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二章

八十七話 逆撃Ⅳ

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  ◆◆◆

 まずい状況にあると自覚はしていた。
 だが、ここまでなのか?

「集まれたのはこれだけか」
「俺達は3人やられた。エルマーの隊は……」
「全滅か……」

 探索を初めてまだ1時間たらず。
 ある程度地域を絞ったとはいえ、その範囲はかなり広い。
 その広い範囲の中を、散っていた部隊すべてに損害を出して、しかも一部隊は丸ごと全滅だと?
 いくら月狼が強力な獣だとはいえ、こんな広範囲に散った団員を周囲に気付かれずに狩っていくことなんて可能なのか?
 森の中だけに絞っても、獣の足の速さを考慮したうえで、姿を隠し、敵を索敵し、秘密裏に倒し、痕跡を残さず森の正反対側に至るまでの広範囲で狩りを繰り広げるなど、不可能に感じる。
 一部隊に対する攻撃であればまだわかる。
 だが、3部隊同時にとなると、どう考えても時間が足らない。

「俺は直接目にしたことがないんだが、月狼というのはここまで化け物じみているものなのか?」
「いや、いくら月狼が強いとはいえ、これはいくらなんでもおかしい。確かに強さだけなら俺達を皆殺しにできても不思議じゃない程度に化け物時見ているが、襲撃範囲があまりに広すぎる。二体いるならあるいは、というところだが……」
「二体いるという話は聞いていないぞ」

 さすがに、スカウト連中がアレだけの化け物を見逃すとは思えん。
 となると……

「敵は、月狼だけじゃないという事……だな」
「ああ、女子供は解らんが、一緒にいた男が、狼とは別に動いていると考えていいだろう」

 そう、手分けして当たっているとしか思えない。
 それなら、この広範囲にわたる被害範囲にも説明がつく。
 だが……

「それはつまり、その男も一人でこちらの隊員を二人以上、下手すれば三人を同時に始末できるだけの実力があるという事か」
「そういう事だな。……正直、言いたくはないがエルマー隊を壊滅させたのが月狼の方であってほしいところだ」

 強力だが大した知性の無い獣であればまだ良い。
 人手さえ集めれば力押しの獣など対応方法はいくらでもあるからだ。
 問題なのは暗殺じみた手段とは言え、たった一人で10人の部隊を壊滅させたのが人間の手によるものであった場合だ。
 そこまでの使い手となると流石に俺達の手に余る。
 この団に所属する猛者であっても、苦戦せずに撃退できるような奴は相当限られるだろう。
 というか、現状、どちらにしても既に俺達だけでは対処不可能だ。
 既に半数が消されてしまった以上、もはや評価がどうのと言っている状況ではない。

「既に俺達だけで月狼を補足するのは無理だ。補足してしまえばそれは俺達の命運が尽きた事と同意だろうな」

 ――こいつの言うとおりだ。
 残っているのは俺の隊に6人、マークの隊に7人、エルマー隊は0だ。
 29人居たのが、今じゃ13人、半分以下だ。
 既に狩られちまった人数の方が多いのに、このまま任務を続行するのはただの自殺行為と何も変わらない。
 損切というにはあまりに遅すぎる判断だが、今決断しないと俺たち全員がエルマー隊の二の舞になる。

「本隊に誰か伝令を出そう。俺達の立場は間違いなく悪くなるが……」

 マークがそう聞いてくる。
 確かに妥当な判断に聞こえる。
 俺達だけで対処できないという意味ではその判断にはこちらも大賛成だ。
 だが――

「それはダメだ」
「しかし……」
「行くなら全員でだ。伝令なんて言っている余裕はない。全員で逃げ帰る」

 今やプライドがどうこうなどと言っている余裕は皆無だ
 生き残るためにはどんな情けない手段だって取ってやる。

「俺達は完全に読み違えたんだ。月狼を従えているとはいえ、所詮田舎のガキ共などどうとでもなると、大して確かめもせずに自惚れた。蓋を開けてみればこのザマだ」

 相手だって命を狙われたんだ、憤りもするだろう。
 だがここまで苛烈に、かつ徹底的に潰しにかかるとは思いもよらなかった。
 これではどちらが嬲られているというのか……
 いや、そもそも、辺境の田舎でろくに戦にも関わったことのない筈のただの『飼い主』達が何故ここまで戦えるのか。
 コチラの判断も間違っていたが、そもそもの前提情報……襲撃を企てる際に渡されたスカウト共の情報が片手落ちだったというのがデカイ。
 この失態を俺達だけのせいにされるのだけは我慢ならん。
 その為にも、まずは生き延びて現状の報告を……

「っ!? 散開!!」

 マークの叫びに咄嗟に身体が反応したのは、昔とは違い人の上に立つ事になって尚、己の身体がまだ鈍っていないという証か。
 飛び退った俺の目と鼻の先を漆黒の何かが通り過ぎたと、そう理解した瞬間には地を叩いたその何かの衝撃によって全員が弾き飛ばされていた。
 直撃を受けていれば死体も残らなかっただろう。
 動いてくれた自分の体に喝采をあげたいほどだ。

「距離を取れ! まともに戦おうと考えるな!」

 俺達を攻撃した影は、その突撃の勢いのまま反対側森のなかに飛び込んでいたが、茂みの奥から響いてくる足音から、もはや隠れての不意打ちを狙うつもりはないようだ。
 木枝を踏み折りこっちに近付いてきているのがハッキリ聞こえ、相手もそれを隠す気がないようだ。
 俺達を襲ったその巨体と、地面に残るその爪痕からも相手が人間ではなく月狼であることを物語っている。
 相手が化け物じみた強さを持つ人間でなかった事は、間違いなく安心要素の一つだ。
 下手な強さよりも、視界の悪いこの森の中で人数で勝る俺達を狩り続けるそのサバイバル戦知識こそが恐ろしいからだ。
 だが、逃げの一手へと方針を変えた今、その考えは真逆へとなっている。
 相手が獣だとなると時間稼ぎ等の駆け引きが一切通じない。
 獣と人とでは速度が違いすぎる。
 まっすぐ走って逃げても追いつかれるし、なら障害物の多い森の中なら小回りの効く人が有利かと言われれば答えはノーだ。
 一歩を踏み出す力が違いすぎるのだ。
 小刻みな方向転換があろうが、結局の所爆発的な身体能力を前にすれば
 人と違い言葉巧みに誘導して足止めといったマネが通用しないのだ。

「出てくるぞ! 警戒!」

 考える間も与えてくれない。
 俺達の焦りをあざ笑うようにそれが姿を現す。
 こちらの身の丈の倍はあろうかと巨躯と、発達したその四肢は、まず切り結ぶという行為の無意味さを否応なく伝えてくる。
 圧倒的な体格差と、その巨躯から発される威圧感は確かに圧倒的な実力差を否応なく思い知らせてくる。
 ……だが。

「何だ……こいつは……?」

 俺達の前に現れたのは、月狼でも、その『飼い主』達でもない。
 漆黒の異形がそこに居た。

  ◆◆◆

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急ぎの用事が入ったため次の更新は4~5日後になると思います。
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