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一章

四話 仮想現実Ⅱ

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 ビクゥッ!

「んがっ!?」

 …………

 はっ!?
 い、いかん普通に寝落ちてた!
 今何時だ!? 空が白んで……
 って、エリスは!?

「くぅ……くぅ……」
「ほっ……」

 良かった、無事か。
 ってかいつの間に膝の上に……
 まぁいいけどさ。
 今は……午前5時か。
 この子が寝たのが9時前だから8時間は寝てることになるか。
 なら起こして良いか。
 文明の利器が壊滅してる中、ゴーグルの基本機能のなかに時計があったのだけが唯一の救いだな。

「エリス、起きろー」
「んゅ……んー……」
「おーい、朝だぞー」
「ふぁ……おはよう、ございまふ」

お、ちゃんとおはようの挨拶もきるのか。
挨拶できるのは良い子の証だ。

「ほい、おはよう。ちゃんと眠れたか?」
「はい……」
「そっか」
「んっ」

 無意識に頭をなでてから気付いた。
 そういや従兄弟の子供の頭撫でたら、弟の方は喜んだが妹の方は嫌がったっけか。
 マズったか?

「嫌だったか?」
「……もっと……」

 嫌ではなかったようだ……良かった。
 まぁ、初日から結構エグい物の教え方しちまったしな。
 こんなんで喜んでくれるならいくらでも撫でてやろう。

「えへへ……」

 ヤダ、何この子可愛い。
 ……なんて事やってても仕方ない。
 まずは今日の行動方針だな。
 といっても目的は一つだが。

「今日の目標は人がいる場所を探すことだな」
「はい」

 とりあえずの目標は、まずこの野宿状態を脱する。
 その上で今この当たりがどうなってるのかとかの情報収集だ。
 テスト版とはいえクエストとかそういうのはある程度は入っていると思いたい。
 一文無しでこの子にネズミ食わせ続けるのは流石にきつい。
 主に俺の精神的に。

 で、そのために同行動するかだが……
 まずはこの川沿いに下ってみるか。
 上流側は森の中だしな。
 森の中に街がある可能性も十分あるが、見通しの悪さとRPGのお約束を考えると
 情報無しで森に足を踏み入れるのはできるだけやりたくない。
 となると、選択肢は川沿いに下るしかねぇ訳だ。
 人間生きていくために水は必須だから村がアレば川の近くだろうしな。
 となると、日が昇って日差しが強くなる前に動き出したほうが良いか。

「よし、エリス今日はこの川に沿って進んで見るぞ」
「はい!」
「お、良い返事だな。どれくらい歩くことになるか判らないから、疲れたら言うんだぞ?」
「はい」
「よし行くか」

 実際、どれくらい歩く羽目になるか検討つかないんだよなぁ。
 未完成品とはいえ、スタート位置はある程度決まってるはず……多分。
 方向さえ間違えなければ近くに町か村はあるはず。
 問題はその方向なんだよなぁ。
 俯瞰してマップを見れるわけじゃないから視界外、山や森の向こうが見えないんだよな。
 RPGや普通のMMOなんかだとカメラの角度とかで障害物の向こう側も判るんだが。
 等身大のスケールだとどうしてもその辺がな。
 まぁ、昔からリアルなゲームやってみたいとか思ってたし
 リアリティを突き詰めたら当然こうなるのはむしろ正しい事なんだよな。
 ゲームである以上極端に人里離れた所や高レベル帯の場所から始まるとは考えにくい。
 まぁ、それを確かめるためにも結局歩くしか無い訳だな。



「あ……ねぇ、キョウ」
「うん、どうした?」

 まだ歩き始めたばかりだが、もう疲れたか?
 といってもこの歳じゃ一時間近く歩きっぱなしじゃ仕方ないか。
 リアルの子供だったらこの状況、泣き喚いていてもおかしくない。
 背負ってやるか?

「あそこ……」
「ん? なんだ?」

 あれは……

「木の壁……って事は!」

 おいおい嘘だろ!?

「村か!?」

 あの場所からほとんど離れてねーぞ。
 何で気が付かなかった?
 そうか、木の柵と、ちょうど山の陰になって火の光が遮られてたのか。
 じゃあ何だ、村のほんのすぐ近くで野宿してたって事か俺たちは?

