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二章

九十四話 情報Ⅱ

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「致し方あるまい、今回の件であのバケモノに対して剣を向けることは禁ずる!」

 その言葉に対して、味方のはずの騎士団がどよめく。

「正気ですか、王よ!?」
「外様の者の言いなりになるおつもりか!」
「この戦で散った者たちの命をなんと心得るのですか!?」

 騎士団の中でも偉い人っぽい格好をした人たちの幾人かが怒声を上げる。
 ……が、騎士たち皆がそうなのかと言えば、現場の人っぽい騎士たちはそれを面倒くさそうな顔で見ているあたりそういう訳でもないらしい。
 それはどうやら下っ端だから……というだけでもないようだ。

「貴殿等は王の御意向に従えぬと? 我等は国と王の下僕であり剣ではなかったか?」

 怒声を上げる者たちに対して、いかにも老将って感じの人が静かな声で問いかける。
 なんというか見るからに重鎮って感じで発言力も高そうな見た目だ。
 別に知り合いでも何でもないから、見た目はともかく中身までは知らんが。
 だが、そんな見た目凄みのある爺さんの言葉もヒートアップした連中の耳には入らないようだ。

「国に忠を尽くすからこそ、このような判断はしてはならぬと諫言致しておるのだ!」
「これが国外での有事ならまだ理解もしよう! だが外様の言に惑わされて、我が国内で起きた戦から目をそらし日和見を決め込む事などあってはならぬ!」
「では貴殿らにはアレを倒す秘策をお持ちであると?」
「たった一匹の獣に策など必要ない! 数で押しつぶせば事足りるであろうが!」

 いやいや、アレに力押しは無理だろ。
 外の惨劇が見えてないんだろうか。

「先程の話を聞いておらなかったのか? そのたった一匹が我が騎士団の主力部隊と、それと互角に戦える傭兵団の双方を敵に回して壊滅せしめたのだぞ? 貴殿ら近衛ここ20年以上も戦の経験が無かったと存じるが、先日の戦でも最前線で戦い抜いた黒虎騎士団よりも戦いに優れておると申すのか?」
「貴公! 我が近衛騎士団を愚弄する気か!?」
「儂は問いを投げておるだけなのだが……話題をそらさないで頂きたい。即座の回答をそらすその態度がすでに後ろ向きだと言うのに、一体何故そこまで戦いに拘りなさる?」
「ぐ……ぬ……」

 おぉ……リアル「ぐぬぬ……」だ。
 口に出してやる人始めてみた。
 というか、どう考えても老将の人の言ってることの方が正しいんだが、何故叫んでる連中は考えなしに突撃したがってるんだ?
 頭に血が上って、更にプライドを刺激されたことでまともな考えができなくなってる?
 状態異常のアイコンがあれば『混乱』とか『狂化』とかが付いてる状況なんだろうか。
 いくら頭にきてもああはならないように注意したいな。
 つっても普段冷静でもキレちまったら、その冷静さも吹き飛んで短絡思考になっちまうってことだろうから……まぁ心の持ちようか。

「あれに比する手段がない以上、無駄に兵を散らせるわけにもいかん。手を出さなければ襲われぬという事が確信できれば、それこそがあの怪物に対する最大の対処法となるのだからな。むしろ今はいたずらに手を出し刺激する事こそ国益に反することと知れ!」

 埒が明かないとみたか、王様が再度、これは覆らぬと伝えるように決定を言い放った。
 流石にここまで言われては、王宮務めの騎士たちの中に食い下がるやつは居ないだろう。
 信じられないくらい幼稚なこの国の貴族ならともかく、近衛の騎士を現役で務めているくらいだし、流石に頂くべき王に逆らうようなのは居ない……はず?
 さて、その王命の効果の程はと言えば――
 まぁ、案の定というか皆大人しくなった。
 よかった、一部融通の効かないというか、短絡的なのも混ざっているようだが近衛の騎士まで阿呆の巣窟になっていなる訳ではないようだ。
 一先ずこれで、方針の一つは固まった。
 やることは単純明快だ。
 アレの前で武器を抜かない。
 言ってしまえばただの戦闘放棄なんだが……インドの偉い人的な対応だと思っておけば、まぁ。

