上 下
25 / 330
一章

二十二話 テスターミーティングⅡ

しおりを挟む
「では、第一回VRテスターミーティングを始めたいと思います」

 そう口火を切ったのはC1と言う名の進行役のアバターだった。
 そのネーミングルール的に考えれば運営社員だろう。
 CはコミュニティチームのCだろうか?

「今回、この場に集っていただいたのは本テストで生じた問題点や異常点の確認や報告と、この会議ツールを含めた幾つかのツールのテストを兼ねるものとなっています」
「さて、まず早速議題に入っていこう……と思うところではありますが、その前に一点、皆さんにお伝えするべき発表があります」

 発言を引き継いだC2のの言葉にテスター達の視線が集中する。
 発表、というからには何らかの成果が上がったということだろう。
 自分達の関わることで発表と言えばNEW WORLD絡みでほぼ間違いない。
 正直俺も気になる所だ。

「先月から並行して始まっていたβ版でのデータ取りとサーバの安定性の実証が終わり、予定通り延期無く来週の発売日でのサービスインが確定しました!」

 その瞬間、周囲のテスターから「おおっ」とか「ついにか」といった言葉がちらほら聞こえてきた。
 というか既にベータ版始まっていたんだな……
 怪我のせいでゲームから離れていたから雑誌やサイトで新作情報とかちっとも調べなくなっていたから仕方がないか。
 ALPHAサーバなんていうから、てっきりまだクローズドβももっと先だと勘違いしていた。
 というかなんでβ版の架橋も架橋といった時期にα版に呼ばれたんだ?
 ……と思ったが、よく考えたらリアリティ再現を自重していないALPHAサーバだからこそ自重無しのVR移住ができるって話だったか。

「これも皆さんの検証プレイのおかげです。正式版が始まっても、今後追加されるコンテンツのテスト等このALPHAサーバでのテストは続きます。これからもご協力お願いいたします」
「なお、ALPHAサーバと製品版のサーバ間でキャラクターコンバートが可能となっています。実際は第一サーバに紐付けされて、互いのサーバでプレイキャラクターのデータを共有化出来ます。なので皆さんにはご自分のキャラクターを使ってよりゲーミング的に特化したNEW WORLDを遊んでいただくと共に公式テストプレイヤーとしてイベントの参加などもお願いしたいと考えています。当然お仕事なので『コレ』も出ますよ」

 銭のジェスチャーを見せるC2に周囲から笑いが飛ぶ。
 ほんと、こういうセンスは羨ましいと思う。
 どうにも自分は会話を長く、面白く続けるセンスが無いようだからな。

「もちろん参加は自由となっています。あくまで公式テストプレイヤーとしてのイベント参加はこちらからの依頼とさせていただくので、本テストプレイとの契約とはまた別のものなのでご安心を」
「……といった感じで、ミーティングの前座に夢のある話をさせていただきました」

 そういって引っ込んだC2の代わりに田辺さん……T1が前に出てくる。

「それでは本題の問題点や疑問点についての質疑応答を行わせていただきます。私はテクニカルディレクターのT1と申します。よろしくおねがいします」

 それまでの雰囲気から一転、仕事の空気が流れる。
 当然か。
 ここに居るのは全員ゲーマーであると同時に、それを仕事に稼ぐプロでも有るわけだから。

「まず、最大のイレギュラー……というか異常点についての問題です。この問題の経緯は非常に特殊なため順を追って説明したいと思います。そのためにも紹介しなければならない人がいます」

 ほー。
 この場の人が知らない最大の問題点に関する重要人物って言うとアレか、システム製作者。
 正直この世界を作り出した当人がどんな人なのかはちょっと気になってたんだよな。

「キョウさん。こちらへお願いします」
「え?」

 俺かよ!
 いやまぁ、色々妙なことになってるし経緯からしてちょっと普通じゃないから当然かもしれんけど、全部わかっていてVR繋げておいてイレギュラーってどういうこったよ?

