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二章
七十二話 夕餉Ⅰ
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あの後、結局家族風呂を堪能しつつサッパリして夕食会の時間まで部屋でのんびり待つことにしていたのだが……
「夕食会は各村の村長や町長なんかの会合でもあるから、キョウ達は参加できんぞ?」
という衝撃の事実を、部屋に様子を見に来た村長から伝えられ、さぞ豪勢な飯でも出るんじゃないかと密かに期待していた俺は地味にダメージを受けていた。
夕食はどうしようかとちょっと焦ったが、特別な予定がない限り宿泊者へはちゃんと三食用意されるようだ。
朝食と夕食は部屋に運び込まれるということで、どうやら食いっぱぐれるという事はなさそうだ。
一瞬祭りの屋台で食料を買い込むべきか真剣に考えちまった。
……ん?
あれ、俺何か重要なことを忘れてるような……?
なんだ?
なんか、小骨がひっかかるというか、思い出せそうで思い出せない何かが有る気がしてならないんだが……
でも、荷物らしい荷物なんて殆ど持ってきてるし、要件についても何かがあった訳でもなし。
あえて有るとすればハティにのって祭りに来てほしいというアルマナフ王の頼みくらいだった筈だ。
ソレもこの場にいる時点ですでに叶えてるし……
まぁ、思い出せないってことはそれ程重要なことでもないだろうし、何かその場の思いつきのアイディア辺りを忘れてしまったのかもしれない。
気にはなるけど、思い出せない者は仕方ないか。
そんな事よりも今は飯だな。
確か日が落ちた頃に部屋に運ばれてくるらしいけど、もう外は完全に暗くなってる。
日が落ちた頃、ってのが受け取り方次第だから何時まで待てば良いのか判断に困るんだよなぁ。
こういう時に時計がない文化だといろいろ不便だ。
俺やチェリーさんは本体機能の時計が見られるから良いんだが、この世界の時計は今のところ砂時計しか見たことがない。
もしかしたら日時計とかならもあるのかもしれないが、置き時計や腕時計といった個人が自宅で気軽に一日の共通時間を共有出来るような物は見たことがない。
この後なにか用事があるわけでもないので急ぐわけではないが、旅の疲れが部屋で落ち着いたことで噴出したのか、妙に腹が減ったんだよなぁ。
正直あまった干し肉でもつまみたい所だが、エリスの教育上の問題で夕食前にオヤツ食ってる姿はあまり見せたくない。
どうしたものか。
……などと考えていたところで外に気配が。
ノックに続いて
「お食事をお持ちいたしました」
という心待ちにしていたセリフが。
「お、やっと夕ご飯が来たね」
「お腹減ったー」
チェリーさんとエリスも、二人で何やら遊んでいたようだが俺と同じで腹が減っていたようだ。
待ちわびたと言わんばかりの声色だった。
確か、夕飯と朝飯は旅館の人が中に運び込んでくれるんだったはずだよな。
開いている、と声をかけようと思った所で入り口に鍵がかけてあったのを思い出した。
「あ、今開けます」
入り口の扉を開いて招き入れようとした俺の目の前には料理を運んできた中居さんと思われる女性と――
「よう」
どこぞで見た王様が立っていた。
……なんでだよ。
「何だ、驚かせてやろうと思ったのに随分と反応が淡白じゃないか。もう少し驚いてもいいだろう?」
「いや、なんであんたがここに居るのさ? 村長達と会議やってるんじゃないのか?」
俺やエリスはともかく、村長は仕事として会議の出席のためにやって来た。
その会議に出席してるんじゃなかったのか?