「あ、アホすぎる……」

 あの時もう少し探索してればこの子にあんなエグいこと教えずに……
 いや、済んでしまった事だ。
 タラレバは意味ないか。

 どうする、二人で行くか?
 だが、あの村が友好的とは限らない。
 エリスはかくして俺だけで様子を見に行ったほうがいいか?
 いや、既に村の外に誰かが出ているかもしれん。
 待たせている時に鉢合わせる可能性もある。
 一人にする方がむしろ危険か……

「よし、村なら休めるかもしれない、行ってみよう」
「はい」

 行ってみなきゃ分からないなら行ってみるしかねぇか。
 バトルと違ってやられて痛いとかもないだろうし。
 ヤバそうなときの逃げれる準備だけはしておく必要があるか。
 死んでもリスポーン出来る俺はともかくこれだけ情緒がしっかりしているAIを
 死なせたりするのは教育上よろしくないのは間違いないはず。
 なら、俺はともかくこの子は守れるように立ち回るべきだ。
 何、元々ワンコインクリア方式のつもりだったんだ。
 ノーミスという意味では大して変わらん。
 さて
 入り口は……門はないのか。
 木の杭を並べて村を囲って壁にしてるだけだな。
 さて、正面から行ったらどうなるか……

「おまえ達、そこで止まれ!」

 おっと、早速止められた。
 けどまぁ、これは予想の範囲内だ。

「この村の住人じゃないな? お前たちはなんだ」

 俺たちは何だ、か。
 何だと言われてもなぁ。
 しかし、エリスの対話能力から予想はしていたが、このゲームのNPCは普通に対話可能なんだな。
 恐らくあの感情も見せかけだけのテクスチャじゃないだろう。
 だとすると、迂闊な対応は下手するととんでもない事になりかねない。
 とりあえず、こうであった場合の事前に決めてた言い訳を並べてみるか。

「俺たち兄妹はちょっと理由があって旅をしているものです。ただ、自分達が望んだものではなく、気がついたら流れ着いていたものでこの辺りについて何も知識がないんです」
「なに?」
「なので飲まず食わずで彷徨っていた所この村を見つけた次第でして。もしよろしければこの辺りについての常識や、安心して眠れる場所を提供していただけないでしょうか?」

 口からでまかせの設定だが兄妹であるということ以外一切嘘はいっていない。
 内容的にも危険なものはなかったはずだ。

「ふむ」

 さて、どういう対応になる?
 
「なるほど、話は理解した。俺には判断できない内容だから村長の判断が必要だ。話を通してくるから少し待っててくれ」

 セーーーーフ!

 とりあえずイキナリ取って食われるって感じの相手ではないな。
 ちゃんと話せば通じてくれる。
 第一関門突破ってところか。

「話がついたから、これから案内するが、武器は先にこちらに渡してくれ」

 む、それはちょっと怖いな。
 だが、ここは誠意を見せておかないとダメか。
 イザとなったら交戦せずに逃げに徹すればなんとかなる……か?

「わかりました。お渡しします。リュックの中も確認してください」
「ああ」

 こういうのはやるなら徹底的にやったほうが良いからな。
 手札晒しておいて、その上で不興買うとかやってられん。
 この世界の法とかもわからんし、色々ハッキリするまでは正当防衛が成立するような状況になるまではこちらから手を出すのはやめておこう。

「よし、確認した。ではついてこい」
「わかりました。エリス、ついておいで」
「はい」

 さて、とりあえず村の中に入れたわけだが……
 うん、一言で言うと村というよりも集落、といったほうが近いのか?

 壁を見た感じ結構な広さだと思うが、広さに対して家が少ない。
 これだけ土地が余ってるのに畑も見当たらない。
 もしかしてこの村ができたのはつい最近なのか?
 テストサーバが可動したと同時に村も作られたとか?
 ありえるな……

「キョウ……どうしたの?」
「ん、なんでもないよ。村の様子を見てただけ」

 近くに一人ついてるが、コレくらいなら聞かれても構わないだろ。
 特に目隠しとかされてるわけでもないしな。
 しかし広いな。
 あの杭の壁、森の方まで続いてるぞ。
 ぱっと見一〇〇人くらいしか居なさそうなんだが、よくこれだけの壁を作れたな。
 
「さぁ、ついた。ここが長の家だ。話は長と直接してくれ」
「わかりました、ではお邪魔させていただきます」

 扉はないから、入って良いってことだよな?

