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一章

四十話 災厄の末

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「すいません、何かあったんですか?」
「ん……? ああ、キョウか」

 野獣使いとアーマードレイクの撃破に成功し集会場に戻った俺達を迎えたのは、丁度集会場から出てきていた見張りのおっちゃんだった。
 他の連中も騒然とした感じで動き回っている。
 確かに村の外は野犬なんかの襲撃を受けてエライことになってるし騒然とするのは何もおかしくないんだが、どうもここは様子が違う。
 外よりもむしろ集会場の中の方がゴタついているというか……

「ガガナ村の連中との対談中、ちょいとエライことになってな」
「エライこと?」
「ああ、ギギリの野郎が突然崩れたんだ」
「突然……崩れた?」

 崩れたってどういうことだ?
 崩れ落ちるって倒れるって意味でも使うしそういうことか?
 状況的に操っていた野獣使いが死んだせいで、こっちではギギリが交渉中に突然ぶっ倒れた……ように見えたといった所か。

「言葉では伝えにくい。見てもらったほうが早い……って、その人は」
「ああ、ちょっと北側でのトラブルを助けてもらったんだ。で村長に会わせようと思って……」
「わかった、村長も中にいるからついて来い」

 あれ? 意外とあっさり。
 身元の分からぬ男を、とかなるかと思ったが……ってよく考えたらこの人の言葉通りならこの辺りに住んでる人ならこの人の事は知ってるのが普通なんだっけか。
 こうもすんなり通るってことはフカシでも何でもなく、本当に顔が知られてるってことなのか。
 そういえば野獣使いと傭兵団との戦いがどうのって言ってたな。
 という事は、この辺り出身の有名な傭兵とか……?
 確かにオーラすごいしな。
 佇まいだけでわかる強者のオーラが。

 そんなこんなで集会所の中に中に通された俺達の目の前には、それはそれは酷い物体が転がっていた。

「ぬ……新入りか、それに……こ、これはこれは、何故エデルヴァルトへ……様がここに!?」
「エデルヴァルト? アルマナフじゃねーの?」
「お、おい!」

 あー、この焦り方はアレか?
 お約束っていうか……実はお貴族様的な展開とか。

「どっちも間違ってはおらんぞ? アルマナフ・アルヴァスト・エデルヴァルトだからな」
「名前長いな! もしかしなくても貴族的な何かとか?」
「おう、王様やってんぜ?」
「マジすか!?」
「マジマジ」

 貴族どころじゃなかった。
 まさかの王様かよ!

「いやいや……それににしてはノリが軽すぎやしないですかねぇ? ついでにフットワークも。 なんで王様が護衛もなしに鉄火場に飛び込んできてんスか」

 あんな所にあんな状況で一人でふらっと出てくる奴が王様とか想像できるか!
 最高権力者が最前線に突っ込むとか英雄譚ならともかく現実にやっちゃダメだろ。
 部下の胃がぶっ壊れちまうぞ。

「ノリ悪く話しても息苦しいだけだろうに。そういうのは城の中だけで十分だ。 護衛に関してはその任についていた者たちは他の村へ走ってもらっているからだな」
「どゆこと?」

 護衛は居たのに別の仕事を与えたってこと?
 護衛の意味なくね?

「遠征帰りに良くない情報が耳に届いてな。ガガナ村で事情を聞こうと思ったのだが既に一足遅く、事態は急を要すると判断し同行者を周辺の村へ飛ばし、一番近いここには俺が訪れたという訳だ」
「なるほど、そういう事でしたか……ではガガナ村は」
「ああ、幾人かは逃げ出すことができたようだが、ほぼ皆殺しであったよ。住人たちの殆どが屋内で食い散らかされていたことや広範囲に魔術反応があった事から、寝静まった時分にパライズクラウドかスリープクラウド辺りで拘束し蹂躙されたのではないかと言う話だ」

