格的に、わざわざ声をかけて呼びつけるよりも自分でこっちに来たほうが速いのに面倒クセェとか思ってるんだろうな、コレ。
 立場が立場だから部下たちの手前、王である自分からは軽々しく動けない……って感じなんだろう。
 思ったことがすぐ顔に出てる気がするんだが、王様として大丈夫なのかそれ。
 本人も言ってたが、性格的に本当に王様とか向いてないんじゃないのか?
 いやでも、国自体はかなり栄えてる感じだし、正確が合わないだけで王様としての資質はかなり高いのかもしれない。
 さて、呼びつけられた理由ってのは、さっき何か言おうとしていたことの続きかね?

「緋爪の包囲を突破してここにたどり着いたお前達を見込んで一つ頼みたいことがある」

 この期に及んで突破力を買いたいとくれば、当然俺達への用事ってのは――

「お前たちに都への伝令を任せたい」

 という事になるわな。
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