「彼はとある事故によって、意識はありますが寝たきり状態となっています。御本人と病院の許可を得て動けない体の代わりに、身体が動かせなくても体内を走る電気信号を読み取るという機能を使ってVRの中では自由に動けるという事でリハビリや入院費補填など他にも様々理由はありますがテスターとして仕事を依頼させていただきました。なお、彼は弊社の元テストプレイヤーでもあるため仕事の方にも不足はありません」

 多少浮かれの残っていた場の空気が一気に冷たくなる。
 まぁ、いきなりこんな重い話したら空気も重くなるわな。

「そういった特殊な経緯でゲームを始めて頂いたわけですが、特殊な接続条件故か様々な異常が確認されています。しかしコレが彼固有のものなのか、それとも気にならない程度であれ他の方にも起きていることなのかはログを確認しただけでは判断できませんでした。なのでこの場で直接聞き取り調査なども行いたいと考えています」

 俺が呼び出された上で話があると言えばやっぱり……

「キョウさんが特殊な環境で接続しているのは理解していただけたと思いますが、その上で彼がプレイング中に受けたダメージ等を直接痛みとして認識していることがわかりました。医師との話し合いや状況から視覚的なものと直感的に動くアバターからくる錯覚を脳がまるで実際の痛みのように感じているのではないか、との見解が出ています」

 まぁコレだよなぁ。
 結構……というかかなり重要な問題だからな。

「これが彼特有の感覚であるのか、或いは他の方でも感じるのかを確認させていただきたい。気のせいかもしれないというレベルでも構いません。ゲーム中でのダメージやそれ以外でも良いですが何か本来感じるはずのない感覚というのを感じたことがある方は居ますか?」
「指先とかをうっかり切った時に、つい反射的に『イテッ』って言っちゃうことはあるけど、実際痛みを感じてるかと言われるとそうでもないかなぁ」
「強風が出てる時に耳元でゴオオオオオって音がしてるだけなのに顔に風を受けてるような気がする時はありますね」
「ああ、それは何となく分かるかも!」

 等々、思ったことや感じたことなんかの意見がいくつか上がる。
 しかし、明確な痛み等となるとテスター同士で確認し合うように話し合う姿見られるが名乗り出るものは居ない。

 偽物の身体に受けた傷を脳がまるで本物のように錯覚して感じる幻痛。
 俺が最初に説明された事だ。
 実際、身体へのダメージはなく、機械側も誤作動を起こした形跡がないとなればそう納得するしか無いわけだが……
 正直今でもコレは本当に錯覚なのかと疑わしくなる事はある。

「ありがとうございます。やはり本来感じるはずのない痛みといった明確な感覚を受けているのはキョウさんだけ……ということになりますね。あまりに特殊な環境なためケースを揃えられず原因究明にはまだ時間がかかりそうですが、コレが他者での再現性のある問題である場合非常に重要な問題であるため引き続き調査を進めたいと思います」

 ログには異常はなく、身体の方にも傷や痕跡は残っていないのに俺自身は明確に痛みを感じており、俺が痛みを受けた瞬間、神経は脳に痛みを伝達できないはずなのに心拍数は上昇したという。
 どうしてそうなってるのかは俺にはわからないが、これが俺固有のものではなかったとしたらかなり危険な問題だ。
 リアルを追求してVRをもう一つの現実として暮らす、という今の俺のような状況を求めているというのならありかもしれない。
 しかし単純なMMOとして考えた場合、バトル有りが前提のゲームでこの痛みを感じるのは子供や心臓が弱い人なんかにとってはそれこそ凶器になりかねない。
 ライノスに片足蹴り砕かれた時、あまりの痛さにふっ飛ばされて転がってる間意識が吹っ飛びかけたところを強引に痛みで引き戻されるなんて事も経験したが、正直あんな痛みは二度とゴメンだ。
 それに、もっと強い敵――それこそドラゴンなんかと戦ったらあの程度ではすまないだろう。
 一発でも攻撃を受けようものなら激痛で身体が動かせなくなること請け合いだ。

