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一章

三十八話 野獣使いⅢ 

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「キョウ! おじさん! 村人は皆隠れたよ!」
「よくやった! ……が、何故お前まで来た!」

 いや、ほんとに何でだよ。
 危ないだろうに。
 今はハティにびびったのかアーマードレイクが尻込みしてくれてるから良いものの、再び暴れ始めたら手がつけられんぞ。
 野獣使いもなんか一人でブツブツ言ってやばい空気満々だし。

「キョウたちが危険なのに襲われてるってハティが教えてくれたの」

 そういや、エリスはハティと普通に話せてるように接していたっけか。
 それにしたって、心配だからといってこんな危険な場所まで……

 んん?
 いや待て、危ない……ではなく危険なのに襲われてる?

「たしかに今この村はどこも危険だが……」
「ガーヴさんちょっとタンマ」

 コレはちょっと確認しておかないと駄目だな。

「ハティは『俺達が危険』、じゃなくて『危険なのに襲われてる』って言ったんだな?」
「うん。 こっちで襲われてるから一緒に行こうって」

 やっぱりそうか。
 エリスやハティは俺がどこにいるかは知らないはず。
 なんせ行き先は伝えてないし、必要に応じて動くからだ。
 実際最初は村の中央付近に、今は北側の壁の直ぐ側にいる。
 にもかかわらずそこまで明確に条件づけてるって愛犬の言ってることが『なんとなく分かる』的なレベルではなく、エリスはどういう方法を使ってかわらないがハティと明確に意思疎通が出来るらしい。

「……エリス、今ハティはなんて言ってる?」
「コレはハティがやっつけるから壁を直して南側へ行ってだって。野犬がまた増えるって」

 野犬が増える……本当のことなら村の外の気配まで察知してるって事か。
 でも、俺達の居場所を正確に把握していたみたいだし、ハティならありえる……のか?

「……だそうですけど、どうします? ガーヴさん」
「この化物を任せられるのなら願ったり叶ったりだが……本当にハティと対話できてるのか?」
「ここに真っ直ぐ来たことや、俺達の状況をエリスが正しく理解できてた事からも、かなりの確度があるとは思いますけど?」

 とはいえ、状況から見てそうであろうというだけなんだけどな。
 コレばかりはエリスとハティにしかわからない問題だ。
 だが、今のこの現状を見れば俺は信用できると考えていた。

「……そうだな。ここはハティとエリスを信じよう。実際壁をなんとかしないといけないのも確かだし、何より野犬の増援については流石に聞き捨てならない」

 そう、この壁の穴放置しておいたら後から来るっていう野犬に入り込まれかねないし、当然の判断だな。

「この場はハティとエリスに任せよう。悪いがお前はここに残ってやってくれ。俺達は破れた壁の外側に板と枝で出来合いの柵を作って補強した後、南の方へ向かう」
「え? エリスを連れてってくれるんじゃないんすか? こんな戦場に女の子置き去りは流石にないんじゃねーの!?」
「そうは言うが、恐らくこの場で一番安全なのはハティの背中の上だぞ?」
「うっ……」

 それを言われると確かに反論できない。

「お前はハティとエリスが暴走しないように抑えに残ってくれ。ハティが言うことを聞きそうなのはお前とエリスだけだろうからな……」
「……了解、まぁなんとかしてみます」

 正直、ハティが暴れたら俺なんかどうしようもないんだが、それはガーヴさんも理解して言ってるんだろうな。
 アーマードレイクはガーヴさん達が壁の外に出ていくのが気になるようだが、ハティが睨みを効かせている為か追いかけようとはしないようだ。
 このガタイ差で相手をビビらせるとか相当だなコイツ。

 さて。
 野獣使いがブツブツ言っている間にどうにかしたいが、ぶっちゃけ俺に出来ることって特に無いんだよな。
 ハティ任せと言うか……

「ハティ、行って!」
「ガウッ!」

 エリスを背中に載せたまま、縦横無尽に駆け巡る。
 ハティを踏み潰そうと打ち下ろすアーマードレイクの前足を躱すと同時に反対側の足を抉っている。
 尻尾の薙ぎ払いは飛んで躱し、その身体を使った突進に対してはすれ違い様に爪と牙を突き立てる。
 そして……

