ν - World! ――事故っても転生なんてしなかった――

ムラチョー

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一章

十七話 狩る者とⅢ

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――――――――――――――――――――――――

「あの新入り……一体どうなってやがる」

 新入りの動きが突然変わった。

 それまでは俺達のやり方を見て、真似て動いていた。
 それで正しい。
 手段がわからないなら先人の技術を盗み対応するのが最も手っ取り早い対策法だ。

 だが、ライノスが自分だけを狙うと理解した途端に動きが変わった。
 大きく動き安全なを距離を取り続ける動きから、極力動きを削り危険でも動きを最小限に抑えるやり方に。

 体力の消耗を危惧して、激しい動きを抑えるという考え方は判る。
 判っていても、一体どれだけの奴があそこまで際どい所まで詰めることが出来る?

 あの巨体が殺すための勢いで目の前を通り過ぎていくのは、狩りで獣と命のやり取りを20年は繰り返している自分ですら心胆を寒からしめるところがある。
 やろうと思えば出来ることと、実際実行できるという事は同じことではない。

「アルゼイさん、アイツ……」
「あの新入、どうにもヌルい雰囲気を持ってると思っていたんだがな。土壇場になって化けたか、或いは隠していたのか」

 まるで別人と切り替わったかのような動きの変わり方だ。
 動きにはまだ雑さがある。
 こまかい体の使い方も指摘するべき場所がまだ多い。
 だが、雑であっても雑の中に無駄がない。

 ライノスの突進に対して横や後ろに避けるのではなく、前に踏み込み当たる前にすれ違っている。
 それはつまり、突進させていると言うことだ。
 一番回避するべき突進をさせないために、俺達は常に側面を位置取り直進させない様に立ち回っていた。
 だがあの新入りは短距離ながら意図的に突進を誘っているフシがある。
 その突進をこともあろうに前に出て避けているのだから、正気とは思えん。

「あそこまでギリギリを攻めていると俺達が手を出すと逆にタイミングを外しかねん」
「だが、あのままじゃいくらなんでも持たない」
「判っている、ライノスの攻撃を外したところを見計らって少しでも削るぞ。こちらを無視すると言うならそれを利用する。深手を追わせることは出来ないまでも少しでもいいから血を流させろ」

 沼猪のように足を削るのは無理でも、腹を執拗に傷つけることは出来る。

「奴が俺達を無視できなくなる位に土手っ腹を抉ってやれ!」


――――――――――――――――――――――――


 二人から援護が入るようになってタイミングが取りやすくなった。
 劇的にライノスの動きを制限しているわけではないが、ジワジワと遅くなる。
 その御蔭で、変化へ対応しやすい。

 すれ違いざまに、二人がつけた傷口を抉る程度の余裕は出始めた。
 依然として体力の底は見えない。
 一撃貰えば終わりという状況は変わりがない。

「だが……」

 理由は判っている。
 スキルが凄まじい勢いで上がっているからだ。
 しかもいくつか新しいスキルも増えている。

 サポートとは別にこれらの成長のせいでこちらの対応能力が上がっている。
 それが戦いを次第に容易にさせている。

 それでも、まだダメだ。
 消耗戦では先にこちらが削りきられる。
 どれだけ体力の消耗を抑えても、動かされている以上全く抑えるということは出来ない。
 そもそも人間はただ何もせず立っているだけでも疲れるのだ。

「何かマタドールみたいだな」

 ライノスの突進を避けては同じ傷をえぐり続ける。
 頭や足はダメだ。
 骨に弾かれて武器がダメになるし、こっちの体制が崩される。
 防御なんてナンセンス、俺はタンクじゃないんだ、アタッカーがボスの攻撃を受けようという考えがそもそも間違っている。

 山の稜線に日が落ちるまであと1時間はかかる。
 パラメータも明らかな格上との戦闘のせいか大分成長しているが、失われる体力を補うほど一気に伸びては居ない。
 STRもこのままの速度で成長し続けたとしても体力が尽きる前にあの分厚い皮膚を貫けるほどにはならん。

「さて……」

 どうしたものか。
 何の手も打たずこのまま続けばジリ貧……どころかこちらが先に潰される。
 今は効果が薄くても、やれる事をやれるだけやるしかない、か。

「ギュイイイイイ!」
「うん?」

 幾度繰り返したかわからない、腹への攻撃に初めてライノスが大きく反応した。
 傷はえぐり続けてきたが深手と言える程ではない。
 血は出ているが分厚い皮膚を削っているだけだ。
 それが初めてはっきり分かる反応を示したということはついに皮膚を抜いて内臓とは行かなくても肉に剣が届いたか。
 ならこの不毛に思える繰り返し作業にも効果があるということだ。
 多少はやりがいが出てくる。

