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一章
九話 アラマキⅡ
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「では、今日は初日でもうすぐ日も落ちてしまうということで今後どのように教えていくかの説明をしようと思います」
皆の中央で説明を始めるアラマキ氏。
説明と言っても、今後の指導方針や指導を行う時間の確認、必要な道具を持っているかの確認等だ。
「釘は組木で何とか出来るとしてもノコギリやカンナがないのは困りますね……どなたか鍛冶仕事が出来る方は居ますか?」
「俺が出来るぜ。鍛冶屋の弟子として働いてたことがあるから、大層な武具はともかくノコギリとかくらいなら問題なく作れる」
「では、今日ここにいる人数分のノコギリとカンナの制作をお願いします」
「まかせろ!」
……といった感じで、サクサクと段取りを整えていく。
なかなかのコミュニケーション能力。
ゲーセンと会社、それとチャットくらいでしか会話のなかった俺とはえらい違いだ。
にしても、村人たちはアラマキ氏の言葉に二つ返事で笑顔で答えていく。
新入りだって言ってたが、すげぇ信頼されてるのな。
村を大きくしたからってだけじゃなくて、純粋に人付き合いが上手いんだなこの人。
「では、必要な道具が揃うのは3日後と言うことなので狩りの翌日から本格的な指導を開始したいとおもいます」
「おう、よろしくお願いするぜ」
「カシャさんが木材集めを手伝ってくださるようなので、その際にいい木の選び方や切り倒し方なんかを伝える予定です。今後木材の採取何かの知識はカシャさんから聞くようにお願いします」
「おう! バッチリ覚えて村一番の材木屋になってやらァ!」
「頼もしいこと言うじゃねぇか、えぇ?」
「口だけで終わらねぇことを期待してんぜ?」
「む、村長ァ、そいつは酷くねぇか?」
ああ、なんつうかいい雰囲気だな。
からかい合いながらも笑いが耐えない。
都会に越してきてからはこういうのはあまり見なかったが、田舎の町内会っていうか……
人のつながりが、暖かく見える。
リアルなんかよりずっと。
「キョウさん、それとエリスちゃん……でいいのかな?」
「え? ああ」
いつの間にかアラマキ氏が隣に来ていた。
180近い長身に、金髪碧眼のショートカット。
耳が尖っていたらイケメンエルフと言われても違和感がないだろう。
そんな見た目勝ち組のイケメンが何故俺なんかに、とは言わない。
流石に俺でも理由はわかる。
「キョウです。これからよろしくおねがいします」
「改めまして、アラマキです。しかし自分以外のテスターと遭遇したのは初めてだったので、さっき見かけたときはうっかり声を出しそうになりましたよ」
ああ、そっちも驚いてたのか。
「僕も、初めてだったので驚きました。……と言っても僕がテスターとして参加したのは昨日からだったんですけどね」
「成る程。後発組の方でしたか」
つまり、先遣隊というか、同じαテストでも開始時期に大きく差があるのか。
「ちなみにアラマキさんは何時から?」
「僕は参加してから2ヶ月、といった所ですね」
「あらま、大先輩ですか」
「といってもログイン時間は一日4時間程度なんですけどね。ゲーム雑誌のレビュワーなんかもやっているのでなかなか時間が取れなくて」
雑誌のレビュワーとかすごいな。
俺はもっぱらプレイする専門だったから、雑誌に記事載せるとかちょっと憧れるな。
「はぁ~すごいですね。と言うことは外部スタッフで?」
「ええ、知人の伝手でテスターとして依頼されました。キョウさんの方は?」
「僕も外部スタッフ扱いです。今回は元同僚から誘われまして」
「成る程」
意外と俺以外にも外部からテスター集めたりしてたんだな。
……そういえばテスター探しに困ってたみたいなことも言ってたっけか。
「それで、出会って早々不躾なお願いになってしまうんですが、俺にこのゲームでのスキルの扱いについて教えてもらえないでしょうか?
「それは構いませんけど、またどうして? テスター用の情報掲示板なんかに結構色々と情報出てますけど」
「ちょっと、僕の場合状況が特殊でして、このテストサーバ以外のネットワークに接続できない状況なんです。だからネットでの情報収集とかが出来なくて全部手探り状態になってて……」
「それはまた、凄まじいハードモードですね……」
ああ、解ってくれるか。
ネットに依存しすぎた俺にとってこの状況がどれだけのハードモードなのかを!
