ν - World! ――事故っても転生なんてしなかった――

ムラチョー

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序章

零話 事の起こり

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 あれ……ここは……?

 なんだ……
 俺は……、何が、どうなって?

 視界が揺れている。

 暗い、部屋……なのか?
 身体が、動かない。
 視線も、やはり動かない。

 コレは、一体何だ?

「やぁ、立浪さん。僕が見えてるかい?」

 なんだ?
 誰かがいるのか。

 視界外。
 でもこの声は聞き覚えがある。
 しかしその姿を捉えられない。
 素早く動いてるわけではない。
 こちらの背後に常に回り込んできているわけでもない。
 単純に相手の方を見ることが出来ない。

「あれ、聞こえてないのか? おーい」

 聞こえている。
 ただ、そちらに振り向けないだけだ。
 頭ではなんとか振り向こうとしているのに首どころか視線さえ動かすことが出来ない。

「……そうか、視線移動が連動してると首が動かせないとこれでもダメなのか」

そう思っていたらようやく向こうから視界に入ってきた。

「コレで見えるかい?」

 ああ、見えてるよ。

 田辺雄一郎。
 元同僚。
 俺が事故にあって居られなくなったゲーム会社の。

 見えてる。
 見えてるが……

「視線操作もダメだと意思疎通や応答もできない……か。すまない、ちょっと器具を取り付けさせてもらうよ」

 器具?

 ……と言われてもな。

 どこに力を入れても身体がピクリとも動かないんだ。
 指一本どころか視線も動かせない。
 口も……何か違和感があるな。
 目も動かせない奴が喉とかも動かせるわけもないし、なんか管とか口の中に突っ込まれてるんだろうか?
 人工呼吸機とかってアレ、どうなってるんだろうな。

 ……ん?

 なんか右手に被せられた感じが。
 全く動かないのに触覚とかは残ってるのか。
 ってことは千切れたりしてる訳じゃないってことだ。
 それだけは安心できた。

 感覚があるってことは麻痺してるわけでも無いだろう。
 ならなんで俺の腕は一切動かないんだ?

「すまない、待たせたね。 ちょっとした器具を取り付けてみたんだが……よし、認識したな」

 認識?

「そのまま右手を目に入る所まで上げてみてくれないか?」

 そうはしたいところなんだが、腕どころか指一本動かないんだ。
 
「……あれ、接続されてるはずなんだけどおかしいな。コレでも動かせないのか?」
 む?
 さっき腕に取り付けたのでなにか変わったのか?
 なら少し動かしてみて……
 って、やっぱ動かんな。

「なんだ、動くじゃないか。 ちょっと焦ったよ」

 え!?

 あれ、腕が動いた感覚がないのに視界に手が。
 何だこれ?
 なんかすごい違和感があるんだが。

 身体はまだ反応した気配がない。
 なのに目の前の腕は自分の意志通りに動く。
 どうなってるんだコレ?

「僕の言葉に反応して手を上げたってことは、ちゃんと意識を持ってるってことだよね? これから今の君の状況とこれからについて説明するんだけど、もし了承なら親指立ててみてくれないか」

 こう、か?


「よかった。 やはりちゃんと意識を保ってるんだな」

 ずいぶん心配掛けちまったみたいだな。
 もう何ヶ月も連絡採ってなかったはずなのに。
 ……いや、こんな状態になってるってことはそれだけの事があったんだろう。

「……では、順を追って話していこう。まず、君が陥ってる状況についてだけど、端的にいうと君は植物状態で病院に搬送された。 意識はあるが、脳の伝達信号を筋肉や神経が認識しないという症状なんだそうだよ」

 伝達信号を認識できない……
 だから、頭で動かそうとして力入れてるつもりなのにピクリとも動かないのか。

「人間の身体っていうのは脳からの命令を微弱な電気信号で神経や筋肉に伝達している。少し詳しく話すと、立浪さんの状態はその信号は発信されてるのにもかかわらず神経や筋肉がそれを正しく受け取れない状況なんだそうだ。」

「立浪さんの身体を動かすのは現状反射反応だけ。 鼻より上はなんとか動かすことが出来るようだけど原因は解ってないみたい。 脳に近いから、それが原因かもしれないって言ってたよ」

 ああ、だから口は開けないけど耳は聞こえたり瞬きとか普通に出来るのか。

「いまの立浪さんの身体はほぼ医療機器によって生かされている状態だ。呼吸も、排泄も機械に頼らないと出来ない状況だと考えて欲しい」

 うわぁ、最悪。
 つまり、今の俺は全身管だらけの末期重病患者みたいな状態なのか。
 たとえ目が冷めても地獄だなそれ。

「そて、そうなってしまった原因についてなんだけれども……」

 原因。
 そうだ原因だ。
 何でこんな事になっちまってるんだ?

