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二章

七十六話 祭りⅡ

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「ご機嫌ね」
「そりゃもう、良い香辛料の店を見つけられたからな」

 あれからいろいろな店を冷やかしていたが、その内の一軒で様々なスパイスを扱う店を見つけたのだ。
 流石に調味料や香草で生計を立てる国ということでどの店も種類は豊富だったが、その店は葉の状態の物だけではなく、ちゃんと加工済みの調味料として販売していた。
 この国では香辛料は誰でも処理できて当たり前的な考えなのか、現物そのものが売っている店が多く、加工方法がわからない俺では手を出し難いかったのだが、その店は観光人狙いなのか、買ってすぐに使えるものばかりを取り揃えていたのだ。
 しかも、金が無いから後日改めて訪れる事を伝えると、出ていく時にワザワザ簡単な香草の加工方法まで教えてくれた。
 この国の人間なら子供でも知っているからと、タダで教えてくれたのだが、俺にとってはかなり助かる知識だった。
 それに簡単には処理できないようなものも取り扱ってるし、金が手に入ったらこの店で買う気満々になっていた。
 それを見越しての知識のサービスであったならかなりの商売上手なのだが、俺にとっては役に立つ情報で気分も良いので何の問題もなしだ。

「そういうチェリーさんもなかなか機嫌が良さそうじゃないの」
「そりゃもう、良い槍を売ってる店を見つけられたからね」
「わたしもー!」

 エリスとチェリーさんが見つけた店は、大通りから少し奥まったところにある大店だった。
 お祭りセールなのか、派手な値札にデカイ数字が書かれていたが相場が分からないのでお買い得かどうかは分からなかった。
 ただ、装備はかなりかっこいい物が揃っていた。
 高そうでカッコいい奴はおさわり禁止だったので性能の方は分からなかったが、一般品は素振り自由だったのでいくつか試してみたが、一山いくらの剣であっても結構作りがしっかりしていて安物と言った感じはしなかった。
 大店を開いているだけあって、品質の方も良品を揃えているようだった。

 チェリーさんは真っ赤な槍がお気に召した様子だった。
 説明を見るに魔法の武器で、穂先から炎が吹き出すらしい。
 まぁチェリーさんにとってはその機能は別にどうでも良くて、単純に見た目が気に入ったらしいのだが。
 魔法の武器というだけあってお値段驚きの140万G!
 人気商品っぽい棚に飾られた『ちょっと良さげ』な槍がお祭り価格で8万Gだったのを見ると、魔法の武器というのがどれだけ高価なものなのかが理解できた。
 説明文を見た感じ魔法という付加価値だけじゃなく、素材にも理由があるようだ。
 穂先の説明のところにミスリルとか書いてあったし。
 ちなみに量販品っぽい一番安い槍は5000Gだったので、売れ行き商品が8万というところを見ると、武器の価値が何となく見えてくる。

 つまり、この程度の作りの武器でないと戦場で斬り合えば武器の差でやられてしまうという事だ。
 安い武器はそれはそれで狩りなんかで消耗品として使い道はあるだろうが、人対人での戦いでは使うものじゃないだろうな。
 それが知れただけでも収穫はあった。

 ちなみにエリスが欲しそうに見ていたのは真っ黒なショートソードだった。
 不思議な素材だったが、一部が結晶みたいになっていたから金属というよりも鉱物をそのまま加工したものなのかも知れない。
 黒曜石のナイフみたいなただ割ってナイフ状にしたという訳ではなさそうだけど……
 刃渡り30cm程の刃全体が緩やかにS字に湾曲した曲剣で派手でも華美でも無いが、不思議と目を引く剣だった。
 棚に飾られていた訳でもなく、中級品の量販品置き場に他の武器と一緒に入れられていた。
 値段は6万G。
 商品説明とかは無いが、安物の銅剣とは見るからに違ったので少々お高いが値段相応の性能は期待できそうな作りの物だったな。
 
 俺の武器に良さそうなものもないかと幾つか見てみたが、ピンとくるものは見当たらなかった。
 今使っているミアリギスがかなりのゲテモノなので、相応のものを探そうと思うとどうしてもキワモノゲテモノ探しになってしまう訳で、当然そんな武器がそうそう売っている筈もなく……といった感じだ。
 強いて上げるなら、俺が気になったのは武器ではなくガントレットだった。
 特別すごい品というわけではなく、軽くてそれなりに頑丈そうというだけの物だが、デザインがかなり俺好みだった。
 普段見た目を気にしない俺がそう感じたのだから、よほど俺の好みに直撃したんだろう。
 とはいえ、ファッション品に2万Gは流石に出せないな。
 一式装備ではなく小手だけだし。

