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一章

二十五話 C1

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 ずらりと並ぶモニターコンソール。
 今回ミーティングに参加した内、戦闘側をメインにプレイしている人達のLive映像だ。
 自分もクローズドβではテストプレイヤーとして参加したが、今回はコミュニティチームのC1として進行側での参加なので戦闘テストには参加していない。

 そもそも自分はALPHAサーバにアカウントを持っていないので、今回のテストへ参加する事ができないのだが。
 現在、テストプレイヤー達の戦闘を開発チームたちとモニタして異常はないか、バランスはどうなっているのか等を複数のウィンドウを並べて確認している。
 こうして生で他者のプレイングを見るのは始めてだ。

 コンバートデータでのバトルテストの参加者は今回参加した22人の内の16人。
 ソロ8人にペア二組、4人PTが一組だ。
 テスターのレベル差がかなり激しいため今回はレベルごとに適したモンスターを選択して闘えるようになっている。
 11のモニターの中では現在進行系で戦闘が行われているがその中でもピックアップされたウィンドウが二つ。

 一つはSADというプレイヤーネームでテストしている伊福部くん達のパーティ戦闘。
 割と大雑把な言動とは裏腹に、彼のプレイスタイルは極めて合理的で理詰めの戦い方をする。
 必要であれば回避し、そうでない攻撃は被弾に構わず飛び込みダメージを狙う。
 受けるダメージと与えるダメージを常に計算して、それが釣り合いの取れるものであれば構わず与えるダメージを優先するDPS至上主義とも言えるスタイルだ。
 その仲間たちも、決められた己の仕事を完璧にこなそうと立ち回る。
 アーチャーは常に視界を確保できるように動き回り、タンクはモンスターと攻撃者の間に最短距離で入り込み後ろに通さぬよう立ちふさがる。
 タンクの受けた傷はテストでも特化したビルドを使う人が多い中メイジが回復と攻撃を使い分けると行った特殊な立ち回りを見せる。

 常に最適な行動を取り、一見強引そうに見えてもそこには非常に理にかなった理由が存在している。
 まさにバトル開発チームにとっては想定される中での理想のパーティプレイングだ。

 伊福部くんのプレイスキルが格ゲーの全国優勝クラスであることは社内でも知られており、去年前出したウチの格ゲーの公式大会の優勝者をエキシビジョンマッチで撃破したりなど、会社務めが始まりゲーセン通いの頻度が減ったとぼやきつつも未だに腕は衰えていない。

 だからこそ彼にはNEW WORLDの公式プレイヤーとして表に出てもらうつもりだし、最初は別ジャンルのゲームでトップクラスだったとは言え、全く別のプレイスタイルのゲームでフロントに立たせるのは大丈夫なのかという懸念は出ていたが、実際にからのプレイを目の当たりにしてからは文句を出すものは少なくともコミュニティチームには誰も居ない。
 そしてこの戦いぶりを見るに、彼と一緒にプレイしている3人にも強く打診する必要があると確信できる。
 通常のMMOと違い、画面を俯瞰して見れないというのはモンスターの動きがほぼルーチン化されていないこのゲームではかなり厄介なのだが、彼らはしっかりと戦闘しつつ周囲に気を配り安全を確保しつつ戦っている。

 まるで本物の戦士のように連携して、互いを補い合いながら敵を倒しているのだ。
 今回のテストモンスターは適正レベルで闘うモンスターだがテスト専用にHPのみを3倍に設定してある。
 バトルバランスのチェックではなく、コンバートしたキャラクターの挙動チェックのためのテストなので、すぐに敵に死んでしまわれると困るからだと聞いている。
 しかし、実際にプレイしていた身からすると、例えHP以外の数値をいじっていないとは言え3倍も増やされてしまうとそれはもう適正レベルとは言えないと思っている。
 乱暴な比較をすれば、単純に3倍敵の攻撃に耐えなければならず、三倍倒しにくくなるのだ。

 そのへんを判っているのかいないのか、そのままの仕様でテストが始まってしまったが、当然ながら適正レベルとしながら多くのプレイヤーが苦戦していた。
 だがその中でも伊福部くんのチームは一切動揺せず、当然のように敵を屠っていく。
 はっきり言って他のテスターたちとは格が違う。
 とても格ゲー一筋で就職するまで他のジャンルのゲームは殆ど遊ばなかったなどとは思えないプレイスキルだ。

