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二章

七十五話 祭りⅠ

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「コレは凄いわね……」
「人がいっぱいだね!」

 昼食を取り、しっかり腹ごしらえした俺達は早速街に繰り出すことにした。
 俺達の泊まっている宿舎は大通りから少し離れた位置にあったが、一般人が簡単に迷い込まないようにする為なのか、はたまた区画整理の為なのか、大通りに直結する壁付きの道が一本真っすぐ伸びていた為迷うことはなかった。
 道の接続場所も大通りの終点、城のすぐ手前だったので帰り道に迷う心配もないだろう。
 そうして、帰り道の確認をしながら大通りに出てみれば、かなりの出店がそれこそ所狭しと言う感じで並び、行き交う人の量も相当なものだった。

 人口密度で言えば先々週のイベントの方が遙かに混雑していただろう。
 賑わいもあちらのほうが激しかった。
 しかし、あのイベントで盛り上がっていたのは主にプレイヤーだ。
 NPC達も祭りに参加していたが、特殊なAIを搭載する都合上なのかプレイヤーに比べて圧倒的に少数だった。
 そして、賑わいの中心は中央通りと中央広場の噴水周辺に集中していた。

 それに比べて、この国の祭りは街全体が活気づいている。
 当たり前な話だが、住人たちが純粋に祭りを楽しんでいるせいで、活気という意味で盛大に盛り上がっている印象が強いのだ。
 参加者の数以上に、通りに居る参加者以外、家々の住人の興奮等がそのままお祭り気分をさらに盛り上げている。
 あのイベントの時は気にもならなかった、そんな錯覚に似た場の盛り上がりを強く感じていた。

「こりゃ迷子にならないように注意しないとな……エリス」
「はーい」

 あのイベントの時に慣れたのか、名前を読んだだけで正しく意図を汲み取って、俺の手を握ってきた。
 相変わらず察しが良い……
 少なくともエリスの空気を読む能力と物事を察する能力は間違いなく俺よりも高いな。
 まぁ、知り合った人と人見知りせずすぐ仲良く慣れるコミュ力の強さは前々から目にしていたが、人をよく見ているからなのかコチラの考えを的確に見抜くんだよなぁ。

「あら、手をつないでるの?」
「この人混みだし、迷子になったら困るだろ?」

 ここではぐれたら、合流はかなり難しいだろう。
 幸い、宿舎の道はエリスも覚えたみたいだから最悪はぐれたとしても宿舎に戻って待機していれば良いんだが。
 そんな事を考えていたら、エリスの握った手とは反対側の手が取られていた。

「なら私はこっちの手ね」
「ちょっとチェリーさん?」
「迷子になったら困るんでしょ?」
「いやそうだけど……って前に、感触がハッキリ伝わるから胸や尻は触ってもいいけど、手や口元を無闇に触るのはNGみたいなこと言ってなかったっけ?」

 何か普通逆だろと思うんだが、この人にとっては触られても何の感触もない胸よりも手や顔、足なんかを触られる方がよほど嫌だった筈だが……
 確か、同じ理由でハグは良いけどキスは嫌だって言ってた気がするし。
 まぁハグもキスもホイホイするもんじゃないと思うんだがな。
 外国人の挨拶じゃあるまいし。

「知らない人に無闇に触られるのが嫌なだけでキョウくんもう十分知り合いじゃない。というか師匠みたいなもんだし」
「師匠はガーヴさんでしょ」

 なんで俺が師匠なんだ?
 毎日ガーヴさんのところに通って、飯と寝る時以外ほとんど別行動だったろうに。
 というかいつの間にか呼び方が『キョウさん』から『キョウくん』に変わってるな。
 多分昨夜の歳の話からだと思うけど、唐突だったから一瞬反応が遅れたわ。

「まぁあの人も師匠なんだけどね? ていうか、手ぐらい友達とだって普通につなぐし、日に何百人も相手に握手することだってあるのに今更何いってんの」
「そういや、そういうお仕事だったね……」

 言われてみればたしかにそうだ。
 畜生、わかっていた事ではあったけど、やっぱり俺が変に意識しすぎてただけかよ!