「ところで、いい加減アレの呼称を決めたほうが良いのではないか? 『アレ』だの『ヤツ』だの『バケモノ』だのでは、今はともかく遠方で何かが起きた際、特定に困ることになろう。今後もアレが暴威を振るう可能性がある以上、対応に差し障りが出てくるのではないか?」
「それは確かに……」

 今後、アレに関わる報告で『アレ』とか『ヤツ』とか『バケモノ』とか曖昧な呼称で呼ばれても、確かに言われた方は常にアレのことだけを考えてるわけにも行かないし、突然そんな風に言われても「誰だよそれ!」ってなるわな。

「ふむ……錬鉄の、お前たちはアレをなんと呼んでいるのだ?」
「ウチですかい? 我々は遭遇したのがアラカンド平原での戦中だったんで、単純に『アラカンドのヤツ』だの『アレ』で済ましてますけど……そういえば団長は『鬼』と呼んでましたかな」
「鬼……? あのお伽噺に出てくる戦の亡者か?」
「ええ、四本の腕に二つの頭を持つというアレです。まぁ、アレは頭は一つですけど、団長のなかではひと目見てイメージが合致したんでしょうなぁ」
「ふむ……。ならば、最初に発見し名付けたと言うことで、我々もその名を拝借するとしよう。今後はあのバケモノは『鬼』の名で呼ぶものとする!」

 この世界にも鬼って居るのか。
 ……といっても話を聞く限り虎島パンツに角が二本といった日本人が想像する鬼の見た目からはだいぶ離れているような気もするが。
 どちらかと言うと、三面六臂の阿修羅のイメージだろうか。
 ――そういや阿修羅も鬼神とかそんな感じの存在だったハズだし、あながち間違ってないのか。
 中世ファンタジーかと思えばサバンナ要素在りで、和風?なテイストが出たと思えば今度はインドか。
 ごった煮すぎるだろ。
 ああでも、多腕の怪物って結構いろんな神話とかに出てくるから一概に阿修羅モチーフと決めつけるものでもないか。

「それでは、我々は今後どう行動を取るか……だが」
「最善はさっきも言ったとおり、何もしない事ですな。アレは災害のようなもの。手を出そうとすればするほど被害は大きくなる。まず考えるべきは被害を以下に出さないようにするかです。アレ……『鬼』を前に撤退や不戦を臆病だと嗤う者が居るのなら、そんな愚か者は好きなだけ嗤わせてやるがよろしい」
「最近は大地竜狩りも果たしたという錬鉄の副団長が、これだけの騎士達の前で臆病者の誹りを敢えて受けると……そこまで重ねて言うのであれば無視するわけにもいくまい」

 確かに、最強の一角って言われる程の傭兵団のナンバー2が、臆病と笑われてでも戦いを避けるべきだと繰り返し強硬に進言するなら、無視するべきじゃない。
 そこにはいい意味でも悪い意味でも必ず理由があると考えるべきだ。
 売り文句の精強さを損ないかねない徹底した不戦勧告から考えられるのは

1:何らかの事情により『鬼』を騎士達に倒されては困る
2:倒すことが出来なくても手を出されては困る

 即座に思い浮かぶのはこの二つ。
 1に関しては、選択肢としてはあり得るかもしれないが、まぁ今回は考える必要はないだろう。
 門前の虐殺を見れば分かるが、今この場にいる全員が力を合わせた所でアレを倒せるとは到底思えない。
 直接戦ったことが有るというあの副団長の人なら、俺なんかよりもずっと理解しているはずだ。
 となると考えられるのは2の方だ。
 手を出されては困る……理由としては多岐にわたるが、言い分である『下手に手を出して巻き込まれては堪らない』というのは十分納得できる理由だ。
 当然、他の思惑が有る可能性も大いにあるが……他のどんな理由があったとしても今は問題じゃない。
 たとえ錬鉄傭兵団に何らかの思惑が有るにせよ、それに乗らなければ今この城にいる全員が皆殺しにされかねない状況なのだから、ここは不戦の提案に乗っておくべきだろう。
 