「おじゃまします」
「うむ、お前たちが旅人とやらか?」
「はい。目が冷めたときには見知らぬ土地でして、兄妹二人で彷徨っていた所ここにたどり着きました。可能であれば暫くの間でも構いませんのでこの壁の内側で過ごさせてもらえないでしょうか?
「目が冷めたら……人買いにでも売られたか……」

 人買い!?
 え、この世界って人身売買普通にあんの!?
 でも村長さんが勝手に納得してくれそうだし話には乗っかっておこう。

「どう、なんでしょう……我々も何が何やらで。恐らく何かで運ばれていた途中で落とされたのか捨てられたのか、気がついたときには草原のど真ん中でして」
「ふぅむ」

 まぁ、イキナリそんな事言われても判断に困るわな。
 言ってる自分からしてかなり胡散臭いこと言ってる自覚あるし。

「わかった、お前たちの言うことを信じよう」
「ありがとうございます、本当にたすかります」

 マジかー。ちゃんと話してみるもんだ――

「ただし!」

 む?

「相応の対価は払ってもらう」

 それはまぁ、当然か。
 ただ、対価と言われてもな……

「先程の案内人の方にも見せましたが、我々はほとんど財産などありません。金銭や価値あるものでは対価は払えませんがどのような対価をお求めでしょう?」

 まぁお約束のクエストだとモンスターを狩ってこいとか、荷物を届けろとかのお使いクエストか。
 面倒だが、生活基盤を手に入れるためには仕方が……

「あるではないか、お前の妹。その娘をいただこう」


「は?」

 何いってんのこいつ?

「聞こえなかったか? お前の妹を差し出せば住処を与えようと言っておるのだ。悪い取引ではあるまい?」
「何を……!?」

 何だこの圧力!?
 うそだろ? 相手はAIだぞ?
 こんなものまでリアルに感じるのかVRゲームって。

 っていやいや、現実逃避してる場合じゃない。

 こいつ今なんて言った?
 悪い取引ではないって言ったか?
 妹を差し出すのが?
 本気で言ってるのか?
 コレが一般的なこの世界の村人の考え方だと?
 いや、人買いがどうのと言っていたな。
 つまり人の売買はこの世界においては悪事ではない?
 いや、あるいは盗賊の村とかそんな感じの魔窟に迷い込んだ可能性もあるか?

 まぁいい、こうなってしまったなら答えは一つだ。
 ただ、どうする?

 建物の入口は……あれ、固められてない!?
 扉もないのに何で取り巻きが二人揃って村長の隣に立ってるんだ?

 何だ?罠か?

 いや、どのみち今の俺は丸腰だ。
 やれることは全力の逃走だけだ。
 なら何時でもエリスを抱えて逃げられる準備だけは必要だ。

 なら、こうか?
 自然な形でエリスの方を抱えて

「申し訳ありませんが、妹を引き換えにするくらいなら二人で野宿をしていこうと思います。話を聞いてくださったことには感謝しますが、これで御暇させていただきます」

 言った。
 言ってやった。
 さて、どう反応する?
 家の外から足音なんかは聞こえない。
 この家には扉もないし、答えによっては一気に外へ……

「そうか……娘は差し出せんとそういうか。俺がここに住まわせてやるというのに?」
「ええ、妹を売るくらいなら多少苦しかろうと一緒にいられる道を選びますとも」
「そうかい」

 家の外から足音!
 これ以上は無理か。
 この場はさっさと……

「まぁ、待ちな兄ちゃん」

 何!?

 誰だこいつは!?
 いつの間に俺の後ろに居た?
 さっき入口を確認した時は居なかったはずだ。
 前に村長とその取り巻き二人。
 確認はしてたはず。
 どうやってこんな近くに気配も感じさせずに……

「くっ……」

 肩を上から抑え込まれて……
 これじゃエリスを抱えて振り返れない!
 してやられた!
 なにか隠密とかそういうスキルを使っていたのか?