「初日から野宿でネズミ食うサバイバル生活ですよ」
「うわぁ……夜は徘徊する獣とかも肉食系が混ざったりするんで僕は村に帰れそうにない場合は素直にログアウトしてますよ」
「ログアウト、出来ればよかったんですけどねぇ」
寝てるときもプレイヤーとしてログイン状態だから野宿とかかなり勇気がいるんだよな。
寝てる時に襲われたりしないかとか。
「えっ!? できないんですか? ああ、テスター用のマニュアルもサイトに有るからログアウト方法がわからなかったんですね」
「いや、それが……、まぁ知られても対して問題がないんでバラしますが、僕は現在、半植物状態でしてうっかりログアウトすると自力でログインできないのでログアウト機能にロックが掛かってるんですよね」
「え、ログアウトロックって。それに植物状態……?」
まぁいきなりこんな事言われたらそりゃ引くわな。
ただ、ここを最初に説明しないと話が通じなくなるんだよな俺の場合。
信じてくれるかどうかは知らんけど。
「自由に動くのは目と耳だけです。ボイスチャットも出来ないので、グローブみたいに電気信号を拾う人工声帯的なシステムで会話できるようになってるみたいです」
「じゃあ、文字通り24時間ログイン状態ってこと?」
「栄養摂取も排泄も全部管を通して機械がやってるんで、今だけは一切誇張無くゲームが俺の全てですね」
「それはなんというか、お察ししますと言うか……」
まぁ普通はこういう反応だよな。
大怪我とかそういう話題になるとどうしてもこうなってしまう。
だからあまりバラしたくなかったんだがこの件に関してはどうしても言わざるを得ない。
フォロー的な物は一応考えてあるけどな。
「実は、この状況にはちょっとだけですけど感謝しても居るんですよ?」
「半身……いや全身不随で機械なしでは生きられない状態なのに?」
「なんせ、言い訳付きでゲームに全力投球できるじゃないですか。生きるために、入院費を稼ぐためにテスターしなくちゃいけない……ってね」
これは嘘じゃないし。
「トイレも食事も必要ない、ただただゲームに没頭できる。しかもただのゲームじゃない。NPCですら人間と変わりがない、もはやもう一つの世界だって言っても過言じゃないレベルのこの世界に24時間没頭できる」
「あぁ……確かに、子供の頃そういう生活に憧れましたねぇ。仕事するようになってからは効率プレイしかし無くなってしまいましたが」
「そうそれ! それっすよ。時間がないから少しでも色々遊ぶために効率ばかり求めて攻略サイトを斜め読み。楽しむべき要素を答え合わせしながらやってくような……」
「あぁ……わかります。昔は勝てないボスを何度も死にながら、ノートにパターンとか書いたりして攻略したころもありましたねぇ」
ゲーム好きが働きだすとやっぱりそうなっちゃうんだよな。
よかった、そう考えてるのが俺だけじゃなくて。
「でも今、僕の置かれた状況ってまさにその頃の遊び方なんですよ。……迂闊に死ねない分難易度は鬼畜ですけどね」
「成る程、そういう風に楽しんでいるという事なら外野が勝手に悲観的に見るのは確かに違いますね」
「ええ、何で気にしないでください。僕は楽しむことにしましたから」
やっべ、この人すげぇ話がわかる。
同じゲーマーだからなのか、単にこの人が返し上手、聞き上手なのか知らんけどすげぇ話しやすい。
「わかりました……ってずいぶん脱線しましたね。スキルについてでしたっけ」
おっと、熱く語りすぎてしまった。
「ええ、日中に狩りも兼ねての戦闘訓練をやったことでこのゲームでのスキルの重要性はある程度理解することは出来ました。けれど、どうにも一人でやれることにも限界が合って情報が足らないんです」
「そうですね……」
考える、躊躇するって事はなにか問題があるのか?
