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断章1

果ての地にて rg001

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 そこは天も地も全てが白一色の世界だった。
 全てが白く、ひどく無機質な空間。
 言い表すとすれば『無』としか言いようがないだろう。
 そんな空虚な空間に複数の人影があった。

 一人はやる気なさげな長身の青年。
 ボサボサ頭に眠気を貼り付けた顔だ。

 もう一人は体格の良い老人だ。
 かなりの高齢に見えるが、肩幅は広く背筋は伸び、筋骨隆々という言葉の似合う体付きをしている。

 そして最後の一人は妙齢の女性だった。
 その凹凸のはっきりしたボディラインを強調するドレスに身を包んだ美女である。

「それで、経過はどうなってるんだ?」
「全体で見ればあまり進展が良いとは言い難いな。だが、ごく一部でかなりの適応率を見せているものがある」

 やる気の無さそうな若者の問いかけに、体格の良い老人が答える。
 老人の手元では多数の文字列が高速で流れている。
 それを覗き込んだ青年は、しかしすぐに興味を失ったのか視線をそらした。

「相変わらずこういったモノには興味はないか」
「全然。文字の羅列を見ただけで頭が拒否するね……それで、なにやってんの?」
「ここ最近のデータを纏めておるのよ。なかなか面白い事になってきておるゆえ、な」
「へぇ?」

「先住者と入植者との接触で一部摩擦が出始めておる」
「そこはある程度織り込み済みだったんじゃないの? どれだけ見た目が同じでも、中身が違えばどうしても違和感は生まれるでしょ」
「ある程度はそうだが、一部想定を超える過剰反応が見られる。摩擦という言葉では済まされない戦争レベルの衝突すら確認できている」
「え、それってまずいんじゃない? 管理不行き届きで煩く言われるんじゃ」

 それまで眠そうな顔をしていた青年が老人の言葉に初めて焦りを見せた。
 それは彼の立場としては当然の反応であるのだが……

「あら、あなたは今回の件には興味なかったんじゃないのかしら?」
「俺の管轄とはかけ離れた内容だったしな。特に興味を惹かなかったっていうのは間違いないけど。だけど、俺や俺の庇護を受けてる子達に害が出るようなら黙っては居ないけど?」
「相変わらずねぇ。過保護が過ぎるんじゃない?」
「君がいい加減過ぎるだけだろう? 真面目に働いたらどうなんだ」
「アナタにだけは言われたくはないわねぇ。やる気の欠片も見えないって私のところまで聞こえてくるわよぉ?」

 女性の言葉に青年は顔をしかめる。
 確かにやる気のない態度であるとは自身も自覚はしていたが、青年はいい加減に見えて己に与えられた責務には意外と誠実に取り組んでいた。
 与えられた仕事に忠実な彼にとって、同量とはいえ女性のいい加減さは許容しがたいものがあった。
 対立するのもそれはそれで女性=陰湿であるという偏見から面倒を恐れて口には出さないのだが。

「それで、そんな深刻なトラブルを一体どうするんだ?」
「どうもせんが?」
「いや、それは流石にまずいだろ?」
「何がだ? 何故ワシがそのような事に煩わされねばならぬのだ」

(このジジィ……)

「何故って……それを調停、管理するのが俺達の仕事だろう?」
「そんなものは先住者と入植者の当人同士の問題だろうに。いちいち関わってられるほどワシは暇ではないのだ」

 絶句する青年。
 この三人はそれなりの権限と地位を与えられている。
 にもかかわらず老人と女性は己の権限を使って好き放題するだけでろくに仕事をしない。

 しかし、この場に青年の味方は居ない。
 老人も女性も仕事は下任せ、そのくせ最終的な仕上げ作業だけは手元に集め提出資料を纏めることに関しては高いレベルでこなすのだ。
 つまり、資料を受け取る者たちからして見ればこの二人は人格さえ考慮しなければそれなりに有能なのである。
 第三者に、二人が職務を全うしていないと告げても誰も信用してくれないだろう。

「それよりも、コレを見てみるが良い! 中間接続を噛ませているにもかかわらず、驚異的な適合率だ。アレだけでもこの実験の成果としては上々と言えるじゃろう」
「へぇ? そこまでなんだ? 高適合率者の共通点なんかは把握できているのかしら?」
「そこまではまだじゃな。 こちらに与えられた情報だけではまだなんとも言えん」
「ふぅん。 まぁ要観察、って所かしら」

 二人の自由人が話し合っている横で青年は思考を回す。
 これ以上好きに動かれれば観察対象のうち5人が自分の管轄内で活動している以上ほぼ間違いなく時分に厄介事が回ってくるだろう。
 であれば、ある程度手を打っておく必要がある。

「報告できるような価値の有る事案は今のところこの程度じゃな」
「こちらはまだ目に見えた結果が出てないから報告できるほどの物はないわねぇ、ただ近い内に結構大きな動きが期待できそうなのよねぇ。楽しみにしていなさい」
「ほほぅ、それは楽しみじゃな」
「俺の方は特に無いな。順調に進行中の一言で終わりだ」
「なんじゃ、つまらんの」

 特に大きなトラブルもなく、目に見えた進展もない。
 なにせそうなるように管理するのが自分の仕事なのだから。
 むしろここで報告する緊急事案が上がるというのは無能の証明でもあるのだが、この二人は理解しているのだろうか?

「なら、今回はこれでお開きかしら」
「そうじゃな」
 
 であれば、もうこんな所に残る理由はない。
 抱える仕事は多く、進めたい事案はいくらでもあるのだ。
 こんなところで自由研究の発表会に付き合っている余裕はない。

「なら俺は戻るよ。特に興味を引くような問題では無さそうだしな。だが、実験は自分の管理範疇でやれ。俺の管轄で好きに動くのだけは許すつもりはないぞ」
「わかってるわよぉ。変に目をつけられても困るしねぇ」
「ならいい」

 そう言って釘を差し、青年は去る。
 先ほど老人のログを流し見た時点で深刻な影響が出てしまっていた。
 自分の管轄外の事なので特にそれをどうこうするつもりはないが、この二人が大人しく自重するとは最初から思ってはいない。
 隠しているようだが、彼は既にこの女が自分の興味を満たすためだけに先住者と入植者を争わせて多大な被害を既に出したという情報を掴んでいた。
 それによって多数の死者も出している。
 いくら入植者達が精巧であっても正確には人間とは違うといっても、管理すべき者が興味半分で殺し合わせるなど行っていい事ではない。
 予め被害を予測して対策を練る必要があるのだ。

(念の為何人かつけておいたほうが良さそうか……?)

 自由になる自分の信用できる者へ連絡をつけるため人知れず青年は動き始める。
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