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二章

七十三話 夕餉Ⅱ

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 さて、どれもひと手間掛かってそうだが、どれから食ってみようか……って
 なんか妙な視線感じるんだが?

「なんスか? そんな、こっちをじっと見て」
「ふむ、それがお前たちの国の作法なのか?」
「ん? ああ『いただきます』ってな、食材への感謝的なもんで、子供の頃から自然にやってるから染み付いちまってるんだ」

 雰囲気は和風テイストだが、習慣なんかは結構違うのか。
 食事も和風だからてっきり「いただきます」も有るもんだと思ったが、そういう訳でもないらしい。

「俺達は神への感謝だが、お前たちは食材そのものに感謝するのか。なかなか面白い考え方だな」
「うちの国はあらゆる物に神が宿るって感じで一神教ではないからな。考え方はだいぶ違うだろうなぁ」
「それ、外ではあまり口にするなよ? 宗教家に聞かれると面倒な話になる」
「あ~……この国の一神教も、他教は邪教とか言って排斥する口なんですか?」
「その反応は、どうやら身に覚えがあるようだな? 皆が皆そこまで過激な思想を持っているという訳ではないが、狂信者というのはどこにでも居るものでな。あの手の連中には言葉は一切通じないから厄介極まりないのだ」
「私は人の心を救うための宗教を使って他人の思想を縛るあの手の宗教家連中は死ぬほど大嫌いなので、関わるつもりなんて毛頭ないですよ」

 あの表情と口調は本気で嫌悪感を出しているな。
 過去に宗教がらみでなんかあったか?
 ……まぁ俺も宗教関連の出来事なんてニュースでしか見たことがないが、恐喝まがいのお布施の強要から始まり、酷いものでは無差別テロや自爆テロなど大抵ろくな事になっていないから俺も率先して関わるつもりは無い。
 他人に迷惑をかける時点でそんな奴らが崇めている神なんてみんな邪神だろとか思ってしまうのだ。

「この国は政教分離は出来てるのか?」
「なんだ? それは」
「政治と宗教を一纏めにすると大抵扮装が助長されるんだよ。宗教ってのはどういう訳か過激派集団になりやすい。神の名の元に何でも許されると勘違いする奴らが政治をすれば、他教の国は滅ぼしてしまえなんて事にもなりかねん。だからそれを防ぐために政治と宗教は分離する……ってのがうちの国での考え方なんだが」
「なるほどな……たしかにその通りでは有る。だがまぁ、我が国では基本政治と宗教が合致することなど無いだろう。宗教家共がその莫大な利権を国に明け渡すわけが無いからな」
「こっちの世界も宗教家の上層部は生臭坊主共で締められているのか」

 どこの世界でも宗教は金になるというわけか。
 こっちでも浄財とかいって信者から金を巻き上げたりしてるんだろうか。

「ま、自分から関わるつもりはなくても連中は当たり屋のように勝手に寄って来るからな。適当に誤魔化すためのセリフでも用意しておくがよかろうよ」
「そうですね。そうしときます」

 この様子だと、王様の方も宗教にはあまりいい印象がないようだな。

「それにしても、サッパリな見た目に反してけっこうガッツリ目な味付けね。最近塩で味付けしたものばかりだったから、香辛料なんかを使った料理が逆に斬新に感じるわ」
「そういや、確かに見た目は焼き魚なのに煮魚みたいに味が染み込んでるな」

 たらの塩焼きっぽい気持ちで口に入れてみたら鍋の煮魚みたいな味で驚いた。
 他の料理も、とにかく味が濃い印象が強いな。
 香辛料が広く流通している……というよりも特産物と言えるくらいに溢れてるのか?