 敵を全て倒しきり、バトルエリアを抜け元の周回エリアに帰還していた。
 最もレベルが高く難易度の高い4人PT用テストであるにもかかわらず彼ら以外のプレイヤーはまだ戦闘を終わらせることが出来ていない。

 一人を除いて。

 今まで、荒唐無稽な報告や実際のログなんかを見て、何かの冗談なんじゃないかとずっと思ってきた。
 そのプレイヤーの特殊性は聞いていたし、コミュニティーチームの責任者として実際に現地で特殊筐体に繋がれた姿も目にしているので、その状況には同情するし他のプレイヤーと色々な差異が出るかもしれないとは思っていた。

 しかし、目の前で行われている戦闘を見て、やはり冗談でも何でも無いのだろうと理解できた。

 伊福部くんは、彼の元同僚であり入社前からのライバルと聞いているから、単純にプレイスタイルが気になって彼のLive映像を覗いたんだろう。
 そして、何の気なしに覗いていた彼の表情は次第に真剣味を増していく。
 それに気付いた彼の仲間たちもその映像を見て絶句していた。

 違うのだ。

 彼のプレイングは明らかに他のプレイヤーとは一線を画している。
 こんなプレイをするのは20万人が参加したというオープンβの最終フェーズでも見たことがない。

 普通、彼のように片手剣で闘うファイターは盾で攻撃を防ぎつつ近づき、相手の強攻撃を防ぎつつ弱攻撃で削られる前に相手を倒しきるのがスタンダードだ。
 彼は開始してまだ1週間も立っていない為か、盾装備スキルを持っていない。
 レベル1であるため色々なスキルやパラメータ補正も緩いのだろう。
 だから、一発も喰らわないように戦っているというのは見ていればわかる。
 わかるが、小技までもことごとく避けきり、その上で反撃を与えるなど人間業ではない。
 AGI補正によるシステム的な回避補正に頼るのではなく、文字通り攻撃を避け、受け流しきっているのだから。

 一部のやりこみプレイヤーが、高難度アクションを数十、数百とリトライを繰り返した果ての最高のプレイをスーパープレイとして動画サイトに投稿することがある。
 いわゆる「神プレイ」とか「人力TAS」等と言われるものだ。
 そのレベルのプレイを、始めて1週間という彼が、さも当たり前のようにこなしている。

 武道の達人であればもしかしたら出来るのかもしれないが、我々一般人にはそんなマネは本来不可能なのだ。
 ましてや彼はリアルでは大事故によって指一本動かせない程の重体なのだ。
 はっきり言って意味がわからない。

 何も知らない人が見れば「すごい」の一言で終わるかもしれない。
 だが、実際にVRゴーグルを使い、NEW WORLDをプレイしたものであればそれがどれだけ異常なのかがわかる。
 自分がまさにその一人だ。

 その動きから色々なことを想像することは出来る。
 あのプレイスタイルは、彼が実際に痛みを感じるために一撃であれ貰う訳にはいかないとして取っているスタンスである、尾の動きに集中して、常に正面を取らないように横に回り込む動きを常にする、といった感じに理由自体はすぐに分かる。
 だが、わかったからと言って同じ真似ができるかと言われれば答えはノーだ。

 VR筐体は両腕と両足、そして頭に電気信号センサーがある。
 なので胴体以外は思うままに動くし、身体の向きは両肩のセンサーが、頭のセンサーに連動して前傾、つまり腰の動きも制御するのでポーズであればほぼ完全再現することが出来る。

 だが、それはプレイヤーがちゃんと意識してそう動かそうとしなければならない。
 固定されたままの足と腕を動かそうと力を入れた時に流れる電気信号によって動く仕組みである以上、実際にその通りに動かしたのと同じくらいの負担が身体にかかるのだ。
 それに、実際にそう動けるかどうかはともかくとして、そう動こうとする明確な意志……この場合は脳の発する電気信号だが、それがなければこのゲームでは身体を動かせない。
 ビビったりして身体が硬直するとこのゲームでも同じく体の動きが止まってしまうのだ。
 それこそがこのゲームのリアリティの根本でもあるのだが……
 
