ν - World! ――事故っても転生なんてしなかった――

ムラチョー

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二章

七十九話 密談Ⅲ

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 ぐうの音も出ない俺を置いて少し何かを考えるかのように動きを止めたシーグラム氏。

「ふぅむ、例えば……そうだな。そこの娘はかなり鍛えていると見える」

 唐突に、チェリーさんを見てそんな事を言いだした。
 確かにチェリーさんは俺よりも遥かにレベルが高い。
 フィジカルステータスだけで言えば数値上は倍は離れてるはずだ。

「立ち居振る舞いから見て、恐らく実戦経験も豊富なんだろうな」

 ゲームのレベル上げは基本実戦でモンスターを倒して、その経験値でレベルを上げる訳だから、そういう意味では確かに実戦経験も豊富かもしれない。
 それを一目で見抜くとか、本当に見ただけで相手の力量がわかるタイプの人なのか。
 スゲェな。
 ハティの危険度は、見るからにヤバそうって判るんだが、一見鍛えているとは判りにくいチェリーさんの強さまでとなると話は違ってくる。
 漫画とかで「目の前の相手の力量差も見抜けないやつは二流」とか言ってる頭のおかしい奴が時折居るが、正直なところ力量差なんて見た目で判る奴なんて居らんやろ~って思ってた。
 ……んだが、実際にいるんだなぁ。
 
「体作りで上回り、実戦経験も豊富で……だが、俺はそこの娘をお前程驚異には感じない」

 うん?

「あら、そうハッキリ言われると、傷つくわぁ」

 それまで沈黙を続けていたチェリーさんが話を振られて参加してきた。
 というか、全く傷ついてるようには見えないんですけど?

「間違っていたか?」
「いいえ、正解。まだ私じゃキョウくんには敵わない」
「だろうな」

 お互いに迷いなく言い切ったな。
 まぁ、確かに今のチェリーさんにはたとえレベル差があっても負ける気はしない。
 色々とまだ考え違いしているところが多いからな。
 それについて教えようとしたこともあるが、ネタバレは要らないから自力で答えにたどり着くと言われてしまったので、今は放置している。

「うぅん……もしよろしければ、どうしてそう見抜けたのか教えて頂けないかしら?」
「ふむ……そうだな、普段であれば自分で考えろと突き放すところだが……お前達には少なくない負い目もある。ここは素直に答えてやるとしようか」

 おや、意外と話せるようだ。
 聞いた本人であるチェリーさんの方が予想外の返答に驚いてるし。
 実は俺も「知らんな」とか言って終わりだと思ってた。

「今までの会話の間、お前さんは常に俺の言葉に集中していたな? 恐らく俺の言葉の中に罠が潜んでいるんじゃないかと警戒しての事だと思うが、どうだ?」
「その通りね」

 え?
 あ、そんなところ気にしていたのか。
 やっべ、詫びって事だったから言葉通りの意味合いでしか全然警戒してなかったな。

「その警戒心は大事だし、警戒自体何も間違っては居ない。他人の言葉を疑わずに信用するのは馬鹿のする事だ」

 うぐ、コレは遠まわしに俺が馬鹿だと……
 まさか、俺が相手の動きにばかり集中して、言葉の方に意識が向いてなかった事、思いっきり気づかれてたか?

「だが……今回の件では俺はお前達の話を聞く側の立場だ。対等な交渉でも、利益の奪い合いでもない事実確認に過ぎないこの対話で注意するべきは言葉の裏ではないだろう」
「あ……それは、確かに」

 ……あれ?
 話の流れが思ってたのと違う……

「コイツは、俺が話している間、常に重心を傾けている足を警戒していたぜ? 俺が重心を変える度に軸足を切り替えて……ってのを繰り返してたせいでかなりソワソワして面白かったが」

 あぁ、やっぱりバレてたのか。
 まぁバレるようにやってはいたんだが。
 っていうか、妙に意味なく重心揺らすからなにかと思ったら遊んでたのかよ!

「不必要な所に気を配っていたお前さんと、必要な所をきっちり押さえているコイツとでは、此方に掛けられる圧も当然ながら違ってくる。無論、今回の話し合いで俺が仕掛けるつもりは毛頭なかったが、『動きを見られている』と思わせられた時点で相手に対する評価が変わるものだ」
「つまり、私は的外れなところに力を入れていたと言うこと?」
「有体に言ってしまえばな」

 要するにチェリーさんがやっていたのは嘘なんて言うつもりがない相手の嘘を必死で暴こうとしていたという骨折り損だったという事になる。
 当然嘘を付くかどうか解らない状況では、そんなものは結果論だと言いたくもなるかも知れない……が、さっきシーグラム氏が説明した通り、判断材料はちゃんとあった訳だ。

 まぁ、正直な話、実は俺はそれに全く気がついていなかったんだが。
 俺がやっていたのは、たとえどんな流れであろうと、不用意な動きの予兆を見逃さないという単純な行動だ。
 相手が友好的な態度で寄ってきても、油断してはいないと相手に知らせる意図でわかりやすく観察していただけだ。
 というか、言葉の方は素で思いついてなかっただけなんだが、コレは黙っておこう。

「注意力は必要な場面で必要な相手に注いでこそ価値がある……という理解で良いのかしら?」
「相手の気配を見るっていうのはそういう事だな。直感とかそういったフワッとしたものではなく、相手が何を考えていて、その為に次にどう行動するのかを理解して視線やちょっとした動きによって相手の出方を押さえる、立派な技術の一つだよ」