「気に入ってもらえたかな? ここの料理はこの国でもそれなりの腕の料理人が作ったものなのだが」
「俺やチェリーさんの反応よりも、エリスを見れば答えは明らかだと思うけど」

 そうやってエリスを見てみれば、それこそ一心不乱に貪り食っていた。
 さっきから口数が少ないと思ったら、食事に集中していたようだ。

「子供は欲求に正直だならな。これで不味いなんて感想が出ることはまず無いだろ?」
「うむ、気に入って貰えたようで何よりだ」
「俺は魚料理はもう少しあっさりした味付けのほうが好みだけど、濃い味付けの好物だって有るしな。普段食べない味付けの料理を口にするのも旅の醍醐味だ」
「ハハハハ! ここの話の流れで自分の好みの味付けが別にあるとはっきり言えるとはな! やはりお前は良いな!」

 実際そうなんだから仕方がないだろ。
 それに出された料理がまずいなんて欠片も思っちゃいない。

「この料理の味が良いっていうのは正直な感想だぞ? 自分の好きな味付けだけが美味い物だなんて考え方は流石にしねぇよ」
「そうかも知れないけど、普通は思ってても言わないものよ?」
「今はプライベートなんだろ? 相手は王様ではなくアルマナフなんだから、思ったことは思ったように言うさ」
「無礼講と言われて、無礼に振る舞うような事をすれば居場所を失うのが現実ってもんでしょ?」

 まぁ、たしかにそうなんだけどさ。

「流石に仕事中に……王様として振る舞うアルマナフ相手にはそんな真似はしないって……」
「ククク……例えプライベートであろうと王族や貴族にそのように明け透けに物が言える奴はそう居ないものだよ。誰だって我が身が可愛いものだ」
「面白がりすぎだろ……」

 多分俺がこの世界のこの国で生まれた住人であればそう考えてただろうよ。
 俺だってリアルで総理大臣にタメ口で話せとか言われても間違いなく遠慮するだろうからな。
 俺が気安くやってられるのは、これがゲームだと解っているからこそ出来ているという自覚があるし。

「それにしても全体的に味付けが濃いのは何かこの国の特色か何かが反映されてるんですか?」
「そうだな。この国は香辛料の育成が盛んで市場に多く出回っている……というのもあるが、取れる魚や獣の肉が少々独特で、かなり強い臭みがあるのだ。そのため、香辛料などで上手く臭みを抜かないと食用に耐えないというのが大きいな」

 成る程、味の好みとか伝統以前に、食べるための工夫として臭み抜きや誤魔化しに香辛料を使うせいで全体的に味付けが濃くなるのか。

「この辺りから北に向けて大きな湖があり、巨大な河川もいくつもあるおかげでこの国は水に困ることが昔からなかった。だが、豊富な水のせいなのか獣肉がどうにも生臭いのだ。昔は干物にしたり塩に漬け込んだりしていたようだが、数百年前に他国から香辛料の種を持ち帰った貴族がこの国での栽培に成功してな。それ以降はこの国とは切っても切れぬ特産品となったのだ」
「水が豊富だからこそ、水以外の所で困っていた所を解決したのが香辛料ってことね」
「そういう事だ。水性の獣の干物なんかは未だに塩で作っているようだがな」
「塩干しも良いけど、干物は塩汁につけた天日干しがいいなぁ」

 めざしみたいな塩干し物も好きだけど、やっぱりホッケの開きとかが好物だったんだよなぁ。
 あのホロホロ感と適度な塩気がたまらない。

「ほう、キョウ達は干物を食う機会があったのか」
「地元が海に囲まれていたから、割と良く知られる食材だったよ」
「成る程、海産物に恵まれた地か。実に興味があるが、足を運ぶことが敵わないとは残念な話だ」
「そこはまぁ、仕方ねぇよな」

 流石にゲームの中から遊びに来いとは言えない。

「あの、ちょっと気になったんですけど、てっきり私達から他国の知識とか聞き出したがると思っていたんですけど、そう言うのは良いんですか?」
「ああ、それか……」

 ラノベとかの異世界転生モノであれば、オーバーテクノロジーとか、それに関する知識を巡って貴族だの王族だのが色々ちょっかいかけて主人公が返り討ちにしたり取り込んだり……ってのはよく見る展開だよなぁ。
 でも、アルマナフの様子から察するに、そういう訳でもないらしい。