 プレイヤーネームが見えないってことはこいつもNPCのはず。
 このテストサーバのNPCのAIは一体どこまで頭がいいんだ!?
 ああそうか、入り口を固めてなかったのもこいつが居たからか。
 全力で抵抗するか……?
 いやダメだ。
 俺は死んでも多分リスポーンするだけだから良い。
 だがエリスはどうなるかわからない。
 そもそも死なせてもらえなければ捕らえられてしまう可能性もある。
 コイツラの頭の良さならそれを把握している可能性すらある。
 捕らえられたエリスがどんな目に合うかもわかったもんじゃない。
 クソ、どうする……

「村長、遅くなりました……」
「おう、どうだった?」

 外から飛び込んできたもうひとりとムラオサが何やら話しているがここからじゃ聞き取れない。
 トラブルか?
 いや、口ぶりからするとなにかの確認……?
 脱出のチャンスは

「……」

 無いか。
 俺を抑えてるこいつ、きっとこの村の用心棒か一番強いやつか何かだ。
 そうそう見逃してくれそうにない。

「さて、お前さん方。さっきの答えだが……」
「くどい! 妹はをお前たちに渡すつもりは」

「良いぜ。開いてるところは好きなところを使いな」
「だから!」

 ……何?

「お前の妹? 要らねぇよ、俺は乳のでかい女が好きなんだ」
「はぁ? いや、何を……言って」
「ガーヴ、放してやんな」
「へい」

 どういう事だ?
 さっきと言ってることが……
 と、肩に掛けられてる圧力が消えて、俺とエリスを抑え込んでた男が前に回った。

「悪いな、ちょっとお前さん型にカマかけさせてもらったんだ」

 カマかけ?

「どういう、ことだ……?」
「お前さん達があまりに怪しすぎてな。野党の手引きを疑ったんだよ」

 何?

「俺たちが、野党の手引き?」
「旅人を偽って中に侵入し、野党共の襲撃に合わせて中から混乱を起こす。徒党を組んでいる野党共の常套手段の一つだ」

 そうか、潜入スパイみたいなものか。
 たしかにありえるかもしれない。
 昔読んだ本でもそんな話があった気がする。
 やってたのは主人公側だが。

「だからお前さんたちをここに釘付けにしてる間に、村の衆で周囲の野党共が隠れられそうなところを一通り調べて戻ってきたって訳だ」
「なる、ほど……」

 ようやく頭が落ち着いてきた。
 つまり、俺達が警戒する以上にこの村の人達も俺たちのことを野党として警戒していたのか。
 それで、俺にカマ掛けたり、外の様子を探っていたと。

「それじゃ、疑いは晴れた……ってことで良いんですかね?」
「ああ、お前の妹を守ろうとする態度から嘘は全く見えなかったからな。アレが演技だったのならもうお手上げだ。俺の見る目がねぇってことだ」

 気がつけば、村長から感じていた圧のようなものも無くなっていた。
 コレで面談も終了ってことか?
 ことだよな?

「よかった……」

 だとしたら、何という圧迫面接。
 いくら何でもシャレにならん。

 だが、コレでようやく安心して眠れる場所を手に入れることはできた。
 何とか最初の拠点ゲットだ。

「キョウ?」
「エリス、しばらくここに住まわせてくれるってさ」
「いいの?」
「おうよ、悪かったな嬢ちゃん。怖がらせちまってよ」

 おっと……
 安心したら腰が抜けた……

「おいおい、大丈夫か兄ちゃん? ちょっと脅かしすぎたかい?」

 はあああああーーーーー

 緊張した。
 死ぬほど緊張した!
 何だよコレ、マジでこれがゲームなのか?
 最初の町に入るだけでコレとか難易度高すぎねぇ!?

 いくらテストで自重してないと言っても限度があるだろ。
 なんだよこのクォリティは!
 リアリティが高いのは良いことだと思うが、流石に高すぎて寿命が縮むわ!

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