 うわ、本当にあのアーマードレイクの餌にするためにガガナ村を滅ぼしてたのか。
 めちゃくちゃするなアイツ……

「何故そんな……なんという事を」
「さて、あの野獣使いしかわからないだろうな」

 ん……? あ、そうか。
 野獣使いが餌にする為云々を喋っていた時まだこの人は現場に来ていなかったから、村を襲った動機までは知らないのか。
 何も知らなければ、例え村人が食い散らかされ惨殺されたという事実があっても、現場に魔法反応があっては人の手によるものだと想定するはず。
 まさか、村人全部餌にするためとは思わないか。

「理由は野獣使いから聞いてる。アレが嘘を言っていないのであれば、自分の使う獣の餌のためにガガナ村を襲ったらしい」
「ば、馬鹿な……!? 同胞を餌にするだと!? 人のすることではない、外道の所業ではないか!」
「ひと目見てその言動からクズであるとは思っていたが、そこまで外道に手を染めていたとはな……」

 例えば、悪魔だとか、獣人だとか異種族がやったというのならまだ理解できなくもない。
 別の種族=敵、あるいは捕食対象とみてもあながち不自然ではないのは人間にだって言えることだから。
 だが同じ人間が、同胞である人間をただの餌として消費するというのは正気であるとは思えんよなぁ。
 まさしく『お前には人の心がないのか!』と問われるべき所業だ。

「まぁ、何はともあれ、まずは現場を見せてもらおうか」
「わかりました、こちらへ……」
 
 確かエリスは元々NPC用AIとして健全な成長を促すためプレイヤーと一緒に行動させていたはず。
 なのにあんな頭のネジが飛んじまったAIをのさばらせて居るのはどういう事なんだ?
 ハティのモンスター用AIログを遡れるということは、人型NPCのAIログを遡ることだって出来るはず。
 全てのNPCの監視は出来ないとしても、ここまであからさまな行動を起こせば運営が気付かない筈がない。
 いや、そもそもガガナ村を襲った時点で対応が間に合わないにしても異常には気がついても良いはずだ。
 それが何故放置されていた……?

 となると、やはり悪役用の敵NPCとして躊躇しない悪党を作っていた……?
 にしても、やりすぎなんじゃないのか?
 ここまで被害を拡大させる必要があるとは思えんが、一体どんな悪党を生み出そうとしてるんだ……
 しかも巨悪ではあっても、すごくやられ役っぽい卑劣漢が出来上がっていた気がするが。
 あれじゃいいトコ序盤から中盤にかけてのヤラレ役だろ……
 実際、初めて1週間の初心者にやられて……いや、やったのは俺じゃないか。 
 あそこで逃げ切って、後で大物も利用して引っ掻き回すトリックスターになるとか?
 ……まぁ死んじまった訳だから、その後なんてものはないんだが。

 しかし――ん? 何だこの匂い。

「腐臭……? いや違うな」

 集会所の奥部屋、その中央付近にソレはあった。
 鼻が曲がるような臭気を放ちうごめくソレは――

「うわ、グッロ……なんスかこれ」

 つかマジでなんだコレ……
 ドジョウくらいのサイズの芋虫が腐臭のする泥の中で無数にのたうってる。
 キィキィと鳴いているから口が有るんだろうが、正直太くて短いミミズにしか見えん。
 というか本気で臭ぇ!

「ギギリだよ。突然奇声を上げてのたうち回ったと思ったら唐突に崩れてこの有様さ」

 崩れたって、本当に文字通り崩れたのかよ!?
 この泥が元人間? マジでか!?