「魔法まで使えるんんか……」

 下がるアーマードレイクの分厚い甲殻に向かって、光の槍を打ち込む。
 余程威力が高いのか、剣も槍も通じそうにないあの分厚い甲殻を面白いように撃ち抜いている。
 なるほど、数倍近いサイズ差にもかかわらず怯えるわけだ。
 これじゃ自慢の防御も役には立たない訳だ。

「お、お、おおお? おやおや? いつの間にか随分と人数が減ってますねぇ?」

 チッ、ずっと自分の世界に引きこもってれば良いものを、戻ってきやがったか。

「それにしても、それにしても! 驚きましたよ、まさかこの様な所にあの月狼が、しかも人に操られているとは!」
「別に操ってる訳じゃねぇけどな。懐いてるだけだ」
「ケヒヒ……ご冗談を。月狼は群の長を頂点とした絶対君主制。群のリーダー以外には絶対に従わないことで知られているのですよ。その高すぎる魔術抵抗のせいで私の使役魔術も届かなくて手が出せない野獣の一つですからねぇ」

 んな事言われても、実際操ったりしてる訳じゃねぇしなぁ……

「ですが、ですが! 好都合です! どういう理由か走りませんが、おわぁ!? ……っとと、使役できるという事はその個体にはあの厄介な魔法抵抗を備えていないという事なのでしょう?」

 ハティの攻撃を受けて激しく暴れるアーマードレイクの上でホントよくやるわ。
 話し好きな上に説明厨とは……

「であれば、であれば! 獣を扱う事に特化した私の魔術で上書きしてやれば…………おや?」

 野獣使いは怪訝な顔で首を傾げている。
 恐らく、使役の魔術とやらを使ったんだろう。
 だが、別に俺達がハティを魔術で操っているなんて事実はないし、ハティ側になにか問題がないというのであれば当然『高すぎる魔法抵抗』とやらも正しく機能しているだろう。
 つまりは、普通の月狼に通用しない使役の魔法なんてものが群ボスにあたるハティに通用するわけがないという訳だ。

「何故、何故です!? どういうことですか!? 何故私の使役術が効かないのですか!?」
「さっき自分で月狼の魔法耐性は高いと言ったろうに。単純にお前の魔術がこいつの魔法抵抗に弾かれてるだけだろ」
「まさか……アナタの魔術が私の魔術強度の上を行っているとでも!? いや、いや! そうか、魔導具ですか!?」

 ほんっとに話を聞かないやつだな。
 おしゃべり好きなんじゃなかったのかよ?
 アレか、会話が好きなわけじゃなくてただ自分が喋りたいだけ系のやつか。
 しかし、操ってる訳じゃないとわざわざ教えてやったってのに、コイツの中の常識では使役魔術とやらを使わないと獣と一緒にいられないんだろうか?
 ……居られないんだろうなぁ、この思い込み様を見ると。
 だがこのタイミングで考え込むとか、いくら何でも迂闊すぎやしないだろうか?

「グルァ!!」
「おおっ!?」

 ろくに操っているアーマードレイクの状況を確認していなかったんだろう。
 輝く槍のような魔法によって足が地面に縫い付けられズタボロに削られていたため、その巨体を支えられなくなったアーマードレイクが潰れるように倒れ込んだ。
 そして、その衝撃で足を滑らせた野獣使いがその背を転がり落ちてくるのがこちらはハッキリと捉えていた。
 その隙をのがしてやるほどお人好しなつもりはない。

「オラァ!」

 落下してくる野獣遣いをホームランする勢いでミアリギスを振り切る。
 SAD達と戦ったのが本サーバであることを考えると、テストサーバでの初めての対人攻撃だ。
 いくらゲームであると行ってもこれだけのリアリティだ。
 躊躇や何かは仕方ないと思ったし、やってしまえば後味の悪さとか公開とか絶対するんだろうなぁとは思っていた。
 だが、正直なところコイツに関しては良心の呵責とかに苛まれる気が一切しない。
 そういう意味ではここまでクズいコイツの言動には変な話だが感謝しても良いと思っている。
 なんせ、そのおかげで全力でぶった切れる。