「いい加減慣れなって。変にビッチじみた事とかレベル高いこと要求したりしないからさぁ」
「初日に全裸晒しといてビッチキャラじゃないとか、流石にそれは無いと思うんだ」
「前も言ったけど自分の裸トレースしてる訳じゃないんだし作り物の身体を気にし過ぎだって。それにスキンシップの域を超えるようなエロい事しようなんて一度も言い出してないでしょ」
「それは、うん……う~ん?」

 そうは言うが、「へーきへーき」とか言いながら乳揉ませるのは果たしてエロくないと言い切っても良いんだろうか?
 ビッチって単語を詳しく調べたことが無いから一般的に尻軽女とかそういう意味だと理解してるけど、そういう意味では確かに何だかんだで最後の一線だけはちゃんと守っているように見えなくもない。
 ……んだが、やっぱり最後の一線までが緩すぎる気がするぞ。
 何度言っても直らないからもう諦めたが。
 日記でかなり明け透けに書いてアップロードしてるから、俺ってファンから相当ヘイト集めてるんじゃないだろうか……
 というかファンとか失ったりしないのか?
 声優は詳しくないから知らんけど、アイドルとかって友達レベルであっても男の影があるとファンが過剰反応するんじゃなかったっけか?

「何の話~?」
「おっと」

 ついツッコミからエリスを放って置く形になってしまった。
 会話に夢中になって周りが見えなくなるとか、手を握り合ってなかったら早速迷子になってたかもしれん。
 危ねぇ、危ねぇ。

「というかエリスちゃんの教育に良くないからこの話は終了! ほら、早く祭りを見に行こう!」
「お、おう、そうだな」

 教育的に良くない自覚はあったのか。
 ちょっと安心した。

「行こう行こう~!」

 エリスとチェリーさんに引きずられるように――というか実際に引きずられて大通りに出た。
 人の波は見た目以上に凄まじく、コレは確かに恥ずかしがって手を離せば、あっという間にはぐれてしまうだろう。
 エリスとは手だけじゃなくて腕を組む形で離れないようにしておいた。
 ハティがいれば楽なんだが、この人数の中に準備もなくハティを放り込んだらパニックで酷いことになるのが用意に想像できていたので今回は留守番させてきた。

「腹を膨らませてきたとはいえ、食い物ばかり見ていたら食べたくなってくるだろうし、工芸品とか素材系見て回りたいな。特に香辛料系」
「そういや、新しく調味料探すって言ってたねぇ。でもいいの? 今欲しいもの探してもせっかく見つけたのにお金がなくて買えなくて「ぐぬぬっ……!」てならない?」
「金を手に入れた時にすぐに買いに来るための下見だと割り切るから大丈夫だよ」

 リバースカーを退社してからはバイト暮らしだったし、労災なんかでそれなりに貯金はあったけど無駄遣いはできなかったし、少ない稼ぎで小遣いをやりくらいしていたから物欲はそれなりに我慢できる自身がある。
 昔はゲームやってないと死ぬとまで思っていたんだが、いざ金がなくなると意外と我慢できる時分に驚いたもんだ。

「わたしは武器が見たいな~」
「え、武器?」
「うん、この間のお祭りの時、他の人が色々な剣持ってていいな~って」
「そ、そうなんだ……」

 エリスはどうやら新しい武器が見たいらしい。
 まだ小さな子供だろうに、お菓子でもおもちゃでも身に付ける物でもなく、最初に思い浮かぶのが武器とは……
 あのチェリーさんが軽く引いて……居ないな。
 あれは同士を見つけた顔だ。
 そういやチェリーさんって元々仕事もあるけど俺から技盗むために弟子入りじみた感じでテスターになったんだっけか。
 そんな人と意気投合してしまうとか、育て方間違えただろうか……?
 まだ出会って1ヶ月程しか立ってないけど。
 あぁでも、自分の身は時分で守らなきゃならない世界なんだからこの世界のAIであるエリス的にはコレはこれで正しいのか……?
 ネトゲで他人が持ってるレア武器とか確かに欲しくなったもんな。
 ――いやでも女の子だぞ? 
 今はともかく大きくなってから友達が服や化粧の話題で盛り上がってる中で武器を見て目を輝かすような娘に育ったりしたら、周囲から相当浮いて……