 というそんなハイレベルなモンスターでなくても不意打ちされたり複数のモンスターに絡まれたりしたら一瞬で死亡なんてのはMMOではそれこそ最序盤でも当たり前に起こり得る。
 そのたびに死ぬほどの痛みを受けるとかそんなものはゲームとして流石に危険すぎて販売なんぞできんだろう。
 
「それとこの件についてキョウさんの名誉の為に宣言しておきますが、バトルログとキョウさんの心拍数の変動から我々もキョウさんが実際に痛みを感じていることの確認は出来ています。感覚的な錯覚は医学的にも認められている症状なので誤解なきようお願いします」

 一応フォローは入れてくれるのね。
 まぁ、信じられない人からしたら「アイツ何言ってんだ?」って思われても仕方ない話だからなコレ。

「痛みの他でも構いません、他になにか感じてる方はいませんか?」

 痛みの他……
 ああ、そういえばあるな。

「えーと、痛みだけじゃなくてつい最近かなり追いつめられたことが……」
「追い詰められた、ですか?

「ええ、強烈な便意に襲われましてね。ご承知の通りリアルの僕には身体の感覚がないんで便意なんて感じる筈がないし、そもそも固形物を食べられないんで大の方が貯まるなんてありえないんですよ」
「便意……それは本当ですか?」
「ログで何処まで取れてるのか判らんですけど確認してもらえばわかりますよ。実際野糞する羽目になったんですから」

 その発言に数人が吹き出す。
 クスクス笑い声が聞こえるが、当人にしてはコレは結構洒落にらない問題がある。

「野糞……排便出来たんですか? そのアバターで?」
「そりゃもう。今朝も快便でしたよ?」
「それが事実であれば、あなたは一部筐体やアバターへ掛かってるリミッターを無視してキャラクターをコントロールしていることになるのですが……」
「そう言われても、そもそもダメージを痛みとして認識している時点で機能外と言われてますからねぇ」
「ふむ……今ログを確認させています。確認が取れるまで少々時間がかかるのでひとまずは別の問題にかかりたいと思いますが構いませんか?」
「ええ、俺は構いませんが」

 裏でプログラマとかがログデータ漁ったりしてるんかな?
 まぁ、それだけちゃんと精査してくれるっていうのなら良いか。

「では、キョウさんに関してもう一つ。あなたに付随する月狼の件についてです」

 ハティに関してか。
 やっぱりあれも異常事態に当たるんだな。
 確かに俺から見ても、どうしてあんな高レベルのモンスターが開始直後の低レベルな俺に懐いているのか意味がわからないしな。

「これはこちらのプログラマがデータ精査をして異常干渉やそれを誘発する行動が一切行われていないことを確認しているのですが、何故そのような事になっているのかが解らなくなっています」
「あの、そもそもペットプログラムみたいなのって実装されてるんですか? 僕4ヶ月前の最初期組なんですけどゲーム内でそういった話は一切出てないし、僕自身ペットジョブに憧れていくつか獣を捕獲してペットが作れないか試したことはありますけど、飼育することは出来てもそんなプレイヤーの意思を理解して動いてくれるようなのはまだ一度も見たこと無いのですが……」
「それについてお答えしますが、製品版では確かにプレイヤーと一緒に戦ってくれるペットシステムは実装されますが、ペットシステムが実装されたのは第3αテストサーバであるGAMMAサーバ群からであり、第一αテスト専用であるALPHAサーバ群ではそのシステムは搭載されておりません。つまり今カインさんがおっしゃられたとおり飼育までが限界となっています」

 あ、ALPHAでは未実装なのか。
 あんなにはティが懐いているのにペット関係のスキルが見つからないからどうした事かと思ってたがそもそも存在すらしていなかったとは……