「ぐぬッ!? こ、この……!」

 だが、流石にクズでもレベルは高いらしい。
 俺の渾身の一撃は如何にも『魔法の盾』と言った感じの透けたバリアで弾かれる。
 バリア自体は思いの外あっさり破壊できたが、攻撃の威力はほとんど殺されてしまった。
 いくら何でも脆すぎやしないかとも一瞬思ったが、恐らくこれは完全に弾くのではなく、はじめから脆く崩れることで攻撃を減衰するためのバリアだったんだろう。
 実際、渾身のぶった斬りは装飾過多な悪趣味な杖で受け止められてしまった。

「こ、これは少々不味いですねぇ!?」

 それでようやく状況を正しく理解したのか、そこから狙った追い打ちに対しては流石に対応されてしまった。
 本命の使役獣はハティが潰してくれたとは言え、魔法使い相手に距離を離されても面倒なので距離を取らせるつもりはない。
 下がる野獣使いの動きに合わせて深く踏み込み膝をぶつけてやる。

「う、ぐ……ぬおっと!?」

 後ろに下がろうと重心を傾けた所を狙い撃ちで膝をぶつけてやった場合、対処を知らない人間は大抵バランスを崩す。
 ガキの頃にやっていた空手道場で師範に教わった喧嘩殺法だ。
 喧嘩殺法なのに危険だから喧嘩に使うのは禁止とか言われて、何の意味があるんだそれと当時は思ったものだが思わぬ所で役に立つもんだ。

 体勢を建て直される前に、ここはさっさと後ろ向きにひっくり返った野獣使いに穂先を打ち下ろす。
 獲物を前に舌なめずりは……って奴だ。
 ――が。

「ええぃ! 致し方ない!」

 苦し紛れに振るったと思われる杖ごと叩き斬ろうとした瞬間、俺は数メートルはふっ飛ばされて転がっていた。

「ぐっ……何だ!?」

 つい口に出しちまったが、実際どういう事だ?
 奴はこっちの攻撃を防御しようとしていたはず。
 攻撃同士がぶつかったというのなら押し負けるということもまだ納得できるが……。

「あぁ~……結構値が張ったんですがねぇ。バジリコックも潰され、アーマードレイクもこれ以上は使い物になりそうもありませんし、コレじゃ大赤字ですよ……どうしてくれるんです一体」

 そう言って立ち上がった奴の手には舳先の砕け散った杖。
 ああ、もしかしてアレか。
 RPGによくある武器を犠牲に魔法を発動する的な奴。
 ふっ飛ばされただけで火傷やなんかは特に無いし、衝撃波を出すとか杖自体が破裂するとかそういった効果だろうか。

 あの有様を見る限り使い捨ての一回限り。
 確かに魔法使いにとって致命的な近接戦を強制的に回避できるという意味では優秀な性能だと思うが、そのためにあのやたらゴテゴテして無駄に高そうな杖を犠牲にしなければならないとなると財布に優しくは無さそうだ。
 知ったことじゃないけどな!

「ワタクシとしたことが引き時を見誤りましたかねぇ……いやはや慢心とは恐ろしい。既に大損害ですが、アーマードレイクが使い物にならない以上これ以上は餌に拘る必要もないですし、ここは大人しく引いておくとしましょうか」
「大人しく逃がすと思ってるのか?」
「そこの月狼は確かにワタクシの手に負えそうにはありませんねぇ……ですが、アナタ程度であればどうとでもなると思いますが? 私が引くのはあくまでその月狼を恐れてのことであって、アナタなど有象無象の一つでしか無いと理解しています?」
「……言ってくれるじゃァないか」

 変に会話を長引かせて撤退用の魔法の準備なんかされても困るな。
 ここはさっさと終わらせよう。
 ここでコイツを逃がすと後々ろくな事にならないというのは今までのやり取りで嫌というほど思い知った。
 あの衝撃の杖がなければ距離さえ詰め続ければ魔法もそう何度も放てはしないだろう。
 