「このキモい虫みたいなのは……」
「判らん。奴の身体が崩れて、中から這い出してきたんだが、どういう虫なのか分からなくて手が出せんのだ。ギギリの死体から出てきたということは寄生虫の類いだろうことは容易に想像がつくからな。どんな動きをするのかも判らん以上迂闊に近づくこともできん」

 確かに、潰そうと近づいたらどこぞのエイリアンみたく飛びかかってきて、寄生されたなんて事になったらシャレにならん。
 火を放ったらチャバネなGみたくこっちに飛んでくるとかも怖いしな……
 しかし操ってる野獣使いが倒された場合、操られていたギギリの記憶とかはどうなるのかと思ったが、まさか記憶どころか身体ごと失っているとは……
 
「これは血宿蟲か。奴め、何が野獣使いだ。この手管、間違いなく蟲使いではないか」
「ご存知で?」
「こいつは水を介して肌を食い破って血管に潜む寄生虫だ。本来は沼トロルの腹に寄生するのだが、人の体に寄生すれば体内を食い荒らされこの有様よ」
「なんと……ギギリめはそれを知って今回のような捨て鉢な行動を取ったというのか」

 あ、そうか。
 ここに居た村長たちは野獣使いとギギリの関係について詳しく知らないのか。

「さっきまで野獣使いと戦ってたんだけど、どうもギギリは野獣使いに操られてたみたいですよ。ボスはギギリではなく野獣使いの方だったみたいッス」
「なんだと!?」
「まぁ、奴が口から出任せを言った可能性もありますけど、状況を見るに間違いはないんじゃないかと思いますけど」
「そうか……いや、いくらギギリがうつけ者だったとは言え流石に言動が常軌を逸しているとは思っていたのだ。しかしまさか操られておったとはな」

 寧ろ、流石にちょっとおかしいレベルでしか差異を認識できないほどダメ人間だったギギリの本性のほうが驚きなんだが……
 ギギリと村長のやり取りは遠目に少ししかみてないが、それでもかなりのDQNっぷりを発揮していた用に見えたんだが。
 普段からアレだったのなら、たとえ死んでも誰も悲しまないんじゃねぇのか。
 時分の息子があんななったら間違いなく感動するぞ俺なら。
 死んじまっては、もう確かめる術は無いんだが、操られてないギギリがどんなクズだったのか流石に興味が出てきたぞ……どうしてくれる。

「血宿蟲は蟲使いの使う虫の中でも割と有名なものでな、寄生させた虫に神経を食わせ操ることが出来るのだ。魔法も合わせて使えば本人になりすますことすら可能でな、絡繰虫とも呼ばれている」
「うげ、この虫に身体を操られてたってことか」
「今は身体に仕舞っておるが、此奴等は口から細く長い触覚を伸ばし食いつぶした脳ミソを乗っ取るのよ。コヤツの死骸には肉が残っておらず泥のようになってしまっておるだろう? コレは泥ではなく糞よ。肉も腸も食いつぶし糞に挿げ替え体内を泳ぎ始めれば掌握は完了、という訳だ。この虫に食われたものは全身クソ袋にされて操られ続けるというわけだな」
「最悪すぎる……」
「トロールであればその再生力で共生できるのだが、それ以外の生き物は皆この有様、という訳だ」

 あれか、魚の寄生虫のアニサキスみたいなものか。
 寄生虫は本来宿主が死ぬと困るから、宿主に害するようなことはない。
 しかしアニサキスは魚の中にいるときは無害だけど、本来宿主として想定していない人の腹に入ると胃袋に穴を開けちまうっていう。
 あれ、でも冬虫夏草とかは普通に宿主殺すような……?
 流石に寄生虫の知識は詳しくないからよく判らんな……

 ――まぁ、死んじまったやつのことはこの際置いておくとしてだ。
 野獣使いは蟲使いでもあったということだろうか。
 あるいは、獣のように虫を操るのではなく、虫を使って獣を操っていた可能性もあるか。
 薬か、はたまた調教か。
 どちらにしても虫を使ってどうやって人を操って、言動まで正確に操作するのか俺にはさっぱり仕組みがわからないが、この世界には魔法が普通に存在するからなぁ。
 一般人には理解の及ばぬ何か手段ががあるのかも知れない。
 そういえば昔テレビか何かでカタツムリに寄生してワザと鳥に食わせて感染先を移す寄生虫なんてのを見たような……
 かなりうろ覚えだがリアルでも普通に身体操る寄生虫とかいるなら余計この世界でならありえるのか?
 何にせよ、こんな操られた上に食い荒らされて死ぬとか、最悪すぎるし対策方法とかが有るなら把握しておきたい所だな。
 虫下し的なものでも有るんだろうか……

 おっと、思考が明後日の方向に飛びすぎた。
 そういや、そもそも今回の話し合いってギギリに詫び入れさせるのが目標だったはずだけど、この場合どうなるんだろうか?

