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二章
六十四話 お約束Ⅰ
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「ご感想は?」
「ゴメンナサイ、正直言って舐めてました……」
青い顔でしゃがみ込み川の水面を覗き込んでいたチェリーさんは、ようやく落ち着いたのかぐったりしながらも立ち上がってこっちに戻ってきた。
狩ったヤギは既にバラしてある。
最初は二人で持って帰って安全な村の中で解体方法とか教えようかと思っていたんだけど、ヤギの暴れっぷりと解体のグロさでダウンしてしまったので仕方なく外でバラして持ち帰る手間を軽減したのだ。
「吐き気とか大丈夫?」
「うん、もう大丈夫。ヤギの攻撃もふっとばされて驚いたけどダメージ自体はそれほど無かったみたい」
「ならよかった」
身体の慣らしとか色々あったけど、まずチェリーさんに製品版とこっち側の根本的な違いを理解してもらうために、最初は一切のアドバイス無しでヤギを仕留めてもらうということにした。
そして案の定、チェリーさんは俺の想像通りにバカ正直にヤギに近付こうとしてアッサリ逃げられてしまった。
射程に捉えるよりも前に逃げ出すヤギに茫然となって「一体どうしろと……」といきなりヘコタレそうになっていたが、すぐに諦めるようなタイプではなかったようだ。
何度か試して、ようやくヤギの視線がこちらを捉えていることに気がついてそこからは早かった。
風を肌で感じられるとと言っていたのは気の所為ではなく本当の事だったらしく、風下から隠れて近づき、その高ステータスで一瞬で距離を詰めるとショートスピアで一突きにした……までは良かったんだが、肩の骨に弾かれたのか槍は突き刺さらず、油断してトドメを狙って近づいていたチェリーさんは驚いたヤギの後ろ蹴りをモロに喰らいふっ飛ばされてしまっていた。
日が傾き始めていたこともあって、時間的にこれ以上は危険だと判断して手負いのヤギは俺が仕留めた。
錯乱して暴れた時に足を折っていたらしくそれは大した手間ではなかった。
問題はその後で、血抜きと内臓を抜いて担いで帰ろうとした所で、チェリーさんが目を覚まし血まみれのソレをみて気分が悪くなってしまったのだ。
まぁね、製品版の方だとモンスター倒すと切り身がドロップしてたからね。
こんな狩猟生活とは無縁だったろうね。
ゲームとは言えビジュアルが超絶リアルだし。
血を見るのが駄目な人間が居るというのはバイト時代の経験でよく知っている。
新しく入った新人が魚の内臓入れを見て、見た目と匂いにやられて気持ち悪くなってしまい、次の日には来なくなったなんて事もあったからな。
魚のハラワタでもダメな奴が居るんだから、哺乳類系の血がドバドバ出るやつはもっとキツイだろう。
「ごめんね、なんかいきなり足手まといになっちゃって」
「ヤギを勧めた理由、コレでわかったでしょ?」
「うん。いい気になって肉食系の狼とか狙ったら間違いなく私が餌になってたよね、これ」
「まぁ、ゲーム感覚で草原うろいていたら、いつの間にか背後を取られて、後は群で責め立てられてハイおしまい、だったろうね」
「だよねぇ……はぁ~ちょっと自信なくすわ。テスターってLv1の頃からこの状況をくぐり抜けてきたんだよね。そりゃみんな強いわけだよねぇ」
まぁ、製品版の狩りのしやすさを考えると、警戒や注視とかみたいなパラメータ以外の戦闘技能の面で圧倒的にテスター達の方が上だろうな、とは思った。
そういった技能は製品版でモンスターの察知力の関係でほとんど無駄になるかもしれないけど、例えば対人技能なんかの面では有利に働くし、森の中での狩りとかでは間接的に役立つものもいくつかはあった。