 やることは簡単だ。
 門前で暴れている猛獣に対して、門を閉じて引きこもればいい。
 暴れているのが人食いの大虎というのであれば、国民を守る騎士が民草の危機を放置するのかと避難されても仕方ないが、手を出しさえしなければ害のないヤマアラシだと言うのなら話は変わってくる。
 騎士だって国民の一人だからな。
 手を出さなければ都に害が出ないというのなら、面子にこだわって『鬼』を攻撃するよりも、大人しくして騎士達の損耗を可能な限り抑えるべきだろう。
 もし予想に反して『鬼』が都を襲うようであれば、その時は腹をくくるべきなんだろうが、今はまだその判断を下すべきときじゃない……と思う。
 って、そうだ都だ。

「あのー、ちょっと良いですか?」

 とりあえず殺気立った騎士達をできるだけ刺激しないようにおずおずと挙手してみせる。

「む……? 何だ、何か意見があるなら申してみせよ」

 俺の意思を汲んでくれたのか、王様自らが先を促してくれる。
 いや、ホント助かるわ。
 かなりへりくだって低姿勢を見せたのに周りの騎士の視線が敵を見るかのように鋭いんだもの。
 普通、こういうのは王様の意を酌んで周りの人が先を促したりするもんだろうに。
 そう言うのは文官の仕事で、ここに居るのは騎士達武官ばかりだから気を使える人材が居ないって事なのか?

「ここで、騎士様方があの『鬼』というのに手を出すにしろ出さないにしろ、『鬼』がどう動くのかわからない以上、今のうちに都の方には決して武器を抜かないようにっていう知らせを飛ばしたほうが良いのではないかと思うのですが……?」

 緋爪を蹴散らした『鬼』が、こちらを無視して人の多い都側に移動する可能性だって充分ある。
 都の守衛や民間人があの『鬼』の姿を見てうっかり武器を構えようものなら、大惨事になる。

「む……確かに相手がこの城を狙っていた緋爪ならともかく、あの『鬼』めは城を狙うかどうか怪しいところだ。場合によっては街に向かう危険性も有る……か。其の方の言う通り急ぎ知らせる必要があるな」

 俺の言いたいことはちゃんと伝わっているようだ。
 わざわざ意味まで口に出したのは、理解してない騎士達に俺の言葉の意味を知らせるためか。
 なんか変に気を使わせちまったな。
 最初から全部おれが口に出して説明するべきだったか?
 でも、あの騎士達が俺の言葉を素直に聞き入れたかと言われると……あんな視線を飛ばしてくるようだしなぁ。
 平時であれば多分話くらい聞いてくれたんだろうが、非常事態で皆気が立って攻撃的になってるのか。
 まぁ良い。
 とりあえず伝えるべきことは伝えられたしあとは……
 と、つい考える時の癖で空を見上げて見れば、偶然そこにとんでもないものを見つけてしまった。 

「……ふむ、そうだな。であれば、ここは……」
「王様! 上だ!」
「ぬ……ぉ!?」

 俺の警告は、何とかぎりぎり間に合ったらしい。
 砲弾が着弾したかのような衝撃に広場が揺れる。
 とっさに身を躱した王様は乱入者に巻き込まれずに済んだようだ。
 このタイミングで乱入してくるような奴は限られている。
 着弾点で悠然と立ち上がり周囲を睥睨するようにしているのは、当然ながら例の『鬼』だった。
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