 フェイントは一切挟まず、スキル任せに全力で懐に潜り込み、柄を短く持ち替えたミアリギスで胴を突く。
 身を翻して躱すその動きは想定内だ。
 追撃を嫌って俺の右腕の外側に避けたようだが……
 ガッツリ見てるんだよなぁ。
 短突きはただの牽制で本命はその攻撃に対してどちらに割けるかの見だ。
 左手側によければ柄打ち、下がるようならそのまま突き込み、そして……

「……右」

 回避のための動きに合わせて追撃する形で右手を逆手に持ち替え外に回った胴をオールを漕ぐような動きで変則的な薙ぎ払いに繋げる。
 格ゲーで嫌になるほど仕掛け、仕掛けられた中下段択潰しの応用だ。
 わかっていてもそうそう対応できるものではない。
 しかし――

「あのですネェ……一体誰がアーマードレイクを捉えたと思っているんですか?」

 ミアリギスの穂先はいつの間にか野獣使いの構えた短剣によって逸らされていた。
 俺の追撃を読んでいたのか!?

「確かにワタクシは魔術をメインとして戦法を組み立てていますが、魔術師が近接戦を苦手としているだなんて、まさ、まさかかそんな安直な事を考えている訳ではありませんよねぇ?」

 図星だよ畜生。
 これはレベル差ではなく単純な技量の差だ。
 いやまぁ、身体能力が変われば同じ技量であっても差が出るんだろうが、コイツの立ち回りは経験と慣れによるものだと、そんな感じを受けるのだ。
 
 アレだけ不真面目系な態度を見せてたくせに、戦闘技術は真面目に磨くとか嫌らしすぎだろ。
 しかも、杖を使わされたのが相当に堪えたのか、さっきまでの慢心がまるで見えない。
 俺の事を格下と見ているのは間違いない。
 実際、そうだろうからな。
 相手の得意を封じて本領を発揮させず、こちらのステージで一方的に攻めるというのは一対一の戦いでは常套手段だ。
 なのに、奴の本命であろう魔術戦を封じて近接で粘着しているのに、こちらの本領を発揮できるはずの近接戦で普通に対応されてしまってる。

「おやおや? 打ち合い中に考え事ですか? よろしくありませんよ?」
「ぐぬっ!?」

 こちらの一瞬の思考の間を突くように差し込まれた短剣をなんとか身を捩って躱す。
 が、とっさの対応で体の軸がブレた。

「やっべ!」

 流石にこの状況で撃ち込まれると対応できんな!
 畳み掛けるような追撃をさせないようミアリギスを振り払いつつ、ブレた姿勢のまま転がるようにして下がる。

 これなら追い打ちであってもさっきよりはマシだ。
 と、防御姿勢を取った所でようやく野獣使いが一気に距離を離したのに気がついた。
 どうして、と一瞬思い浮かべてから自分の失態にようやく気付いた。

 あいつ、目の前で隙を晒していた俺を倒す事よりも撤退の方を優先したのか!

「キ、ヒヒ……正直腸が煮えくり返って仕方ないですが、引き際を見誤ったワタクシの失態。ここは仕方なくではありますが逃げを打たせていただきますよ?」

 野獣使いの懐が光り始めた。
 何かを使おうとしている?
 撤退牽制用の攻撃魔法……?
 いや、有名ななんちゃらの翼的な、逃走用のマジックアイテムか何かか!?

「ヤベェ! ハティ! アイツを追えるか!?」
「ケヒッ、名残惜しいところではありますが、ワタクシに不利益をもたらすと分かった以上今後出会うことはないでしょう」

 万一攻撃魔法だった時を考慮して、耐性が高いというハティに前を任せると同時に俺も全力で踏み込む。
 一歩ごとに全力加速を叩き込み、それでも奴を覆う光が強くなり……

「ヒヒヒ、ではお別れで――」


「これだけ好きにやらかして逃げられると、本気で思っているのか?」


 今まさに光に飲まれようとしていた野獣使いの胸から剣先が突き出ていた。

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