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一章

二十九話 認識差異

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「皆様の協力のおかげで様々な有益なデータを得ることが出来ました。一部のプレイヤーの方には無理を言ってしまい大変申し訳ありません。スタッフ一同今回得られたデータに大変感謝していると伝えてほしいと伝言を預かっております。今後も不定期ながらこういった場を持っていきたいと考えておりますので、ぜひともご参加下さいますようよろしくお願いいたします」

 ――というCIさんの挨拶とともに第一回目となるVRミーティングは終了した。

 その後、T1からもう暫く掛かるが、ALPHAのシステムに手を加えて筐体備え付けのメールシステムをログイン状態でも確認できるようにすると約束された。
 実は製品版には既に実装されており、ALPHA鯖がクローズドで運用されている上に外部に連絡用の掲示板やメールによるやり取りが当たり前になっていたため今更テスト用のALPHAには実装の必要はないと考えられていたらしい。

 そんなこんなで、テストサーバに戻ろうと思っていた所SAD達に声をかけられた。

「すこし話に付き合って欲しい」

 とのことで、後についていくと、SADたちとは別に数人待ち構えていた。

 なんでも、さっきの戦い方やスキルの使い方について教えてほしいという事だった。
 色々話を聞いていると、どうやら俺の戦い方……というかスキルの使い方はずいぶんと異質なのだそうだ。
 さっきSADと話して他のプレイヤーとはスキルに対する考え方が違うとは聞いていたが、考え方だけでなく戦い方のスタンスがMMOのそれとは違うものなんだそうな。
 とはいえ、俺はほぼ情報遮断されたような状態で始めた初心者みたいなもので、誰もが当たり前のように知っているような事すら知らないことが多い。
 なので、俺が教えると言うよりも質問に対して答えるという形にさせてもらった。

「確かに、一般的なMMOみたいに割り切って火力を上げることに集中するみたいな戦い方はしてないです。俺はテスト鯖ではダメージを実際に痛みと感じてしまうから迂闊にダメージを受けるわけには行かないんでリアルの戦い同様、ゴリ押しは一切しないようにしています。生身の剣の切り合いで、牽制の突きを威力が低いからと無視する訳にはいかないでしょう?」
「それは理解できるんだが、俺ならヒット・アンド・アウェイに徹するか、遠隔武器に持ち帰ると思うんだが、どうしてお前は近接戦闘にこだわってるんだ? しかもリーチの短いショートソードで」
「いや……拘ってるっていうか俺剣とナイフ以外の武器の入手方法知らないし。正直な話、もっとリーチの長い威力のある武器に持ち替えたいんだよ。どの武器にするかはまだ決めてないけど」

 どうにも最近、火力不足を実感するシーンがかなり多いんだよな。
 ライノスにしろサンドシザーにしろSADにしろ、戦闘は成立するのにダメージが与えられなくて時間切れ……というシーンが多すぎる。

「それで、さっきのSADさんの戦闘の時、互角の動きをしていたからくりは何なんですか? かなりの距離を一気に詰めたりしてましたよね? ボクも格闘系の近接戦闘やってるんですけど、【飛影】もあそこまでの距離を詰めることは出来ない筈ですけど」

 と質問してきたのは女性プレイヤーのきなこもちさん。
 リアルボクっ娘って始めて見た。
 知人で同じく女性テスターのイチゴさんとペアでパーティプレイしているらしい。
 さっきのミーティングでどうやら活動拠点が近そうだということがわかったので、村の一件が片付いたら一度合流してみないかと誘われた。
 確かに、せっかくの新世界なんだし同じ村に引き篭もってるのも勿体無いとOK出したわけだが、ついでに製品版が始まったら暫く一緒にパーティ組もうと誘われた。
 元々製品版とα版の違いがどの程度のものなのか気になったので俺も製品版もやるつもりだったしそれもOK出した。
 どうやら二人共公式プレイヤーとしても活動するらしく、打倒SADチームが目標らしい。
 そして、きなこもちさんの方はさっきの俺とSADの戦い方にもえらく興味を惹かれたらしくこうして質問攻めにあっているわけだ。

「そこは実はシンプルで、一歩目に【飛影】か【踏み込み】を乗せて初速を稼いで、稼いだ速度で次の一歩で【疾走】を発動して、次の一歩を【飛影】で詰めれば、初速からトップスピードで一定距離を駆け抜けれるんだよ」
「いや……それはシンプルとは言わないと思うんですけど……」
「【飛影】、【疾走】、【飛影】の順でスキルを切り替えるだけだから実際やってみると大して難しくはないんだけどねぇ」
「【飛影】を使ったと思った時にはもう目的の位置に到達してますよ……」
「ううん?……結構余裕あると思うんだけど、まぁ慣れなんじゃないかなぁ?」

