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一章

三十一話 狭窄Ⅱ

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 翌日、朝食を取り終え、ガーヴさん宅に2人と1匹で顔を出すべく訪れたところ、庭先で稽古中のサリちゃんと奥さんに出くわした。
 稽古というには、すごい勢いの組み手だが……
 まさかとは思ったが、サリちゃんやっぱり強いのな……

「あらこんにちは。うちに御用かしら?」
「どうもこんにちは。ガーヴさんに来るよう伝言を預かったんですけど、今居ますか?」
「ええ、ちょっと呼んできますね」

 エリスはサリちゃんとお話中のようだ。
 動きを見るに、稽古のことを話してるみたいだが……
 もしかして昨日の護身術の稽古って今のと同じレベルの事やってたのか?
 あんな激しい乱取り稽古を遊び感覚でこなしてるとか、なんか遠くないうちに近接戦でエリスに追い抜かれたりするかも……。

「おう、来たな」

 そんな二人をボーッと眺めていたら、奥さんを伴ってガーヴさんが出てきた。
 なんかゴッツい箱を抱えてるが……なんだあれ?

「エリスから来るように言われましたけど、明日のことについてですか?」
「明日のこと……というよりお前さんについて、だな」
「俺の?」

 どういう事だ?

「アルゼイからライノスとの戦いの顛末について詳しく話を聞いたんだが……少々思うことがあってな。お前からも話を聞いて見る必要があると思ってな」
「成る程、ソッチのほうですか」

 確かにライノスに襲われて、ハティのおかげで撃退しました、で終わらせる訳にはいかないわな。
 あれはこの辺りの獣とは文字通りレベルが違う。
 アレが切り札的なものであればいいが、そうでない可能性を考慮したほうが良い。
 というか、大抵お約束的にもっとやばい奴を隠し持っていると考えるべきだろう。
 となれば今は、情報のある一番強いやつの対策を――

「あの戦いを経験して、お前は自分に何が足らないと考えている?」
「俺?」

 え、そっちっすか?
 ライノス対策ではなく?

「ええと……まずは身体っすかね?」
「がタイが足りないという話か?」
「いや、まぁ確かにガタイが良ければ強そうっちゃ強そうなんですけど……単純に体力と持久力、要するに俺の身体の頑丈さが足らないって感じです」
「なるほどな。確かに話を聞いた感じではその考えは正しいな。お前、戦闘中にヒザか足首壊しただろう?」
「ええ、足首……というか腱や筋がブッ千切れてたみたいで」

 すごいな、第三者から話を聞いただけでそこまで把握できるのか。
 傍から見たら戦闘中に足がもつれたとかそんな程度にしか見えないかと思ってたが。

「それで、まずは技術よりもカラダを鍛えるべきと?」
「ええ、今朝から足に負担掛けないようにできるような鍛錬をやってますけど……」
「まぁ、身体を鍛えるのは初心にして究極の肉体強化方法だからな。だが、昨日今日始めたものが直ぐに結果に繋がる訳じゃないというのはわかっているな?」
「明日の備えにはならないでしょうね。むしろ数日は足を酷使するなとか言われてる状況ですし」
「それが分かってるなら良い」

 筋トレ始めた翌日に力こぶ出来るとかギャグ漫画の世界だしな。
 確か、酷使した筋肉の傷を自然治癒で回復させるときにもとより少しだけ頑丈になるってのが筋肉の正しい鍛え方で、休息を取らず無理に鍛え続けるのはそれはそれで筋肉が回復せずに常に痛んだ状態が継続するだけの逆効果になるとか昔テレビで見た覚えがある。
 なんっつったか、オーバーワークだっけ?

「他には何か足らないと感じたことはあるか?」
「他に……?」

 何かあったか?
 ……
 …………
 ………………いや、あったな。

「攻撃力が足らない、ですかね」
「だろうな」

 ライノス相手に逃げ回るしか手がなかった。
 それだけじゃなく、昨日のテストバトルやSADとの対戦でもそうだ。
 始めたばかりだから仕方がないと言えば仕方がないが、そんなの相手は知ったことじゃあないしそれで有利になるなら喜んでその弱みをつくのが普通だろう。
 ゲームだってリアルだって、執拗に弱点を突き続けると卑怯者呼ばわりする連中が、じゃあ実際に手を抜いて相手をすると、途端に舐めプだと叩き始める。
 どうせ叩かれるなら徹底的にやるのが正しいし、相手も実力の差を知るというもんだろう。
 今回はそれが俺に降り掛かっているだけで、コレばかりはやはり時間を掛けてレベルを上げるしか無いだろう。

「お前はその力不足をどうやって補うつもりだ?」
「どうって、やっぱり訓練で筋力つけて技術鍛えてとかするしか無いんじゃないですかね?」
「ふむ……」

 こういうのって、近道無いと思うんだよなぁ。
 スポーツ選手だって走り込みとかトレーニングを欠かさず続けてあの身体を維持してるんだろうし、維持どころか強化しようと考えたらそりゃもうひたすら鍛えるしか無いんじゃないだろうか。

「なるほど、どうせ『強くなるには一朝一夕ではどうにもならないからひたすら鍛えるのみ』とか思いこんでるんだろう?」
「ぐむ……」
「図星か」

 ほぼそのまんまの意味の事をちょうど考えていたからな!
 エスパーかこの人!

「お前さん、どうやら焦りが顔に出ない癖に頭ん中で只管考えがグルグル回るタイプだな。考えて考えて、結果妥当な内容を思いついたらそのまま視野狭窄に陥って一直線……って感じか」
「む……確かに動く前にまず考えるタイプかもしれないですけど、そんな視野狭窄なんて所まで追い詰められてるつもりはないですけど?」
「自覚ねーのか? 割と重症じゃねーか」

 むむ……俺がそんな追い詰められてる?
 確かに強くなるために色々訓練とか始めたけど、強くなろうと思うならそんなの誰だって同じ事するだろ?