「ヤギもあんな大暴れするとは思わなかったし、骨や内臓まで作り込まれてるなんて……直撃したのに槍が弾かれて、どんな防御力してるんだ―って頭が一瞬真っ白になっちゃったよ」
「普通はゲームのバトルなのに骨で弾かれるなんて想定しないよねぇ。俺だって最初ヤギ相手に命がけで戦った経験あるからよく分かるよ。一般ゲームのボスと違って、手傷を与えた時点から発狂モードみたいなモンだからなぁ」
残りHP割合で行動パターンが変化して攻撃が激しくなっていくボスはネトゲに限らず昔からよく見かけるギミックだけど、ここのモンスターは当たり前だけど初手から発狂状態だから油断できないんだよなぁ。
というか、獣は人間みたいな変な出し惜しみをしないし失血とかダメージの問題で追い詰めれば追い詰めるほど弱っていくから、そういう意味でも最初が一番危険なんだよな。
じゃあ、じわじわ弱らせれば良いのかと言うと、獣と人間でスタミナどっちが持つかと言わると……といった感じなので、複数人で狩るのでないならきっちり仕留めなきゃいけないんだけど。
「それにしたって、ここまでリアルな仮想世界してるとは思わなかったよー。NPCだけじゃなくてモンスターも、自然も何もかもがあり得ないくらいにリアルなんだもん。まさかモンスターのドロップアイテム無しで肉とかも自分で解体する事になるとは完全に想定外」
「まぁね。こっちでもう結構過ごしたけど未だに現実との区別がつかないレベルだしね。このまま出したら間違いなくグロ表現でR18待ったなしだろって何度も思ったし」
「だよねぇ~~」
軽口が出る程度には持ち直したかな?
血生臭さは残ってるが、匂いよりもビジュアルでダメージを受けるタイプだったか。
「まぁ、少しずつ慣れていけばいいと思うよ。ある意味何の前提情報もなかった俺よりも、β版っていう似たような別のなにかを知っているチェリーさんのほうが適応に手間取るかも?」
「どうだろ? でも、頑張って順応してみるよ」
血を見てかなりのダメージ受けてたみたいだけど、直後にこれだけ言えるメンタルはすげーな。
流石は芸能人って事だろうか。
「さて、じゃあ今日は帰ろうか」
肉は既に山羊革の生物入れに包んでカバンに詰めてあるからあとは歩いて帰るだけだ。
チェリーさんももう歩けるようだし、さっさと帰って肉が痛む前に氷室に突っ込んでしまいたい。
「え、一匹だけしか狩ってないのに? 私ならもう大丈夫だよ?」
「いやいや、これ以上やると獲物を見つけて仕留めたとしても日が落ちちゃうでしょ? 夜になると山から野犬が降りてくるんだよ。俺はこっちだと痛みをダイレクトに感じる都合上、殺されてショック死とかの可能性が否定出来ない限り迂闊に死ぬ訳にはいかないからさ」
「普通のゲームなら狩りが捗ると思うけど、そんなに危険なの?」
「視界が確保できない状況で、ヤギと違って積極的に襲ってくる上に連携してくる野犬の群れを捌き切る自信があるなら止めないけど……」
「あ、うんごめん。今の私じゃ絶対無理だね」
「そういう事。それに好き好んで襲われる様な危険を犯すつもりはないよ。痛いのはゴメンだ」
「それって、痛みの機能切ったり出来ないの?」
まぁ、そう思うよなぁ。
俺だって切れるなら切って欲しいんだけど。
「そもそも、俺の筐体に痛みを身体に感じるような機能は備わってないんだよなぁ」
「そうなんだ……」
「医者の話では、錯覚の一種で、感受性が高すぎて云々……らしいよ。俺自身が医者と話せた訳じゃないから又聞きの部分もあるけど、内容的にはそういうことらしい。まぁ痛み以外にも、五感全てが再現されちまってるし、ログアウト出来ない俺にとっては文字通りセカンドライフなんだわ」