「話を戻しますが、月狼の生成からのログを全て遡った所、キョウさんがログインされてから暫くは他の月狼とおなじ行動ルーチンで活動していましたが、唐突に群れを離れキョウさんの元へ向かったことが確認されています。山を幾つも超えた距離から最短距離で向かったことから、明らかにキョウさんの事を認識していたと判断できますが、キョウさんのアバターにバグや、何らかの信号を発した形跡は一切なく御本人の状態から分かる通り自力で筐体に対する仕掛けができないことも判っているため、どうしてモンスターのAIがこの様な行動をとったのかが把握できないのです」
「偶然、最初に遭遇したプレイヤーに刷り込みが起きたとかはないんですか?」
「その月狼が南下する際、二人のプレイヤーと遭遇していることも確認しています。イチゴさんときなこもちさんは一昨日遭遇した狼に心当たりありますか?」

 その言葉に、二人並んでたプレイヤーに視線が集中する。

「え!? ペットになった狼ってあの化物なの!?」
「うちら一応レベル3のペアだったんですけど、とても手が出せるレベルには見えなかったんですけど……」
「はい、その認識で間違いありません。月狼はレベル7のフルパーティで互角に戦える設定になってます。なおお二人が遭遇したのは群れボスでありレベル10――つまりレベル8のフルパーティでも苦戦する強さを持っています」
「ええええ!?」

 そりゃライノスをなぎ倒せるわけだ。
 見た目は狼だけどレベル8フルパーティ向けって完全にドラゴンだとか大悪魔だとかのレベルの強さじゃないか。
 そんなのが初心者のお守につくとか、いくらなんでもゲームバランスがメチャクチャすぎる。

 それともアレか?
 物語序盤で仲間に入るけどすぐ離脱して、最終盤まで戻ってこない系のやつ。
 というかそう言われたほうがしっくりくるレベルだ。

「完全に私達の事は眼中にない感じだったけど、おかげで私達は命拾いしたってことね」
「そもそも月狼の聴覚探知が50m、視覚探知が前方300mです。山を幾つも超えて一人のプレイヤーを狙うなんてことは本来絶対起こりえないはずなんです!」

 なんです! って俺に言われてもなぁ。

「ううん、不正はなかったと運営は確認してるんですよね? だったらシステム側のバグでしか無いと思うんですけど」
「はい。我々もそう考えて様々なログを精査しているんですが、原因がまるで分からず聞き取り調査をお願いしたというところです。他のモンスターで似たような挙動を取ったものは未だ確認されておりません」
「再現性のない完全イレギュラーなバグって事ですか?」
「ええ、しかもそれだけではなく、どうにもモンスターのAIが学習しているように見えるんですよね」
「見える? ログとかで確認できないんですか?
「確認は行ってます。そしてデータログを確認する限り一般的なモンスターの思考AIと一切替わりません。ライノスの一件の時にキョウさんを救った行動は、百歩譲ってリアルの犬が飼い主を守る行動を取ることもあるので起こり得るかもしれないと理解できなくもないですが、しかしあの月狼は明らかにキョウさんやAIエリスの言動を理解しているフシがあります。モンスターAIに言語理解の機能がないにもかかわらずです」
「僕らと喋ってる時ですらAIにおかしな挙動はないと?」
「はい。異常は一切見られませんでした。一部のストーリーモンスターには人間の言葉を解する者も居ますが、それはモンスターの外見をしているNPC扱いで作られています。ですが月狼はあくまでフィールドモンスターに過ぎないので専用の行動用AIしか積んでおらず、あんな理性的な行動は取れないはずなんですよ」

 でもハティ、俺の言葉に相槌打ったり、頼み事するとちゃんと意図どおりに行動してくれるから間違いなく人間の言葉理解してるんだよな。
 なのにログには何も残らないとか、ただのテストプレイヤーである俺にどうにか出来る問題じゃないと思うぞ……

「正直な所キョウさんのプレイングも、周囲で起こる事柄もこちらの想定のはるか外側のことが頻発しておりましてもし差し支えがなければ、常時解析ツールを走らせて頂きたいのですが問題ないでしょうか?」
「べつにテスターですし常時ログも取られてるみたいですし今更じゃないですか?」
「いえ、キョウさんの場合リアル生活と同じ水準で生活していますのでテスターとは言えプライバシー等も考える必要がありまして。それにログはあくまで文字列でしかなくそこからキャラの座標、オブジェクトの位置や各種パラメータ変動から何があったのかを限定的に確認することしか出来ません。解析ツールは動画……とは少々違いますが完全な状況再現が可能となるのでより多くの情報が得られるんです」