「いや、ソレは内政担当の文官が取りまとめている。今回だけという訳ではなく毎年そうなってるんだよ。俺が顔を出すと王の顔色を窺って建設的な意見が出ないとか言う話でな」
言われてみれば確かに王様の前で「不満があれば言ってみろ」とか言われてもおいそれと不満を直接吐き出せる人とか少なそうだ。
俺は割と色々考えた末に結局言っちまう方だが、少数派である自覚はある。
というか、そういった会議全てに王様が出ていては、過労でぶっ倒れちまうか。
「本当はお前らを城に招こうと思ったんだが、今日は祭りの前日ということで国外からの大使なんかも多く城に来ていてな。貴族連中というのはどの国も自分達貴族以外を見下す傾向があるもんだから、今誘っても嫌な気分にしかならんと思って止めておいたのだ。お前もつまらんトラブルに巻き込まれるのは御免だろう?」
「確かにな。礼儀作法なんてのもよく知らんし、誘われた所で浮きまくって間違いなく目をつけられてただろうなぁ」
「そんな事より、早う中に入れてくれ。料理も冷めてしまうぞ」
「おっと、それじゃお願いします」
中居さんにお願いしたらなんか凄いものを見る目で見られた。
どうしたんだ?
「そりゃお前、王様にタメ口聞いてんのに女中には丁寧な口聞いてるもんだから、そりゃ驚くわな」
「プライベートではこう話してくれって言ったのあんたでしょうが。城で偉い人とかと話す時はエセ敬語使うつもりだったけど、ここでもそうしたほうが良いか?」
「そうだな、部屋の外で出くわした時はそうしてくれ。この部屋の中でなら他の者の目を気にする必要はないだろう」
「いや、中居さん……女中さん? にバッチリ見られて困らせてるじゃねーか」
「いえ、確かに驚きはしましたが、陛下がそれを許されているというのであれば私から申すことは何も御座いません」
ええ……それでいいのか?
「安心しろ、驚かせたかもしれんが、ここの職員で迂闊に情報を外に漏らす者など居らんよ。国内向けとはいえ、俺や国の重要人物を招く宿舎だから人員の配置には気を配っておる。身元も人間性も厳しくチェックしておるからな」
「ここの職員は皆武官としての教育をけています。快適な宿泊だけでなく慮外者の闖入等に対しても適切な対処ができる者達ですので、どうぞご安心してお休み下さい」
おおぅ、戦うメイドさんならぬ、戦う女中さんか。
武官としての教育を受けてるって言うし、この武闘派王様が太鼓判を押すってことはただ戦えるだけってレベルじゃないのかもしれないな。
兵士と違って宮中武官って超エリートらしいし。
「あら、お知り合い?」
「お? 新顔か? 前は居なかったよな?」
そういや、あの襲撃はイベントの前の事だったからこの二人は初対面だったな。
「あ、この前のおじさん」
「まだおじさんって歳じゃねぇんだけどなぁ……」
エリスはちゃんと覚えているようだな。
「ええと、この人はチェリーブロッサムといって、ここに来る少し前に村の外を知りたくて少し出歩いた時期があって、その時に出会った……」
「はじめまして、チェリーブロッサムです。キョウさんと同じ国の出身で、奴隷商人から逃げ出したは良いけど、地理がわからず途方にくれていた所をキョウさんに拾ってもらって一緒に家に住まわせてもらっています」
「……という事になってるけど、お察しの通り外の人間だ」
「ちょっと、キョウさん!?」
「ほほう!? こんな短期間にもう一人の『プレイヤー』に出会うとはなぁ」
こっちの人間にとって、俺達プレイヤーは異世界人みたいなもんだ。
そんな異物と何人も出会うなんてまぁ、普通はありえないわな。
この王様、さては主人公だな?