「マジっすかこれ……Lv1でライノスと戦ったっていうのは聞いてましたけど、実際見るとヤバすぎますね」
「俺、あの時の状況再現で彼と同じパラメータのアバター使ってライノスと戦ったけどガン逃げしても15秒で捕まって即死でしたよ……あの巨体が目と鼻の先で大暴れしてるのを見ると、ゲームだって分かってるのにビビって身体が竦むんですよね」
「俺もあの状況再現参加してみたけど無理だったわ。でも実際のプレイ見て納得しました。これはヤバイ。……ヤバイって言葉しか出てこない」

 開発チームのバトルコンテンツスタッフがモニターを見て唸っている。
 彼らはライノスの一件で格上との無茶な戦闘による強引なスキルアップが可能かもしれないという事で同じシチュエーションを再現して実際にスキルやレベル上げが可能かどうかを確かめたのだ。

 結果は「無理ゲー!」だ。

 スキルを上げられるほどの戦いにならなかったのだ。
 レベル不足によるAGIの低さが災いして小回りがきかない筈のライノスの攻撃すら避けられない。
 そして解析によって【踏み込み】と【疾走】を常時使い分けてギリギリまで引きつけて躱すマタドールのような避け方をしていたことが発覚したが、ではそれを再現しようとするとこれが上手くいかない。
 一歩歩く毎にスキルを切り替えているようなものだ。
 両方パッシヴスキルなので、自動発動するタイプではあるが、一歩ごとに走ろうとするのと強く踏み込むという行動を切り替えて敵の攻撃を避け続け、あまつさえ反撃まで入れるなんて真似を出来る人は一人も居なかったのだ。

 しかもそれだけじゃない。

 発動と同時に3m以内の対象の目の前に移動する単純な高速移動スキルであるはずの【踏み込み】と同時に重心制御や肩制御等といった複数のフィジカル系スキルを同時に制御していたのだ。
 スキルの複数制御は意図されたものなのでシステム的には何ら問題はない。
 だが、あくまで攻撃力アップと同時に攻撃、といった組み合わせを想定したものであってフィジカル系スキルを多重で制御するなんて誰も想定していなかったのだ。

 人間は歩くという行動だけで重心移動や姿勢制御をに常に行っているが、それはあくまで無意識だからだ。
 スキルという意図的に発動させるハズのものを無意識レベルで連動して扱えるなんて、それこそ歩くような気楽さで様々なスキルを無意識に使っているという事になる。
 プレイ開始して数日で、だ。

 最初、その話を聞いた時何の冗談だと思った。
 そんな事出来るやつが居るはずがないと。
 ログから動画を作るような機能がないため、プログラム知識のない俺には情報からの静止画の組み合わせでしか俺には分からなかったが、その時のバトルチームは一種騒然とかしていた。
 「無理」「ありえん」のオンパレードだ。
 俺だってそう思った。
 だがログは嘘をつかない。

 そして今日のコレだ。
 
 当時何らかの不正を行っていると言っていた者達もこの動きを見れば納得するしか無いだろう。
 それだけ、他のプレイヤーと隔絶したものがそこにはあった。
 そもそも、彼の状況を考えればそもそも不正を行うということ自体が不可能なのだ。

 今彼が戦っているのはレベル2のミドルクラス。
 他者MMORPGであれば、レベル差10近い敵を相手にしている。
 敵のHP3倍というおまけ付きでだ。

 ライノスのときもそうだったがレベル差によるステータスの格差は覆すことが出来ないらしく、彼のSTRと装備してる初期装備のショートソードではサンドシザーの防御と体力を僅かにしか削り取れない。

 バトルエリアの制限時間は15分に設定されてるため、今のままでは15分フルに使っても3割も削ることが出来ないだろう。
 だが問題はそこではない。
 サンドシザーはビートル系のような硬殻を備えた防御タイプではなく、攻撃に特化したモンスターだ。
 つまりステータス比率は防御より攻撃力の方に多く振られている。
 にもかかわらず、サンドシザーの貧弱な防御を削りきれないような低いステータスでその攻撃を捌き切っているのだ。
 ただハサミの一撃を受けるだけでも剣で受け、腕力派生のすべての制御スキルを併用してダメージを文字通り受け流している。
 彼と同じステータスで同じ様に俺があの攻撃を剣で受けたら、その防御の上から致命傷を受けていただろう。

 彼の戦いを見ている伊福部くん達もそれが判っているんだろう。
 時間切れのその瞬間まで、ただ無言でじっとその戦いを眺めていた



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8月の初週を乗り切れば仕事が一段落しそうなのですが、それまでは更新は数日に一回になりそうです。
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