 つまり常時監視カメラ付きってことか。
 確かにあまり気分のいいものじゃないが……

「当然契約時のプライバシーポリシー外の注文なので契約内容の方にも便宜は図らせていただきます」

 つまり、包み隠さず見せてくれれば追加料金払いますよ、と。
 別に、リアル生活でもないし製品版でガチプレイするわけでもないから特に監視されて困ることないか。
 どうせログ解析でも特定シーンで何が起こったのかとかバレちゃうわけだしな。

「わかりました。特に困ることはないので構いません」
「有難うございます! 詳しい話はミーティング後にさせてください」
「了解です……けど、僕のプレイングってそんなに想定外のことやってますかね?」
「御自覚がありませんか? 開発チームのバトルコンテンツのスタッフ数名があのライノスの一件でのあまりに早すぎるステータスやスキル上昇速度を危惧して、実際に状況を再現してプレイした所、全員が口を揃えて『これは無理ゲー』と断じる程でしたよ」

 あの異常な速度のパワーアップか。
 でも実際無理ゲーだったしな。
 避けきれるかとも思ったけど途中で脚がイカれて結局逃げ切れなかった。
 スキルアップの条件が未だにはっきり判ってないからなんとも言えないが、敵との継続戦闘だった場合文字通り死ぬ気で避けながらスキルを稼ぐ必要があるしな。
 そもそもハティが助けてくれなきゃ死んでたからなぁ。
 つまりプレイヤースキルでどれだけ無茶しようとも体の方も鍛えないと結局動きについて来れない。
 無限に同じ行動を取り続けられるアクションゲームとはまるで違うシステムだ。

「そう言われても、他に比較するものがないんで僕からはよく解らないんですよね」
「他にも様々な行動で、どうして? と思うところがありましたが、先程マニュアル等が一切見られなかったという話を聞いて納得できました」

 変な所で納得されてしまった……
 アラマキさんからも言われたけど、やっぱり運営から見ても俺の行動っておかしかったのか……
 でもガーヴさんの特訓とかエイスのおっちゃんに教えてもらった解体知識とか、実際助かってるんだよなぁ。
 それでもおかしいように見えるっていうのは効率的な問題か?

「それと、今データログの確認と状況再現の結果からキョウさんの排泄が事実だと判明しました」

 再びどよめく会場。
 そりゃネトゲでうんこ確認しましたなんて運営から真顔で言われたらねぇ。

「ただ……率直に言って何故それが可能なのか、開発側もプログラマ側も理解出来ていないというのが現状でして……」
「……というと?」
「NEW WORLDの外付け筐体はご存知の通りヘッドパーツ、腰掛け型に近い脚パーツ、それに付随する形で固定される腕パーツで構成されています。ここまでは良いですか?」
「ええ」
「ですが便意を司るのは胴体です。確かにこのALPHAサーバでの初期構想ではボディ用の筐体も存在し、プレイヤーやNPCには内臓が作り込まれており便意なども再現される予定ではありました。しかし胴体部は内臓への負担やペースメーカーなどと言った重要機器を体内に持っている方への安全配慮という形でオミットされています」

 まぁ、心臓弱い人とかだとボディへのバイブレーションとかでもちょっと危険かもしれないしな。
 その配慮とかで胴体パーツを排除したというのは非常によく分かる話だ。

「あなたはボディ用の筐体をつけていないのに便意を催したという。これが普通の人であれば何もおかしくありません。しかしあなたは肉体の感覚がない植物状態でありそもそも便意を感じることが出来ないと聞いています。にもかかわらずゲーム内で便意を明確に感じ、実際に排泄したとなると話は大きく変わります」