「えっと、それで、結局ガガナ村との話し合いはどうなったんです?」
「目の前でギギリがトチ狂った事を喚いたと思えば突然崩れて糞の山だぞ? ガガナの連中も相当ショックだったようで、今は外で休憩しておるよ」
「そりゃそうか……」

 頭おかしくても一応リーダーだった訳で、そんなのが目の前で突然崩れて寄生虫まみれの糞に変わっちまったらそりゃ衝撃を受けるわな。

「しかし、もはや交渉等と言っている場合ではないな。まさかガガナ村が滅ぼされておったとは……外の者共に何と伝えたら良いものか」
「あるがまま伝える他あるまい? このまま黙って返しても奴らに待っているのは滅ぼされ廃墟と化した己の村だけだぞ」
「むぅ……致し方なし、ですか」
「なんなら俺の口から伝えても構わんぞ。俺もこの村に着いたばかりで詳しい事情を知らぬ、双方から詳しく話を聞きたいと思っておったしな」
「であればよろしくお願いします。対立していた俺よりもエデル様の言葉であったほうが彼らも納得しやすいでしょう」
「よかろう。……それとキョウと言ったか。お前も来い。野獣使いとやりあっておったのはお前だろう。あの月狼の事も含めて今回の襲撃の事情を聞き取りたい」
「まぁ、そうなるよな……了解」

 コレは流石に仕方ないだろう。
 こと野獣使いに関しては今回は間違いなく俺は当事者だから、事情聴取とか面倒事から逃げることは出来ない。
 相手がこの地域の王様であればハティのことも話を通しておかないと危険な気もするしな。
 いっその事、この際に王様本人からお墨付き貰ってしまえば今後の対応が楽になる……か?

「とはいえ、村は襲撃されたばかり……いや今も外では野犬と争っておったか。すぐに聞き出そうとしても疲れていては頭が回らんだろう。明日の昼に関係者を集めて話を聞きたいが、どうだ?」
「承りました。新入りもそれでいいな」
「ええ、構いません」
「では手間を取らせたがこの場は一度解散だ。夫々おのが務めを果たすが良い」
「ハッ!」

「キョウ、お前は少し付き合え。話がしたい」
「えぇ……明日話すんじゃねぇの?」
「それは今回の顛末等の小難しい話よ。もっと気軽い話がしたいだけだ」
「まぁ、俺の仕事は殆ど終わってるんで別に構わないッスけど」

 王様を連れ立って表に出る。
 集会所前の道を挟んだ反対側で座り込んでいる一団がガガナ村の連中だろうか。
 周りがせわしなく動いてる中、あそこだけ停滞しているというか『もうどうしたら良いんだ』という途方に暮れた感じが傍から見ているこちらにまで伝わってくる。
 気にはなるが、今は話しを聞けるような状態じゃないな。 
 さて――流石にこの場で立ち話をするには邪魔すぎるし、ゆっくり話せる場所となると……ウチに戻るか。
 鎧姿のオッサンを迎えるには屋内は狭いが庭先の炊事場であれば普通に腰掛けて話もできるだろう。

「それじゃ、ウチに行きますか。ここで突っ立って話してると周りの邪魔になりそうだし」
「オウ、場所は任せた」

 決まりだな。
 日も昇ってるし、襲撃時は暗くて見えなかった村の被害の様子も確認しがてら帰るとするか。
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