「それで、こっちのオッサンはアルマナフ。この国の王様で、以前ハイナ村が襲われた時に戦場帰りの王様が偶然駆けつけてくれて、その時に知り合ったんだ。……ちなみに王様相手にタメ口聞いてるのは人の目のない所ではそうしてくれって頼まれたからだからな」
「ちょっ、王様って……って、いやいやそんな事よりも、NPC相手にそんなリアルの情報渡しちゃっていいの?」
小声で確認をとってくるチェリーさんだがちょっとまって欲しい。
ど密着状態でゼロ距離から耳元で囁かれるとゾクゾクするのでもうちょっとこう……アレだ。
もうちょっと離れて声を小さくとか、加減して欲しい。
いや、ゾクゾクしてないで説明が先か。
「ああ、なんつうか俺と出会う前に既に他のプレイヤーと接触済みで、初対面の時に俺も見抜かれたから正直今さらって感じなのよな」
「そういう事ね……」
というか、いずれ製品版でエリア解放された時にこっちのNPCのAIがそのまま使われるかどうかまではわからないが、どちらにせよ一般プレイヤーが入り込んだ時点で現実世界の情報で溢れかえるだろうから、正直時間の問題なんだよな。
何十万、何百万といるプレイヤーが全員この世界の住人ロールプレイをするなんてあり得ないし、例え意図的に周知するつもりがなかったとしてもプレイヤー同士の日常会話なんかから確実に現実世界に関する情報が漏れるだろうから。
「そういう事なのだよ。だからその辺りは深く気にする必要はないぞ? 俺もいたずらにお前達の事を言いふらしたりするつもりも無いしな」
「私達を政治の道具として利用する気はないと? 王様なのに?」
「むしろ王様だからだと答えようか。『プレイヤー』のことを扠置いても、月狼を従えていると知られれば馬鹿な貴族が引き込もうとちょっかい掛けるのは目に見えていたからな。キョウをこの祭りにハティ共々目立つように来させたのも王である俺が名指しで、しかも近衛を遣いに出して招待する程の知己であり、あの月狼を従えた者だと直接見せつけることで、どこぞの馬鹿が迂闊に手を出しにくくするようにする為だからな」
ああ、要するに王様のお手つきだから、貴族は勝手に手を出すんじゃないと牽制していたのか。
それに、情報で強力な月狼を従えているというのと、実際に間近でハティを見るのでは迫力だとかなんだとか色々違うだろう。
王の牽制に気が付かないような脳みそお花畑であっても、ハティの姿にビビって手出ししなくなると言うならソレに越したことはないってことか。
「なるほどね。ツッコミどころは多々有るけど、一応表面上は筋が通って入るわね」
「それ、理論が穴だらけって言ってるようなもんだよな……」
「こういうのは、結構言ったモン勝ちのところがあるのよ。その場で言葉に嘘が無いなんて滅多なことじゃ証明なんて出来ないし、振る側はたとえ表面上だけでもちゃんと相手にメリットを提示できるかが大事で、その言葉の裏のデメリットに勘付けるかどうかは話を振られた側の判断力次第ってね」
うわぁ、面倒くせぇ。
そういう言葉の裏を読むやり取りとか俺が一番苦手なやつだ。
「ほぉ、チェリーブロッサムと言ったか。貴族か商人と何度もやり合ったことが有るのか? この手の言葉遊びは平民にはあまり縁のないことだと思っておったが……」
「貴族では御座いません。私はれっきとした平民であり、どちらかと言うと一芸商人に近いと思います」
「そう畏まらんでくれ、プライベートの、しかも我が国の民でもない相手とくらい気軽に話したいのだ。キョウ同様そこらの一般人だと思って接してくれ」
「は、はぁ……まぁ本人がそれでいいと言うなら私はそう接しますけど、そう言われると私達と違って忠誠心とかある人は相当困るんじゃないですか?」
「クク……やはりお前達は俺の頼みを素直に受け入れてくれるのだな。ウチの国民ときたら何度頼んでも、側近ですら『畏れ多い』の一言で断ってきよるわ。無頼を気取る冒険者ですらもだ。一応、一国の王が頼んでいるんだがなぁ」
「やっぱり……」