 要するに、リアルの身体は便意を訴えない。
 機械的にも便意を想起させる挙動をする機能が備わっていない。
 にもかかわらずゲーム内で排泄という行為ができてしまった訳だ。
 入力手段も出力手段も存在しないのに結果が出ているとかメチャクチャである。

「筐体はオミットされたとは言え、プレイヤーもNPCもそのアバターには内臓機能は実装されたままです。理由は幾つかありますが、NPC等は排泄も当たり前に今までこなしてきていたものなので機能を取り除いた時どんな影響が有るのか分からないという点です」

 すでにあるものとして動いてたものを無理やり無かった事にするくらいなら、プレイヤーアバターのみ一分機能を制限するにとどめて機能自体はロックを掛けるだけで残しておいた、って事か
 影響もあるけどコスト的な問題でもそれが一番現実的な対応か。
 ありえないレベルのリアリティ追求、人間特別がつかないほど進化したAI、不自然さがまったくなく砂埃まで完全再現する物理演算等、素人目に見てもシャレにならない規模の開発資金が投入されているのがわかるが、それでも投資額に限界はあるということだよな。
 当たり前といえば当たり前だが、ゲーム自体がデタラメのオンパレードでつい失念してしまう。
 それにしたって、内臓機能まで再現するとかどう考えてもやりすぎだと思うが。

「しかし、プレイヤーは例え腹の中に消化物が溜まったとしても、本来ならボディパーツが無いため腹の中の感覚を感じることが出来ないので便意を感じることも出来ないし、たとえそうなっても排泄する為に息む事も出来ない筈なんです。せいぜい食あたりを起こした時にバッドステータスとして処理されるくらいでしょうか」
「あの、それって俺達の……というか全員のアバターにも消化や排泄機能が備わってるって事ですか?」
「その通りです。ただし、先程も説明したとおりボディパーツがないため普通それを実感することは出来ません。最初期のボディ含みの筐体であれば、例えば毒物を食べた場合に腹部のバイブレーション機能が反応しつつ継続ダメージを受けるといったものも想定されていました。システムで作られた料理アイテムは食べたものは全て消化してしまうので排泄の必要はありませんでしたが……」

 ざわつく一同。
 自分達のアバターがまさか体の内側まで作り込まれているとは彼らも想像していなかったんだろう。
 俺だってまさかの、だったからな。

「なお製品版のキャラクターアバターには当然この機能はありません。クリティカルポイントである脳と心臓の判定と食べた料理アイテムをストックする簡易胃袋的な空間があるだけです。データコンバートをしていただく皆さんに限っては製品版とテストの両方で使って頂くため同じキャラデータを使っていただくことになりますが、一般キャラとの差が出ないよう内部処理は通常アバターと同じですのでそこはご安心を」

 そりゃまぁ一般キャラと差なんか出したらチートだの癒着だの騒ぎ出すやつ絶対出るだろうからな。
 当然の処置だ。
 それにしても、システムで作られた料理アイテム?

「すいません、ちょっと確認なんですけどただ肉を焼いたのと料理アイテムっていうのは違うんですか?」
「え? ええそれは。料理アイテムは調理スキルを使って特定の組み合わせを行うことで作られるステータスアップアイテムです。ショップNPCからも購入できますが、スキル経由せずにただの肉焼くだけではオブジェクトを食べただけなのでステータスの上昇なんかは得られません。空腹値は何を食べても回復しますが物によってはダメージを受けたり中毒になるのであまりおすすめはしません……というかマニュアルに記載してあるので確認することをおすすめします」
「マニュアルと言われても、自分でマニュアル見れませんし……」
「え?」
「いや、僕身体動かせませんから」
「いえ、オンラインマニュアルのURLをメールで……」
「セキュリティ云々でテストサーバへ直接続してて、外部ネットとの接続カットされてるんでメールなんて当然見れませんよね?」
「あっ……」
「T1さん?」