「お前さ、どうして最初に身体を鍛えようと思った?」
「……? 強くなりたいから、まず自分の身体の性能を上げようとするのが普通じゃないですか? 一番手っ取り早くその上で一番基本だと思いますけど」
「ほう。それが一番手っ取り早く……ねぇ」

 違うってのか?
 レベルを上げて物理で殴るのが一番手っ取り早い攻撃アップ手段だろう。
 こっちのNPCにとってレベルって概念は理解できないかもしれないけど、身体を鍛えて筋力アップはゲームパラメータ関係なしに万国共通だろうに。

「なら聞くが、何でお前自分の武器を変えようと思わない?」
「へ?」
「そのショートソードで斬りかかるのと、伐採用の斧で斬りかかるのではどっちが攻撃力が上がるだろうな?」
「そんなの斧に決まってるでしょうよ。でも使い慣れない武器を、しかも斧なんて振り回しても当てれるかどうか判ったもんじゃない……」
「お前さんはそんなに片手剣を熟練してるのか? 俺と手合わせした時は剣の使い方も覚束ない素人の動きに見えたのは気のせいか? それに、なぜ触ったこともない斧が駄目だと決めつけている?」
「そんなの……は……」

 ――あれ?
 ちょっとまてよ……
 そういえば、俺片手剣なんてこの数日で初めて握ったはずなのに何で使い慣れてるとか思い込んでたんだ?
 確かに、数日触って程度なら全く触ったことがない斧と大して違いなんて無い。

「斧が駄目なら剣でも良いぞ? そんな安物の片手剣と、俺が使ってるこのククリ。どっちの切れ味が上だろうな?」
「それは……」
「普通はな、自分を強くしようと考えるなら上等な装備で身を固める所から始めるんだよ」
「そういうのって自分の技を鍛え上げた人が手を出すべきじゃないんですか? 素人に上等な装備を与えても使いこなせない的な」
「お前はどこの達人様だ? 常識的に考えて、足りない技術を補うための性能のいい装備だろうが。素人が身につけても簡単に死なないからこそ高い値段がつく。当然だろうに」

 その瞬間背筋がスッと冷えた。

 言われてみればその通りだ。
 あれ、なんでこんな当たり前のことに思い至らなかった?
 あれか、漫画とかで良い装備で固めた悪役を達人とかチート能力者がボコった後に「宝の持ち腐れだ」とか言うのが頭の何処かにあったか?
 それともネトゲとかである高性能装備にある装備レベル制限とかの知識のせいで無意識にそういうものだと頭に刷り込まれていた……?
 大体、俺自身が長物みたいな高威力の武器がほしいと以前思ってたじゃないか。

「技術はセンスもあるがやはり繰り返し使い身体に覚え込ませなきゃ使いこなせないし、そう簡単に強くなれるものじゃあない。だが、装備は持ち替えるだけでハッキリと性能に差がつく。同じ実力同士の片方が錆びた銅の剣を、もう片方が打ち立ての鉄の剣を持って勝負したらどうなると思う? 実力が同じなら当然装備の性能の良いヤツが勝つのさ」
「ええ、まぁそうですね……あれ、なんでこんな簡単なことに気が付かなかったんだ……?」
「だから言ったろ、視野狭窄だと」

 これは流石にぐうの音も出ない。
 負けたことと変な知識が頭にあったせいで、自分の体を鍛えることしか考えが行かなかった。
 訓練した所で一朝一夕では目に見えて強くはなれないと自分で言ってたはずなのに、何でもっと簡単な近道に思いつかなかったのか。
 コレは確かに視野狭窄と言われても仕方ない。

「コレは怖いな。強がりでも何でもなく自分では焦っていたつもりなんてまったくなかったのに、指摘されるまで自分の思考が狭まってることに全く気がつけなかった……」
「まぁ、自覚できるやつなんて殆居ねぇな。焦りが自覚できてるような奴は実際まだ焦ってなんて居ないだろうさ」

 それもそうか。
 冷静に自分を分析できてる状態で焦りもなにもないわな。

「行き詰まってるやつなんて大抵そうだ。自覚はないくせに考えが極端に偏る。何も問題なさそうな顔で態度には一切出さないし自覚もないまま思考が極端に尖っていくお前のような奴や、煮詰まって常にイライラしてやたら攻撃的な態度を取るくせに自分は普段どおりだと思い込んでる奴とかな」
「イライラしてるのは、傍から見て切羽詰まってるんだろうなって想像できるけど……そうか、俺みたいなのも普通にいるのか」
「自覚できたか?」
「ええ」

 そりゃもう嫌というほど自覚しましたとも。
 そうか~……俺焦ってたのか。
 明確に格上、周りからも勝てなくても当たり前とか言われてたし、自分も自分のレベルが低いから今は敗北は仕方ないって受け入れてたつもりだったんだけど……そうか、焦ってたか~。
 ゲーマーだものね。
 負けず嫌いなのは仕方ないさ。
 自覚がなかったってことだけはハッキリ言って背筋が冷えたが。

「で、だ。鍛冶師でもあった俺の師匠が昔、力不足面白半分に作った武器がいくつかある。幾つか振り回して確かめてみろ。気に入ったものがあれば一つ譲ってやる」
「いいんですか?」
「今の片手剣と同じ程度に振り回せるか、振り回したいと思ったやつだけだぞ?」
「判ってます。幾つか試してみますよ」
「おう。キョウが試してる間、サリとエリスちゃんはこっちで稽古だ」
「はい」
「はーい」

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