 目押しコンボの気分で使ってたからタイミングさえ掴めば誰でも使えるテクニックだと思うんだけどな。

「なんというか、重要なのはスキルを組み合わせて一つの協力なスキルを編み出すんじゃなくて、手持ちのスキルをどういう順に、どういうタイミングで適切に使うかが大事って感じ」
「安易に複合スキルに走らずに、基本スキルを極めるべきってこと?」
「極端な言い方するとそんな感じ。攻撃をガードするときもさ、剣でガッチリ構えて耐えるんじゃなくて、剣を斜めに構えて相手の攻撃を剣の腹で滑らせるようにして受けながら、手首、肘、肩の順で衝撃を受け流すようにすればSADの攻撃も何とか捌き切ることが出来たってわけ。もっと便利な複合防御スキルがあるならいいんだけど、あるかも分からない複合スキルに労力費やすよりも建設的なんじゃないかなと」
「なるほどー」

 そうやって一つ一つ極めていけば、自然と複合スキルの前提レベルに到達しそうだしな。
 手堅く戦う能力が上がる上にいざという時の前提スキルのレベルも上がるんだから無駄になるものはなにもないはずだ。

「もちろん、そんなことよりもさっさと沢山のスキルを探したいというプレイも否定するつもりはないよ。そういう研究作業が楽しい気持ちは俺もよくわかるし。俺のやり方はこういうコツコツ派ってだけな話だし」
「それよりも、そんなに手の内明かしちまって良いのか?」
「そもそも俺にコレ教えてくれたのNPCだぜ? 隠す意味なんて特に無いだろ。どうせ誰かがすぐ気付くだろうし」

 格ゲーみたいに1対1の対等な試合ならともかく、PvPはあってもあくまでこれMMOだしな。
 対策されて困るもんでもないし、そもそも基本的な身体の使い方の延長でしかない。
 というかテストプレイなんだから手札隠しちゃ駄目だろうに。
 運営側が思いもよらない行動をとった結果想定外の挙動する可能性だって高いんだし。

「まぁ、本人がそれでいいなら良いんだけどよ」
「そんな事よりSAD。ステータス見せろよ。約束だったろ?」
「ん? ああ、そういやそうだったな」

 そう言って表示されたSADのステータスは



SAD
人間:男:カーヴィンの英雄
Lv5
HP   :1810
SP   :310
空腹値  :20
疲労値  :54
STR  :66
VIT  :49
DEX  :60
AGE  :56
INT  :26
MND  :48



「おまっ!?」

 レベル5て!

「オイそこの英雄。なにレベル1に勝負吹っかけちゃってくれてんだよ?」
「まぁ、そう言われるだろうなと思って事前にレベルは伏せておいたんだが正解だったみたいだな。俺のレベル知ってたらお前絶対勝負に乗ってこなかったろ」
「当たり前だ! アホかお前!」

 てっきり高くてもレベル3の終盤辺りだと思ってたっつーの!

「こんなん勝負になるわけ無いだろう……」
「誰だってそう思うよ。俺だってそう思ってたしな。――だがお前はステータス差を覆し、最後の最後で俺の腕を切り飛ばした」
「不意打ちに不意打ちを重ねた初見殺しだがな。まともにやったら削り殺されてたわ」

 ただの牽制だけで受け流してるのにゴッソリ体力持っていかれたからな。

「普通は不意打ちしようが初見殺しだろうが、通用しねぇんだよ! サンドシザーで理解したと思うがステータスってのはめったに上がらない分補正がバカでかいんだよ。クリーンヒットしてるのに、ちっともダメージ与えられなかったろ?」
「それはまぁ、俺が貧弱すぎたうえに装備もオンボロだからな……」
「それもあるかもしれんが、そもそもお前が何十回と攻撃を仕掛けても2割強ほどしか削れなかったサンドシザーを俺が攻撃すれば恐らく数発で倒せちまうんだ。それだけの火力の攻撃を15分捌き切ったって時点でお前は普通じゃないんだよ」
「流石に盛りすぎじゃね?」

 他の人の反応を見ているとみんな首を縦に振っている。

「ほら、周りの人もウンって」
「いや、SADさんの意見にみんな頷いてるんですからね!?」
「えぇ……」

 まさかのきなこもちさんまでSAD側に回ってしまった。

「だって、そんなに特殊なことやってないだろ? SADだって格ゲーで似たようなことよくやってるだろ?」
「格ゲーなら反射神経とボタン操作だけでどうとでもなるからな。今、お前と同じことやれって言われたら無理としか答えられん」
「なんでやねん……」
「多分、根本的にお前と、それ以外の人間の物の捉え方が違いすぎるんだよ。みんなビデオゲームの感覚でVRをプレイしてその差異に四苦八苦してるのに、お前だけビデオゲームの感覚でそのままVRを遊べてる。だから俺等との会話が噛み合わない」
「まぁ……確かに格ゲーの感覚のままやってはいるけど……」

 それってそんなに難しいことなのか……?