「なんかネトゲの中で死ぬとリアルも死ぬのに何故か命がけの戦い始めるとか昔そんなゲームや小説あったよね」
「幸い、俺は魔王を倒しにダンジョンに潜るつもりもないし、謎の少女からチート能力を与えられたりはしてないから、デスゲームに巻き込まれる心配はないかな」
チート能力なんて必要ない。
というか俺は昔からチートする奴が大嫌いなのだ。
RPGとかで一人で楽しむならお好きにどうぞ、といった感じだが人対人の対戦ゲームでチートするやつは何が楽しくてやってるのかさっぱりわからない。
限られたレギュレーションの中でプレイヤースキル一つで相手を上回るのが対戦ゲームの楽しさだと俺は思っている。
最初から不公平な設定で戦って勝っても何も嬉しくないだろうに。
対戦相手にしても、そんなのに当たっても負けたと思わないし「何だアイツ」といった感情しか持たないだろう。
むしろ「ズルしなければゲームも出来ないクズ」というレッテルが貼られて終わりだ。
同じやつに対戦を申し込まれても迷わず対戦拒否だろうし、何一つ良いことがない。
勝手にチート能力付与されるとか、命がけの世界に放り込まれた物語の主人公にとっては生存能力が上がる最高のギフトかもしれないが、ゲーマーにとっては呪いと何も変わらないじゃないか。
まぁ最近は主人公のゲームの腕が凄いのをチートとか言う風潮もあるが、あれはプレイヤースキルで無双してるだけでチートでも何でも無いから除外というか褒め言葉だろう。
ただ、そういう意味では、俺の状況も他のプレイヤーと対等とは言えない。
主にマイナス方面でだが、五感の有無が全部不利に働くかと言えばそんな事もない。
例えば、アバターと同じだけのダメージをプレイヤーが負うというのは間違いなくデメリットの部分だ。
しかし匂い……嗅覚は他のプレイヤーには知覚出来ない。
つまり、察知手段が一つ増えるというのは間違いなくメリットだろう。
たとえ人間の嗅覚がそれほど強力なものでもなく、実戦で匂いを元に索敵するなんてまず出来なかったとしても。
そもそもレギュレーションが違ってる時点で公平感のかけらもないんだよな。
そういう理由もあって、現状打破されるまでは、この間の襲撃みたいな命がけの戦いでなら兎も角、腕を競い合うPvP的な勝負はテスター同士では出来るだけやりたくないんだよな。
勝っても負けても不平不満が出そうだからな。
まぁ、チェリーさん相手なら色々特殊な筐体使ってるし、感覚も俺の状況に寄せているみたいだから訓練としての手合わせならアリかもしれんが、やっても訓練止まりだな。
製品版サーバならともかくこっちで真剣勝負とか絶対やりたくない。
チェリーさんはガリガリレベル上げするタイプみたいだけど俺はマイペースに遊ばればそれで良い。
強さを突き詰め、レベルをカンストするつもりもなければ、最強装備を求めてダンジョンアタックを繰り返す気もない。
今後気が変わるかもしれないけど、少なくとも今はそのつもりはない。
何かに追われるような事もなく、自分の家を建ててゆったり暮らしたい。
そんで、時折エリスやハティと旅しながら色んな土地を見たり美味いもの食ったり、そんな風に過ごしたい。
「日常が命がけならそれデスゲームと変わらないんじゃないの?」
「ちょっとバランス崩して転んだだけで死にかねないバイクにのって行動走ってる人は、それをデス・レースだとは思わないでしょ」
「そりゃまぁそうかも知れないけど」
確かに死んだら危険っていうのは字面だけみればかなり危険な状況に感じるかもしれないが、そんなのはリアルで言えることだし、少し考えれば別におかしな事ではないと気づけるはずだ。
というか、死んでも簡単に復活できるゲーム的なシステムのほうがおかしいのだ。