現実世界で言うと社長や会長が平社員に向かって「タメ口で話せって言ってるようなもんだよな。
俺みたいな部外者なら兎も角、雇われの身でそんな事言われたら忠誠心を試されてるのか? とか色々勘ぐって迂闊なことは言えなくなるわなぁ。
王様ともなればその権限はとんでもない物だし、そりゃ畏れ多いとでも言って逃げたくなる気持ちもよく分かる。
「故に身内に頼むのはもはや諦めたわ。だが流離い人であるお前たちは俺に対する畏れなど持ち合わせておるまい? 今まで出会った『プレイヤー』も皆、王の肩書に対して丁寧に接しようとしてはおったが、俺に対する忠誠などは特に感じなかったからな」
「王様故の交渉疲れってことかしら? まぁ私にも身に覚えがあるから、そこまで言うなら一般人と同じ感じで話させてもらいますよ」
「うむ、そうしてくれると助かる。飾られた言葉はいちいち裏を読むのに疲れるのだ……」
それはよく分かるわ。
重役連中の中で報告するのとかとにかく疲れるんだよなぁ。
言葉遣いだの、費用対効果だの、持ち出した案件の実行説得力だのと、伝えたい要件以上に面倒臭い事をいろいろと考えなきゃならないせいで頭を使うことが多すぎる。
肉体的な疲れ以上に精神的に疲れるんだっていうな。
「言葉なんて誤魔化さずに正直に話せば良いのにね~」
「本当にその通りであるな。子供でも判ることが何故大人に出来んのか……」
「んん~、嘘をつかないと何も言えないくらい後ろめたいことしてるから?」
「悪意の有る無しは兎も角、有り体に言ってしまうとそういう事になるのよね。偉い人にホントの事を言ったら怒って何されるか判らない。だから耳障りのいい言葉で誤魔化そう……ってね」
「貴族なんぞその価値観に凝り固まっておる典型例であろうな。それで回れば良いのだろうが、勘違いした民が自分達の窮状すら誤魔化して手がつけられなくなった頃に発覚するなんてことも多々有る。そしてそれを指示するのが本来民を守るべき貴族達だというのだから笑えん話だ。自領の不手際を覆い隠そうとくだらんプライドに振り回されての事であろうが、廻り廻ってその貴族の主である俺の評価が落ちるのだから、そんな指示を出した貴族への俺の評価はガタ落ちだというのにまるで理解できておらんと見える……と、これはただの愚痴だな。嬢ちゃんも腹が減ってるようだし配膳も終わったようだし、まずは腹ごしらえとしようか」
言われてみれば、エリスが並んだ料理の前で挙動不審になっていた。
そして、それ以上にハティが目の前に置かれた巨大な肉塊に対して今にも飛びかからん勢いで伏せている。
尻尾がすごい勢いでブンブン振られているし、そろそろ我慢の限界だろう。
流石にこれ以上料理を目の前にお預けするのは可愛そうだな。
「よし、それじゃせっかく料理用意してもらったんだし、早速頂こう。いただきます」
「いただきます」
「いただきまーす」
「ワン!」
「夕食会は各村の村長や町長なんかの会合でもあるから、キョウ達は参加できんぞ?」
という衝撃の事実を、部屋に様子を見に来た村長から伝えられ、さぞ豪勢な飯でも出るんじゃないかと密かに期待していた俺は地味にダメージを受けていた。
夕食はどうしようかとちょっと焦ったが、特別な予定がない限り宿泊者へはちゃんと三食用意されるようだ。
朝食と夕食は部屋に運び込まれるということで、どうやら食いっぱぐれるという事はなさそうだ。
一瞬祭りの屋台で食料を買い込むべきか真剣に考えちまった。
……ん?
あれ、俺何か重要なことを忘れてるような……?
なんだ?
なんか、小骨がひっかかるというか、思い出せそうで思い出せない何かが有る気がしてならないんだが……
でも、荷物らしい荷物なんて殆ど持ってきてるし、要件についても何かがあった訳でもなし。
あえて有るとすればハティにのって祭りに来てほしいというアルマナフ王の頼みくらいだった筈だ。
ソレもこの場にいる時点ですでに叶えてるし……