「これは、絶対にキョウさんから戦い方を教えてもらわねば……あの動きが出来るだけできっとSADさんにも追いつける筈! という事で、ALPHA鯖で合う前にコツとか教えてもらえない? 実際似合うまでに練習したいんだけど」
「コツと言っても、聞かれたこと全部素直に答えてるんだけどな……。まぁ、最初に覚えたのが【踏み込み】、【疾走】、【踏み込み】って感じに2つのスキルを一歩ずつ切り替えることだったから、それが出来るように練習するのが良いんじゃないかな?」
「了解! 次会う時までになんとしてでもモノにしちゃる」

 なんというかあまり喋らないイチゴさんとは正反対できなこもちさんめっちゃ喋るな。
 初対面でも気にせずこれだけ喋り掛けられるってのがコミュ力の高さの証明なんだろうか。
 まぁやる気になるのは良いことだ。
 せっかくなら俺以上に使いこなしてほしいところだな。
 俺以外のプレイヤーも普通に実践できるという証拠になるし、そうなれば俺がおかしくないという証明にもなるしな。

「おっと、俺はそろそろ時間切れみたいだ。仕事の予定入ってるから俺は落ちるけどお前たちはどうする?」

 と、SADが口にしたことでようやく俺も結構な時間が経っていたことに気がついた。
 なんだかんだで話し込んでいたようだ。

「そうだな。あまり質問攻めで拘束するのも悪いしこれでお開きにしようと思うがどうだ?」
「そだね。色々質問にも答えてもらったし、聞きたいことは聞けたからボクはそれで構わないけど」

 他の面々もそれで納得した模様。
 今日は休日だが、まだ仕事が残っている人も多いのだろう。
 こういうのって言い出しっぺの発言に大体乗っかる感じで決まるよな。
 凄く日本人っぽい。

「なら俺もALPHA鯖に帰るよ。村の方も心配だしな」

 ギギリ達への対応で色々大変なことになってるだろうし、手伝える事くらいは手伝っておきたい。

「なんかトラブルでもあったんですか?」

 きなこもちさんの質問にどう答えたものかと悩む。
 ああいうのもゲームイベント扱いになるのかね?
 ……よく判らんし、とりあえずはあったままを話しておけばいいか。

「俺が世話になってる村が、隣村に難癖つけられてちょっと村同士の抗争に発展しちゃってるんだよね」
「へぇ~……」
「色々世話になった村だから、手伝いたいんだ」
「なるほど。その村の人がキョウさんにスキルの使い方を?」
「そうそう。スキルだけじゃなくて狩りの仕方とか解体の仕方も教えてもらったりな。生きるための知識を教えてもらったんだから、直接命を救われた訳じゃないけど、気分的に命の恩人みたいなもんなんだよ」

 あの村があったからアラマキさんに家の建て方教えてもらえたってのもあるしな。
 まだ小屋レベルしか作れないけど、あの技術がなければ今朝も野糞する羽目になっていたことを考えれば、俺にとって非常にありがたい出会いの場でもあったのだ。

「そっかー、NPCへの恩返しかぁ。結構な大事なの?」
「まぁ、村と村の抗争だからなぁ。ヤンキーの喧嘩みたいな感じには行かないと思う」
「そっかそっか。了解。痛み感じるなら無理して怪我なんかしちゃ駄目だよ?」
「そこは俺が一番分かってるから超注意する。痛いのは嫌だからな」

 こっちのサーバだと痛くないから多少無理が効くが、向こうは痛みがダイレクトに来るからな。
 ゴリ押しとかありえない。

「うんうん、それがいいよ。それじゃボクは落ちるから。またねー」
「それでは、また……」
「おう、おつかれー」

 きなこもちさんとイチゴさんがログアウトしたのを確認しつつ俺も帰ろうとして……

「あれ? 俺どうやってALPHA鯖に戻れば良いんだ?」

 結局あれこれ試してるうちに、俺がログアウトできないことに気がついたスタッフが連絡を入れてくれたおかげで無事C1さんから帰り方を教えてもらい、ハイナ村に帰ることが出来たのは日が沈む頃だった。
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