 ……とまぁ、店にとってはいい迷惑かもしれんが、冷やかすだけでもそれなりに楽しむことが出来た。
 それぞれ気に入った装備があることが確認できて、そのお気に入りに関してまた話も弾む。
 そんな感じで駄弁りながら、現在はチェリーさん希望の服飾関係の店を探していた。

「それにしても、街の中でもやっぱりケモ耳と角付きが多いな」
「人間は少数みたいね。といっても特別迫害とかされてるわけでもなさそうだけど」

 祭りの様子を見てみれば、3種族それぞれ仲良く楽しんでいる。
 互いの種族を馬鹿にした様子も見えないし、実際上手くやれているんだろう。
 ちなみにで店のおっちゃんに世間話ついでに教えてもらったのだが、ケモ耳種族は予想通り獣人と呼ばれているが、魔族と思っていた角付きは半竜族と言うらしい。
 魔族は別に居るが、厳密には魔族という種族は存在せず、それを名乗るのはたった一人だけなんだそうだ。
 その強さと、世界的な貢献によってあまりに有名なので誰もがそれを認めているとか何とか。
 オンリーワン種族とかちょっとかっこいいと思ってしまった。

「見た感じ、種族間の軋轢なんかは無いみたいだし、平和なのは良いことじゃないか」

 もしかしたら見えない所で黒人と白人みたいな関係があるのかもしれないが、表立った衝突がないだけでも十分平和的だと思う。
 街中を子供だけで歩き回ってる姿が見られるから、少なくとも治安も悪くはない筈だ。
 現実では日本人が子供だけで通学させるのを見て外国人は驚くと言うけど、この国を見るとそういった驚く国よりも治安はずっと良いのかもしれない。

 ……などと油断したのが良くなかったらしい。

「おやおや、貴様達は我が国に魔物を招き入れた犯罪者共ではないか」

 唐突にかけられた物騒な言葉に振り向いてみれば、そこに居たのはあの貴族の門兵だった。
 後ろには仲間と思わしき門兵と同じ鎧を着た連中が3……いや4人か。
 この大混雑の中偶然行き当たったと考えるのは流石に無理があるだろう。
 要するにわざわざ俺達が宿舎から出た時から後をつけて来たわけだ。
 このタイミングで突っ掛けてきた理由はわからないが、大方仲間が集まるまで待っていたとかそんなところだろう。
 貴族暇過ぎるだろ……

「人違いじゃないですか? 俺達が犯罪者になった事なんて一度もないんですけど?」
「馬鹿め、犯罪者は皆そういうのだ。門を守護していた私が貴様らの顔を見間違うものか」

 面倒くせぇなぁ。
 最初から狙い撃ちだから、ここではぐらかしても意味ないか。
 こんな粘着質な貴族と関わっても祭りがつまらなくなるだけだから、さっさと言いたいこと言わせて退散してもらったほうが良いか?

「……それで? 勝手に犯罪者呼ばわりして貴方は何がしたいんですか? 確か無罪の者に罪を擦り付けるのは偽証罪や名誉毀損の罪で、たとえ貴族相手でも役人に突き出せたはずですよね?」
「何っ!?」

 ちなみにハッタリである。
 この国の刑法なんて知るわけがない。
 だが、一定数の貴族が粛清されたことを考えれば、貴族を取り締まることの出来る法もあるんじゃないかという当てずっぽうなのだが、思いっきり怯んでる辺り、心あたりがあるんだろう。
 余所者の俺が、そんな事を知っているとは思わなかったとかそんな所だろうか。

「で? 何か言いたいことがあるんでしょう? 別に逃げたりしませんから本題に入っていただきたい。俺達は祭り楽しみにきたので」
「き、貴様……! 犯罪者如きが……」
「わかりました、そこまで言うならちょっとお役人様の所に行きましょう。そこで我々が犯罪者なのか、貴方が我々を犯罪者に仕立てようとする罪人なのかハッキリさせましょう。こんなにも目撃者がたくさんいるんです。こちらも言い逃れするつもりはないし、貴方もそれなら納得できるでしょう?」
「まっ……」