まぁ、思い出せないってことはそれ程重要なことでもないだろうし、何かその場の思いつきのアイディア辺りを忘れてしまったのかもしれない。
気にはなるけど、思い出せない者は仕方ないか。
そんな事よりも今は飯だな。
確か日が落ちた頃に部屋に運ばれてくるらしいけど、もう外は完全に暗くなってる。
日が落ちた頃、ってのが受け取り方次第だから何時まで待てば良いのか判断に困るんだよなぁ。
こういう時に時計がない文化だといろいろ不便だ。
俺やチェリーさんは本体機能の時計が見られるから良いんだが、この世界の時計は今のところ砂時計しか見たことがない。
もしかしたら日時計とかならもあるのかもしれないが、置き時計や腕時計といった個人が自宅で気軽に一日の共通時間を共有出来るような物は見たことがない。
この後なにか用事があるわけでもないので急ぐわけではないが、旅の疲れが部屋で落ち着いたことで噴出したのか、妙に腹が減ったんだよなぁ。
正直あまった干し肉でもつまみたい所だが、エリスの教育上の問題で夕食前にオヤツ食ってる姿はあまり見せたくない。
どうしたものか。
……などと考えていたところで外に気配が。
ノックに続いて
「お食事をお持ちいたしました」
という心待ちにしていたセリフが。
「お、やっと夕ご飯が来たね」
「お腹減ったー」
チェリーさんとエリスも、二人で何やら遊んでいたようだが俺と同じで腹が減っていたようだ。
待ちわびたと言わんばかりの声色だった。
確か、夕飯と朝飯は旅館の人が中に運び込んでくれるんだったはずだよな。
開いている、と声をかけようと思った所で入り口に鍵がかけてあったのを思い出した。
「あ、今開けます」
入り口の扉を開いて招き入れようとした俺の目の前には料理を運んできた中居さんと思われる女性と――
「よう」
どこぞで見た王様が立っていた。
……なんでだよ。
「何だ、驚かせてやろうと思ったのに随分と反応が淡白じゃないか。もう少し驚いてもいいだろう?」
「いや、なんであんたがここに居るのさ? 村長達と会議やってるんじゃないのか?」
俺やエリスはともかく、村長は仕事として会議の出席のためにやって来た。
その会議に出席してるんじゃなかったのか?
「いや、ソレは内政担当の文官が取りまとめている。今回だけという訳ではなく毎年そうなってるんだよ。俺が顔を出すと王の顔色を窺って建設的な意見が出ないとか言う話でな」
言われてみれば確かに王様の前で「不満があれば言ってみろ」とか言われてもおいそれと不満を直接吐き出せる人とか少なそうだ。
俺は割と色々考えた末に結局言っちまう方だが、少数派である自覚はある。
というか、そういった会議全てに王様が出ていては、過労でぶっ倒れちまうか。
「本当はお前らを城に招こうと思ったんだが、今日は祭りの前日ということで国外からの大使なんかも多く城に来ていてな。貴族連中というのはどの国も自分達貴族以外を見下す傾向があるもんだから、今誘っても嫌な気分にしかならんと思って止めておいたのだ。お前もつまらんトラブルに巻き込まれるのは御免だろう?」
「確かにな。礼儀作法なんてのもよく知らんし、誘われた所で浮きまくって間違いなく目をつけられてただろうなぁ」
「そんな事より、早う中に入れてくれ。料理も冷めてしまうぞ」
「おっと、それじゃお願いします」
中居さんにお願いしたらなんか凄いものを見る目で見られた。
どうしたんだ?
「そりゃお前、王様にタメ口聞いてんのに女中には丁寧な口聞いてるもんだから、そりゃ驚くわな」
「プライベートではこう話してくれって言ったのあんたでしょうが。城で偉い人とかと話す時はエセ敬語使うつもりだったけど、ここでもそうしたほうが良いか?」
「そうだな、部屋の外で出くわした時はそうしてくれ。この部屋の中でなら他の者の目を気にする必要はないだろう」
「いや、中居さん……女中さん? にバッチリ見られて困らせてるじゃねーか」
「いえ、確かに驚きはしましたが、陛下がそれを許されているというのであれば私から申すことは何も御座いません」
ええ……それでいいのか?