「わかりました、僕の知ってることで良ければお教えします。狩りが終わったら村人たちに色々と指導するので時間が取れなくなると思いますから、明日でも大丈夫ですか?」
と思ったら違ったようだ。
空き時間の問題だったか。
「ええ、明日は特に用事を入れてないのでぜひお願いします」
「わかりました。では明日の昼過ぎに」
「よろしくおねがいします」
コレはありがたい。
戦闘面についてはガーヴさんから手ほどきを受けれそうだし、テスターとして持ってる知識と手ほどきはアラマキさんに頼めるとなると、コレまでの手探り感がぐっと解消される事になる。
いくら検証プレイが楽しいと言ってもノーヒントは流石にツライ。
このゲームはコミュニテケーションが大事みたいだし、コミュニケーションで手に入れた人脈と情報なら問題ないよなきっと。
「ああ、それと……」
まだ何かあるのか?
「これを持っていってください」
「木の枝と、端材?」
「いくら村の中が安全とは言え野ざらしで寝るのは辛いでしょう? 大きな枝を骨組みにして、上から葉っぱつきの枝を重ねて被せるだけでも多少の雨風はしのげるようになりますよ」
「おお、それは助かる。ありがとうございます!」
「いえいえ、それではまた明日」
いやぁ、このままマントに包まって寝るつもりだったからすげぇ助かるな。
お世辞にも小屋とは言えないから、木の枝で作るテントって感じか。
これでダンボールすら無いホームレス以下の生活からも脱出できそうだ。
「話は済んだかい、兄ちゃん?」
お、見張りのおっちゃん。
そうだ、この後解体を頼んでたんだった。
「待たせちゃいましたか?」
「いいや、俺も今話しを切り上げてきたところだから大丈夫だ」
結構人集まってたし、終わった後も皆残って話し込んでたのか。
「今から向かうってことで問題ないか?」
「ええ、お願いします」
ずり落ちそうになっていたエリスを背負い直して帰路につく。
道すがら、今回倒したヤギのその場での処理の仕方や、解体前の下準備などの方法を教えてもらった。
血抜きは心臓が動いているうちにするとか、季節によってはとどめを刺さずに村まで連れてくる必要があるとか、そういった狩りについての基本的な部分だ。
ちなみにおっちゃんの名前はエイスというらしい。
が、名前で呼ばれるとこそばゆいから、これからも呼ぶときはおっちゃんでいいらしい。
とはいえ、そういった知識が殆どない俺にとってはどれも重要な内容だった。
はっきり言って学校の試験勉強でもコレほど集中してものを覚えようとしたことはなかった。
これがあれか、好きこそものの上手なれってやつか。
「しっかし、その嬢ちゃんよく寝てるな。あれだけ騒がしければ目を覚ましてもおかしくないってのに」
「子供は寝付きもいいし、案外起きないもんですよ」
「そんなもんかい? うちには女房も子供も居ないからその辺は良く分からないぜ」
美咲も一度寝るとなかなか目を覚まさなかったしな。
一度目を冷ましても何事もなかったように寝始めたりするし。
「さて……」
貰った木の枝を仮組みしてブサイクながらテント型に組み上げてみる。
壁が隙間だらけなのは葉っぱ突きの枝を重ねてるだけだからこの際仕方がない。
直風が隙間風になるだけでもかなり違うだろうしな。
そしてエリスをそこに寝かせて、腰を伸ばす。
「んんっ……! っと、ではお願いします」
「あいよ。それじゃ始めるか」
川につけておいたヤギを引き上げる。
それを余った枝を使って三脚型にした物に手慣れた手付きで吊るしていくのを眺めていた。
「モツを抜くなら地面でやってもいいが、皮を剥がすならこうやって釣ったほうが楽なんだ。身体の向きを変えるたびに地面の上を転がす必要もないしな」
「成る程」
昔、アンコウの料理の時に似たようなやり方をやってたのをテレビで見たことがあるような気がする。
「内臓を取るときには吊るさないんですか?」
「相当手慣れた猟師が、面倒臭がって最初から吊るしてやることはあるけど、ありゃ素人にはおすすめしない。内臓抜くにも腹を切ったり胸骨抜いたりするからな。宙吊りだとちからを入れにくいだろ?」
「ああ、確かに」
素人が宙吊りの状態で骨を切るとか敷居が高すぎる。
ん? 胸骨を抜く?