 さて、これならどう返してくる?
 ただの嫌がらせであれば、人違いだったとでも言い訳して去ってくれるだろうか。
 正直それが一番楽なんだが……
 ただ、ココまで周到にストーキングに人まで集めての計画的犯行だ。
 何か仕込んで居るんだろうなぁ……面倒くさい。
 こっちは一応、最悪の事態として権力や何かで無理矢理に陥れられた際にはアルマナフには悪いが、ハティを呼んで強行突破で国の外に逃げる事まで視野に入れている。
 まぁそれは最後の手段だが、権力者を相手取るというのがどれくらい厄介なのかは少し社会経験があれば誰だって知っているし、事を構えてしまえばその最後の手段が必要になる可能性が決して低くないことも理解している。
 白を黒に塗り替えるどころか、そもそも議論さえ許されない可能性もあるからだ。
 今回の俺たちはハティという切り札があるが、それであっても出来るだけ権力を笠に着る相手には関わり合いになりたくないというのが本音なのだ。

「ぐ……ぎ……!」
「……?」

 んんんん?
 絶句、いやキレて言葉が出てこないって感じか?
 ……まさか、これだけ計画的に事を運んでおきながら俺の切り返しを一切考慮していなかったとか?
 いやいや、流石にそんな……ねぇ?
 初めから無茶な理屈を押し付けてきてるんだから、こちらの正論に対して、無茶な理不尽で切り返して……こない?

「こいつ、マジか?」
「マジみたいね……」

 チェリーさんも呆れている。
 そりゃそうだろう。
 人の上に立つべき貴族が、平民を犯罪者に仕立て上げるために半日も尾行した挙げ句手下まで集めてやらかした。
 それの事実が祭りで集まった民衆の前で露呈した時点で噴飯モノなのに、冤罪を押し付けるために取った手段が「お前は犯罪者だ」という自分の言葉だけ。
 そんな雑な考えで本気で押し切れると考えていたという事なのだから呆れるなという方が無理だろう。
 何より、言い返された時のプランを何一つ考えて居なかったとか冗談にも程がある。
 そこらのいたずら小僧だってもう少しマシな理屈を考えるだろ。

「まぁ、明日王様に直接呼ばれてますし、どうして俺が犯罪者扱いなのかその時詳しく確認しておきますか……」
「……!?」

 というかさっきからキレてんのかビビってるのか、俺の言葉に対してビクンビクンしすぎだろ。
 ちょっと面白くて吹きそうになっちまった。
 それにしてもコイツさっきから焦りを顔に出しすぎだろ。
 それじゃ事情を知らない見物人にもアンタがくだらない事を企んでいたと一目でバレちまうぞ。
 貴族ってポーカーフェイスとかそういう腹芸が得意なんじゃないのか?
 なんか政治的な難しい話を表情一つ変えずに騙し騙され……みたいな印象だったんだが、実際には違うんだろうか。

「……~~! 行くぞ!」

 ありゃ、またか。
 門のところでも思ったが、自分の言動へのフォローを一切せずに逃げ帰ったりしたら、その場での負債を全部背負い込むことになると思うんだが、わかっていてワザとやってるのか?
 ……分からずにやってるんだろうなぁ。
 貴族のボンボンとして何不自由なく生活して他人の考えとか機微を気にする事無く育ってきたんだろうか?
 貴族の仕事を一切せずに、財力や権力と言った利点だけ享受してきたらああなるのかもしれないな……
 何にせよ、あんなのが国の上層に我が物顔で巣食っていたら、そりゃ王様なら誰だって排除したくなるわな。 
 救いなのは無能すぎて、俺みたいなパンピーでも余裕で対処出来ちまう事くらいか。
 いざとなったら王様に貰ったお守りを取り出すつもりだったが、その必要すらなかったな。

 だが、馬鹿だが行動力だけはあるというのが気にかかる。
 あの手の馬鹿は、切っ掛けがあれば当たり前のように暴発するのがお約束だからな……
 さっきはハッタリだったが、ちょっと本気でアルマナフに確認取ったほうが良いかもしれんな。

「……馬鹿は去ったし、改めて服屋を探しましょうか」
「胡散臭い丁寧語が抜けてないわよ」
「ありゃ」
「キョウ、似合ってない……」

 うるさいよ!
 俺だってですます口調が似合って無い自覚あるからほっといてくれ!

 その後、服飾屋を数件周り、日が暮れるまで祭りを楽しんだが、出店の食べ物の誘惑にそろそろ抗いきれなくなった所で宿舎へと退散することになった。
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