「安心しろ、驚かせたかもしれんが、ここの職員で迂闊に情報を外に漏らす者など居らんよ。国内向けとはいえ、俺や国の重要人物を招く宿舎だから人員の配置には気を配っておる。身元も人間性も厳しくチェックしておるからな」
「ここの職員は皆武官としての教育をけています。快適な宿泊だけでなく慮外者の闖入等に対しても適切な対処ができる者達ですので、どうぞご安心してお休み下さい」
おおぅ、戦うメイドさんならぬ、戦う女中さんか。
武官としての教育を受けてるって言うし、この武闘派王様が太鼓判を押すってことはただ戦えるだけってレベルじゃないのかもしれないな。
兵士と違って宮中武官って超エリートらしいし。
「あら、お知り合い?」
「お? 新顔か? 前は居なかったよな?」
そういや、あの襲撃はイベントの前の事だったからこの二人は初対面だったな。
「あ、この前のおじさん」
「まだおじさんって歳じゃねぇんだけどなぁ……」
エリスはちゃんと覚えているようだな。
「ええと、この人はチェリーブロッサムといって、ここに来る少し前に村の外を知りたくて少し出歩いた時期があって、その時に出会った……」
「はじめまして、チェリーブロッサムです。キョウさんと同じ国の出身で、奴隷商人から逃げ出したは良いけど、地理がわからず途方にくれていた所をキョウさんに拾ってもらって一緒に家に住まわせてもらっています」
「……という事になってるけど、お察しの通り外の人間だ」
「ちょっと、キョウさん!?」
「ほほう!? こんな短期間にもう一人の『プレイヤー』に出会うとはなぁ」
こっちの人間にとって、俺達プレイヤーは異世界人みたいなもんだ。
そんな異物と何人も出会うなんてまぁ、普通はありえないわな。
この王様、さては主人公だな?
「それで、こっちのオッサンはアルマナフ。この国の王様で、以前ハイナ村が襲われた時に戦場帰りの王様が偶然駆けつけてくれて、その時に知り合ったんだ。……ちなみに王様相手にタメ口聞いてるのは人の目のない所ではそうしてくれって頼まれたからだからな」
「ちょっ、王様って……って、いやいやそんな事よりも、NPC相手にそんなリアルの情報渡しちゃっていいの?」
小声で確認をとってくるチェリーさんだがちょっとまって欲しい。
ど密着状態でゼロ距離から耳元で囁かれるとゾクゾクするのでもうちょっとこう……アレだ。
もうちょっと離れて声を小さくとか、加減して欲しい。
いや、ゾクゾクしてないで説明が先か。
「ああ、なんつうか俺と出会う前に既に他のプレイヤーと接触済みで、初対面の時に俺も見抜かれたから正直今さらって感じなのよな」
「そういう事ね……」
というか、いずれ製品版でエリア解放された時にこっちのNPCのAIがそのまま使われるかどうかまではわからないが、どちらにせよ一般プレイヤーが入り込んだ時点で現実世界の情報で溢れかえるだろうから、正直時間の問題なんだよな。
何十万、何百万といるプレイヤーが全員この世界の住人ロールプレイをするなんてあり得ないし、例え意図的に周知するつもりがなかったとしてもプレイヤー同士の日常会話なんかから確実に現実世界に関する情報が漏れるだろうから。
「そういう事なのだよ。だからその辺りは深く気にする必要はないぞ? 俺もいたずらにお前達の事を言いふらしたりするつもりも無いしな」
「私達を政治の道具として利用する気はないと? 王様なのに?」
「むしろ王様だからだと答えようか。『プレイヤー』のことを扠置いても、月狼を従えていると知られれば馬鹿な貴族が引き込もうとちょっかい掛けるのは目に見えていたからな。キョウをこの祭りにハティ共々目立つように来させたのも王である俺が名指しで、しかも近衛を遣いに出して招待する程の知己であり、あの月狼を従えた者だと直接見せつけることで、どこぞの馬鹿が迂闊に手を出しにくくするようにする為だからな」
ああ、要するに王様のお手つきだから、貴族は勝手に手を出すんじゃないと牽制していたのか。
それに、情報で強力な月狼を従えているというのと、実際に間近でハティを見るのでは迫力だとかなんだとか色々違うだろう。
王の牽制に気が付かないような脳みそお花畑であっても、ハティの姿にビビって手出ししなくなると言うならソレに越したことはないってことか。
「なるほどね。ツッコミどころは多々有るけど、一応表面上は筋が通って入るわね」