「今日のシカとの戦いだってさ、やってるのは漁師と変わらないでしょ? 手持ちの装備が槍だったってだけで、もし銃はなかったとしてももっと良い武器持ってたらソレ使ったでしょ。現実でもそうだしゲームでだってそうだ。そう考えれば自分の置かれた状況が実はそれ程特殊なわけじゃないって思えなくない?」
「うぅ~ん……そう言えなくもないかもしれないけど、私はそこまで割り切って考えられないかなぁ?」
「ありゃ、そうか~。まぁ感性なんて人それぞれか」
あくまで俺の考え方だし、ソレを強要するつもりはまったくない。
ソレが唯一絶対の正しい考え方だなんて俺自身が微塵も思ってないしな。
というか、基本的に意見がぶつかった場合、深く考えてない俺の意見が間違ってると思ったほうが良い。
絶対自分の意見が正しいと断言できるような状況、殆どないからなぁ。
「それにしても、ただのヤギを倒せなかったのがメチャクチャ悔しい……どうしてキョウさんの攻撃はあんなにすんなりと急所に刺さったの? 私も心臓狙ったのにアッサリ弾かれちゃったんだけど」
「血抜きのためのトドメの入れ方を知ってるから、かなぁ? 上から叩きつけたり真横から心臓狙おうとしたりすると肩甲骨に阻まれるから、喉元から水平に突き入れるか、脇の下から差し込むようにして刃を入れるんだよ」
「なるほど……骨格とか覚えているから有効な弱点肉質が判るってことだね! まさかゲームの中で生物学のお勉強が必要になるとは」
やっぱりこの人飲み込み早いな。
肉質なんて言葉が出てくるってことは、その手のアクションゲーム経験者だろうから、感覚的に理解できるんだろうな。
効率よく安定に狩るための道筋をすぐに頭に思い描けるのはゲーマーとしての慣れなのか、はたまた地頭の出来がいいのか。
「チェリーさんも解体をこなしていけば、似たような骨格の生き物に対してどこを狙えば有効か判るようになるよ」
「うぅ……まずは血に慣れる所からかなぁ」
「大丈夫だよ、やってればすぐに慣れるって。エリスも最初は泣きながら見てたけど、今じゃ鼻歌交じりに手伝ってくれるしな」
「マジで!? あの娘にやらせて私が出来ないとかソレは流石に外聞が悪すぎるでしょ……意地でも頑張らなきゃ」
おぉ……思わぬ理由でモチベーションが上がった。
まぁ、やる気を出してくれたなら理由なんて何でも良いが。
「ゴメンナサイ、正直言って舐めてました……」
青い顔でしゃがみ込み川の水面を覗き込んでいたチェリーさんは、ようやく落ち着いたのかぐったりしながらも立ち上がってこっちに戻ってきた。
狩ったヤギは既にバラしてある。
最初は二人で持って帰って安全な村の中で解体方法とか教えようかと思っていたんだけど、ヤギの暴れっぷりと解体のグロさでダウンしてしまったので仕方なく外でバラして持ち帰る手間を軽減したのだ。
「吐き気とか大丈夫?」
「うん、もう大丈夫。ヤギの攻撃もふっとばされて驚いたけどダメージ自体はそれほど無かったみたい」
「ならよかった」
身体の慣らしとか色々あったけど、まずチェリーさんに製品版とこっち側の根本的な違いを理解してもらうために、最初は一切のアドバイス無しでヤギを仕留めてもらうということにした。
そして案の定、チェリーさんは俺の想像通りにバカ正直にヤギに近付こうとしてアッサリ逃げられてしまった。
射程に捉えるよりも前に逃げ出すヤギに茫然となって「一体どうしろと……」といきなりヘコタレそうになっていたが、すぐに諦めるようなタイプではなかったようだ。
何度か試して、ようやくヤギの視線がこちらを捉えていることに気がついてそこからは早かった。