 T1が固まった。
 田辺さんあの反応は絶対に思い当たってなかったな?
 C1さんが「お前まさか?」的な視線をT1に向けている。

「大変申し訳ありません、こちらの認識不足でした。後ほどβ版に入ってるヘルプ機能をALPHAサーバに逆移植できないか検討してみます。申し訳無いのですが暫くお待ちいただけけないかと……」

 まぁ、正直今さらって感じだけどな。
 ずっと手探りでやりつつNPCやアラマキさんから色々教えてもらってやってきたし。

「もしかしたら、料理スキル使わずに料理作って食ってたから消化できずに腹に残ってた……とかですかね」
「その可能性は否定できませんが、そもそも腹に溜まってもその腹に力が入らないと出るものは出ないんですけどね……」

 それもそうか。

「そもそもログアウトした時点で体内の不純物とかはリセットされるので何日も常時接続かつ料理アイテム以前の食材アイテムを組み合わせただけのものを取り続けるという行動をした人が今まで居なかったので」
「流石にそれはデバッグチームがザルすぎません? ネトゲ廃人は1週間常時接続とか当たり前のようにやらかしますよ?」

 以前、一時期デバッグ会社で働いたことがあるからわかるが、デバッグっていうのは基本「こんな事誰もやらないだろう」ということを徹底的に潰すのが基本だ。
 ゲーム開始直後のテスターに幾つも集中してバグや不具合がみつかるのは流石にチェックが雑すぎると言わざるを得ない。
 俺一人でこれだけ見つかるんだから、全体で見たらバグの量は凄いことになりそうだが……

「そう言われてしまうと返す言葉もありません。βではオミットされているからとαでのデバッグの甘さがあったとこちらも認識しています」

 まぁ、俺達がやってるのはあくまでテストサーバーだからな。
 本実装仕様になるβ版の方に力を入れるのも当然といえば当然なんだよな。

「たしかに今はβ版の方が優先であることは僕も理解していますが、引き続きALPHAをテストサーバとして使っていくのならこの辺の対応もしたほうが良いと思います」

 とだけ伝えておこう。

「その意見は確かに現場へ伝えさせていただきます」

 さて……
 メインの話は俺についてと言っていたが、これで終わりか?
 これ以上は特に俺自身もおかしな事と言われても思いつかない。
 このためとサービスイン発表のためだけに20人以上も集めたとも思えないが……

「この二つが今回のメインの議題でしたが、もう一つ皆さんに手伝っていただきたい検証があります」

 やっぱりまだあるのか。

「冒頭にツールのテストを兼ねていると説明していただきましたがその一つが皆さんのコンバートデータが製品版で正しく挙動するかのテストになります」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】マギアアームド・ファンタジア

こすもすさんど(元:ムメイザクラ)
ファンタジー
ハイファンタジーの広大な世界を、魔法装具『マギアアームド』で自由自在に駆け巡る、世界的アクションVRゲーム『マギアアームド・ファンタジア』。  高校に入学し、ゲーム解禁を許された織原徹矢は、中学時代からの友人の水城菜々花と共に、マギアアームド・ファンタジアの世界へと冒険する。  待ち受けるは圧倒的な自然、強大なエネミー、予期せぬハーレム、そして――この世界に花咲く、小さな奇跡。  王道を以て王道を征す、近未来風VRMMOファンタジー、ここに開幕!

モノ作りに没頭していたら、いつの間にかトッププレイヤーになっていた件

こばやん2号
ファンタジー
高校一年生の夏休み、既に宿題を終えた山田彰(やまだあきら)は、美人で巨乳な幼馴染の森杉保奈美(もりすぎほなみ)にとあるゲームを一緒にやらないかと誘われる。 だが、あるトラウマから彼女と一緒にゲームをすることを断った彰だったが、そのゲームが自分の好きなクラフト系のゲームであることに気付いた。 好きなジャンルのゲームという誘惑に勝てず、保奈美には内緒でゲームを始めてみると、あれよあれよという間にトッププレイヤーとして認知されてしまっていた。 これは、ずっと一人でプレイしてきたクラフト系ゲーマーが、多人数参加型のオンラインゲームに参加した結果どうなるのかと描いた無自覚系やらかしVRMMO物語である。 ※更新頻度は不定期ですが、よければどうぞ