「ん? 何?」

 そういえばココに人気声優兼、バトル系ゲーム廃人の女子が居たな……
 目の前に人気者でバトルジャンキーが成功している実例が居るし、あながち間違っていない……?
 何だ、最近俺の常識が全く通用しないぞ?
 どうなってんだ?
 俺の信じてきた常識が全く信じられねぇんですけど!
 まぁ、本人が見たいていうんだから取り敢えず武器屋も見かけたら選択肢に入れておこう。
 かっこいい武器とかあったら俺も見てみたいしな。
 男の子だし!

「それで、チェリーさんは何かコレっていう見たいものはある?」
「う~ん、私も新しく訪れた場所で手に入る武具に興味あるけど、それじゃエリスちゃんと被っちゃうから、服とか見てみたいわねぇ」

 やっぱり新装備ですよね。
 なんだかんだ言って全員装備が気になるとか、あまりエリスの感性をどうこういえたもんじゃないな。
 ……あれ、やっぱり俺達を見てエリスがこんな事になっちまってる?
 いやいやそんなまさかハハハ。

「服か……そういやアバターのコーディネイトとか今まで気にしてきた事なかったな。金かけるなら見た目よりも性能って考えだったし」

 何より貧乏だったから、見た目が変わるだけのものに金をかけるって言うのがちょっと抵抗あったんだよな。
 我ながらみみっちいから言わないけど。

「でもこのゲームだとそうも言ってられないでしょ? プレイヤー同士ならともかくNPCは普通に文明人として生活しているんだから、ボロ布みたいな服でずっといたら色々なトラブルの元になるわよ。特に貴族なんて面倒臭そうな連中がいるこの国なら尚更ね」

 あぁ、何となく分かるわ。
 ラノベとか漫画とかに出てくる貴族キャラって、ボロい服や装備身につけてると、頼んでもないのに寄ってきて挑発してくるんだよな。
 で、何言っても大抵逆ギレして、トラブルに発展するのがテンプレートだ。
 門の所で揉めた奴も貴族らしいし、アレがこの国の貴族のスタンダードだとすれば確かに漫画的展開になる可能性もかなり高そうだ。

「そうだな。もし金策方法がハッキリしたら、よそ行き用とかに全員服を用意するのも良いかもしれないな」
「ええ、昨日は突然王様が押しかけてきたからどうにもならなかったけど、流石にこの格好で王城に上がるわけにも行かないだろうし」
「そうだな……」

 確かに、俺達三人共『麻の服』としか言い様のない服だし、リネンローブとか横文字で言うと言えば聞こえは良いが、ぶっちゃけただの農民の服である。
 貴族だとかの前に顔を出すには少々貧相に過ぎる。
 あまり上等すぎるような服を買う様な余裕はないが、シンプルでもいいから侮られない程度の服は確かに必要だと思う。
 スーツやジャケット感覚のいわゆる一般に浸透したフォーマル服があれば楽なんだが……
 ちなみに、俺も勘違いしていたがこの世界での麻は、目の荒い大麻ではなく亜麻の事を言うようだ。
 ネトゲでの装備作成で布の種類は中途半端に知識だけ持っていたので、最初はハイナ村で服飾を習う時に麻の布で服を作ると言われて着心地悪そうだと思っていたが、見せられた麻布がどう見てもリネンのシャツと同じもので驚いた。
 服飾にそれなりに詳しいチェリーさんの話では、現代日本でも亜麻布は麻としてカテゴライズされるらしい。
 服なんて量販店の安物で満足していたから、リアルの方の服飾事情なんてサッパリ知らなかった。

「まぁ、それぞれ目標物は決まったわけだし、早速見て回るか。後日買うかどうかは現物と値段を見て要相談といった感じで」
「そうだね」
「はーい」

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