「原因は交通事故。しかも何の因果か我が社の営業マンの車に轢かれたそうだ。脇見運転で左折巻き込み。 ただ、T字路でミラーも合ったせいで立浪さんの前方不注意も取られてしまってね」

 10:0とはいかなかった、ってところか。
 正直その時のことはちっとも思い出せないが、現場にミラーが合ったなら言い訳できないか。

「問題は立浪さんの支払能力なんだ。 貯金が幾らあるかはわからないけど、今立浪さんは指一本動かすことができない。 ご両親は亡くなってるそうだし、縁者も知らないと言っていたよね?」

 そういやそうだな。

 親戚とか見た事も無いし、10:0でないなら入院費とかも全額は出ないだろうし、この身体じゃ示談も無理だ。
 つまり、俺は搬送されたこの病院の入院費や治療費を払うことができない。

 ……やばくね?

「察しはつくだろうけど、大事故でね。 うちの会社で立て替えてるけど手術も含めて結構な費用がかかってるんだ。 本来ならうちが治療費全額負担するのが筋だとは思うんだけど……」

「警察からは8:2という判断が出たんだだけど、今の君の状態では示談もできないから2はどうしても用意する必要がある」

 ただし、俺は文字通り手も足も出ない……と。
 大事故ってことは手術とかの費用も2割とはいえ半端ないはずだ。
 俺の貯金なんて吹っ飛びかねん。
 いやよしんば払えても、この身体じゃ今後まともに仕事探しもできん。

 餓死直行コース……!

「今は美咲さんが立て替えてくれているからしばらくは大丈夫だと思う。 だけど……」

 美咲が。
 そうか、俺の身内となると美咲しか居ないから……
 でもあいつはまだ学生で、支払能力なんて……いや、緊急時の共有通帳があったか。
 でも金額はそんなに沢山は入っていないはず。

「立浪さんも彼女に負担ばかりかけるのは不本意だと思う」

 当然だ、こんな事で美咲に迷惑なんて掛けられるわけがない。

「そこで提案なんだが、今君の右手を動かしてるその技術なんだけど、筋肉等に命令を伝える電気信号を読み取って動かすっていう義手の技術なんだ。 そして今うちの開発チームはこの技術を使ってちょっと次の本格VRゲームを制作している」

 ほう?

「ベッドや布団で寝転がった状態で両腕両足を半固定するタイプの追加装置が必要だけど今まで漫画やノベルでしか無かった没入型のVRゲームさ。 それで、現在はその没入型のVRゲームのテスターを探しているんだ」

 おお、そういや一時期アニメとかラノベとかVRゲー物一色だった時期とかあったなぁ。
 あの世界が現実に……ってことか。
 技術の進歩はやべーな。

「テストサーバーの中だけだけれど、自由に動ける可能性がある。そしてテスターとしての給料も当然出す」

 給料。
 そうだ、いま一番折れに必要なのはそれだよな。

「立浪さんは本来うちのゲームのテスターとして働いていたし怪我で退職するときも悔しがっていただろう? 生きがいが亡くなったとまでいって凹んでたのはよく覚えてるよ」

 確かに、俺はゲーマーとしても、会社員でテストプレイヤーとしても
 その両方を同時に失ってどん底だった。
 食うに困るまでバイトすらする気になれなかったくらいに。

「立浪さんの好きなゲームを寝ながらプレイしているだけで給料ももらえるし、こっちはデータが取れてウレシイ。 win/winの関係だと思うんだけどどうだろうか?」

 確かに、いい条件だとおもう。
 契約内容に変な点が追記されたりしていない限りこっちから頼みたいくらいだ。

「当然、判断は君に任せる。お金の件だって僕が君から聞いていた点だけで判断しただけでもしかしたら他にも立浪さんが頼りにできる人がいるかも知れない」

「けれど、現状病院に来てるのは妹の美咲さんだけだ。そして彼女にだって学校や自分の時間がある」

 そりゃそうだ、事故って意識不明の俺なんかのために金を使って
 時間まで縛り付けるようなのは俺だって嫌だ。

「正直な話、こちらも新作のテスターを探しに難航していてお金の話云々は抜きにしても、元テスターの立浪さんにお願いしたいというのはある。 このシステムならあのケガのことも障害にならないはずだしね」

 そりゃ、植物状態でもできるというなら障害になるような事は何もないだろう。
 俺がテスターレベルのゲームができなくなった原因は左手の大怪我だからな。

「元々、うちの会社の営業カーが起こした事故の補填だったり色々な意味でもある事はこの場で認めておくよ。上は兎に角体面を気にするからね。 なので、細かい条件なんかははある程度無理矢理でも上に飲ませることが出来ると思う」

 体面かぁ。
 確かにこれから新作ゲームだそうって時にその開発会社が一般人巻き込んだ大事故起こしたなんて世間体が悪すぎるか。
 なら確かに、ただの元社員にここまでする理由としてもある程度納得できる。

「……とまぁ色々な建前を並べてみたんだけど、さぁ立浪さん。このゲームのテスター、やってみる気はあるかい?」
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