「正直な所、最初は俺もその新しい知識を使って国を発展させようとそう思っていた。お前たち以前にあった『プレイヤー』から実際いろいろ聞き出したりもしたんだがな。そいつは食事と住処を安堵させてやったら、いくらでも知識を披露してくれたのでな。だが……その結果、聞かなかったことにするのが良いと判断したのだ」
「何故でしょう? この手の話で自国の発展のために無理矢理にでも聞き出したがる……というのが私の認識だったんですけど」
「そうよな、確かに『プレイヤー』達の持つ知識や技術を使えば国は一気に技術的躍進するかもしれん。だが、その技術が少々飛躍しすぎておるのが問題なのだ」
「飛躍しすぎている? 技術的に真似ができないという事ですか?」
「それもある。……が、重要なのはそれによって現行の技術が大きく様変わりしてしまうという事だ。緩やかな進化ではなく、刷新という言葉が相応しいほどにな。その結果、有り体に言えばそれまでの技術が無価値になりかねない」

 ああ、なるほど……
 本の制作には文字を理解し書き写す技能を持った写本家が必要だった。
 なのに活版印刷機なんてものが突然現れてしまえば、文字を書き出すという技術が無意味になってしまう。
 そうなると……

「技術職達は軒並み仕事を失うだろう。そんな事になれば経済的に大打撃を受ける。金と人が回らなくなるからな。新しい技術で富む者は出てくるだろうが、重要な技術等が失われる危険もある。それほどまでにその『プレイヤー』の語った技術は我々の常識を超えるものだったのだ」

 確かに中世ファンタジー的な世界に21世紀の技術を持ち込めば、そんなものは魔法もビックリのトンデモ技術だろう。

「技術は欲しいけど、それによって国が滅びるかもしれないから諦めざるをえない……といった感じですか?」
「その通りよ。新しい物には心惹かれるが、俺は立場上その先まで見据えねばならんからな」
「成る程、納得しました。そこまで見えているのなら私の危惧も要らぬ心配だったようです」

 やっぱり、この手の問題は古典の頃からのお約束だからな。
 ドヤ顔で新技術を広めると大抵ろくな事にならない。
 物語の主人公なら或いは超絶頭脳で知識からすごい武器とかを自力で設計とかして作り出したり、アホみたいな強さで寄ってくる有象無象を蹴散らしたりするんだろうが、あいにくと俺はレベルも知識もコネも凡人のソレしか無い。
 余計な問題に首を突っ込んで切り抜けられるとは思っていないし、そんな面倒な問題にそもそも関わりたくない。
 面倒臭すぎる。

「そこを危惧出来るのならば此方も安心できるというものだ。お前たちの前に出会った者は大した対価も求めずに技術をいくつも披露してくれたでな、迂闊に技術を広めようとしているならむしろ止めいようと思っておったのだ」

 ああ、確かに王様の知らない所で勝手に広められたら困るもんな。
 せっかく自分の判断で情報を遮断しても、手の届かない所で勝手に知識を流布されればあっという間に民衆に広がって手がつけられなくなる恐れもある。

「我々が少しの工夫によって再現できるような物であればむしろ便利な知恵として広めてくれるのは一向に構わん。だが我々では確かめようもない根拠によった技術や、今の我々に再現不可能な技術の流布は控えて欲しいと言うわけだ」

 おばあちゃんの知恵袋的な発想の転換は有りだけど、異世界転生の知識チート系の展開はお断りってことか。
 まぁ、外来知識に国を荒らされたくないっていうのは統治者としてまっとうな意見だよな。

「変に目をつけられちゃ俺達も困るし、未来的な技術を広めるつもりは元々無いよ」
「それならば良い。隠してるつもりでも居質感は出てしまう物だが、本人に全く隠す気がない場合此方も庇いようがないからな」
「私も気をつけるから、よっぽどうかつな真似はさせませんよ」
「チェリーブロッサム嬢がそう言ってくれるのなら少しは安心できるな」
「長くて呼びにくいでしょう? チェリーで良いですよ。あと私これでも26です」

 なん……だと?

「なんと、それは済まなかった。随分若く見えたのでな。てっきり一〇代だと思っておったのだ」
「マジで? チェリーさん俺の一個上だったのか……」
「あら、これからはキョウくんって読んだほうが良いかしら?」
「そこはご自由に呼び捨てなんてどうですかね? ……なんならキョウちゃんでも良いですよ?」
「あら、随分と余裕の対応。ちょっとは動揺してくれるかと思ったのに」

 この名前の呼び方という話題には多少耐性があるからな。
 上も下も女が多かったから、昔から色々からかわれていたのだ。
 そういえば上からは全員バラバラの呼ばれ方されてたが、下からはどういう訳かキー兄ちゃんというのが浸透していたな。