「内臓抜く時に骨も抜くんですか?」
「あぁ。お前さんこのヤギの内臓書き出す時にえらい苦労しただろ?」
「ええ、千切れたりなんだりで、汚れるわうまく取り出せないわ時間かかるわで……」
俺の服を汚した返り血も、半分くらいはモツ抜きが原因だった。
「詳しい手順は明後日の狩りの後に実物を見せながら教えるが、まぁ簡単に言うとこの胸骨の真ん中、あばら骨をつないでる部分をこんな感じで切り離すんだ」
といいながらナイフでザクザクと胸骨を取り払う。
ナイフでも意外と普通に切れるんだな……
「で、腹だけじゃなくて、喉からケツの穴まで一気に開く。これもモツを潰さず抜くためだな」
「はぁー。そんなにバッサリ開くんですね」
「ああそうだ。だが本来は腹を開く前に先に薄皮だけを切って少しだけ皮を開いておくようにするんだ。毛皮が汚れにくいようにな」
ああ、そういう手間のことまで全く頭に回ってなかったな。
「で、胸を開いて喉まで割いた理由だが、首の方、千切れた内臓が残ってるのが分かるか?」
「はい、見えます」
結構掻き出したつもりだったが、内臓の残骸のようなものがまだかなり残っていた。
「こういう取り残しがでないように、まずは喉を開いて喉笛を切り離す」
そう言いながら、食道らしきものを切り取ってみせた。
うわ、ホースみたいにけっこうバッサリ取れるんだな。
「で、それを腹皮にむかって引き抜くようにすると……」
「ああ、すげぇ、まとめて抜けた!」
「……とまぁこんな感じできれいに抜ける訳だ。で、首だけじゃねぇ、ケツの穴だって繋がってるから、こっちも切り離す。こっちにも邪魔になる骨があるからそれを切るんだが、こっちは最悪割っちまっても良い」
といいながら、手際よく腸の残骸を引っこ抜いた。
「こんな感じにすれば、モツも破れにくいしキレイに抜ける。キレイに抜けるってことは余計な手間がかからないから早く作業が終わるってことだ」
「はぁ~……勉強になります」
たしかにキレイにやれるってことは無駄がないって事だから無駄のない作業は早く終るって言葉はすごく納得できる。
高効率作業って訳だな。
「で、皮を剥ぐんだが、まず首周りと手足の先をナイフで切り込み入れて切り分ける。で、開いた腹の方から切り込身を入れた所まで一気に開く」
膝部分までバッサリと開きナイフで革を剥がしてみせてくれた。
「足先は剥がれにくいからナイフで皮を切らないように剥いでいくんだが、慣れないうちはナイフで皮を切っちまう事が多いから、足先と首、腹回りをナイフで剥がしたらあとは素手で剥がしていくほうが良い。多少皮に身が残っちまってもなめす時にどうせ剥ぎ取るからな」
「素手でそんな剥がせるもんなんですか?」
「今から見せてやる」
言うが早いか、ヤギの革を引き剥がしていくおっちゃん。
素手でもこんな引っ剥がすようにはぎ取れるのか……
「コレは獲物に寄っても変わるんだが、ヤギだの鹿だのは次期にもよるが剥がしやすい方だからな。イノシシだの狼なんかだと素手だとちとツライ」
獲物によって難度が変わると。
コレは実際にやって慣れるしか無いか。
「で、最後にしっぽ周りを切り取ると、こんな感じに一枚の皮になるって訳だ」
そうして残ったのはゲームのアイコンとかにもよくある『これぞ皮!』って感じに開かれた皮だ。
「素手でも結構キレイにはぎ取れるんですね」
「冷水につけてあったってのもあるけどな。あれで剥きやすくなる」
川に浸けてたのにはそんな理由も合ったのか。
「で、こいつは邪魔な肉をこそぎ落として川で洗い流したら気にでも引っ掛けて乾かす。ただし、毛皮のほうが乾くまでだ。脂が乾くと臭いを出すからな」
ナイフで肉や油を手早く削ぎ落としてくれた皮と、ヘラみたいな道具を受け取り川で血や脂を洗い流す。
そしてそれを言われたとおり枝に掛けておいた。
その後も肉の切り分け方や処理の仕方、解体のときの注意点なんかを聞き、最後に野宿なんかでできる簡単な調理方法を教わり、乾いた皮のなめし方を教わった所で別れた。
一頭で結構な量の肉が手に入ったからしばらくは肉に困らないだろう。
干し肉の作り方なんかも教えてもらったし、何割かは保存食粋だな。
しっかし、動物の解体知識なんてリアルでも経験することはなかったけど、ゲーム内で覚えることになるとはなぁ。