「それ、理論が穴だらけって言ってるようなもんだよな……」
「こういうのは、結構言ったモン勝ちのところがあるのよ。その場で言葉に嘘が無いなんて滅多なことじゃ証明なんて出来ないし、振る側はたとえ表面上だけでもちゃんと相手にメリットを提示できるかが大事で、その言葉の裏のデメリットに勘付けるかどうかは話を振られた側の判断力次第ってね」
うわぁ、面倒くせぇ。
そういう言葉の裏を読むやり取りとか俺が一番苦手なやつだ。
「ほぉ、チェリーブロッサムと言ったか。貴族か商人と何度もやり合ったことが有るのか? この手の言葉遊びは平民にはあまり縁のないことだと思っておったが……」
「貴族では御座いません。私はれっきとした平民であり、どちらかと言うと一芸商人に近いと思います」
「そう畏まらんでくれ、プライベートの、しかも我が国の民でもない相手とくらい気軽に話したいのだ。キョウ同様そこらの一般人だと思って接してくれ」
「は、はぁ……まぁ本人がそれでいいと言うなら私はそう接しますけど、そう言われると私達と違って忠誠心とかある人は相当困るんじゃないですか?」
「クク……やはりお前達は俺の頼みを素直に受け入れてくれるのだな。ウチの国民ときたら何度頼んでも、側近ですら『畏れ多い』の一言で断ってきよるわ。無頼を気取る冒険者ですらもだ。一応、一国の王が頼んでいるんだがなぁ」
「やっぱり……」
現実世界で言うと社長や会長が平社員に向かって「タメ口で話せって言ってるようなもんだよな。
俺みたいな部外者なら兎も角、雇われの身でそんな事言われたら忠誠心を試されてるのか? とか色々勘ぐって迂闊なことは言えなくなるわなぁ。
王様ともなればその権限はとんでもない物だし、そりゃ畏れ多いとでも言って逃げたくなる気持ちもよく分かる。
「故に身内に頼むのはもはや諦めたわ。だが流離い人であるお前たちは俺に対する畏れなど持ち合わせておるまい? 今まで出会った『プレイヤー』も皆、王の肩書に対して丁寧に接しようとしてはおったが、俺に対する忠誠などは特に感じなかったからな」
「王様故の交渉疲れってことかしら? まぁ私にも身に覚えがあるから、そこまで言うなら一般人と同じ感じで話させてもらいますよ」
「うむ、そうしてくれると助かる。飾られた言葉はいちいち裏を読むのに疲れるのだ……」
それはよく分かるわ。
重役連中の中で報告するのとかとにかく疲れるんだよなぁ。
言葉遣いだの、費用対効果だの、持ち出した案件の実行説得力だのと、伝えたい要件以上に面倒臭い事をいろいろと考えなきゃならないせいで頭を使うことが多すぎる。
肉体的な疲れ以上に精神的に疲れるんだっていうな。
「言葉なんて誤魔化さずに正直に話せば良いのにね~」
「本当にその通りであるな。子供でも判ることが何故大人に出来んのか……」
「んん~、嘘をつかないと何も言えないくらい後ろめたいことしてるから?」
「悪意の有る無しは兎も角、有り体に言ってしまうとそういう事になるのよね。偉い人にホントの事を言ったら怒って何されるか判らない。だから耳障りのいい言葉で誤魔化そう……ってね」
「貴族なんぞその価値観に凝り固まっておる典型例であろうな。それで回れば良いのだろうが、勘違いした民が自分達の窮状すら誤魔化して手がつけられなくなった頃に発覚するなんてことも多々有る。そしてそれを指示するのが本来民を守るべき貴族達だというのだから笑えん話だ。自領の不手際を覆い隠そうとくだらんプライドに振り回されての事であろうが、廻り廻ってその貴族の主である俺の評価が落ちるのだから、そんな指示を出した貴族への俺の評価はガタ落ちだというのにまるで理解できておらんと見える……と、これはただの愚痴だな。嬢ちゃんも腹が減ってるようだし配膳も終わったようだし、まずは腹ごしらえとしようか」
言われてみれば、エリスが並んだ料理の前で挙動不審になっていた。
そして、それ以上にハティが目の前に置かれた巨大な肉塊に対して今にも飛びかからん勢いで伏せている。
尻尾がすごい勢いでブンブン振られているし、そろそろ我慢の限界だろう。
流石にこれ以上料理を目の前にお預けするのは可愛そうだな。
「よし、それじゃせっかく料理用意してもらったんだし、早速頂こう。いただきます」
「いただきます」
「いただきまーす」
「ワン!」
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