 粘り、削り、只管避け続ける。
 昔、レベル依存度の高いゲームで低レベルクリアしようとしてボスに1ダメしか出せずに数時間掛けて只管1ダメ重ねてボスの体力を削ったことがあったけど、今回のはそれに近いな。

 VRとコンシューマ機という違いはあれど、アクションゲームで同じ結果は導けた。
 つまり、理屈の上ではやろうと思えば出来る筈だ。
 だったら、とことんまで付き合って……

「ぐっ…… 何っ!?」

 足を挫いた!? このタイミングで!?
 いや違う、膝から下の感覚がない……疲労で痙攣したのか!?
 足首に力が入らない、感覚がないせいで足を正しく地面につけられない。
 
 何でだよ!?
 疲労度はまだ尽きてはいないだろうが!
 身体のほうが持たなかったってのかよ!?
 
「ジーナ! 新入りをやらせるな!」
「判ってますよ!」

 サポートの二人が気を引こうとしてるが、ライノスはガン無視で俺だけを見ている。
 くそっ……気力も体力もまだもう少しは粘れた筈なのに!
 駄目になったのは右足だけか。
 左足はまだ感覚があるが……
 ライノスの突撃は……!

「キュイィィ!」

 タイミング、2、1、今……!

「ぐッ……おおおおお」

 直撃は避けれた、が……
 クッソ痛てぇな、片足を引っ掛けられただけでこれか。
 左足蹴飛ばされただけで何m転がされたんだ俺……。

 ちくしょう、両足がやられたら流石にもうどうしようもない。
 両足とも膝下の感覚が無い。
 立ち上がれねぇ……

「ジーナ、ライノスを止めろぉ!」
「やってますよ! クソっ何でコイツこっちを向かないんだ!?」

 あの野郎、二人に攻撃されてんのに一切無視して俺に突っ込んでこようとか俺に何の恨みがあるってんだ。
 ああ……
 コレは流石にどうしようもないな。

 足だけでコレとか死んだらどれくらい痛ぇんだろう?
 痛みで気絶とかしないように歯ァ食いしばって耐えてみるか。
 耐えれるかは判らんけれど……

「ああ、痛ぇの嫌だなぁ……」




「ギヒィィィィイイイイ!?」

 ……なんだ?
 何で痛みが来ないんだ?

「一体何……が……」

 訳が分からず目を開けた俺の目に飛び込んできたのは、ライノスの喉笛に噛みつきながら引き倒す巨大な狼の姿だった。

 あれだけ、俺達には手も足も出せなかったライノスを、まるで玩具のように投げ飛ばす。
 体格的にも倍近い差があるのにお構いなしだ。
 さすがは一地方で王者なんて呼ばれるだけの事はあるな。

「はは……助けに来てくれたのか、エリス、ハティ」
「うあぁぁ……よがっだ……ま゙に、あっだ……」

 ハティにまたがっていたエリスが飛び降りて、俺にしがみつきながら泣きながら叫んでいる。
 はは……そんなに泣きながらじゃ、何言ってんのか聞き取れねーよ。

 しがみつくエリスを抱きかかえてようやく一息つく。

 ああ、生き残ったか……
 正直もうダメかと思ったが、思いの外悪運が強いらしい。

「新入り、生きてるか?」
「ええ、まぁ何とかハティのおかげで命だけは何とか助かりましたよ……」
「流石は月狼ってところか……しかし、あの月狼がまさか主人の命を救いに戻ってくるとはなぁ」
「主人っていうかどっちかと言うと家族とか友達みたいなもんだと思いますけどねぇ」

 何か敬ってるっていうよりも、世話を焼いてくれてる的なイメージが……

「ゔえ゙ぇ゙ぇ……い゙っじょっに゙ぃ゙っ、い゙ゔっぶぇ゙ぇ゙え゙え゙……」
「痛ぇっ……わかった、わかった、何言ってるのか判らんけど取り敢えずわかったからって……痛っ、痛ててててててぇっ!?」

 足っ! 足折れてるから! 超痛いから!
 つか、俺どうやって帰ればいいんだ。
 ってハティが居るか。
 つい今しがた助けてもらったばっかじゃねぇか。

「なぁハティ……エリスが落ち着いたら俺乗っけてくれないか?」
「ワン」
「……お前ほんと良いやつだなぁ……」

 未だに何で俺の前に現れたのかも、何で懐いてるのかもサッパリ心当たりないんだけど。

 しっかし、命がけの戦いついに来たなぁ。
 相手がドラゴンでも魔王でもなく、サイってのが締まらないが……

 とはいえ、RPGでも最初のボスはデカいカエルとか蜘蛛とかだったりするから、割と実際にやるとこんなもんなのかもしれんな……


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