人生何が起こるかわからないもんだ。
皆の中央で説明を始めるアラマキ氏。
説明と言っても、今後の指導方針や指導を行う時間の確認、必要な道具を持っているかの確認等だ。
「釘は組木で何とか出来るとしてもノコギリやカンナがないのは困りますね……どなたか鍛冶仕事が出来る方は居ますか?」
「俺が出来るぜ。鍛冶屋の弟子として働いてたことがあるから、大層な武具はともかくノコギリとかくらいなら問題なく作れる」
「では、今日ここにいる人数分のノコギリとカンナの制作をお願いします」
「まかせろ!」
……といった感じで、サクサクと段取りを整えていく。
なかなかのコミュニケーション能力。
ゲーセンと会社、それとチャットくらいでしか会話のなかった俺とはえらい違いだ。
にしても、村人たちはアラマキ氏の言葉に二つ返事で笑顔で答えていく。
新入りだって言ってたが、すげぇ信頼されてるのな。
村を大きくしたからってだけじゃなくて、純粋に人付き合いが上手いんだなこの人。
「では、必要な道具が揃うのは3日後と言うことなので狩りの翌日から本格的な指導を開始したいとおもいます」
「おう、よろしくお願いするぜ」
「カシャさんが木材集めを手伝ってくださるようなので、その際にいい木の選び方や切り倒し方なんかを伝える予定です。今後木材の採取何かの知識はカシャさんから聞くようにお願いします」
「おう! バッチリ覚えて村一番の材木屋になってやらァ!」
「頼もしいこと言うじゃねぇか、えぇ?」
「口だけで終わらねぇことを期待してんぜ?」
「む、村長ァ、そいつは酷くねぇか?」
ああ、なんつうかいい雰囲気だな。
からかい合いながらも笑いが耐えない。
都会に越してきてからはこういうのはあまり見なかったが、田舎の町内会っていうか……
人のつながりが、暖かく見える。
リアルなんかよりずっと。
「キョウさん、それとエリスちゃん……でいいのかな?」
「え? ああ」
いつの間にかアラマキ氏が隣に来ていた。
180近い長身に、金髪碧眼のショートカット。
耳が尖っていたらイケメンエルフと言われても違和感がないだろう。
そんな見た目勝ち組のイケメンが何故俺なんかに、とは言わない。
流石に俺でも理由はわかる。
「キョウです。これからよろしくおねがいします」
「改めまして、アラマキです。しかし自分以外のテスターと遭遇したのは初めてだったので、さっき見かけたときはうっかり声を出しそうになりましたよ」
ああ、そっちも驚いてたのか。
「僕も、初めてだったので驚きました。……と言っても僕がテスターとして参加したのは昨日からだったんですけどね」
「成る程。後発組の方でしたか」
つまり、先遣隊というか、同じαテストでも開始時期に大きく差があるのか。
「ちなみにアラマキさんは何時から?」
「僕は参加してから2ヶ月、といった所ですね」
「あらま、大先輩ですか」
「といってもログイン時間は一日4時間程度なんですけどね。ゲーム雑誌のレビュワーなんかもやっているのでなかなか時間が取れなくて」
雑誌のレビュワーとかすごいな。
俺はもっぱらプレイする専門だったから、雑誌に記事載せるとかちょっと憧れるな。
「はぁ~すごいですね。と言うことは外部スタッフで?」
「ええ、知人の伝手でテスターとして依頼されました。キョウさんの方は?」
「僕も外部スタッフ扱いです。今回は元同僚から誘われまして」
「成る程」
意外と俺以外にも外部からテスター集めたりしてたんだな。
……そういえばテスター探しに困ってたみたいなことも言ってたっけか。
「それで、出会って早々不躾なお願いになってしまうんですが、俺にこのゲームでのスキルの扱いについて教えてもらえないでしょうか?
「それは構いませんけど、またどうして? テスター用の情報掲示板なんかに結構色々と情報出てますけど」
「ちょっと、僕の場合状況が特殊でして、このテストサーバ以外のネットワークに接続できない状況なんです。だからネットでの情報収集とかが出来なくて全部手探り状態になってて……」
「それはまた、凄まじいハードモードですね……」
ああ、解ってくれるか。
ネットに依存しすぎた俺にとってこの状況がどれだけのハードモードなのかを!