風を肌で感じられるとと言っていたのは気の所為ではなく本当の事だったらしく、風下から隠れて近づき、その高ステータスで一瞬で距離を詰めるとショートスピアで一突きにした……までは良かったんだが、肩の骨に弾かれたのか槍は突き刺さらず、油断してトドメを狙って近づいていたチェリーさんは驚いたヤギの後ろ蹴りをモロに喰らいふっ飛ばされてしまっていた。
日が傾き始めていたこともあって、時間的にこれ以上は危険だと判断して手負いのヤギは俺が仕留めた。
錯乱して暴れた時に足を折っていたらしくそれは大した手間ではなかった。
問題はその後で、血抜きと内臓を抜いて担いで帰ろうとした所で、チェリーさんが目を覚まし血まみれのソレをみて気分が悪くなってしまったのだ。
まぁね、製品版の方だとモンスター倒すと切り身がドロップしてたからね。
こんな狩猟生活とは無縁だったろうね。
ゲームとは言えビジュアルが超絶リアルだし。
血を見るのが駄目な人間が居るというのはバイト時代の経験でよく知っている。
新しく入った新人が魚の内臓入れを見て、見た目と匂いにやられて気持ち悪くなってしまい、次の日には来なくなったなんて事もあったからな。
魚のハラワタでもダメな奴が居るんだから、哺乳類系の血がドバドバ出るやつはもっとキツイだろう。
「ごめんね、なんかいきなり足手まといになっちゃって」
「ヤギを勧めた理由、コレでわかったでしょ?」
「うん。いい気になって肉食系の狼とか狙ったら間違いなく私が餌になってたよね、これ」
「まぁ、ゲーム感覚で草原うろいていたら、いつの間にか背後を取られて、後は群で責め立てられてハイおしまい、だったろうね」
「だよねぇ……はぁ~ちょっと自信なくすわ。テスターってLv1の頃からこの状況をくぐり抜けてきたんだよね。そりゃみんな強いわけだよねぇ」
まぁ、製品版の狩りのしやすさを考えると、警戒や注視とかみたいなパラメータ以外の戦闘技能の面で圧倒的にテスター達の方が上だろうな、とは思った。
そういった技能は製品版でモンスターの察知力の関係でほとんど無駄になるかもしれないけど、例えば対人技能なんかの面では有利に働くし、森の中での狩りとかでは間接的に役立つものもいくつかはあった。
「ヤギもあんな大暴れするとは思わなかったし、骨や内臓まで作り込まれてるなんて……直撃したのに槍が弾かれて、どんな防御力してるんだ―って頭が一瞬真っ白になっちゃったよ」
「普通はゲームのバトルなのに骨で弾かれるなんて想定しないよねぇ。俺だって最初ヤギ相手に命がけで戦った経験あるからよく分かるよ。一般ゲームのボスと違って、手傷を与えた時点から発狂モードみたいなモンだからなぁ」
残りHP割合で行動パターンが変化して攻撃が激しくなっていくボスはネトゲに限らず昔からよく見かけるギミックだけど、ここのモンスターは当たり前だけど初手から発狂状態だから油断できないんだよなぁ。
というか、獣は人間みたいな変な出し惜しみをしないし失血とかダメージの問題で追い詰めれば追い詰めるほど弱っていくから、そういう意味でも最初が一番危険なんだよな。
じゃあ、じわじわ弱らせれば良いのかと言うと、獣と人間でスタミナどっちが持つかと言わると……といった感じなので、複数人で狩るのでないならきっちり仕留めなきゃいけないんだけど。
「それにしたって、ここまでリアルな仮想世界してるとは思わなかったよー。NPCだけじゃなくてモンスターも、自然も何もかもがあり得ないくらいにリアルなんだもん。まさかモンスターのドロップアイテム無しで肉とかも自分で解体する事になるとは完全に想定外」
「まぁね。こっちでもう結構過ごしたけど未だに現実との区別がつかないレベルだしね。このまま出したら間違いなくグロ表現でR18待ったなしだろって何度も思ったし」
「だよねぇ~~」
軽口が出る程度には持ち直したかな?