「クク……中の良いことだ。では俺は純粋にチェリーと呼ばせて頂こうか、俺の事もアルマナフと呼ぶと良い」
「わかりました、ではプライベートな時だけはそうさせてもらいますね」

 あ、呼び方といえば、確認しておこうと思ってたことがあったんだった。

「そういえば城とかではなんて呼べば良いんだ? 俺の地元って王政じゃないし貴族とかも居ないからちょっと詳しく知らないんだよな。様と殿の使い分けくらいなら判るんだが……」
「なんと、王を頂かぬ国があるのか」
「居るには居るんだけど、象徴としてなんだよな」
「ふむ、興味のある話題だがまずは呼び方だったな。宮中や王権を扱う時の俺を呼ぶ場合は単純に名前をつけず陛下と呼べば良い。この国で陛下なんて呼ばれるのは俺一人だからな」

 成る程。
 そう言われてみれば、今まで全然意識して聞いたことなかったけど、確かにうちの国も呼び方は陛下だわ。

「無いとは思うが、もし他国の王が列する場に出くわした場合の呼び方はアルヴァスト陛下だな。この国ではミドルネームは地位を表すのだが、アルヴァストの名は我が国の王のみが名乗ることを許される。逆にアルマナフは絶対に口にするな。王に親しい者として目を付けられる上に、公式の場で呼び名を晒す間抜けとして侮られるからな」

 よく判らんが、政治的な場所で名前呼びは非常識と言うことなんだろうか。
 王様であるアルマナフがここまで念押しするのだからそういう事なんだろうな。

「わかった。気をつけるよ。この祭りの期間中はこの部屋以外は陛下でいいんだな?」
「うむ。二人もそれで頼むぞ」
「わかったわ」
「はーい」
「良い返事だ。これを守っていれば少なくとも自分から火事場に飛び込むような真似にはならんだろう」

 ここまで念押ししてくるとは。
 依然アルマナフから王位継承の顛末と貴族の関係について聞かされたことはあったが、こうして改めて注意を促されると、その厄介さがなんとなくだが伝わってくるな。
 そういえば門の所で言いがかりみたいな論法突きつけてきた門兵も貴族だったか。
 文官の人の言葉から察するに、今は全部がそうという訳ではないのかもしれんが、アレが『掃除』される以前にこの国の貴族として溢れていたというのであれば、貴族というのは相当に根腐れしてしまっていたのかもしれないな。

「さて、ちょっとした休憩がてら挨拶と雑談に顔を出したが、なかなか面白い話が出来たな。それに良き出会いもあった」
「もう行くのか?」
「うむ、これでも結構忙しいのでな。長いこと執務室を開けるわけにはいかんのだ」

 まぁ国を回す王様が執務室を長時間開けてたらダメだわな。
 今回の訪問は食事休憩みたいなもんか。

「おっと、これを渡しておくのを忘れていたな」

 そういって、懐から巾着袋のようなものを取り出したアルマナフはそれを放って寄越した。

「コレは?」
「まつりの期間中持ち歩いていると良い。そしてもし何か困ったことになった時それを開くと良い。なに、困った時のお守りのようなものだ」
「ふぅん? わかった、ありがとう」

 まぁ、くれるというのなら貰っておこう。
 困った時……という口ぶりと今までの話の流れからすると、面倒な連中に絡まれた時の為の俺達の身元の保証か、或いは王としてのアルマナフの口添え辺りだろうか?
 何時何に絡まれるかは予想できないし、これはありがたく貰っておこう。

「それでは、俺は行くとしよう。明日からの祭りはぜひ楽しんでくれ。それと……」
「わかった。俺も大きな祭りと言われて結構楽しみにしてきたからな」
「ええ、私も祭りは好きだから色々回らせてもらおうと思ってます」
「それは良かった。それと……そうだな、祭りの二日目が良いか」

 そう言って、帰ろうとしていた筈のアルマナフが振り返ってこちらを見ていた。
 なにか忘れ物……って様子じゃねぇな。
 どうしてそんな、急に改まった感じで……

「明後日は時間を開けておいて欲しい。寄ってくる虫に対する予防線を張るのと……それと、お前に会わせたい者がいる」


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