【完結】6歳の王子は無自覚に兄を断罪する

土広真丘
ファンタジー
ノーザッツ王国の末の王子アーサーにはある悩みがあった。 異母兄のゴードン王子が婚約者にひどい対応をしているのだ。 その婚約者は、アーサーにも優しいマリーお姉様だった。 心を痛めながら、アーサーは「作文」を書く。 ※全2話。R15は念のため。ふんわりした世界観です。 前半はひらがなばかりで、読みにくいかもしれません。 主人公の年齢的に恋愛ではないかなと思ってファンタジーにしました。 小説家になろうに投稿したものを加筆修正しました。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

チート級スキルを得たゲーマーのやりたいことだけするVRMMO!

しりうす。
ファンタジー
VRゲーム【Another world・Online】βテストをソロでクリアした主人公──────雲母八雲。 βテスト最後のボスを倒すと、謎のアイテム【スキルの素】を入手する。不思議に思いつつも、もうこのゲームの中に居る必要はないためアイテムの事を深く考えずにログアウトする。 そして、本サービス開始時刻と同時に【Another world・Online】にダイブし、そこで謎アイテム【スキルの素】が出てきてチート級スキルを10個作ることに。 そこで作ったチート級スキルを手に、【Another world・Online】の世界をやりたいことだけ謳歌する! ※ゆるーくやっていくので、戦闘シーンなどの描写には期待しないでください。 ※処女作ですので、誤字脱字、設定の矛盾などがあると思います。あったら是非教えてください! ※感想は出来るだけ返信します。わからない点、意味不明な点があったら教えてください。(アンチコメはスルーします)

VRMMOでチュートリアルを2回やった生産職のボクは最強になりました

鳥山正人
ファンタジー
フルダイブ型VRMMOゲームの『スペードのクイーン』のオープンベータ版が終わり、正式リリースされる事になったので早速やってみたら、いきなりのサーバーダウン。 だけどボクだけ知らずにそのままチュートリアルをやっていた。 チュートリアルが終わってさぁ冒険の始まり。と思ったらもう一度チュートリアルから開始。 2度目のチュートリアルでも同じようにクリアしたら隠し要素を発見。 そこから怒涛の快進撃で最強になりました。 鍛冶、錬金で主人公がまったり最強になるお話です。 ※この作品は「DADAN WEB小説コンテスト」1次選考通過した【第1章完結】デスペナのないVRMMOで〜をブラッシュアップして、続きの物語を描いた作品です。 その事を理解していただきお読みいただければ幸いです。

【完結】悪役令嬢の断罪現場に居合わせた私が巻き込まれた悲劇

藍生蕗
ファンタジー
悪役令嬢と揶揄される公爵令嬢フィラデラが公の場で断罪……されている。 トリアは会場の端でその様を傍観していたが、何故か急に自分の名前が出てきた事に動揺し、思わず返事をしてしまう。 会場が注目する中、聞かれる事に答える度に場の空気は悪くなって行って……

生産職から始まる初めてのVRMMO

結城楓
ファンタジー
最近流行りのVRMMO、興味がないわけではないが自分から手を出そうと思ってはいなかったふう。 そんな時、新しく発売された《アイディアル・オンライン》。 そしてその発売日、なぜかゲームに必要なハードとソフトを2つ抱えた高校の友達、彩華が家にいた。 そんなふうが彩華と半ば強制的にやることになったふうにとっては初めてのVRMMO。 最初のプレイヤー設定では『モンスターと戦うのが怖い』という理由から生産職などの能力を選択したところから物語は始まる。 最初はやらざるを得ない状況だったフウが、いつしか面白いと思うようになり自ら率先してゲームをするようになる。 そんなフウが贈るのんびりほのぼのと周りを巻き込み成長していく生産職から始まる初めてのVRMMOの物語。

処理中です...