血生臭さは残ってるが、匂いよりもビジュアルでダメージを受けるタイプだったか。
「まぁ、少しずつ慣れていけばいいと思うよ。ある意味何の前提情報もなかった俺よりも、β版っていう似たような別のなにかを知っているチェリーさんのほうが適応に手間取るかも?」
「どうだろ? でも、頑張って順応してみるよ」
血を見てかなりのダメージ受けてたみたいだけど、直後にこれだけ言えるメンタルはすげーな。
流石は芸能人って事だろうか。
「さて、じゃあ今日は帰ろうか」
肉は既に山羊革の生物入れに包んでカバンに詰めてあるからあとは歩いて帰るだけだ。
チェリーさんももう歩けるようだし、さっさと帰って肉が痛む前に氷室に突っ込んでしまいたい。
「え、一匹だけしか狩ってないのに? 私ならもう大丈夫だよ?」
「いやいや、これ以上やると獲物を見つけて仕留めたとしても日が落ちちゃうでしょ? 夜になると山から野犬が降りてくるんだよ。俺はこっちだと痛みをダイレクトに感じる都合上、殺されてショック死とかの可能性が否定出来ない限り迂闊に死ぬ訳にはいかないからさ」
「普通のゲームなら狩りが捗ると思うけど、そんなに危険なの?」
「視界が確保できない状況で、ヤギと違って積極的に襲ってくる上に連携してくる野犬の群れを捌き切る自信があるなら止めないけど……」
「あ、うんごめん。今の私じゃ絶対無理だね」
「そういう事。それに好き好んで襲われる様な危険を犯すつもりはないよ。痛いのはゴメンだ」
「それって、痛みの機能切ったり出来ないの?」
まぁ、そう思うよなぁ。
俺だって切れるなら切って欲しいんだけど。
「そもそも、俺の筐体に痛みを身体に感じるような機能は備わってないんだよなぁ」
「そうなんだ……」
「医者の話では、錯覚の一種で、感受性が高すぎて云々……らしいよ。俺自身が医者と話せた訳じゃないから又聞きの部分もあるけど、内容的にはそういうことらしい。まぁ痛み以外にも、五感全てが再現されちまってるし、ログアウト出来ない俺にとっては文字通りセカンドライフなんだわ」
「なんかネトゲの中で死ぬとリアルも死ぬのに何故か命がけの戦い始めるとか昔そんなゲームや小説あったよね」
「幸い、俺は魔王を倒しにダンジョンに潜るつもりもないし、謎の少女からチート能力を与えられたりはしてないから、デスゲームに巻き込まれる心配はないかな」
チート能力なんて必要ない。
というか俺は昔からチートする奴が大嫌いなのだ。
RPGとかで一人で楽しむならお好きにどうぞ、といった感じだが人対人の対戦ゲームでチートするやつは何が楽しくてやってるのかさっぱりわからない。
限られたレギュレーションの中でプレイヤースキル一つで相手を上回るのが対戦ゲームの楽しさだと俺は思っている。
最初から不公平な設定で戦って勝っても何も嬉しくないだろうに。
対戦相手にしても、そんなのに当たっても負けたと思わないし「何だアイツ」といった感情しか持たないだろう。
むしろ「ズルしなければゲームも出来ないクズ」というレッテルが貼られて終わりだ。
同じやつに対戦を申し込まれても迷わず対戦拒否だろうし、何一つ良いことがない。
勝手にチート能力付与されるとか、命がけの世界に放り込まれた物語の主人公にとっては生存能力が上がる最高のギフトかもしれないが、ゲーマーにとっては呪いと何も変わらないじゃないか。
まぁ最近は主人公のゲームの腕が凄いのをチートとか言う風潮もあるが、あれはプレイヤースキルで無双してるだけでチートでも何でも無いから除外というか褒め言葉だろう。
ただ、そういう意味では、俺の状況も他のプレイヤーと対等とは言えない。
主にマイナス方面でだが、五感の有無が全部不利に働くかと言えばそんな事もない。
例えば、アバターと同じだけのダメージをプレイヤーが負うというのは間違いなくデメリットの部分だ。
しかし匂い……嗅覚は他のプレイヤーには知覚出来ない。
つまり、察知手段が一つ増えるというのは間違いなくメリットだろう。
たとえ人間の嗅覚がそれほど強力なものでもなく、実戦で匂いを元に索敵するなんてまず出来なかったとしても。