「初日から野宿でネズミ食うサバイバル生活ですよ」
「うわぁ……夜は徘徊する獣とかも肉食系が混ざったりするんで僕は村に帰れそうにない場合は素直にログアウトしてますよ」
「ログアウト、出来ればよかったんですけどねぇ」
寝てるときもプレイヤーとしてログイン状態だから野宿とかかなり勇気がいるんだよな。
寝てる時に襲われたりしないかとか。
「えっ!? できないんですか? ああ、テスター用のマニュアルもサイトに有るからログアウト方法がわからなかったんですね」
「いや、それが……、まぁ知られても対して問題がないんでバラしますが、僕は現在、半植物状態でしてうっかりログアウトすると自力でログインできないのでログアウト機能にロックが掛かってるんですよね」
「え、ログアウトロックって。それに植物状態……?」
まぁいきなりこんな事言われたらそりゃ引くわな。
ただ、ここを最初に説明しないと話が通じなくなるんだよな俺の場合。
信じてくれるかどうかは知らんけど。
「自由に動くのは目と耳だけです。ボイスチャットも出来ないので、グローブみたいに電気信号を拾う人工声帯的なシステムで会話できるようになってるみたいです」
「じゃあ、文字通り24時間ログイン状態ってこと?」
「栄養摂取も排泄も全部管を通して機械がやってるんで、今だけは一切誇張無くゲームが俺の全てですね」
「それはなんというか、お察ししますと言うか……」
まぁ普通はこういう反応だよな。
大怪我とかそういう話題になるとどうしてもこうなってしまう。
だからあまりバラしたくなかったんだがこの件に関してはどうしても言わざるを得ない。
フォロー的な物は一応考えてあるけどな。
「実は、この状況にはちょっとだけですけど感謝しても居るんですよ?」
「半身……いや全身不随で機械なしでは生きられない状態なのに?」
「なんせ、言い訳付きでゲームに全力投球できるじゃないですか。生きるために、入院費を稼ぐためにテスターしなくちゃいけない……ってね」
これは嘘じゃないし。
「トイレも食事も必要ない、ただただゲームに没頭できる。しかもただのゲームじゃない。NPCですら人間と変わりがない、もはやもう一つの世界だって言っても過言じゃないレベルのこの世界に24時間没頭できる」
「あぁ……確かに、子供の頃そういう生活に憧れましたねぇ。仕事するようになってからは効率プレイしかし無くなってしまいましたが」
「そうそれ! それっすよ。時間がないから少しでも色々遊ぶために効率ばかり求めて攻略サイトを斜め読み。楽しむべき要素を答え合わせしながらやってくような……」
「あぁ……わかります。昔は勝てないボスを何度も死にながら、ノートにパターンとか書いたりして攻略したころもありましたねぇ」
ゲーム好きが働きだすとやっぱりそうなっちゃうんだよな。
よかった、そう考えてるのが俺だけじゃなくて。
「でも今、僕の置かれた状況ってまさにその頃の遊び方なんですよ。……迂闊に死ねない分難易度は鬼畜ですけどね」
「成る程、そういう風に楽しんでいるという事なら外野が勝手に悲観的に見るのは確かに違いますね」
「ええ、何で気にしないでください。僕は楽しむことにしましたから」
やっべ、この人すげぇ話がわかる。
同じゲーマーだからなのか、単にこの人が返し上手、聞き上手なのか知らんけどすげぇ話しやすい。
「わかりました……ってずいぶん脱線しましたね。スキルについてでしたっけ」
おっと、熱く語りすぎてしまった。
「ええ、日中に狩りも兼ねての戦闘訓練をやったことでこのゲームでのスキルの重要性はある程度理解することは出来ました。けれど、どうにも一人でやれることにも限界が合って情報が足らないんです」
「そうですね……」
考える、躊躇するって事はなにか問題があるのか?
「わかりました、僕の知ってることで良ければお教えします。狩りが終わったら村人たちに色々と指導するので時間が取れなくなると思いますから、明日でも大丈夫ですか?」
と思ったら違ったようだ。
空き時間の問題だったか。
「ええ、明日は特に用事を入れてないのでぜひお願いします」
「わかりました。では明日の昼過ぎに」
「よろしくおねがいします」
コレはありがたい。
戦闘面についてはガーヴさんから手ほどきを受けれそうだし、テスターとして持ってる知識と手ほどきはアラマキさんに頼めるとなると、コレまでの手探り感がぐっと解消される事になる。
いくら検証プレイが楽しいと言ってもノーヒントは流石にツライ。
このゲームはコミュニテケーションが大事みたいだし、コミュニケーションで手に入れた人脈と情報なら問題ないよなきっと。
「ああ、それと……」
まだ何かあるのか?