 比喩でも何でも無く、文字通り気を配る先を読んで押さえる事が、気配を読むという意味だとそういう事だな。
 ちなみにこれ、ガーヴさんから教わったわけではなく格ゲー時代に仕込んだ技術だったりする。
 気配を読む……というのは別に相手が目の前に居なければ出来ない訳ではない。
 ディスプレイ越しであっても、判断材料さえ揃っていれば読み合いに発展するのだ。
 対戦ゲームで相手の虚を突くのは、中級者以上になれば当たり前のように必要とされる技術だったからな。

 例えば格ゲーであれば――
 1:相手が間合いを詰めてきそうなら技を『置く』。
 2:相手が技を置きそうなら置かれた技に『差し返す』。
 3:相手が差し返しを狙って様子を見るようなら間合いを『詰め』る。
 といった3すくみがある。

 この関係を理解せずにただ前に出て攻撃を振り回すだけの相手には、技を置けば勝手にくらいに来てくれるし、置きを嫌がった相手が躊躇ったのを見て間合いを詰める事も容易にできる。
 だが、上位勢になれば当然理解してくるから、牽制や様子見といった行動が見られるようになる。
 そうなった時初めて相手の手を考慮して……つまり気配の『読み合い』という技術の重要性が出てくる訳だ。
 格ゲーに限らず対戦ゲームであれば読み合う対象は違ったとしても……例えば将棋やカード、それこそじゃんけんですら、ある一定以上のレベルでは当たり前に行われるだろう。

 とまぁ、俺が格ゲーマーだから攻撃のやり取りで理解しているが、対人関係であれば攻撃の代わりに言葉や表情を用いて行われるだろうし、ほとんどの人が日常的にやっている事だと思う。
 ゲームの画面越しですらそれだけの情報量のやり取りをこなしているのだから、常にリアルで人と向かい合ってきたチェリーさんに出来ないハズはないんだがなぁ。
 チェリーさんはそれとなく相手の言動に集中して、こちらを引っ掛けるようなものが無いかに注力していたみたいだが、俺はその「それとなく」を「あからさまに」して相手に気づかせるようにしてやっていたという違いしか無いし。

「ちなみに、俺とコイツの関係では『動きを見られている』程度だったが、実力ある相手……例えばそこでニヤニヤしているクソムカつく陛下相手だと『迂闊に動けない』となって、ただそれだけで相手への威圧になるから、こういった小手先の技術も馬鹿にできない物だぜ?」
「お前、取り敢えず陛下ってつければ何でもまかり通ると思っておらぬか?」

 アンタこの前、取り敢えず陛下って言えば良いって言ってなかったか?
 ……しかし、そうか。
 同じ行動でも、それに実力が伴っているかどうかで受け取る方の感じ方が変わるってのは、今まで意識はしていなかったけど言われてみればたしかにそうだな。
 それに実力と実績がある奴は、ただ相手を観察するだけで威圧になるってのは確かにそうなのかも知れないな。
 実力者に見られてるって事実は良くも悪くも、警戒しちまうもんだからな。

「あ、それじゃちょっと質問なんだけど」
「ほう、なんだ?」

 おや、戦いに関わることだからか、バトルコンテンツ系廃人のチェリーさんが会話に割と積極的だ。
 βテスターとして俺についてきたのもゲーム内でお飾りの公式プレイヤーじゃない、ガチの強者になるためって言ってたからこういう話には結構貪欲に食いついていくつもりかな。

「物語でよく達人が強敵と出会った瞬間に、ひと目見て相手がヤバイって直感で気づく場面とかあるけど、アレって現実的じゃないって事?」
「いや、そう言うのは普通にあるぜ?」
「え? だって今の説明……」
「まぁ、世の中には例外ってのは何かと存在するもんだ。本当に相手を一切見ずに本能と雰囲気だけで力量を見抜くような奴が居ないわけではないが、今俺が言ってるのはそういう話じゃなくてだな」

 居るんか、超天才型。
 って、それは置いておくとして……じゃあどういう事なんだ?

「そこの王様は、判るやつが見れば只者じゃないってのはすぐに見抜ける……が、本当にヤバい奴ってのは、そもそも見抜けないんだよ。さっき言った小手先の技術がまるで通用しない相手って事だ。相手が目の前にいるのにまるで見通せない、見抜けない。だからこそ、たったひと目で分かっちまうんだよ」
「見抜けないから、ひと目で分かる……? ごめんなさい、それってどういう意味?」

 ああ、解らないことへの違和感って事か。
 それがどんな感覚なのかは分からないが、言っている意味はなんとなくわかった。
 力量を見抜かせないせいで気配の空白地帯になっていて、逆に悪目立ちするっていう意味……だよな?
 ていうか、さっきから口調が崩れてきてるな。
 これが素だろうか?

「伝わらんか……? そうだな、言ってしまえば幽霊みたいなもんだな。自分の周囲に当然のように感じている他者の気配が、そいつの所だけまるで歯抜けになっているかの様に途絶えている……或いは無視できないほど自己主張して見せてるんだから、あまりの違和感に嫌でも目が行くって事だ」
「なんとなく、解った……かも?」
「口で言っても伝わりにくいのかもしれんが実際そういう見方に慣れれば、俺が言っている意味がよく分かるだろうよ」

 核心に至れた……という感じではないけど、頭では理解できたって感じか。
 俺も理屈だけで、実感しているわけではないからあまり口を挟めないんだよな。

「おや、少し離れている内に随分と打ち解けたようだな」

 そんな雑談をしていたら、いつの間にか副団長の人と村長が戻ってきていた
 どうやら村長たちの方は話し合いが終わったようだな。

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