そもそもレギュレーションが違ってる時点で公平感のかけらもないんだよな。
そういう理由もあって、現状打破されるまでは、この間の襲撃みたいな命がけの戦いでなら兎も角、腕を競い合うPvP的な勝負はテスター同士では出来るだけやりたくないんだよな。
勝っても負けても不平不満が出そうだからな。
まぁ、チェリーさん相手なら色々特殊な筐体使ってるし、感覚も俺の状況に寄せているみたいだから訓練としての手合わせならアリかもしれんが、やっても訓練止まりだな。
製品版サーバならともかくこっちで真剣勝負とか絶対やりたくない。
チェリーさんはガリガリレベル上げするタイプみたいだけど俺はマイペースに遊ばればそれで良い。
強さを突き詰め、レベルをカンストするつもりもなければ、最強装備を求めてダンジョンアタックを繰り返す気もない。
今後気が変わるかもしれないけど、少なくとも今はそのつもりはない。
何かに追われるような事もなく、自分の家を建ててゆったり暮らしたい。
そんで、時折エリスやハティと旅しながら色んな土地を見たり美味いもの食ったり、そんな風に過ごしたい。
「日常が命がけならそれデスゲームと変わらないんじゃないの?」
「ちょっとバランス崩して転んだだけで死にかねないバイクにのって行動走ってる人は、それをデス・レースだとは思わないでしょ」
「そりゃまぁそうかも知れないけど」
確かに死んだら危険っていうのは字面だけみればかなり危険な状況に感じるかもしれないが、そんなのはリアルで言えることだし、少し考えれば別におかしな事ではないと気づけるはずだ。
というか、死んでも簡単に復活できるゲーム的なシステムのほうがおかしいのだ。
「今日のシカとの戦いだってさ、やってるのは漁師と変わらないでしょ? 手持ちの装備が槍だったってだけで、もし銃はなかったとしてももっと良い武器持ってたらソレ使ったでしょ。現実でもそうだしゲームでだってそうだ。そう考えれば自分の置かれた状況が実はそれ程特殊なわけじゃないって思えなくない?」
「うぅ~ん……そう言えなくもないかもしれないけど、私はそこまで割り切って考えられないかなぁ?」
「ありゃ、そうか~。まぁ感性なんて人それぞれか」
あくまで俺の考え方だし、ソレを強要するつもりはまったくない。
ソレが唯一絶対の正しい考え方だなんて俺自身が微塵も思ってないしな。
というか、基本的に意見がぶつかった場合、深く考えてない俺の意見が間違ってると思ったほうが良い。
絶対自分の意見が正しいと断言できるような状況、殆どないからなぁ。
「それにしても、ただのヤギを倒せなかったのがメチャクチャ悔しい……どうしてキョウさんの攻撃はあんなにすんなりと急所に刺さったの? 私も心臓狙ったのにアッサリ弾かれちゃったんだけど」
「血抜きのためのトドメの入れ方を知ってるから、かなぁ? 上から叩きつけたり真横から心臓狙おうとしたりすると肩甲骨に阻まれるから、喉元から水平に突き入れるか、脇の下から差し込むようにして刃を入れるんだよ」
「なるほど……骨格とか覚えているから有効な弱点肉質が判るってことだね! まさかゲームの中で生物学のお勉強が必要になるとは」
やっぱりこの人飲み込み早いな。
肉質なんて言葉が出てくるってことは、その手のアクションゲーム経験者だろうから、感覚的に理解できるんだろうな。
効率よく安定に狩るための道筋をすぐに頭に思い描けるのはゲーマーとしての慣れなのか、はたまた地頭の出来がいいのか。
「チェリーさんも解体をこなしていけば、似たような骨格の生き物に対してどこを狙えば有効か判るようになるよ」
「うぅ……まずは血に慣れる所からかなぁ」
「大丈夫だよ、やってればすぐに慣れるって。エリスも最初は泣きながら見てたけど、今じゃ鼻歌交じりに手伝ってくれるしな」
「マジで!? あの娘にやらせて私が出来ないとかソレは流石に外聞が悪すぎるでしょ……意地でも頑張らなきゃ」
おぉ……思わぬ理由でモチベーションが上がった。
まぁ、やる気を出してくれたなら理由なんて何でも良いが。
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