「これを持っていってください」
「木の枝と、端材?」
「いくら村の中が安全とは言え野ざらしで寝るのは辛いでしょう? 大きな枝を骨組みにして、上から葉っぱつきの枝を重ねて被せるだけでも多少の雨風はしのげるようになりますよ」
「おお、それは助かる。ありがとうございます!」
「いえいえ、それではまた明日」
いやぁ、このままマントに包まって寝るつもりだったからすげぇ助かるな。
お世辞にも小屋とは言えないから、木の枝で作るテントって感じか。
これでダンボールすら無いホームレス以下の生活からも脱出できそうだ。
「話は済んだかい、兄ちゃん?」
お、見張りのおっちゃん。
そうだ、この後解体を頼んでたんだった。
「待たせちゃいましたか?」
「いいや、俺も今話しを切り上げてきたところだから大丈夫だ」
結構人集まってたし、終わった後も皆残って話し込んでたのか。
「今から向かうってことで問題ないか?」
「ええ、お願いします」
ずり落ちそうになっていたエリスを背負い直して帰路につく。
道すがら、今回倒したヤギのその場での処理の仕方や、解体前の下準備などの方法を教えてもらった。
血抜きは心臓が動いているうちにするとか、季節によってはとどめを刺さずに村まで連れてくる必要があるとか、そういった狩りについての基本的な部分だ。
ちなみにおっちゃんの名前はエイスというらしい。
が、名前で呼ばれるとこそばゆいから、これからも呼ぶときはおっちゃんでいいらしい。
とはいえ、そういった知識が殆どない俺にとってはどれも重要な内容だった。
はっきり言って学校の試験勉強でもコレほど集中してものを覚えようとしたことはなかった。
これがあれか、好きこそものの上手なれってやつか。
「しっかし、その嬢ちゃんよく寝てるな。あれだけ騒がしければ目を覚ましてもおかしくないってのに」
「子供は寝付きもいいし、案外起きないもんですよ」
「そんなもんかい? うちには女房も子供も居ないからその辺は良く分からないぜ」
美咲も一度寝るとなかなか目を覚まさなかったしな。
一度目を冷ましても何事もなかったように寝始めたりするし。
「さて……」
貰った木の枝を仮組みしてブサイクながらテント型に組み上げてみる。
壁が隙間だらけなのは葉っぱ突きの枝を重ねてるだけだからこの際仕方がない。
直風が隙間風になるだけでもかなり違うだろうしな。
そしてエリスをそこに寝かせて、腰を伸ばす。
「んんっ……! っと、ではお願いします」
「あいよ。それじゃ始めるか」
川につけておいたヤギを引き上げる。
それを余った枝を使って三脚型にした物に手慣れた手付きで吊るしていくのを眺めていた。
「モツを抜くなら地面でやってもいいが、皮を剥がすならこうやって釣ったほうが楽なんだ。身体の向きを変えるたびに地面の上を転がす必要もないしな」
「成る程」
昔、アンコウの料理の時に似たようなやり方をやってたのをテレビで見たことがあるような気がする。
「内臓を取るときには吊るさないんですか?」
「相当手慣れた猟師が、面倒臭がって最初から吊るしてやることはあるけど、ありゃ素人にはおすすめしない。内臓抜くにも腹を切ったり胸骨抜いたりするからな。宙吊りだとちからを入れにくいだろ?」
「ああ、確かに」
素人が宙吊りの状態で骨を切るとか敷居が高すぎる。
ん? 胸骨を抜く?
「内臓抜く時に骨も抜くんですか?」
「あぁ。お前さんこのヤギの内臓書き出す時にえらい苦労しただろ?」
「ええ、千切れたりなんだりで、汚れるわうまく取り出せないわ時間かかるわで……」
俺の服を汚した返り血も、半分くらいはモツ抜きが原因だった。
「詳しい手順は明後日の狩りの後に実物を見せながら教えるが、まぁ簡単に言うとこの胸骨の真ん中、あばら骨をつないでる部分をこんな感じで切り離すんだ」
といいながらナイフでザクザクと胸骨を取り払う。
ナイフでも意外と普通に切れるんだな……
「で、腹だけじゃなくて、喉からケツの穴まで一気に開く。これもモツを潰さず抜くためだな」
「はぁー。そんなにバッサリ開くんですね」
「ああそうだ。だが本来は腹を開く前に先に薄皮だけを切って少しだけ皮を開いておくようにするんだ。毛皮が汚れにくいようにな」
ああ、そういう手間のことまで全く頭に回ってなかったな。
「で、胸を開いて喉まで割いた理由だが、首の方、千切れた内臓が残ってるのが分かるか?」
「はい、見えます」
結構掻き出したつもりだったが、内臓の残骸のようなものがまだかなり残っていた。
「こういう取り残しがでないように、まずは喉を開いて喉笛を切り離す」
そう言いながら、食道らしきものを切り取ってみせた。
うわ、ホースみたいにけっこうバッサリ取れるんだな。
「で、それを腹皮にむかって引き抜くようにすると……」
「ああ、すげぇ、まとめて抜けた!」
「……とまぁこんな感じできれいに抜ける訳だ。で、首だけじゃねぇ、ケツの穴だって繋がってるから、こっちも切り離す。こっちにも邪魔になる骨があるからそれを切るんだが、こっちは最悪割っちまっても良い」
といいながら、手際よく腸の残骸を引っこ抜いた。
「こんな感じにすれば、モツも破れにくいしキレイに抜ける。キレイに抜けるってことは余計な手間がかからないから早く作業が終わるってことだ」
「はぁ~……勉強になります」
たしかにキレイにやれるってことは無駄がないって事だから無駄のない作業は早く終るって言葉はすごく納得できる。
高効率作業って訳だな。
「で、皮を剥ぐんだが、まず首周りと手足の先をナイフで切り込み入れて切り分ける。で、開いた腹の方から切り込身を入れた所まで一気に開く」
膝部分までバッサリと開きナイフで革を剥がしてみせてくれた。
「足先は剥がれにくいからナイフで皮を切らないように剥いでいくんだが、慣れないうちはナイフで皮を切っちまう事が多いから、足先と首、腹回りをナイフで剥がしたらあとは素手で剥がしていくほうが良い。多少皮に身が残っちまってもなめす時にどうせ剥ぎ取るからな」
「素手でそんな剥がせるもんなんですか?」
「今から見せてやる」
言うが早いか、ヤギの革を引き剥がしていくおっちゃん。
素手でもこんな引っ剥がすようにはぎ取れるのか……
「コレは獲物に寄っても変わるんだが、ヤギだの鹿だのは次期にもよるが剥がしやすい方だからな。イノシシだの狼なんかだと素手だとちとツライ」
獲物によって難度が変わると。
コレは実際にやって慣れるしか無いか。
「で、最後にしっぽ周りを切り取ると、こんな感じに一枚の皮になるって訳だ」
そうして残ったのはゲームのアイコンとかにもよくある『これぞ皮!』って感じに開かれた皮だ。
「素手でも結構キレイにはぎ取れるんですね」
「冷水につけてあったってのもあるけどな。あれで剥きやすくなる」
川に浸けてたのにはそんな理由も合ったのか。
「で、こいつは邪魔な肉をこそぎ落として川で洗い流したら気にでも引っ掛けて乾かす。ただし、毛皮のほうが乾くまでだ。脂が乾くと臭いを出すからな」
ナイフで肉や油を手早く削ぎ落としてくれた皮と、ヘラみたいな道具を受け取り川で血や脂を洗い流す。
そしてそれを言われたとおり枝に掛けておいた。
その後も肉の切り分け方や処理の仕方、解体のときの注意点なんかを聞き、最後に野宿なんかでできる簡単な調理方法を教わり、乾いた皮のなめし方を教わった所で別れた。
一頭で結構な量の肉が手に入ったからしばらくは肉に困らないだろう。
干し肉の作り方なんかも教えてもらったし、何割かは保存食粋だな。
しっかし、動物の解体知識なんてリアルでも経験することはなかったけど、ゲーム内で覚えることになるとはなぁ。
人生何が起こるかわからないもんだ。
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